ちいさい女は嫌いですか

レイチェル(令月)

お題:どうあがいても列車

「しりとりしようぜ」

 電話越しに彼はそう言ってきた。
 風呂あがりにゴールデンタイムのTVを付けるフリをしながら土砂降りの豪雨を眺める時間にも飽きてきた矢先、暇だから携帯小説でも書いてみようかと、危うく黒歴史を増やしかねないというところで携帯が鳴った。
 ディスプレイに表示されるそれは、三日ぶりにみた名前だった。その電話に出た瞬間、彼の能天気な声がスピーカーから耳をくすぐる。その忘れもしない、普段通りの喋り方が嬉しいような苛立たしいような複雑な気持ちだ。

「斬新な切り口だ。まるで毎日電話していたような気がするな」
「こっちは常に電話していたような気がするぜ」
「それはキモいな」

 これが電話で良かったと思う。もし対面して話していたとしたら、満更でもなく笑っている表情がバレてしまう。彼はそういうところに鈍感だから、声だけの通話ならこちらの顔なんて分からないはずだ。
 大袈裟にため息を吐き、声だけで不機嫌さを演出しながら、その本題をうながす。……ってしりとりだったか。

「しりとりがしたいのか? まぁ私も丁度暇していたところだから、特別に付き合ってやってもいいが」
「おう、気前がいいな。でも普通のしりとりじゃ無いんだぜ」

 ただのしりとりなんて文字通りの時間つぶしじゃないか。何か特別なルールがあったほうが面白いにきまっている……と彼は言外にそう告げた。
 まぁそうだよな。コイツがただのしりとりをしたいが為に電話をしてくるとは思わない。いや彼ならばあり得なくも無い話だが、前回喧嘩別れして三日間もお互い音信不通で距離を取った関係に対する、久しぶりの挨拶が「しりとりしようぜ」である。能天気ってレベルじゃねーぞ。

「ルール……というか俺だけの縛りを付けさせてくれ」
「何だ。緊縛プレイにでも目覚めたのか」
「言葉不足だったな。そっちは普通にしりとりしてていいから、俺は『い』で終わる言葉だけ使用するという縛りを付ける。これでいこう」
「はぁ……?」

 イマイチ納得できない。何のためにこんなルールを付けたのか。彼の目的がまるで見えない。
 まぁ彼は昔からこういう性格で、つねに変なことばかり考える変態だ。そんな彼に付き合ってやっている私も劣らない変態だったりするのだが。きっと彼とは上手くやっていけると思っていた。
 だが……いや、思い返してみれば馬鹿馬鹿しいことで喧嘩したと思う。



 三日前、私達は某アイスクリームショップでデートもどきをしていた。――もどきというのは、お互いに訳あって会える時間が一日に三十分程度しか無いので、なかなか本格的に遊園地や水族館で遊べないので仕方なく近場の飲食店で転々と談笑して、それでバイバイしていたからである。彼はレギュラーサイズのキャラメルリボンを頼み、私はキッズサイズのホッピングシャワーを注文した。財布に余裕が無かったわけでもないが、彼が数少ないバイト代をはたいて奢ってくれるというのが申し訳なく思っての気遣いだ。ついでに禁欲的な女だということをアピールするという下心込みで。まぁ彼自信も頼れる男ではない。キングサイズを頼んだら露骨に嫌そうな顔をするだろお前。
 甘いものは大好きだ。だがお腹が冷えるものはあまりたくさん食べたくなかった。キャラメルリボンを美味しそうに頬張る彼を見ながら、私はちまちまとアイスのパチパチ感を舌で転がしていた。
 そんな時だ。彼はアイスを食べることも忘れ、私の後ろの何かを熱い眼差しで見つめている。何をそんなに熱心に見ているのかと気になって後ろを向いた。
 そこには牛のようなおっぱいの女子高生が居るではないか! デート中だろうか、チャラそうだけど優しげなイケメンと腕を組んで歩いている。しかもその女子高生の衣装が半端なくエロい。扇情的に胸元を見せびらかしたセーラー服である。おいイケメン、今すぐそこを代われ。あのおっぱいはどんな感触がするのだろうか。女である私ですら羨ましい光景だ。
 しかし気に食わない。やはりコイツもでかい方が良いと申すのか。私はその女子高生から目を戻し、彼をじっとりと見つめてみた。内心ではあの女子高生にジェラシーを燃やしながら。
 彼は難しげな顔でまだ半分以上残っているアイスを見つめ、惚けながらボソリと呟いたのだ。「やっぱり大きいほうがいいよなぁ……」と。私は完全にキレた。でかいほうが(性的な意味で)美味しそうだ。色んな意味でちいさい私では(性的な意味で)不満だということか、そうかそうか。
「お前には不釣り合いだよ」自暴自棄になってそう言い放ち、彼のキャラメルリボンを乱暴に奪いとってやった。私のキッズサイズよりまだたくさん残っている。その美味しそうな見た目が腹立たしかった。



 こういうトラブル一つ乗り越えるにも私達は時間が必要だったのだ。自分の未熟さをよく思い知った日だった。それから怒鳴り合い掴み合いの喧嘩に発展して、泣きながら家に帰った。そして三日間ものあいだお互い沈黙を保っていたのだ。
 もう二度と会えなくてもいいかと思った。その程度の男だ。しかしあの声が聞けなくなるのも少し寂しい感じがした。そして三日ぶりに電話を寄越したことに驚いた。やはり三日も経てば何事も無かったかのように振る舞えるものらしい。

「おーい、聞いてるかー?」
「す、すまん。ぼうっとしてた。もう大丈夫だ」
「そうか。じゃあしりとり、まず俺からな。モハ20系」
「ちょっと待て」

 我が耳を疑った。そんなしりとりがあるものか。なんだしりとりの始めがよく分からない番号って。いや何となく電車の名前だということは分かる。そんな言葉しりとりで使ったこともねーよ。

「言っただろ? 『い』縛りって」
「あ、あぁ……そうだったな」

 所詮、しりとりだ。どんなに奇抜な言葉でこちらのペースを乱されようと構うものか。

「いちじく」
「クハ481系」
「……出雲」
「モハ501系」
「…………伊勢」
「西武クハ1411系」
「…………」

 まさか、どうあがいても列車か。それがやりたくて私にしりとりを提案したというのか……しかも『い』責めというクドい謎のルール付きで。きっと電話越しに彼がドヤ顔しているだろう姿が眼に浮かんだ。この斬新なアイデアを披露するためだけに電話を掛けたというのか……!
 そうだ、彼はいつもこんな感じである。きっと年中面白いことしか頭に無いのだ。つねに新しいことを考えては、まるで子供のように私に実践しようとする。それが可愛らしくて付き合い始めたのだったかな。
 あぁ些細なことでウジウジと悩んでいた私がバカだった。今なら素直な気持ちになれるだろう。
 謝ってしまえ。そうして明日からまた彼とデートもどきをするのだ。もしも彼が胸のおおきい女性が好きだというならば、私がおおきくなるために努力をすれば良いのだ。

「……私が悪かった。謝ろう」
「宇治13000系」
「それはもういいって」

ちいさい女は嫌いですか

原本 ちいさい女は嫌いですか
http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=258172

ちいさい女は嫌いですか

即興小説 第0作目 微修正版

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-20

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