シャイニングプリンセス

魔法とは…

―――魔法とは…―――

一、とある場所では、自分にない力を欲する者が、努力し、訓練し、長い月日と年月を費やし手に入れられるモノ

二、とある場所では、もともとの世界がソレで満ちているため、苦労などせずに使える力の事

三、とある場所では、自分の知らないところで実は能力を持っていて、キッカケによって発動する力の事

四、とある場所では、何もない普通の人間が、突然現れた誰かによって不思議な力を与えられ、使えるようになるモノ

神様とこどもたち

 とあるところに神様がいました。
神様は何でもできましたが一人ぼっちでした。
寂しかった神様は、自分に姿が似た、忠実な子をつくることにしました。
最初に作ったその子たちを、神様は天使と呼びました。

 天使たちはとてもいい子でした。
神様のために一生懸命働いてくれるからです。
その様子を見て神様は満足していました。
しかし、長い年月が経つにつれて、神様はつまらないと感じるようになってしまったのです。
何でも気が付き、助けてくれ、あがめてくれる子たちなのに、何かが足りません。
そこで神様は、天使たちが自分たちで楽しみを見つけることができるよう、『自由意志』を与えることにしました。
すると、天使たちは自分の興味があることを研究し始め、やがて世界を作るようになりました。
神様は天使たちが作った世界を地球と呼ぶことにしました。

 地球はとても綺麗な場所でした。
感動した神様は、地球にもう一つの自由意思を持つ生命を住まわせることにしました。
それが人間です。
人間は飛ぶことも、全知でも全能でもありませんでしたが、とても賢い生き物でした。
しかし、神様が与えた自由意思によって、問題が起こってしまいます。

 神様の言うことを聞かない天使が出てきてしまったのです。
その天使の名前はサタンといいました。
サタンは悪いことばかりしました。
ほかの天使や人間たちを困らせ、いたずらばかりするのです。
天使たちの中にはそのいたずらを面白がり、仲間になる天使もいました。
そして日に日にいたずらはエスカレートしていき、とうとう最悪の事態が起こってしまいます。
サタンは、自分の思い通りにならなかった天使を殺してしまうのです。
それを知った神様は怒り、そして悲しみました。
自分が殺してしまったというのに、サタンは反省する気配はありません。
天使を作った神様が、その死んでしまった天使を甦らせることができると知っていたからです。
でも命を大事にしなかった事、反省しない天使が二度と同じ事をしないよう、すべての人間と天使の命を、一度きりにすることにしました。
神様は罪を犯したサタンを処刑することはありませんでした。
とても愛していたからです。
それでも、これ以上サタンと仲間たちが他の天使や人間に危害が及ばないよう、天使界から追放することにしました。
それはとても暗い場所、光が届かず、冷たくて何もない場所でした。

 天使界から追放された天使たちのことを、神様は悪魔と呼ぶようになりました。
悪魔たちは、自分たちが悪いのに、そんな場所へ追いやった神様を憎みました。
そして、その怒りを天使界へぶつけ、やがて戦争をするようになったのです。
そしてそれは今も尚、人間を巻き込みながら続いています。
そう、現代社会になった今でも…。

天川美羽という少女

「魔法少女って…いいな。」
 大きな都会のど真ん中にある小さな公園で、木陰にあるシックなベンチに座り、天川美羽はそう呟いた。
今まで読んでいた魔法少女の漫画の本を、パタンッと閉じると
「はぁ…。」
とため息をつきながら空を見上げる。
10月15日水曜日午前10時26分。
普通の学生であれば学校へ行っている時間だが、美羽が学校へ行かないのには訳があった。

「あんた…、男子にちやほやされてるからっていい気になってんじゃねーよ!」
「あれー?先生の教卓にあるはずの花瓶が、天川さんの机の上にあるなんておかしいねー。」
「ゴミ捨ててこいよー。そのまま帰ってくんなー!お前だってゴミなんだからさー!」

 腰までのびたサラサラの薄ピンクの髪、モデルのような顔立ち、中学生にしては大きすぎる胸。
母親が女優であった美羽は、その美貌を受けつぎ、学校中の男子の注目をあびていた。
もともと何か言われても言い返せる性格ではないことも合わさり、美羽はいじめの対象になっていたのだ。
思春期の中学女子生徒にとって美羽は、ただそこにいるというだけで“ウザい”そんな存在。
中学にあがってすぐそのいじめは始まり、最初は美羽も頑張って登校していたものの、休みがちになり、
現在では一週間に一度、学校の特別教室に顔を出す程度になっている。
そんな美羽が魔法少女という存在に憧れを抱いているのは、自分にはない強い心を持ち、堂々としている
姿に、少しでも自分が近づけたらいいのにと思うからだった。
しかし魔法少女など所詮作り話…、あるわけがなかった。

 ふと、美羽が空から公園に目を戻した時、公園の中を歩いている青年を見かけた。
青年も美羽に気づき、一瞬目が合う。
しかし気まずいと思ったのか、美羽はすぐに視線をそらした。
―スタッ、スタッ、スタッ―
青年であるだろう足音が、美羽のほうに向かってどんどん近くなる。
あまり人と話すことも嫌いになってしまった美羽は、
(そのままどこかへ行って…)
そう思いながら、うつむいたまま青年が通りすぎるのを待った。
-ピタッ-
青年の足音が止まる。と同時に、美羽の視界に青年の靴が入った。
(私の前で止まった!?誰?私の知ってる人じゃないし…。なんで?)
と不安そうにゆっくりと青年のほうを見上げる。
また青年と美羽は目が合った。
すると青年は驚いたことに、美羽の前にひざまずき、こう言った。

「姫、お迎えにあがりました。」

(―――――――――え??)

美羽の頭の中が一瞬真っ白になる…。
(何を言ってるのこの人は…)
(頭大丈夫なの??)
(そもそも誰ですかこの人は)
そんなことを次々と思い始めた。
無理もない。
見ず知らずの青年が自分の前で、“姫”とか“お迎え”とか言うなんて、誰が想像できただろう。
そんな台詞を言う人なんて、おとぎ話の中だけだと思ってました。
(変質者…???)
人間として疑う目で、美羽は何も言わず青年をじ――――――――っと見つめた。
肩までのびている白髪はサラサラで、その髪を少し後ろで縛っており、透き通った紅目の青年は、どうみて
も高校生くらいで…美形男子だ…。
そしてその青年は、現代社会ではなかなか見ることができない、執事が着ているような服を来ている。
何も言わない美羽に、青年はハッとする。
「申し訳ありません、突然現れた私に急に姫と呼ばれ、驚かれるのも当然です。」
美羽の不審そうな表情に気づき、青年はそう言うと、続けて自己紹介を始めた。
「私は天使界特殊部隊所属、カイト・ザルヴィエル大佐と申します。この度は美羽様を天使界にお連れする
 ため、任務を受け参上いたしました。驚かせてしまったご無礼、お許しください。」
そう丁寧にあいさつする姿は紳士的で、とても変質者とは思えなかった。
(私と歳があまり変わらないのに、もう大佐なんだ…)
(でも大佐って偉い人なんでしょ?なんで私の前でひざまずいたの?)
(私の名前も知ってるし、天使界ってどういうこと?)
美羽は、現状が理解できなかった。
「あの…お話されている事の意味が…よく分からないのですが…。天使界ってなんですか?どうして私の名
 前を知っていらっしゃるのでしょう?」
その質問に、カイトはきょとんとする。
「何もご存じないのですか?」
ご存じじゃないから聞いているのですが。
「あなたのお母様は、天使界現王の娘、ルリ・ソフィール様なのです。人間界ではご結婚され、天川瑠璃とお名前が変わっていらっしゃるはず。そして私があなたのことを知っているのは、あなたのお祖父様である、アルロス・ソフィール王より、美羽様のお名前を教えていただいたのです。」

 美羽の母が天川瑠璃という名なのは本当だった。
美羽が知っているのは、小さいころ、母がテレビに映っていて、有名な女優だったという記憶。
だが今目の前にいるカイトという青年は、美羽の母が天使界の王の娘であると言っている。
「信じられません…。私の母が天川瑠璃というのは間違いありませんが、昔は女優で、天使だなんてそん
 なこと…。それに…母はもう私が小さいころ、行方不明のまま家に帰ってきていないのです。」

 美羽が小学校に上がる直前だった。
一緒に暮らす父と祖母から、大事な話があると居間に呼び出され、美羽は
「お母さんは…もう帰ってこない…。」
そう伝えられたのだった。
美羽はその時どうして!?なんで!?そう父と祖母に泣きながらたずねた。
しかし、死んだのか事件に巻き込まれたのか、美羽は何もわからないまま、美羽の父と祖母はそれ以上美羽
に話そうとはしなかったという。
それ以来、母の話をするのも家族の中でタブーになり、小学校をあがってから今まで、美羽は母の話をして
いなかった。
だから実際、母がどんな人だったかといわれると、美羽自身もわかっていない。

「美羽様のお母様は…天使界で激しい戦争に巻き込まれ、現在意識不明のまま眠っておられます。」

(母が…天使界にいる…!?え…意識不明!?)

 美羽はただただ驚くしかなかった。
天使だと言うことだけでも驚きだったのに、行方不明の母のことまでカイトは知っていた。
(ちょっと待って…、私に一体どうしろっていうの…)
もやもやした感情がどんどん大きくなっていく…。
信じられないが、受け入れるしかないのだろうか…。
「カイトさん…。今の私には…理解はできても、やはり信じられません。私は普通の人間の子として育ちま
 した。天使だなんて言われても、存在するなんて言葉で言われても、信じられないんです。」
美羽の目から涙がこぼれ落ちた。
不安だった。
いきなり現れた青年に、姫と言われ、天使と言われ、母の所在まで明かされて、美羽はどうしていいのかわ
からなかった。
美羽の涙にカイトは困惑しオロオロしている。
もちろん今のカイトは人間界にいるため、背中に羽があるわけでも、頭の上に輪っかがあるわけでもない。
普通の人間にしか見えないカイトを天使として見るのも、美羽には無理な話だった。
「申し訳ありません…、人間との接触は、天使界では一部の天使を除き禁じられています。ですので、私が
 天使であることをそのまま晒して、美羽様にお会いすることができなかったのですが…。」
カイトは一呼吸つくと…
「美羽様のためです。今公園に結界を張って、少しの間だけ誰も入ってこれないようにしました。天使とい
 う存在を、美羽様の目で確かめてください。」
カイトはそう言うと美羽から少し離れた。
そしてすうっ…っと息を吸い込む。
するとカイトの体は宙に浮き始め、背中から鳥のような白い羽がスルスルと出てきて大きく広がった。
カイトの身長より大きな羽は、カイトの頭上の輪と共に白く輝いている。
(凄い…これが天使…)
それを見ていた美羽も、天使という存在を確認できたことと、その美しさに見とれていた。
一定時間天使の姿を美羽に見せると、カイトは羽をしまい、地上に降りて、美羽の前に戻った。
「これで少し、美羽様の信じられない気持ちが変化してくださると嬉しいのですが…。」
少し照れくさそうに、カイトは美羽に微笑んだ。
「そう…ですね。天使がいるんだというのはわかりました。でも、まだまだ私にはわからないことばかりで
 す。母のことも、天使界のことも…これから自分がどうしたらいいのかも…。」
「あぁ…そうだ。」
カイトが何かを思い出したようで、自分の両手をポンっと叩く。
「大事なことをお話ししていませんでした。私の今回の任務は、美羽様を天使界へ連れていくという事だと
 お話したと思いますが、その理由です。」
「は…はい。」
美羽は自分の息をゴクッと飲んだ。
「美羽様のおじい様は先ほどお話した通り、天使界の王です。ですが、悪魔達との戦争の影響で、原因不明
 の病気にかかり、お身体がもうボロボロなのです。」
「そ…それが…私とどんな関係が…。」
「王は言っていました。人間界には2度行ったことがあると。一度目は美羽様のお母様、瑠璃様の結婚式の
 時。そして二度目は…あなた様のご様子を見に行かれた時と…。美羽様ご自身にも会われたそうで、美羽
 様は何か記憶がございますか?」
そう言われ美羽は考えた。

(そういえば…昔…)

「おじいさんだぁれ?なんでここにいるの?」
白髪で、髪と髭の長い老人を…美羽はこの公園で見たことがあった。
今とほとんど変わらない公園、ちょっとした丘の上でベンチに座り、老人は美羽のほうを見ていた。
一人で遊びに来ていた美羽は、自分を見ている老人にそう尋ねる。
すると老人は
「ふふ…おじいさんは散歩に来たんだよ。」
そう答えた。
「そっかぁ!きょうおひさまがあったかいもんねー!」
と言いながら美羽は老人の隣に座り、お喋りをした。
お母さんのこと、お父さんのこと、保育園のこと、お友達のこと、毎日のことを楽しそうに話す姿を、老人
はにこやかに聞いていた。
「美羽ちゃん…お母さんは好きかい?」
「うん!だぁぁいすき!!」
老人からの質問に美羽は満面の笑みで答えた。
そして老人は美羽の頭を優しく撫でる。
「あ…そろそろかえらなくちゃ。きょうはおはなしきいてくれてありがとう!わたしおじいちゃんはいない
 から…ほんとうのおじいちゃんができたみたいでうれしかった!また…いっしょにおはなししようね!」
「あぁ…またいつかあおうね。……美羽ちゃん!」
そして後ろを向いてさって行こうとする美羽を老人は引き留め、こう言った。
「お母さんもお父さんも、お祖母さんもお友達も、みんな大切にするんだよ。」
「うん!おじいちゃんもきょうからたいせつなおともだちだよー!またねー!」

(そうか…あの時…あの時にあったおじいさんが…もしかしたら私の本当のお祖父ちゃん…)
「確証はありませんが…、昔この公園で、ご老人に会った事があります。白髪で…髭も髪も長くて…とても
 印象的なおじいさんでした。」
美羽はこの公園で、幼い時に会ったおじいさんの事と、その時の様子をカイトに話した。
「なるほど…。確かに現王も白髪で髪も髭も長い方です。もしかしたら美羽様の言うその方が王である可能
 性が高いですね。映像で確認してみましょうか。」
カイトは自分の胸のポケットから、懐中時計のようなものを取り出した。
何かボタンを押して、パカッっとその懐中時計のようなものは開くと、そこから光と映像が浮かんでくる。
「これが…今の王の姿です。」
(おじ…い…ちゃん…)
間違いなかった…。
あの日…あの時ここにいた…少し病気でやつれてはいるが、白髪で髪と髭の長い老人がそこには映っていた。
「あの時…この場所におじいさんがいたのは…、私に会いに来てくれたからだったんだ…。だからあの時、
 お母さんは好き?なんて…聞いたんだ…。」
カイトに言われるまで忘れていた…。
自分の祖父だとは思わなかったのだから仕方ないが…、あの時出会って以来、今までその老人に会うことは
なかった。
おじいさん今日はいないかな…なんて思った日もあるのに、時が過ぎるとそんなことも忘れているなんて…。
「間違いないようですね…。ですので王…いえ、そのお祖父様が…病気でもうお命が長くないのです…。お
 祖父様は美羽様の事をとても気にかけておられました…。そしてもう一度、自分が死ぬ前に会うことをご
 希望なのです。」
「お祖父さんが…、私に会いたがってる…。」
美羽は素直に嬉しかった。
自分もお祖父さんに会いたい…そう思った。
「カイトさん…私もお祖父さんに会いたい…。でも…できない…。」
「今すぐにというわけではありません、美羽様にも準備が必要ですから。」
「それでも….。一緒に住んでるお祖母ちゃんも病気で…、お父さんも仕事で帰ってくるのは一週間に一回…。
 もし私が天使界に行っている時に何かあったら…。一人で置いていくなんてできない…。」

 今年の春…4月の事だった。
美羽の祖母が風邪をこじらせ、入院したのだ。
その時、医師から癌が見つかったと言われた。
見つかった時には遅かった事、実は具合が悪かったのに、心配させないように無理をしていた事を医師から
伝えられた。
「あと…どれくらい生きられるんですか…?」
「そうですね…短くて3か月…長くて半年でしょう。」
自分の大好きなお祖母ちゃんが、あと長くても半年でと宣告された時、美羽は絶望した。
(自分の命がもうすぐ終わるとわかっている人生なんて…なんて残酷なの)
そう思っていても、自分に何かができるわけではない…
人はいつか死ぬ。
それはわかっている。
けれどもその日がいつかはわからない。
なのに美羽の祖母はそれがわかってしまったのだ。
あれからもう半年が経つ…。
祖母がいつどうなってもおかしくない時期に、天使界へ行くことなんてできなかった。

「わかりました。今日のところはお話だけにさせて頂きます。」
美羽の気持ちを考え、カイトはそう言った。
「準備があるのは本当ですが、美羽様のお気持ちのほうが大切です。私はまた後日、美羽様のところへ出向
 こうと思います。…これを。」
カイトは腰のあたりにあったポーチから、小箱を取り出し美羽に渡した。
「この中には時計が入っています。その時計は私との連絡手段にお使いください。」
そう言われ、美羽は小箱を開ける。
中にはハートを基調とした形の、宝石のはめ込まれたかわいいコンパクトサイズの時計?が入っていた。
美羽はそれを取り出すと、上下に開く。
中を見るとそこにはきちんとした形の時計がはめ込まれていた。
「かわいい…懐中時計ですね。え…でも時計なのに連絡が取れるんですか?」
「使い方は簡単です、中にある丸い石を操作して、私の名前を選ぶだけです。」
「凄い…天使界では時計でも電話できるんですね…。」
「いえいえ、電話機能は魔法石を使います。人間のように科学ではなく、天使界では魔法が発達しているの
 で。」
「ってことは…これは…魔法アイテム!?」
「そういうことになりますね。」
美羽の頭の中は嬉しさであふれている。
あこがれた魔法というものが今目の前、自分の手のひらの中にあるのだから。
「ありがとうございます。」
「いえ、ではまた後日。失礼します。」
美羽にニコっと笑って見せると、カイトはそのまま去って行った。

幼馴染の帰還…

 美羽がカイトという天使に出会ってから、もう一週間が経とうとしていた。
カイトから連絡もないし、美羽自身も連絡していない。
準備というものが何なのかもわからないまま、天使界にいるであろう自分の祖父に会うかどうかそれだけで
迷っていた。
祖母の体調は一週間前と特に変わった様子はない。
本当に病気が祖母の中で進行しているのだろうかと思うほど、穏やかな毎日を送っている。
そんな毎日がいつまでも続けばいいのにと、ただそれだけだった。
家の隣にある神社に、美羽は足を運んでいた。
苦しい時の神頼みとは…昔の人がよく言ったものである。
参拝前に手を洗い、拝殿前に進み出て軽くお辞儀をする。
その後お賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二礼二拍一礼。
もちろん願いごとは祖母の事だった。
最後に軽くお辞儀をし、その場を離れる。
境内を見渡す美羽に秋の風が通り抜けた。
「懐かしいな…。元気に…してるかな…。」

 保育園の頃、美羽には幼馴染がいた。
お隣り同志で、神社の娘だったその子は、小学校へ上がるのと同時に、両親の仕事の関係でアメリカへ越し
てしまった。
引っ越す前は毎日のように、神社の境内で遊んでいた。
鬼ごっこ、かくれんぼ、おままごと…。
神社の境内を見渡す度、その日の事を思い出し、懐かしく思う。
「引っ越しても…ずっとずっと友達だからね!!」
「お手紙書くからね!絶対忘れないから!!」
お互いにそんなことを言いあった。
小学校にあがってから、約束通り手紙の交換はしていた。
でもそれは小学校までだった。
学校の話や友達の話ができなくなってしまった美羽は、幼馴染への手紙を書かずにいた。
本当は書きたかった。
でも書ける内容があまりにも少ない…。
いじめの事、お祖母ちゃんが病気になってしまった事、母が消えた事なんて、友達を心配させるだけ。
心の中でごめんなさいと言いながら、美羽は幼馴染の手紙を今も大切にしまってある。

「み…う…?…美羽なの??」

 突然の言葉にハッと後ろを振り返る。
そこには肩の下までのびた紺色の髪を、丸いプラスチックの飾りがついたゴムで縛っている、旅行カバンを
持った同じ年くらいの少女。

「れ…いか…?」
手紙交換をしていた幼馴染、青空零歌に間違いなかった。
最後に会ったのは引っ越しする前、保育園を卒園してすぐの頃。
お互いに背も伸びた、大人になった、でも本人とわかる面影は今も変わらない。
「久しぶり!!よかった、ずっと手紙返ってこないから、心配してたんだよ!?」
そういいながら零歌は美羽に近寄ると、手をぎゅっと握りしめた。
「零歌…どうしてここに…。」
「両親の仕事はまだアメリカで継続してるんだけど、私どうしてもあっちの環境に慣れなくて…。私だけ、
 親に無理言って帰国することにしたんだ。だから、お祖父ちゃんの手伝いしながら、日本で暮らしてくつ
 もり!美羽とは学校一緒だね!」
美羽はギクッとした。
学校が一緒…、そう言われても自分は学校に行っていない。
「そ、そっか。おかえり…また、よろしくね。それじゃ、私用事あるからそろそろ…行くね。」
言えない…。
その場はそう言って逃げることしかできなかった。
(美羽…?)
まるで逃げるように立ち去って行く美羽の後姿を見ながら、零歌は何か変だと疑問を抱いたようだ。

 次の日、美羽はいつも通り公園で本を読んでいた。
だが、昨日零歌に会ったことを思い浮かべてしまい、なかなか本の内容が頭に入ってこない。
自分が学校にいないことを不思議に思うだろうか…
意気地なしだとけなされるのではないか…
そんなことを考えながら、また空を見上げぼーっとする。
秋の風が上空の雲を緩やかに流していた。
ふと…空から公園へ視線を戻す。
すると何やら大学生くらいの男性3人が、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら、こちらに歩いてくる。
美羽は直感で、危険だとわかった。
自分の周りに人はいない。向かって歩いてきているのは自分の方。ただの通行人という雰囲気ではない。
(逃げないと…)
美羽は読んでいた本を閉じ、手に持つと走り出した。
「あ…くそ、まちやがれ!」
そんな言葉を尻目に、美羽はただひたすらに走る。
小さな公園とは言っても、大都会に比べれば小さいだけで、敷地面積は東京ドームくらいはある。
区画整理がきちんとされていて、公園と道の間には柵か、植込みがあるため、どこでも走っていけるわけで
はない。
出入口へ向かって行かなければ、公園から出ることはできないのだ。
だが、相手は3人美羽は一人…。分が悪い。
(見えた!公園の出口!)
美羽の目に公園の出口が映った。あと少し…。
と…横から凄い勢いで走ってくる一人の男性。
「―――――っつ…!!」
甘かった。
相手が3人ひとまとめになって追いかけてくるわけもなく、分散して美羽の逃げ道をふさいでいた。
美羽は立ち止まり、駆け寄ってくる男性に対して逆方向に走ろうとするが、前後左右逃げ道がない。
「へへ…そう簡単に逃げられると思うなよ…。」
3人が徐々に美羽との距離を詰めていく。
「何か…御用ですか…。」
目の前に来た一人の茶髪の男性に、そう言う美羽の声は震えている。
「あっれ、声震えてんじゃない。怖いー?そりゃそーか。3人がかりで追いかけられてるんだもんねぇ。」
「どいて…ください。」
美羽は隙をついて3人の中からすり抜けて逃げようとした。
「おっとー。」
「きゃぁっ!!」
だが腕をつかまれ、口をふさがれると、3人がかりで公園の茂みの中に連れて行かれる。
抵抗もむなしく、美羽は地面に押し倒され、男性はその上にのしかかってきた。
「ん~~!!んん~~!!」
「こんな時間に学校行かないでサボってる悪い子には、お兄さん達がお仕置きしてあげないとねー。」
(いや…いやぁぁ!!誰か…誰か…助けて!!)
男性が美羽の胸のあたりに手を伸ばし、服を脱がそうと手をかけようとした時だった。
「ふごぉっ!!」
美羽の上に乗っていた男性が吹っ飛ばされる。
と同時に束縛されていた美羽の体が自由になり、押さえつけていた男性二人も同じように吹っ飛ばされた。
美羽は何が起こっているのかわからなかったが、よく見るとそこには、同じ中学校の制服を着ているが、見
たことのある男性の姿があった。
(カイトさん!!)
「3人がかりで一人の女の子に手を出すとは…人間の風上にも置けないやつらだな…。」
「てんめぇ…調子に乗りやがって…!!」
最初に吹っ飛ばされた一人が仕返ししようとカイトに飛び掛かってくる。
繰り出された右手の拳が、カイトの顔めがけて飛んでくるが、カイトはあっさりと避けてしまう。
その後、何発も何発も当てようとしては避けられ、いつの間にか男性は息が上がっていた。
「はぁ…はぁ…。くっそ…こいつ、俺をなめやがって…。」
そう言いながら男性は自分のズボンのポケットに手をかけ、何かを取り出そうとした。
――パシッ――
その男性を見たカイトは、男性の額に何かを張り付ける。
○枠の中には良と書かれたシールのようだ。
「あんた…これ以上人間のクズになるつもりか…。少しは心を入れ替えろ…。」
そうカイトが男性に告げて離れ、一呼吸おくと、
「はいっ!!先生!!すみませんでした!僕が悪かったです!!もう一度小学生からやり直します!」
カイトに向けられた殺意が男性からは消え、敬礼をしているその姿はまるで別人のようだ。
「お…おいお前…どうしたんだよ…。」
「いいんだ!俺が悪かった…。お前ら!帰って修行だ――――!!」
「は…はぁ??お…おいちょっと待てってー!!」
良シールを張られた男性が走り去っていく姿を、困惑した様子で後の二人が追いかけていき、三人は姿を消
した。
「美羽様!!お怪我ありませんか!?」
カイトが美羽のそばに駆け寄って抱きかかえた。
「カイトさん…ありがとう…。私…カイトさんがいなかったら…どうなってたか…。」
「いいのです…。怖かったでしょう…、間に合ってよかった。」

 美羽が落ち着くのを待って、二人はその場所を離れる。
地面に押し倒された美羽の服や体は、土や枯葉が付き、汚れてしまっていた。
「私…一度帰ってお風呂に入ってきます…。」
「そうですね…。それがいいと思います。」
そう言ったものの、美羽はカイトのそばを離れる事ができない。
もしまだ近くにあの人たちがいたら…そう思って一歩が出ないようだ。
そんな不安そうな美羽を見たカイトは
「大丈夫です…。ご自宅までお送りします。」
そう告げた。
「ありがとう…。」
美羽はほっとした顔でカイトと一緒に公園を後にする。

「制服…私の通っている中学校のものですよね…?」
公園から家へ向かう途中、美羽はカイトが着ている制服が気になっていた。
「えぇ、美羽様に今後天使界へ案内することになったとき、一緒の学校のほうが連絡も取りやすいですので
 ここ一週間ほどは、必要な書類を集めるのに走り回っていました。なので、今度からは人間界の学生、水
 原海斗という名で通うことになりました。よろしくお願います。」
「え…、あぁ…はい。私…あまり学校には行かないけど…。」
そう話しているうちに、美羽の自宅が見えてきた。
昔ながらの日本家屋で、昔は農業をやっていたような節が、家からは感じ取れる。
すると、美羽の自宅あたりから、美羽のほうに走ってくる人がいた。
零歌だった。
「美羽!!学校に来てないから心配で…って…どうしたのその服とか…頭…!」
「零歌…ごめんね心配させちゃって…。ちょっと…いろいろあって…。…お風呂入ってくるね…。」
美羽は零歌に何も告げず、そのまま家の中に入って行ってしまった。
「…。…あなた…誰?」
美羽と一緒にいた男性が気になり、零歌はカイトにそう尋ねる。
カイトは零歌に向かってにこっと笑うと、
「美羽様の友達です。」
そう返した。
「ふーん…。」
(様…?大丈夫なのこの人の頭…)
喉まで出かかったあなた大丈夫ですか?の言葉をひっこめ、零歌はいろいろ考えた。
(同じ制服ということは…美羽のおっかけ?でも…彼氏という可能性も…。)
(違う…もし彼氏だとしたら様なんて言葉使わない…。)
美羽とカイトの関係性がわからず、悩む零歌を横目に、カイトは何も言わなかった。
もし語ったとしても信じてもらえはしないだろう。
そして二人ともそのまま話さず、美羽が帰ってくるのを待つことにした。

「お待たせ…。ごめんね二人とも、時間かかっちゃった。よかったらあがって。」
二人が待つこと30分、美羽が戻ってきた。
そう言われ、零歌とカイトは美羽の家に入っていく。
「お邪魔しまーす。」
零歌とカイトは中にいるであろうお祖母さんに声をかけながら、美羽の後に続く。
美羽の部屋は二階にあり、6畳の畳の部屋が二つ繋がっている状態で、広さとしては申し分ない。
昔ながらの日本家屋のわりには、中は女の子らしいぬいぐるみや飾りつけで、古さは感じなかった。
二人が部屋のローテーブルの前に座ると、美羽は下から用意してあったお茶を持ってきて二人に出した。
「懐かしいな、美羽の部屋…。昔はよく遊びにきてたのに、7年もたつと部屋の雰囲気も変わるね。」
そう言う零歌はどこかさみしそうに見える。
「おままごととか折り紙とか、いろんな遊びしたよね。あ、今度アルバム探してみよっか?物置にしまって
 あると思うから。」
「おー!それは楽しみにしておかないとー!」
二人の思い出話を海斗は和やかな表情で聞いていた。
「そっか、二人とも初対面だもんね。えっと…海斗さん、私の幼馴染で、隣の神社の娘の青空零歌さん。つ
 い最近まで、ご両親のお仕事の都合でアメリカにいたんだけど、零歌だけ帰ってきて今度から一緒の学校
 になったみたいです。」
「えぇ、今日学年で紹介があったから知ってます。たしか、美羽様と同じ2年B組だったと思いますが?」
「えぇ!?零歌そうなの??」
「そうだよぉ…せっかく美羽と一緒のクラスでひゃっはー!って内心喜んでたのに…。美羽ったら欠席でい
 ないんだもん…。」
「ご…ごめん。いろいろ…事情があって…その…。」
美羽はそのままうつむいてしまった。
そんな美羽を見ながら零歌は言う。
「知ってるよ…美羽…いじめられてるんだってね…。」
「―――!?ど…どうしてそのことを…。」
友達に心配をかけまいと、黙ってきた美羽にとっては驚きの発言だった。
自分の口から言うまでもなく、時が経てば零歌にも伝わってしまうことなのだろうが、ここまで早いとは、
美羽も思っていなかったのだろう。
「一緒の学年の男子や女子に聞いたんだ…。美羽がいないから何か知らないか?って…。そしたら…、」
―――――――――――――――――――――――
「あぁ…天川美羽?あいつずっと休んでるよ。たまに特別教室ってところに顔出してるとは聞くけど?」

「天川美羽ー?誰その…うざそうな名前のやつー。んなやつこの学校にいたっけ??」
「そうそ、顔がいいとか胸がでかいとかだけで男子にもてはやされてさ、空気悪くなるってのー。」

「天川さん…中学校入ってからいじめがひどくなって…。天川さんいじめないと…私が対象になりそうだか
 ら、怖くてずっと無視してたら…学校こなくなっちゃった…。」

「天川か…。いじめられてるって話も聞くが、お祖母さんの病気と、お母さんの失踪で、家庭が大変だから
 しばらく休むっていうことに学校側はなってる。」
―――――――――――――――――――――――
「なんて情報をいろいろ私なりに集めたわけ。美羽が中学校に入ってから、私と手紙交換しなくなった訳も
 これでなんとなくわかった。きっと、私の事を心配させたくなくて、話さないんじゃないかって…ね。」
図星すぎて、美羽は何も言い返せなかった。
「友達のこと心配させたくないって気持ちは…私もわかるから…、美羽のこと責めたりしない。だって、私
 もアメリカの学校で、生徒とか環境になじめなくて悩んでたこと、美羽に詳しく話したりしなかったし。
 お互い様かな…って。」
「零歌…、ありがと…。零歌が私の友達で本当嬉しい。」
「な…、ほ…褒めたって何も出てこないんだからね…。」
美羽がお世辞でそういう事を言う人ではないと、零歌はわかっているだけに、零歌自身も照れくさくてたま
らないようだ。
「あ…ごめんね海斗さん…。海斗さんの紹介しないで…二人で話してた…。」
「いえ、大丈夫です。じゃあ私も自己紹介させてください。私は2年A組の水原海斗といいます、よろしく
 お願いします零歌さん。」
「よろしく。っていうか…美羽と海斗君ってどんな関係?様つけて海斗君呼んだりしてるし。」
(うっ…)
どんな関係といわれても…、天使がどうだの、姫がどうだの話しても零歌には信じがたい話だろう。
美羽は一生懸命、どう話したらいいか考えているようだが、これといっていいものは浮かんでこない。
「そう…ですね…。恥ずかしながら…ずっと、美羽様のファンで…。」
と…海斗が顔を赤らめて恥ずかしそうに話始める。
「えっ…!?」
(ちょ…ちょっと待って海斗さん!何を言いだすの!?)
突然の海斗のファン宣言に、美羽は動揺を隠せない。
「へー、まぁ美羽絶賛可愛いからねぇ。学校の男子からもモテモテみたいだし。ない話じゃないけど…。で
 も、よく美羽がOKしたね。昔から男子が苦手なのに。」
「う…うん…。まぁあの…、海斗さん周りの男子とちょっと雰囲気違うし…、さっきも公園で、変な男性に
 絡まれてたところを…助けてくれて…。その…友達ならいいかなって。」
(ちょっとまって…なんか海斗さんと私が、友達からでよかったら付き合ってくださいみたいな展開になっ
 てるけど違うよ!?零歌違うのよおおぉ!?)
「ふーん。まぁ…確かに海斗君ってまわりの男子とはちょっと違って大人っぽいし、紳士的だから美羽に変
 な事しなさそうだもんね。うん、美羽を助けてもらったんだし、信じられそうだからOK!」
右手の親指を立てて零歌は海斗にグッドのサインをする。
(いいのか…この展開…)
零歌にまでOKをもらってしまった海斗の心境は複雑である。
「あ…でも本当に友達ってなったのなら、様をつけられると私ちょっと困っちゃうな…。だから今度から私
 のこと名前だけで呼んでくれると嬉しい。そのかわり、私も海斗君って呼ばせてね。」
「あ…はい、そうします。」
「む…敬語も禁止ー!」
久しぶりに友達同士で会話を楽しむ美羽の顔には、笑顔が戻ってきていた。
ずっと中学にあがってから、いじめられていて、いろいろな問題を抱えてしまってい部屋にこもっていた美
羽は、久しく笑うことも忘れていたのだ。
二人のおかげだなと、美羽は心の中で感謝していた。

 そして、そんな楽しい時を過ごしたその日の夜。
「ねぇお祖母ちゃん…。」
「なんだい…?」
「私…教室に行くのは無理かもしれないけど…、もう一回…学校に毎日行ってみようかな…。」
零歌が戻ってきてくれたこと、そして新しい友達ができたことを話し、学校に行ってみようと思っているこ
とを祖母に告げた。
「美羽ちゃん嬉しそうねぇ、久しぶりにその笑顔みたわ…。そうね…ゆっくりゆっくりでいい。美羽ちゃん
 が頑張れると思うことを、少しずつ一歩一歩やっていけば、いつか周りのみんなも美羽ちゃんのことを、
 わかってくれる日が来ると思うわ。」
「うん…、お祖母ちゃん…ありがとう…。」
そう言う美羽の笑顔を、夜空の月が明るく照らしていた。

誕生!シャイニング・エンジェル!

「大丈夫…何もない…。」
 自分の通う天ヶ崎中学校の門の前で、美羽は心を落ち着かせている最中だ。
教室に行くわけではないが、誰かに会うたび、ひそひそ話や笑い声ですら、自分の事なのではないかと怯え
てしまうのは、いじめられた人ならではである。
周りが怖い…、でもいつまでも逃げているわけにもいかない…。
美羽は勇気を出し、門をまたいだ。

 特別教室は普通の教室とは違う場所にある。
一階の職員室の中庭を挟んで向かい側だ。
もしそこに生徒が登校する場合、一度職員室へ顔を出さなくてはならないという決まりがある。
一番の難所はそこである。
もし休み時間に職員室へ行くようなことがあれば、生徒に出くわして、しなくていい心配までしてしまう。
しかし美羽自身はもう、授業の時間が何時から何時という時間は把握してあるので、前のように休み時間に
職員室へ行くようなへまはしない。
午前10時過ぎ、美羽は職員室へ行き、担当の先生に挨拶すると、プリントをもらい特別教室へ向かった。
ガラガラと教室のドアが横にスライドして開く。
中には誰もいない。
特別教室に通っている人は美羽の他にもいるらしいが、美羽が直接この教室で会ったことはない。
椅子に座り、先生から手渡されたプリントを始めた。

 美羽の学力はそこまで悪くはない。
テストで学年トップ10に入ることはないが、毎日本を読んでいるだけあって、語学力は結構あるほうだ。
家でも自主学習していて、先生から渡されたプリントも、実はそんなに難しくはない。
ただ、授業に参加することはできないため、大体の成績が5段階評価の2か3である。
プリントを初めてから1時間、先生から渡されたプリントはすでに終わってしまっていた。
できたプリントを先生に渡してくると、美羽は家から持ってきた本を読み始める。
先生からの課題をやれば、あとはほとんど好きにしていていい。
問題のある子どもたちの、心のケアなどでカウンセリングがたまに入るが、通いやすい教室になっている。
美羽の場合は、学力も悪くないことから、先生たちから特に何か言われるわけではないようだ。
――キーンコーンカーンコーン――

 学校のお決まりのチャイムの音、そろそろ給食の時間。
給食室からきょうのメニューはなんだろう?と考えさせる、香ばしい香りが学校中に漂ってくる。
給食の準備時間になると学校が騒がしくなる。
そこかしこで、腹減ったー!の声が聞こえてくるからだ。
現に、美羽のお腹の時計ももうすぐ鳴りそうだ。
給食の時間になると、放送委員が放送をし始める。

 その放送と同じくらいの時間だった。
「美羽~!給食持ってきた―!いっしょに食べよ~!」
と、零歌の声。
特別教室へ通う人がクラスにいた場合、クラスの担当がその人のところへ給食を持っていく。
「今度から、私が美羽の給食の担当になったから、毎日持ってこれるよ!」
「そっか…零歌、ありがとう。」
そう言って二人は椅子に座り食べ始めた。
今日のメニューはわかめごはん、キュウリと大根のつけもの、豚汁に、さんまのかば焼きである。
「そういえばさぁ、最近噂になってるんだけど、事件のこと知ってる?」
給食を食べながら、零歌が尋ねる。
「事件?何の?」
「私たちの市内で、行方不明の人が増えてるんだって。この学校でも1年生だっけな…突然いなくなっちゃ
 って…たまに警察の人が出入りしてるって話だよ?」
「そうなんだ…。なんかそういう話怖いね…。」
「それが一人や二人じゃないらしいんだよね…。市内で8人って言ってたかな、今のところ。」
同じ市内で8人の行方不明者。
なんの前触れもなくいなくなるようで、警察が手掛かりをつかもうと躍起になっている。
「その話…もっと詳しく聞かせてもらえないか?」
後ろから男子の声がする。
振り返るとそこには海斗の姿があった。
「あれ、海斗くんじゃん…。給食は?」
「もう食べた…。」
「早っ…。ゆっくり食べないと消化に悪いよ?」
「いやその…美羽が来てるって…小耳にはさんだもんだから…。」
「あぁ…そうだったね…海斗くんは美羽のファンだったねぇ…ふふ。」
茶化す零歌の言葉に照れながら、海斗はそのまま近くの椅子に座った。
「知ってることって言っても、そんなに多いわけじゃないよ?とりあえず噂では8人で言ってるけど、それ
 が全員かどうかもわかんないし、行方不明になった人もばらばらで、看護師だったり、OLだったり、他
 の学校の教員だったり、生徒だっただり、一致点が何もないんだって。」
その言葉を聞いて海斗は顎に手を当て、考え事をしている。
まるでその姿は探偵のようだ。
「まぁ…これは近所のおばさんに聞いた話だけど、とにかく何か問題を抱えていた人とかじゃなくて、行方
 不明になった日も、いつものように仕事とか、学校に普通に出て行ってからの出来事だったみたい。もし
 かしたら誰かが誘拐してるのかもっていう線もあるみたいだけど、どこまで本当なんだろ??」
「その行方不明者が最初に出たのはいつくらいだ?」
「んー…一ヶ月…たってないくらいだったと思う。もし超絶可愛い子を狙ってるんだとしたら、今度は美羽
 あたり狙ってたりしてー。」
「ちょっとー!怖いこと言わないでよぉ…。」
ただの冗談でも、美羽が狙われる可能性がないとは言えなかった。
それは美羽に限ったことではなく、もしかしたら零歌自身の身に降りかかることかもしれない。
「さて…、ごちそう様でした。私美羽の分も片づけてくるね。」
「うん、ありがとう。行ってらっしゃい。」
そう言って零歌は美羽と自分の分の食器を持ち、特別教室を後にする。

 そして、零歌が特別教室を出て行ってすぐのことだった。
「もしかしたら…悪魔の仕業かもしれない…。」
「えっ…?」
悪魔とは、一般的に悪の象徴であったり、人々を誘惑する存在であったりする。
宗教によって見方や呼び方などが若干違うものの、悪いという事に対しては共通している。
「天使界があるように、悪魔界というものも存在するんだ。大雑把に話すと、天使界と悪魔界は敵対してい
 て、悪魔は人間にも悪さをすることがあるっていう事。だから零歌さんの話を聞いて、もしかしたら…っ
 て考えた。」
「悪魔が人間を何かの理由で、誘拐してるっていうの?」
「あぁ…確証はないけどね…。もし1ヶ月もたたないのに8人も行方不明になっているとして、もし人間が
 原因だったとしたら、ひとつも手掛かりがないっていうのがおかしい。落し物や本人の痕跡、最悪の事態
 だったとしても、遺体という形で見つかっていてもおかしくないのに、それがないから。」
天使が実在するということは、海斗の存在で美羽は確証があった。
だとしたら、海斗が言う悪魔というのも本当の話なんだろうと理解する。
「もしそうなったら、美羽を天使界に連れて行くっていう準備にも関係してくることだな…。」
「その…前言ってた準備ってなんなの…?」
「それは…、魔法天使シャイニング・エンジェルとして、悪魔と戦う事。」
「…??ぱ…ぱーどぅん??」
「要は魔法少女になってくれって言ってる。」
(なんですと~~~~~!?!?)
(なんですか…?私…あなたと契約しちゃうんですか??)
(いや…いやいやいやいや…私が??)
美羽は混乱している。
それは顔にまで現れ、開いた口がふさがっていない。
「いや…でも私が魔法少女なんて…。」
「魔法使えない人間が、いきなり魔法使えるようになるから、最初は戸惑うかもしれないけど、困った事が
 あったら、俺もできる限り手伝うから。」
ずっと憧れていた魔法少女になるチャンスに嬉しさも感じるが、それと同時に自分にできるのかどうかとい
う不安が美羽の頭をよぎる。
「魔法少女になるって…どうや…っっつ――――!?」

――キィィィン――
 いきなり美羽の頭に耳鳴りににた音が響き渡る。
「な…何これっ!!」
「なんだ…この気配…。悪魔が近くにいるときの気配がする…。」
ただならない様子で海斗が教室を飛び出し、中庭に出る。
美羽もそのあとに続いて出て行くと、海斗が上空を見ていた。
「あっれぇ、カイトちゃんだぁ~♪人間界に行ってるって情報本当だったんだぁ~♪」
「アリス…。」
二人が見つめる視線の先には、中に浮く悪魔のような羽がはえた丸い物体とその上に乗る女の子。
ゴシックロリータ系の黒い服に胸のあたりでネクタイを付けており、スカートの裾部分が半透明で、足が太
ももまで見えている。
そしてカイトが名前を呼んだという事は、どうやら二人は知り合いのようだ。
「噂をすれば何とやらだな…。あいつが悪魔ってやつだ…。」
「えっ…あの人が…?」
空に浮かんでいることに関しては普通ではないが、姿形は普通の女の子に見える。
「美羽、俺が上げた懐中時計今持ってるか?」
「う…うん、ポケットの中にあるよ。」
美羽は一週間ほど前にもらった懐中時計を、何かあった時のためにと、出かけるときは携帯するのが習慣に
なっていた。
「もしかしたら、それを使う時がきたかもしれない…。」
「えっ、でもこれ懐中時計なんじゃ…?」
「ちょっと、私を無視して二人で話しないでよ!」
上空から二人が話をしているのを見ていたアリスは不機嫌そうだ。
「アリス…お前…ここで何やってるんだ。」
そう言って、海斗はアリスをにらみつける。
「えー、そんな怖い顔で見られるとアリスこわい…。ひどいよカイトちゃん、私にあんなことやこんなこと
 しておいて…。」
にらみつける海斗の反応に、アリスは困ったように顔を赤らめながら、涙ぐんだ顔をして返した。
「ちょ…誤解されるような言い方するな!」
「か…海斗君見損なったっ!!」
「あのなっ!鵜呑みにするなっての!!」
女の子を泣かせるようなことをするなんてひどい!そう美羽は思っていることだろう。
少し美羽の中で海斗の株が下がってしまった。
「何してる…か。うーんそうだなぁ…、簡単に言うと…おもちゃ…探し、かなっ!」
「おもちゃ探し…?」
普通の子どもが使えば何の変哲もないその言葉だが、悪魔が言うのだから裏には何もないわけはない。
海斗は今までの経験でその言葉が悪いことの証明であるのがわかっていた。
「何を企んでる…。」
「私のコレクションだよ。いろんなところに行って、私が直感でいいなーって人がいたり、物があったりし
 たら、その人をコレクションとして頂いていくの。ほら…こんな風に。」
そういうアリスの手の上には、全長30cmほどのフィギュアがあった。
よく見るとそれは、この学校の制服を着た女の子で、学校の生徒であることに間違いない。
「お前…正気か…。」
「ふふ…海斗ちゃんて不思議な事聞くよねー。正気も何も、私のコレクションとして遊ぶために、私はこの
 子をフィギュアとして手元に置いた…、それだけ…だよ?」
それだけ…。
人間にとって、天使にとって悪いこと、それは悪魔にとっては普通だ。
自分が手にしたフィギュアを眺めながら、アリスはとても楽しそうに…そして残酷な笑みを浮かべている。
「本当はねー、今日この学校そのまんまお持ち帰りしようと思ったんだよ~。んー…でも海斗ちゃんがいる
 なら難しそうだなぁー。」
「学校ごと!?やめてよ!みんながあんなフィギュアにされちゃうなんて絶対だめ!!」
そう叫ぶ美羽のほうを、今度はアリスが睨みつけている。
「あんた…何なの。海斗ちゃんと一緒にいるし、なんかすっごいオーラ白いし…ムカつく。」
「うっ…。」
睨みつけられた美羽は、冷徹な目をするアリスを前にひるんでしまい、それ以上何も言うことができない。
「まぁいいわ…海斗ちゃんに会えたし、学校はあきらめる。でも…私このまんまじゃつまんないし、そこの
 子もムカつくからお土産置いてってあげる。」
「まずい…何かする気だ…。」
上空に浮かぶアリスの周りに、黒い風がどんどん集まり始め、風圧で周りの木々が揺れだす。
手に持っていたフィギュアはその黒い風をまとうと、アリスの手を離れ、本来の生徒と同じであろう大きさ
に変化した。

「さぁ…私を楽しませてちょうだい…。リアライゼーション!ゲーム…スタート。」
黒い色だけで構成されているそのフィギュアだったものは、黒いオーラを出しながらアリスのいた上空から
地上へとゆっくり落下してくる。
そしてその物体は、途中で赤く光った目を見開き、二人のほうをギロッと見つめた。
「か…海斗君何あれっ…。」
「おそらく行方不明になった生徒をフィギュア化したあと、アリスが悪魔の力で人間を黒く染めてしまった
 今は人間じゃないモノだ…。このままだと…学校が壊されるだけじゃない、学校にいる人間が危ない。」
「そ…そんなっ、どうしたらいいの?」
海斗は慌てふためく美羽の横で、深く息を吸う。
そして海斗の体は天使の姿へと変わっていった。
海斗が手の中に四角いブロックのようなものを出し、操った。
その四角いブロックが真っ二つに割れ、お互いに裏返しになると、またそこにくっつく。
「聖なる光よ、我らとかの者達を転送せよ。亜空間・チェンジ!」
海斗が呪文を唱えると、美羽と海斗、そしてアリスと黒いモノが現実世界からスッと消えていく。
その瞬間美羽の目には、学校には間違いないが、全く人の気配がしない空間が映っていた。
「なっ…海斗君何をしたの…?」
「現実世界にいる人間に、危害が及ぶのは避けたい。だから俺と美羽、あちら二人の存在を、亜空間に移動
 させた。空間としてはコピーだから、学校が壊れても現実世界に影響はない。」
間近で見る天使の力の凄さに、美羽は目を丸くしてあたりを見渡している。
「ただ…この世界を作った俺自身は、この空間を維持させるために、この場所から動くことができない。」
「そ…そんな、私何もできないのにっ。」
そういう美羽のポケットを、海斗が指さしている。
そこに入っているのは、美羽が海斗からもらった、連絡用の懐中時計。
美羽はポケットからその懐中時計を手に取ると、不安そうに海斗のほうを見ている。
「大丈夫、落ち着いて。美羽にはもともと力がある、天使としての力が…。その懐中時計に、精神を集中さ
 せるだけでいい、そうすれば自分のやらなきゃいけない事がわかる。」
(精神を集中って…)

 美羽は懐中時計を見つめ、懐中時計だけを考えるように試してみる。
すると、なぜか懐中時計は光始め、暖かなその光は、美羽の不安を吹き飛ばすように体に染み込んでいく。
その光は美羽に反応しているように見えた。
(なんだろうこれ…、すごく…あったかい。まるで…お日様の光に包み込まれているみたい。)
美羽は懐中時計を抱きしめるように胸へ運ぶ。
そして突然、頭の中に言葉が流れてくる。
「世界の光よ…我に力を…。アウェイクニング…エンジェル…!!」
その呪文と共に、美羽の身体は不思議な光に覆われていく。
全身が淡く光るその姿は、夜空に浮かぶ月のようだ。
今まで美羽が身に着けていた服は、白とピンク色の魔法服へと変わっていく。
頭には髪飾りとして後ろにリボン、そしておでこには小さなペンダントのようなティアラ。
胸には大きなリボンがあり、リボンの中央には海斗がくれた懐中時計がブローチとしてくっついている。
お腹のあたりから二つに分かれた白い上着の下から、太ももの中間くらいまでの長さのスカートが、風にひ
らひらとなびいていて、バレリーナのような靴を履き、頭に天使の輪と背中に小さな羽をはやすと、美羽は
大地に降り立った。
「聖なる光をこの胸に…我が名はシャイニング・エンジェル!あなたの濁った心…私が浄化してあげる!」

美羽の決意

「ふわっ!?ふわぁぁぁぁっ!?///」
決め台詞の後に、我に返った美羽の叫び声が響く。
学校の窓ガラスに映る自分の姿は、魔法少女そのもの。
懐中時計の力かもしれないが、こんな風に自分が変身するとは思っていなかった美羽は、あたふたするしかなかった。

しかし敵の前でそれは隙しか与えない。
「美羽!!前!!」
「えっ・・・、きゃああぁぁっ!?」
人だったであろうフィギュアは、美羽めがけて手から黒いビームを放ち、攻撃してきた。
当然、変身して戦い方などわからない美羽に、ビームは直撃し、美羽はその場から後ろに吹っ飛んだ。
頭をかばおうとして、とっさに出した右腕には、黒いもやもやが残っている。
「なっ…なにこれ。右腕に力が入らなっ…」
どうやらこの攻撃を受けてしまうと、うけた場所には力が入らなくなってしまうようだ。
「えー。なんか不思議なもの持ってるからちょっと期待してたのに、これじゃ時間つぶしにもならなそうじゃない。」
頭上から監視しているアリスがそうつぶやく。
その声を最後まで聞く前に、フィギュアは前に手を出すと、もう一度黒いビームを美羽に向けて放つ。
「うっ…きゃあああぁ!!」
「美羽!!」
かばった右腕が思うように身動きが取れず、なんとかかわして避けようとしたが、今度は左腕に黒いもやもやが付いてしまった。
(もう…手が…動かないよ…)
両手をやられてしまった美羽に次はない。
足だけは動く…、どうにか体制を立て直さなくては…。
美羽が自力で起き上がろうとした瞬間…
「あぁぁーーーーっ!!!」
フィギュアは容赦などなかった。
黒いビームを体で直撃した美羽は学校のガラス窓を突き破り、廊下の中へと倒れこんだ。
体中についた黒いもやもやは美羽の身体を衰弱させていく。

「ふふっ・・・あははっ♪なーんだ、ホント大したことなかったのねー。まぁでも、最後に魔法少女になれてよかったじゃない。海斗ちゃんもざーんねん、私があの子フィギュアにしてコレクションにしてあげる。・・・・・・・・・・・とどめを刺しなさい。」
高みの見物をしているアリスは、フィギュアにそう命じた。
フィギュアはそれに従うように美羽がいる場所へ一歩一歩近づいていく。
(くそ…俺が動けたら!!)
この場所を維持するために動けない海斗は唇を噛みしめ険しい表情をした。

「美羽ーーー!!起きろ!!起きるんだ!!天使の力を目覚めさせろ美羽!!」

朦朧とする意識の中で美羽は
海斗の声を遠くで聞いていた。
(海斗…くん…私を…呼んでるの…?)
(無理…だよ、私…今…黒いもやもやで…動けないよ…)

全身真っ黒になり倒れこんだ美羽の目の前にフィギュアがたどり着く。
表情も何も感じられないその人形の冷たい視線が美羽に向けられた。
とどめを刺すためにフィギュアは手元から黒い剣を作りだし、握りしめると勢いよく振りかざした。

―キィィンッ!―

フィギュアが剣を振り落したと同時に、金属と金属がぶつかり合うような音が鳴り響く。
力の出ない美羽がかすかに見える視野で見上げると、そこにいたのは一匹の恐竜だった…。
(…誰…?…何…?)

「美羽ちゃん…負けないで。君はやればできる子だ…。今はまだ、本当の覚醒ができていないけれど、大丈夫。僕がその時までそばにいるよ。」
エラスモサウルスを象ったそのぬいぐるみのような薄緑色の恐竜には、小さな天使のような羽と額には小さな角が生えており、そして淡く光っている。
「一度美羽ちゃんの黒モヤと、あのフィギュアを跳ね除けるから、そしたら美羽ちゃんは僕に触れて!」
「はぁっ!!」
その掛け声と同時に美羽にまとわりついていた黒いもやもやは消え、フィギュアは中庭まで吹っ飛ばされた。
「何っ!?何が…起こったの?」
高みの見物をしていたアリスも、中庭まで飛ばされてきたフィギュアを見て驚いた。
これで終わるとそう確信していたからだ。

黒いもやもやが取れた美羽はすぐに体制を立て直す。
「ありがとう、恐竜さん…。あの…私…。」
「細かいことはこれが終わってからだ!さぁ早く、ボクの身体に触れて!」
「う、うん!」
美羽は言われた通り、その恐竜を抱きしめるように触った。
すると恐竜から美羽の身体へと力が流れ込んでくる。
(何これ…温かくてとても…、私できるって…頑張れるって…思えてくる感じ)

美羽の目つきが変わる、とても自信あふれる表情に。
そしてフィギュアの方へと歩きだした。

吹っ飛ばされたフィギュアも体制を立て直し、交戦体制に入る。
同じように手を前に出し、黒いビームを連続で打ち始めた。

美羽はその黒いビームにもう恐れることなく走りだし、フィギュアに立ち向かっていく。
黒いビームが何発も来る中、それを物ともせず、全てを華麗に避けて見せた。
スッっと時が止まったかのように美羽はフィギュアの鼻先へと駆け寄ると、勢いよく右手からパンチを繰り出した。
フィギュアが吹っ飛ばされ壁に激突する。
しかしあくまでもフィギュアである以上、痛がったり苦しんだりすることはない。
何事もなかったかのようにフィギュアが起き上がり、美羽めがけて突っ込んでくる。
フィギュアから繰り出されるパンチやキックを、美羽も腕や体の体制を変化させつつガートさせていた。

「ちょっとちょっと…なんであんなに強くなっちゃったわけ??」
先ほどまでやられっぱなしだった美羽がフィギュアと互角に戦っているのを上空から見ているアリスは、その強さの変化に疑問を抱いている。
「はぁっ!!」
一定時間の
肉弾戦の後、美羽は強力なキックをおみまいして見せた。
またしてもフィギュアが吹っ飛ぶと、今度はその強力なキックによってフィギュアが壁にめり込んで動けなくなる。

「美羽ちゃん今だ!懐中時計をつかって彼女を浄化して!!」
「えっ…は、はいっ!!」

美羽は戸惑いながらも胸にある懐中時計に触れる。
すると、フィギュアの中から、もとの女の子が苦しんでいる様子が美羽の頭の中に流れてきた…。
(誰か…誰か…やめて…助けて…!!)

「大丈夫…今助けてあげるからね…。」

「苦しむ魂に…天使の救済を!!とどけ!ピュアフィケーションオブザソウル!!」

胸にある懐中時計から白いビームがフィギュアに向かって放たれる。
それを体中で受けたフィギュアの身体は、少しずつ肉体へと戻っていき、顔はその元の女の子の安らかな表情へと戻って行った。
(しあわせ~…♪)

「えぇぇーーー!私のフィギュアコレクションがぁぁっ!もおおお!!海斗ちゃんだーーーーーーーーいっ嫌い!!」
アリスはそう言い残しスポンッとどこかへ消えて行った。

もともとフィギュアだった少女が地面に倒れこむのと同時に、海斗は元の世界へと空間を解除した。
美羽はその女の子へと駆け寄り、抱きかかえた。
どうやら意識を失い寝ているようだ。

「美羽…よく頑張ったな…。」
女の子を抱きかかえる美羽に海斗はそう伝えた。
「ううん…なんか、うまくできなかった。恐竜さんが助けてくれたから、なんとか今回はうまくいっただけ。ありがとう恐竜さん。」
「ううん、僕は少し美羽ちゃんに力を貸しただけだから、本来なら僕の力がなくても強くなれるよ。」
恐竜はそう言って美羽に微笑んだ。

「改めて挨拶するね。初めまして美羽殿下、僕は天使に使える天龍族。名をヤムと申します。よろしくお願いします。」
「あっ…えっと、天川美羽です。こちらこそよろしくお願いします。」

(殿下とか…言われるの慣れてないよぉ…はずかしい…)
美羽はそう思いながら顔が照れくさそうに赤くなっていた。

「もぉ、海斗さんはまだまだですねー。美羽ちゃんをいきなりあんな戦闘に出しちゃうなんてっ」
戦闘経験がなかった美羽を、いきなり戦わせたことがヤムは気に入らなかったようだ。
「仕方ないだろう…学校にいた人間を巻き込む訳にはいかなかったんだ…。」

「あのぉ…お二人はお知り合いなんですか…?」
「はいっ、美羽ちゃんが持っている懐中時計、僕はあの中の住人です。海斗さんが地球に降りる時、一緒にこっちにきていたのですが、美羽ちゃんが魔法少女にならないと外に出られないように魔法がかけてあったので、最初からは助けられなかったのです。」
「なるほど…。」
「天使界と地球は少し環境が違うんだ。魔力を持たない人間が天使界へ行こうとすれば、塩の柱になってしまう。逆に魔力を持った者が地球に降りれば、魔力が暴走して地球の環境を変化させてしまうおそれもあるんだ。」
「そっか…だから最初から外には出られないようになってたのね…。」

と…そんな話をしている場合ではなかった。
(はっ!?)
美羽が我に帰ったように慌て始める。

「どどど…どうしようこの女の子…。」
「ずっとここにいるわけにもいかないな…。保健室へつれていこう。」

そういうと海斗はその女の子を美羽の腕からひょいっとお姫様抱っこすると、保健室へ向かった。
2人で保健室へ行くとそこに先生の姿はなく、二人はとりあえず女の子をベッドに寝かせることにした。

「美羽、俺は保健室の先生を呼んでくる、少しここでこの女の子のそばにいてやってほしい。」
「うん、わかった。」

そう言うと海斗は保健室から出て行った。
美羽は近くにあったイスに腰掛け、女の子を眺めた。
そして美羽のひざの上にヤムが座る。

「ねぇヤムちゃん…、私これからもあのへんなフィギュアと戦わなくちゃいけないんだよね…。」
「そうです…。」
「でもあれは…本当は人間で、さらわれたかもしれない人達は今も…苦しんでるんだよね…。」
「はい、その通りです。」
「自信…ないな…。本当に自分ができるのかなって…、さっきのあれだって偶然だったんじゃないかって…。」
「美羽ちゃん…。」
「でもね…自分ができるかどうかってことよりも…、もしそれが私にしかできないことなのであれば…助けたい。何もしないで見てるなんて…自分ができることがそこにあるのにやらないなんてできない。だから…やれるところまでやってみようって思う。」

この間まで弱虫だった自分はどこへ行ったのだろうか…。
そんなことを思いながら美羽は少し震えていた。
学校へ行くことも、友達ができたことも、魔法少女としての役割も…、美羽の周りは天変地異でもおきたかのようにどんどん変わっていく。
その身体の震えは、怖さではなかった。
それは、自分にも、環境にも、立ち向かっていこうと思う美羽の決心の表れ、武者震いと同じだった。
これから待ちうけていること、今そしてやらなければいけないこと、美羽の前にはいろいろな壁が立ちはだかっている。

(そうね…ゆっくりゆっくりでいい。美羽ちゃんが頑張れると思うことを、少しずつ一歩一歩やっていけば、いつか周りのみんなも美羽ちゃんのことを、わかってくれる日が来ると思うわ。)

そう言ってくれた祖母の言葉を、美羽は心にしっかり刻みこんでいた。

(私…頑張るね、お祖母ちゃん!)

新たな仲間 シャイニング・ティア!

保健室に運ばれた女の子が目覚めたのは、病院に搬送されてから3日後だったという。
病院を見に行った海斗によると身体に傷跡や記憶も残ってはいないらしい。
人間のフィギュア化を防いだ美羽だったが、いまだに実感がわかずに過ごす毎日だった。
実感がわかないとは言うものの、美羽も美羽なりに情報を集めようと頑張っていた。
行方不明者になった人の情報がのっている新聞を読み、ネットで検索し、必要なものはノートにメモした。

「今のところやっぱり共通点は見つからない…。それぞれいろいろな学校、経歴、仕事…。どうしてこの人たちが行方不明になったのか何か手がかりがあればいいんだけど…。」
メモしてきたノートを見ながら美羽は考え込んだ。

「なーに悩んでるの?」
「わっ、れ…零歌!?びっくりした。」
考えこんでいて周りが見えていない美羽を、零歌が覗き込んだ。
「ほらほら、お昼ご飯の時間ですよー。」
そう言いながら零歌は美羽の近くに今日の給食を置く。
「今日のメニューはご飯、豚汁、イカナゴの佃煮、ししゃもの天ぷら、牛乳。そしてデザートにオレンジですっ!」
と得意げに話す零歌はこう続けた。
「って…私が作ったわけじゃないけどねっ」
「ふふっ、いつも、持ってきてくれてありがとう。たくさんの給食を頑張って作ってくれてる給食員さんにも感謝だね。」
そう言いながら二人は微笑んだ。

「で、さっき何悩んでたの?」
零歌がいただきますをしたあとにそう尋ねた。
「あぁ…えっと、この街の、零歌が話してくれた行方不明者のこと、私も自分なりに調べてみたんだ…。何か共通点ないのかなって。」
「ふーん、なるほどねー。やっぱりなかったでしょ?」
「うん…この街で起こってるってことだけしか共通点なくて…。年齢も職業もバラバラで、どこかで会ってた様子もないし、行方不明になっただろう場所もいろいろで…。」
「まぁ…この街っていっても結構人口いるし、誰にも見られないでっていうの結構難しそうなんだけどなぁ。って美羽…もしかして自分にできることないかーって考えたりしてるんでしょ!!」
「えっ!?・・・いや・・・その・・・。」
「ほんっとお人好しなんだから。」
零歌は鋭い。昔から美羽が何を考えているのかすぐにあててしまった。
だからこそ零歌は自分がいるからにはと心配しているようだ。
「いじめのことだって、その人たちに仕返しするわけじゃなく、ただ耐えてさ…、怒ってもいいのに。」
「…ありがとう零歌。そう言ってもらえるだけで私嬉しいから…。みんな…きっといろいろなものと戦ってるんだと思うの…。苦しいのはきっと…私だけじゃないから…。」
そう言いながらうつむく美羽の手を零歌が握る。
「美羽、今までずっと頑張ってきたんだもん、日本に帰ってきたからには私美羽の力になる!もうひとりぼっちじゃないから!美羽も私の事もっと頼っていいんだからね!」
「うん、ありがとう。」
美羽は零歌に微笑み返して見せた。
今の美羽にとって零歌がどれだけ支えになってくれているかは、美羽が学校にこれるようになった事からもわかる。
親友というにふさわしい零歌に、美羽は心の中でただただありがとうと言うのだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その部屋は暗く冷たい空気が流れていた。
唯一ある明かりと言えば、ろうそくに灯った小さな明かりが点々とあるだけ。
その明かりにかすかに映っているのはゴシック服に身を包んだ少女…アリスだった。

「アリス様…コレクションのほう、今日はこちらをお持ちしました。」
そう言って暗闇の中から姿を現したのは胸の部分がV字に開き、太ももの部分にスリットの入った、黒くセクシーなドレスを着た美女だった。
名前をアミーと言い、ゆるやかなウェーブのかかっているワインレッド髪、耳の上からはアンテロープのような角が生え、背中には蝙蝠のような大きな悪魔の羽がついている。
アミーが手に持っていたのは虎のフィギュアだった。

「ふふ、これで動物園もできるわね。」
アリスは嬉しそうに不敵な笑みを浮かべる。
もらったそのフィギュアを持ち上げると、自分の隣の部屋にあるコレクションルームへと移動していった。
そこには全世界から集めたフィギュアがずらりと並んでいる。
動物、草木、人間、建物、アリスがほしいと思ったものの数々だった。

「アリス様…そんなにコレクションしてどうするんです?」
「ふふ…聞きたい?アミー。これはね…私が楽しく遊んだ後で、すべてを壊すためにあるのよ。」
「壊す…ですか?」
「そう、ここのフィギュア達はまだ生きている。私がやろうと思ったら、手でも足でも折れる、首だってとってしまえばそのまま死ぬわ。面白いじゃない、私が握ってるっていうのがね。」
そう言いながら虎のフィギュアをフィギュアでできた小さな森林の中に置いた。
「人間どもに絶望を見せてあげるの、こいつらを壊す瞬間を!こんなに楽しい事ないじゃない。」
アリスはクスクスと笑いながらお気に入りのゴシック調のイスに腰掛けた。

「アリス様の考えることはいつも素敵ですわ。また私の部下を派遣して、アリス様の気に入りそうなモノを持ってきてまいります。何がよろしいですか?」
「ふふ…そうね、それじゃ…最近うざったいのが出てきたの。シャイニングエンジェルって名前の人間よ。さっさと仕留めてらっしゃい。」
「御意に…。」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
美羽はその日の夕方、隣にある神社へと足を運んだ。
もちろん祖母の事もあるが、今回は神様に感謝と報告もかねていた。
学校に行けるようになったこと、友達が帰ってきて楽しくなってきたこと、自分がもっと勇気を持てるようにと。
いつものように参拝を終えると、箒を持ったお爺さんが、神社の裏から出てきた。
零歌の祖父、青空源治だった。

「零歌のおじいちゃん、こんにちは。」
「おや、美羽ちゃんいらっしゃい。零歌は今買い物にいっとるよ。もうすぐ帰ると思うよ。」
「はい、ありがとうございます。少し待とうと思います。」

お爺さんは持っていた箒を掃除道具入れの中へしまうと、美羽のそばへと歩いてきた。
「零歌も両親と一緒にアメリカへ行ったんだけどねぇ…環境があわなかったようで、こっちへ帰ってきた。そしたらどうだい、返ってきた日からずーっと美羽ちゃんの話ばかりしてるんだ、とても楽しそうに。」
「そうなんですか…零歌にはいつもお世話になってます。」
「同じ中学校に美羽ちゃんがいてくれたから、零歌も帰ってきてすぐ学校が楽しくなったんだと思う。これからも零歌のこと頼んだよ。」
「はい、私にできることなら喜んで。」

そう二人で微笑んでいるのもつかの間…

――キィィィン!!―――

悪魔が近くにいる時の耳鳴りがした。
(…っ!!なんで…こんな家の近くに悪魔が来たっていうの!?)
そう思いながらあたりを見回す。

「みつかりませんねぇ…、せっかく楽しみにしていたゲームの続きをやめてまで、アミー様のご指示に従ったというのに」
そう言いながら、バッファローの角がはえた、顔が牛のような悪魔が空からゆっくり降りてきた。
手には鹿の骸骨がついた杖、そして背中にはもちろん悪魔特有のあの羽が付いており、無地の濃い紫色のローブを身にまとっていた。
「な…なんじゃあれは…。と、とにかくよくない物というのはわかる、美羽ちゃん物陰に隠れろ。」
「は、はい。」
そう言って美羽は神社の本殿の物陰へと身を隠した。

「ヤムちゃん、いるんでしょ…。あれってやっぱり。」
「はい、間違いなく悪魔です。」
懐中時計からヤムが姿を現す。
2人で悪魔の方を物陰から見つめると、悪魔が本殿の方を振り返った。

「おやぁ…これはこれは、日本の神様ってやつが祭られてる神社…ですなぁ。探し物は見つかりませんでしたがちょうどいい、持ち帰らせていただきましょう。」
「お前は何者だ!神様を侮辱するとはなんたる行為!私がお祓いしてくれる!!」
「威勢がいいですねぇ…しかしお前は何もできませんよ!コレクションになるのですからねぇ!!」

そう言いながら悪魔は杖を振りかざした。
「さぁ、闇を吸い込め!ダークネスコンバージョン!!」
悪魔がそう言うと、手に持ってた杖の鹿の目の部分がまばゆく光り、神社とお爺さんを照らし出した。
すると数十秒もたたないうちに、みるみる神社の境内がフィギュア化していく。

「美羽ちゃん、変身だ!」
「うん!」
美羽はポケットから懐中時計を出して構えた。
「世界の光よ…我に力を…。アウェイクニング…エンジェル…!!」
その呪文と共に、美羽の身体は魔法衣装へと変化していった。
「聖なる光をこの胸に…シャイニング・エンジェル!あなたの濁った心…私が浄化してあげる!」
美羽は悪魔の方を指さし、決めポーズを取る。
その言葉に悪魔も気づいたようで
「おやぁ・・・おやおやぁ!こーれは私は運がいい!探していたものが向こうから会いにきてくれるとはー。」
「あなたの好きになんかさせないっ!!はぁっ!!」
そう言いながら美羽は悪魔めがけて攻撃しようと突っ込んでいった。
しかしその突っ込んでいく先に突如姿を見せたのは、フィギュア化した零歌のお爺さんだった。
「きゃっ!!」
いきなり目の前に出てこられた美羽は、お爺さんの姿をしたフィギュアに驚き体制をくずしてしまう。
フィギュアなのだから攻撃してもかまわないのだが、もとはお爺さんであることに身体が勝手に反応してしまったようだ。
お爺さんはもちろん容赦なかった。
持っていたお札をなげつけ、お札は着地した時点で地面に黒い跡が残る爆発を起こした。
「ちょ…ちょっとまって!!これ危ないじゃないっ!!ふわぁっ!!」
そう言いながらも美羽はヤムの力のおかげで何とか避けきっている。
少し距離をとろうと本殿の裏へと回り込む。
「はぁっはぁ…どうにかして…、あの札に当たらないようにお爺さんの動きをとめなくちゃ…。」
そう言いながら裏から表を覗き込むと、追ってきたお爺さんが美羽を探すようにゆっくりと裏へ歩いてきていた。

「美羽!…すまない、遅くなった。」
「!海人君!」
現れたのは天使の姿をした海斗だった。
「現実世界で暴れられるとまずい。亜空間へ移動させる。」
「聖なる光よ、我らとかの者達を転送せよ。亜空間・チェンジ!」
その瞬間美羽の目には、神社には間違いないが、全く人の気配がしない空間が映っていた。
「ありがとう海斗君、なるべく海斗君からお爺さんを離さなきゃ。」

美羽はもう一度お爺さんのほうへ駆け出す。
案の定投げられてくるお札。
それを美羽はジャンプして避け、壁を介し、灯篭の上からさらにジャンプして、本殿の屋根の上へ移動し、そこから表へ向かって走った。
(よし、これで海斗君からは遠ざけた!)
そう思い表に出て着地した瞬間だった。
「あなた…後ろががら空きなんですよぉ。私の事お忘れですかぁ?」
その言葉と同時に美羽は危険だと思い避けようと頭ではわかっていた。
だがその避けようとする行動よりも、悪魔の方が早く、後ろから腕と首をがっしりと掴まれ身動きが取れなくなる。
「いいですねぇ。そのままあの神主に攻撃されて、あなたもお仲間になっていただきましょうか。」
「――――っ!!」
首を絞められ動けない美羽のもとに、お爺さんはゆっくりと歩き近づいてくると、札をかまえた。

「美羽…?おじい…ちゃん??」

そこに現れたのは買い物から帰ってきたであろう零歌だった。
その様子を見ていたヤムが、海斗にその状況を伝えた。
「海斗さん、一人人間が…零歌ちゃんがまざってる!」
「そんなはずは…ここは亜空間だぞ、移動させるときにすべての人間は現実世界にいるはずだ。」
「…はっ、それなら…まさか…。」

自分の家に帰ってきただけの零歌は、今この場所で何が起こっているのかまったくわからなかった。
ただ、美羽が苦しそうにしていることと、自分の祖父が変わり果ててしまっていることは理解できた。
「何これ…なんでこんな…。」
零歌が驚きのあまり腰を抜かしてしまいそうになった時だった。
「零歌ちゃん、気を確かに!ここに君がいるということは、空間適応者、美羽ちゃんの助けになれる人物ということだ。」
「えっえっ…何…ぬいぐるみ…!?」
海斗のところにいたヤムは、零歌の傍へと飛んでいく。
そして零歌にそう語りかけた。
「美羽ちゃんが危ない、助けられるのは今ここにいる零歌ちゃんだけだ、だからお願い、僕が渡すアイテムを受け取って!」
「やっぱり…美羽…。あれは美羽なのね!!」
「そうだよ、つかまってて動けない。僕だけじゃ何もできなんだ、だからお願い力を貸して!」
「なんかいろいろ驚く事ばっかり…。何これほんとよくわかんない。でも…美羽が困ってる、それなら迷ってる暇なんてない!何をしたらいいの?」
ヤムは自分を光らせると、美羽と同じ懐中時計を取り出した。
そしてそれを零歌に渡す。
「これを、手に持てば自分がどうしたらいいかわかるから!」
「うん、やってみるね。」

(温かい…力が流れ込んでくる!)
「世界の光よ!我に力を!アウェイクニング・ティア!」
零歌が身に着けていた私服は、白と水色の魔法服へと変わっていく。
髪の毛を後ろでポニーテールに縛り、髪飾りとして後ろにリボン、そしておでこには小さなペンダントのようなティアラ。
胸には青い大きなリボンがあり、リボンの中央にはヤムがくれた懐中時計がブローチとしてくっついている。
お腹のあたりから二つに分かれた白い上着の下から、太ももの中間くらいまでの長さのスカートが、風にひらひらとなびいていて、バレリーナのような靴を履き、背中に小さな羽をはやすと、零歌は大地に降り立った。

「聖なる光をこの胸に…我が名はシャイニング・ティア!悲しみの涙を…喜びの涙に変えてあげる!」

天使界への行き方

「はぁっ!!」

その掛け声と共に、零歌から繰り出された蹴りが悪魔に直撃した。
仲間がいると思ってはいなかった悪魔は後ろに気付かなかったのだ。
先ほど美羽に言った言葉がが自分へと跳ね返ってきた悪魔は、吹っ飛ばされ神社の壁に激突する。
縛られていた美羽は解放され、地面に崩れ落ちた。

「エンジェル!…大丈夫…!?」
心配そうに零歌が美羽に声をかける。
「うん、ありがとう。ティア、助かったよ。」
少し息を苦しそうにしている美羽だが、なんとか動けるようだ。

「愚かな…。」
壁に激突した悪魔が体勢を立て直し、そう言い放つと、零歌めがけて突っ込んでくる。
まるで大空にいる鳥が獲物を捕まえるような速度で…。
零歌は両腕で悪魔が振り落した杖をガードすると、素早く後ろに離れ距離をとった。
しかし悪魔もすぐさま後ろに回り込み零歌を攻撃してくる。
二人はしばらく殴り合いになった。
「てぃ…ティア…っ!!」
「私は大丈夫!!エンジェルは私のおじいちゃんを!!」
「わかった…。」

素早い杖の動き、ガードし零歌からのパンチ、そして蹴り、悪魔からのガード。
殴り合いをしているうちに悪魔は零歌を貶してきた。
「愚かです…あなた程度の力で、私に勝てるはずがないというのにっ!」
その言葉に零歌は顔を険しくする。
「勝てる勝てないじゃない!!」
そう言いながら零歌は感情のこもった重いパンチを繰り出した。
「くっ…」

「友達が困ってる、それも目の前で!そんなの、ほっとけるわけないじゃない。」
「きれいごとを…くだらないッ!!」
「私は…私がやりたい事があるなら自分で決める。たとえそれが、他人にどう言われようと、大切な人の力になれるのなら!」
零歌がそう言いながら強烈な一発を悪魔の腹にお見舞いした。
「っぐ!!」
吹っ飛ばされた悪魔は地面を転がりながら灯篭へ激突した。

「きゃぁぁぁっ!!」
と、お爺さんのほうへ行った美羽から叫び声が上がる。
お爺さんの動きを止める方法を探しながら戦っていたものの、札を投げる速度もかなり早く、苦戦していた。
零歌は悪魔から離れ、美羽の方へと駆け寄る。
「エンジェル!加勢する。」
「ティア…ありがと…。お爺さんの動きが止められたらいいんだけど、こっちの動きに合わせて、ダイレクトに札を投げられると近づけなくて…。」
「わかった…なら考えがあるの、やってみよう。」
そういうと零歌は美羽に耳打ちでこそっと何かを喋った。
話を終えた瞬間美羽はうなずくと、二人同時に左右に別れ、お爺さんの標的をかく乱させる。
一度標的を迷ったお爺さんだったが、やはり美羽のほうに向かって攻撃をし始めた。
そうなると零歌の方はやりたい放題である。
「二兎を追う者は一兎をも得ず…ってね!!」
零歌が胸にあるブローチに触れる、すると手が光り出し、呪文を唱えた。

「忌まわしきオーラを放つ、かの者を呪縛せよ!!アクアリングストゥラングル!」

零歌が片手を丸く正面で回してから両手で放つその技は、水の輪っかを作りお爺さんめがけて飛んでいくと、身動きが取れなくなるように締め付けた。
「エンジェル!今よ!」
その言葉に続けて、美羽が懐中時計に触る。

(零歌…零歌…!きちゃだめじゃ!!逃げるんじゃぁぁ!!)
お爺さんが苦しむ姿、声が美羽に届いた。

「大丈夫…今助けてあげるから…。」

「苦しむ魂に…天使の救済を!!とどけ!ピュアフィケーションオブザソウル!!」

胸にある懐中時計から白いビームがフィギュアに向かって放たれる。
それを体中で受けたお爺さんの身体は、少しずつ元通りの肉体へと変化し、安らかな表情になっていった。
(しあわせ~…♪)

海斗もそれと同時に元の世界へと空間を解除した。
お爺さんが元通りになったのを見守ると、2人は周りを見渡す。
しかしそこに、悪魔の姿はなかった。

2人よりはるか上空、200mくらいのところから悪魔は二人を見下ろしていた。
「…まぁ今回は仕方ないでしょう。思わぬ邪魔が入りましたが、本人に出会えた事が一番の収穫です。また近々くるとしましょう。」
そう言いながら悪魔は姿を消していった。

倒れこんだお爺さんを零歌が心配そうに抱き起した。
「とりあえずここにいるのはまずい、零歌の家に行ってお爺さんを布団へ。」
天使の姿をした海斗が二人へ近づきそう言った。
いるとは思わなかった零歌は思わず
「…あれ…海斗君いたの…。」
「うっ…。」
そう言ってしまう。
海斗はお爺さんを抱き上げると、しょげた顔で零歌の家へと入っていった。
(うぅ…俺だって…動けるなら動きたいっ…。俺にだって俺の役割があるんだもん…(´;ω;`))

―――――――――――――――

お爺さんを寝室に寝かせて、三人は零歌の部屋に場所を移していた。
8畳ある部屋には、机、ベッド、本棚、クローゼットとソファ。
目を引くのが、ガラスで作られた小さな動物達が並ぶ、コレクションケースだった。
その部屋にある小さなローテーブルを囲み三人は座っている。

「まさか…魔法少女なんてものが本当にあるとは…。」
静まり返っていた空気を最初に消したのは零歌だった。
「そもそも海斗君は何者なの?あとそのちっちゃなぬいぐるみみたいな恐竜もそうだし、美羽が魔法少女になってるのはなんで?聞きたい事ありすぎて頭混しそう。」
そう言いながら零歌は頭を抱え込む。
「私もね…まだ魔法少女はなりたてなの…。ついこの間海斗君にも会ったばかりだし…わからないことだらけ。」
という美羽の言葉だけ聞いていると、本当にお人好しなだけにしか聞こえなかった。
「わかった…とりあえず今話せることを話そう。」

海斗は話し始めた。
この世の中には世界がたくさんあり、天使界、悪魔界、人間界、それぞれ何かしらかかわりがあることを。
海斗が天使界からの使いで、美羽は天使界の王の孫であること。
そしてその王が寿命が長くないことや、母親が眠っていること。
ヤムは天使に使える天龍族だということ。
「なるほど…お姫様ってわけか…。」
「実感まったくないのだけどね…。」
「天使界へ行くのには俺だけじゃエネルギーが足らないんだ。だから美羽には悪魔と戦ってもらって、悪魔やフィギュアが落す魔法石を集めてもらうのが目的だ。」
「魔法石??」
2人が声をそろえてそう言うと、海斗は立ち上がりヤムを手のひらに乗せた。
「その話は美羽も今回が初めてだったな。ヤム、宝石箱を。」
「はい、海斗さん。」
ヤムが光ったと同時にその光はヤムの上へ移動し、その光の中からかわいい宝石箱が出てきた。
それを海斗はつかむと、ローテーブルの上に置く。
「わぁ、かわいい」

宝石箱はおとぎ話に出てくるような宝石箱の見た目をしていた。
形はRPGによくあるような宝箱に似ており、救急箱くらいのサイズで、色は基本白く、装飾は金色の金具があった。
ところどころに花の絵柄がかかれており、そして何かをはめ込むような穴があいている。
「この穴は何するの?」
「悪魔やフィギュアは、浄化されると宝石の元になる原石を落すんだ。これが今回のお爺さんのもの、そしてこれが前回の生徒のもの。」
そう言いながら海斗がテーブルの上に置いたのは、なんの変哲もないようなただの石ころだった。
しいていえば、パステルカラーの淡い緑と、淡い青色の石。
光る様子のないその石を海斗はまた拾い上げると
「ヤム、洗浄機。」
「はいっ。」
またヤムが光るとその光りの中からアイテムが現れた。
それはまるで見た目はコーヒーメーカーのような、二層に別れた瓶で、透明の容器はとても綺麗だ。
「この原石を一層目上の段に入れる。そしてそこに水と、天使界からもってきた浄水を一滴混ぜて蓋をする。あとは洗濯機みたいに少し降ったり回したりすると。」
その言葉と共に海斗が容器を縦に振ったり回したりする。
するとその容器に入っていた水は光り、石がわからないくらい濁った。
「こうなったら真ん中にあるスイッチを切り替えて、水を下に落とす。それで、1層目をあけると。」
海斗がカパッっと開けた瓶の中から二つの光る宝石が姿を現した。
一つはエメラルド、もう一つはサファイアだった。
「おおぉ…すごい。」
「この宝石箱に空いてる穴は、この宝石をはめ込むためのものなんだ。そしてそれを全部集め終わればこの宝箱から天界へ行くための扉が開くっていうわけ。」
「ちなみに海斗さん、宝石箱と洗浄機だと格好悪いじゃないですか。ちゃんと名前は宝石箱がエンジェリール、洗浄機はウィシャールっていう名前があるんです!」
「はは、そうだったな。まぁでもわかりやすかったろ。」

零歌と美羽は不思議そうにエンジェリールとウィシャールを触ったり眺めたりしている。
すると零歌がエンジェリールを指さしながら何かを数えはじめた。
「50個くらいある…。」
数え終わった零歌がげんなりしながらそう言った。
「結構たくさんあるんだね…。ってことは…あと48個…?」
「悪魔もフィギュアも今のところ一体ずつだ…なんとかなってるけど。今後は何体かと交戦することになると思う。」
「そしたら集まる数は早くなるけど…苦戦しそうだなぁ…。」
女子二人がため息をついた。

「でも美羽のためだもん、やれるところまでやるよ!一緒に頑張ろう!」
そういいながら麗華は手を差し出す。
美羽も零歌の手を答えるように握り返した。
「うん、私もまだまだ覚えなくちゃいけないことたくさんありそうだけど、零歌と一緒ならできそうな気がする!よろしくね!」
その姿を海斗は微笑ましそうに見つめていた。
そんな海斗に零歌から不意の一撃がくる。

「で、海人君って戦闘中何してるの?」
「うっ…。」
「ヤム……………………あと……頼んだ。」
そういうと海斗は部屋から出て行ってしまった。
それに続けてヤムが説明する。
「悪魔との戦闘は、変身したお二人ならまだしも、一般の人間にはとても危険です。今日のような爆発や、危害が及びそうな攻撃を、現実世界でやるわけにはいきません。警察がきても面倒ですし…。なので海斗さんはその戦闘する空間を、亜空間に移動させ、それを維持するという大切な役割があるのです。」
「ほーぅ。なるほど。」
「実際あの空間を維持させるためにはかなりの魔力が必要です。海斗さんが動けないのも当然なのですが、自分が動けず美羽さんの力になれないことを、海斗さんはとても気にされてます。だからこれ以上海斗さんをいぢめないであげてください(´;ω;`)とてもかわいそうなのです。」
そうヤムが涙ぐみながらお願いすると、零歌は少し気まずそうだった。
「そっかぁ…海人君も海斗君なりに気にしてるんだね。悪い事しちゃったな…。」
「私がもうちょっと強かったらな…。」
その美羽の言葉にヤムはこう続けた。
「美羽様、最初からできる人などいません、人間界でも天使界でも経験があってこそ、そこから学び、強くなっていくはずです。ですから焦らず、それでも確実に前に進んでいけばいいと思いますよ。きっと海斗さんも美羽さんのためになりたくて、他の方法を一生懸命考えているはずですから。」
「海斗さん…頑張り屋さんだもんね…。いつも支えようとしてくれてて、すごく嬉しい。いつかちゃんとお返しができたらいいな。」

そんな言葉を廊下で聞いていた海斗は、照れくさそうに一人屋根の上へ移動する。
(もっと…美羽のために…修行しないと。)
そう思いながら、夜空の月を見上げていた。
これからまた、彼は一人、夜な夜な亜空間維持のために努力することだろう。
美羽の笑顔を見るために。

ホリデーショッピングタイム!

11月3日。
文化の日である今日は、普通の学生なら祝日で休みである。

せっかくならと、美羽と零歌と海斗は三人で近くの駅に隣接しているショッピングモールに出かけることになった。
友達と出かけるのが久しぶりな美羽も、今日はおめかしをしようと気合が入っている。
普段着ないような白いフリルのついた桜色のワンピースを選び、髪をとかした後白いリボンを髪に結ぶ。
唇にはリップクリーム、最後にフローラルミストをまとったワンピースを着ると、服に合った2WEYタイプの鞄を持ち外へ出た。

待ち合わせ場所は零歌が住んでいる天ヶ崎神社。
祝日ということもあり、ちらほら家族連れの姿が見える。
本殿近くにいると、こま犬の前あたりに海斗の姿が見え、声をかけた。
「海斗くん、お待たせ。」
黒いベストに白いシャツ、紺色のジーンズでまとめた海斗が振り向く。
「あ、おはよう…う!?」
最後の語尾で変な声が出た。
おそらく海斗の目に映っているのは、普段の制服姿とはまた違ったふわっとしたまるでお人形のような、天使のような美羽の姿。
かわいい…ということしか考えられない海斗には、それ以上美羽を見続ける根性はなかった。
テレッテレになっている海斗は少し顔を赤くしながら視線をそらす。
「友達とでかけるのなんて久しぶりだから…少し気合いれちゃった。変…じゃない、かな。」
そう言いながら少し上目使いに美羽は海斗を見つめる。
(やめてくれ…俺をそんな目で見つめないでくれぇぇ…)
「う…ぁ…、変だなんてそんな…。とても…似合ってると…思う…。」
少ししどろもどろになりながら、海斗はなんとか返事を返す。
「えへへ…よかったぁ♪」
そういいながら微笑む美羽の姿を…
(あぁ…まぢ天使~~///)
と思いながら海斗の頭の中はお花畑状態である。

少しそのまま待っていると零歌が遅れてやってくる。
「ごめーん、少し遅れちゃったぁ…。」
そう言う零歌の姿は、爽やかな空色と白のチュニックにカンカン帽、そしてジーンズ柄のレギンスを着た森ガールのような格好だ。
「わー美羽かわいいいい~~~>w<」
零歌が美羽に抱きつく。
「美羽は何もしてなくても天使だわぁ。」
「なんか照れちゃうな…///」

きゃぴきゃぴする二人と海斗はショッピングモールへ向けて出発した。
ショッピングモールへたどり着くには20分ほど地下鉄にゆられるとたどり着く。
人通りの多いスクランブル交差点。
零歌と海斗がいなければ美羽は流されてしまうだろう。
何事もなくショッピングモールへ着くと、三人は服を見たり、鞄を見たり、雑貨屋をみたりと楽しんでいる。
そしてお昼を過ぎたくらいだった。
そろそろお昼を食べようかと3人で話をしていた時…

―ピリリリリ!―

零歌のもっていたスマホの着信音が鳴る。
「もしもし…?」
店の影で零歌が電話に対応する。
『もしもしー??零歌かー!みんなと楽しんでいるところすまんのー。』
「おじいちゃん?」
『今日担当だった巫女さんが、体調が悪くて帰ってしまって、ちょっと帰ってきて手伝ってくれるかー。いつもより人が多いんじゃー。』
「えぇー、せっかく楽しんでるところだったのにぃぃ。しょうがないなぁ・・・ちょっと待ってて帰るから。」

そう言って電話を切った零歌が二人に謝りながら、その場所を後にする。
残された二人は顔を見合わせてから視線をそらした。
(これ…って…、なんだかカップルみたいな…。)
(やばい…美羽様と二人でデートとか…死ぬ!!)
「と…とりあえずお腹すいたし…どこかでお昼でも…。」
と、海斗言い出しが先に歩き出す。
「は、はいっ。」
海斗の後ろについていくように美羽も歩き始めた。
ショッピングモールを離れ歩き始めたふたりだったが、お互いに恥ずかしいのか何もしゃべらない。

ふと、10分ほど歩いた時だった。
オシャレなカフェが二人の視界に入る。
店先に出ている看板メニューも、写真付きでおいしそうだ。
何も話していなかった2人だが、好みは同じだったようで
「ここでいい…?」
「うん…大丈夫。」
意見が合った二人はお店の中に入った。
ちょうど運よく店の隅っこが空いていて、店員に案内され二人は向かい合わせに座る。
店員からメニューと水を出されると、二人は一つだけしかないメニューをひらき、一緒に見始めた。

「ねぇあの子ちょっとかわいくない?」
「うひょー!!LINEとか交換できねーかなぁ。」
「なんか一緒にいる男子もいい感じジャン。」
「お兄ちゃんかな…」
「いやいやカレシだろ」
「かわいいカップルゥ!」

と、店の中にいる他の客からの声がちらほらと二人の耳に入った。
それを聞いているだけで二人は、顔から湯気がでるくらいとても恥ずかしかった。
「俺…美羽にまだ…言ってない事がある…。」
そう海斗がきりだす。
「え…なぁに?」
「今は、美羽と一緒に学校で生活おくるために、中学2年でやってるけど…、本当の歳は18なんだ…。」
美羽が一瞬真顔になった。が…
「そっか、やっぱりお兄さんだったんだね。」
そう返した。
「他の男子より大人っぽいし、背も高いし、出会った時からそう感じてたから、今そこまで驚かなかった。」
「まぁ…だからと言って、これからも周りには中学2年で通すし、美羽にも今までと同じに接してもらいたい。」
「うん…、友達なのはかわりないから大丈夫。」
2人が確認をしあったところで、お互いにメニューを選び店員に注文した。

料理がくるまでの間、少しの待ち時間がある。
美羽は海斗に少し疑問に思っていたことを尋ねることにした。
「そういえば海斗くんって、今一人暮らし…なんだよね?」
「あぁ、中学から1.5kmくらいのところにアパート借りてる。」
「すごいなぁ、一人暮らし。料理とかも洗濯とかも自分でやってるんだもんね。」
世の中に家事をこなす男性はそれなりにいるのだが、まだ美羽の周りの男子中学生など、家事という言葉に似合う人などほとんどいないことだろう。
「一人で生活しなくちゃならないから、天使界から人間界で暮らすためのある程度のお金は用意したけど、やりくりは大事だからな。」
という言葉の裏にも、海斗の歳の差がうかがえた。
「今度零歌と私で遊びにいっちゃダメかな。」
『――ぶっ!!』
美羽の言葉に、水を飲もうとコップを口にはこんでいた海斗が吹き出しそうになった。
「い…いや…その…。と…年頃の女の子が一人暮らしの男子の部屋に…遊びにくるのはっ…。」
「…そう…だよね。」
海斗の言葉を聞いて美羽は(´・ω・`)ショボーンとしている。
「き…機会が…あれば…。」
海斗は顔を真っ赤にしながらそう言うしかできなかった。
(だって…俺…美羽が部屋にいるとか想像しただけで…!!)
そこらへんを考えるのも若い男子ならではである。
「うん、ありがとう。」
そう言いながら微笑む美羽の顏を見た海斗は、心臓がバクバクだった。
(まてまて…美羽様は殿下だぞ…。18歳の俺…ときめいてどうする…!!身分が違うんだ…身分が!!)
心の中で葛藤する海斗を横に、注文したメニューが到着した。
サラダとスープが先に運ばれ、それを食べ終わるくらいにメインメニュー。
美羽が注文したペスカトーレ、海斗が注文したチキンのグリル。
味もなかなかのもので、二人は満足のいくランチを味わったようだ。

ランチを食べて少し緊張がほぐれたのか、たわいない話を二人でできるようになっていた。
少しゆっくり散歩しようということになり、駅近くのコーヒーショップで飲み物を購入する。
そしてその先にあるスクランブル交差点をまた渡り始めた時だった。
来る時は零歌が一緒にいたので流されなかった美羽が、人の波に押されて、前に進めず流されてしまいそうになった。
周りを見渡してもすごい人で、海斗がどこにいるのかわからなくなってしまった美羽は少しパニックになってしまう。

――パシッ――

と誰かに手を握られる感触。
見るとそこには海斗の姿があった。
「手…つないだ方がはぐれないだろ。」
そういいながら美羽の手を握り、リードしながら海斗が歩く。
初めて父親以外の男性に手を握られた美羽も、少し心臓の心拍数が上がっていた。
(海斗君の手…大きいな…)
はぐれないように、そしてありがとうの意味も込めながら、美羽は海斗の手をもう少し力を込めて握り返した。
スクランブル交差点を渡りきっても、人の多さからそのまま手をつなぎ、近くの商店街、そして公園をまわる。
2人がはぐれないようにとつないだその手は、結局海斗が美羽を家に送り届けるまで続いた。

そして夕方、美羽の家の前――
日が沈む直前の光が美羽の顔を照らす。
「海斗君、今日はありがとう。零歌が途中でいなくなっちゃったのは残念だったけど、楽しかった。またみんなでお出かけしようね。」
「いや、俺のほうこそ…楽しかった。あぁ…そうだ…。」
そう言いながら海斗がポケットから何かを取り出す。
「これ…美羽に…その…似合うかと思って…。」
海斗が差し出すその手には、小さな小箱があった。
美羽が小箱を受け取り中を開ける。
その小箱に入っていたのはシルバーで作られたチェーンに、真珠のような宝石と小さなピンク色のハートの宝石が付いたブレスレットだった。
「かわいい…!これ…私に…?」
と聞く美羽に海斗は無言でうなずく。
小箱からブレスレットを美羽が取り出す。
海斗がそれを見て手伝い、美羽の左腕にそのブレスレットが付けられた。
「ありがとう…、大事にするね。」
美羽は続ける。
「今日は最近のなかで…すごく嬉しい日だった。こんなにかわいいプレゼントもらって、一緒に手を握って街を歩けて、まるで本当に…。」
と…美羽の言葉が詰まる。
そこを少し冷たい秋風が通りぬけた。
「お兄ちゃんが…できたみたいだった。」
(お…お兄ちゃんっ!!!)
心の中でその言葉が海斗に重くのしかかる。
期待していた答えと違ったようで少しショックだったようだ。
しかし、美羽の嬉しそうな笑顔を見ることができたので満足し、今日はそこで美羽と別れ家にそのまま帰ることにした。

海斗と別れ、家の玄関に入った美羽は、ドアを背に天井を見上げる…。
ふうっ…とため息をつく美羽は考えた…。
(私…なんで…お兄ちゃんなんて…。)
本当は素直に彼氏ができたみたいだったと言えたはずだった。
言うつもりでいた。
でも海斗を目の前にした美羽は、そのまま彼氏という言葉を使うには恥ずかしすぎてできなかった。
店の中や街角でカップルかもと言われた事は、恥ずかしかったが悪い気分ではなかった。
むしろ嬉しいとさえ感じていた。
それが…どうして…。

自分の心臓の音が今でもドキドキしているのがわかる。
何気なく見つめる自分の両手。
左にはブレスレット、右手には海斗が握っていてくれた手の感触が今も残っている。
(なんだろう…この…気持ち…)
今までいじめられてばかりいた美羽は、他人という物、ましてや男性という物に対して意識をしたことがなかった。
むしろ意識しないように心がけていたことだろう。
それがはじめて、周りの男子たちとは何かが違う海斗の事が気にしている。
今日ずっと一緒にいて、楽しい時間を過ごせたのに、すごく切ない気持ちが美羽を襲う。
「海斗…くん…」
自分が無意識に海斗の名前を呼んだ事にハッとし、美羽は我に返る。
頭を左右にぶんぶんと振り、自分を取り戻すと美羽は自宅へ上がった。

彼女をもやもやさせたその気持ちは、その日ずっと、ベッドの上でも続くことになる。
そしてようやく彼女が寝つけたのは、その日の夜中だった。

とある雨の日…

その日はひどい雨が降っていた。
朝から天気予報で注意は出ていたが、それが10時過ぎには警報にかわるほどだ。
川は水位を増し、茶色い濁流が勢いよくゴオオと音をたてながら流れていく。
そんな雨の中を一生懸命走る、小学校低学年くらいのお提髪の少女がいた。
天ヶ崎小学校に通うその少女は、飼い犬であるコロを探している途中だった。
「コロー!!コロー!!」
と叫ぶ小さな少女の声。
飼い始めて間もない子犬とお留守番をしていたその少女は、何を思ったのか玄関をあけてしまい、そこからコロが飛び出して行ったのだ。
しかしその声は、あまりにひどい雨にかき消されてほどんど聞こえることがない。
半泣き状態の女の子が走り回っていると目の前に高校生くらいのお姉さんが現れる。
「あんた、一人でこんなとこ走り回ってたら危ないよ。」
そう言うそのお姉さんは、緑色のつり目に赤紫色の髪をショートカットにした美人だが、どこか怖い雰囲気を醸し出す人物だった。
暖かそうな淡い紫色のセーターワンピースに、ふくらはぎがすっぽり覆われる黒いブーツを履き、さした黒い傘をバックに冷たい視線で少女を見つめる。
「でもっ…ワンちゃんが…コロがっ…!!」
今にも泣きだしそうな無垢な瞳に見つめられ、そのお姉さんの表情も少しめんどくさそうになった。
「こんな雨のなか走り回ってたら風邪ひくだろ。近くに公園がある、屋根のあるベンチがあるから、そこで休んでるといい。」
「コロが…飛び出して…いっちゃ…うえぇ…!」
自分のせいでコロが逃げてしまったことを後悔し、心配する少女はとうとう泣き始めてしまった。
「あんたの家、この近くなのか?」
「うん…ぐすっ、ちかく…。子犬…なの。」
グスッグスッと泣きながらもなんとか答える少女。
それを聞くとお姉さんは持っていた手提げバッグからタオルを取り出し、今まで一生懸命走っていて濡れたのであろう少女の頭にかぶせた。
「コロは私が見つけてきてやるよ。約束する、だからもう泣かないで、公園で待っていられるね?」
「う…うん。お姉さん…ありがとう。」
そういって少女は近くの公園へ走り出す。
そしてそれを見送ったお姉さんも、少女との約束を果たすため、傘を片手に走り出した。

―――――――――

美羽と零歌は下校途中だった。
雨があまりにもひどいため、先生たちが午後の授業を取りやめ、臨時休校にしたのだった。
時折ふく強い風が、二人の持っている傘を変形させてしまいそうになる。
「さっむいねぇ…!!」
「もうすぐ本格的に冬になるもんね…マフラーとか手袋とか準備しなくちゃかも。」
そういいながら二人で話しているうちに、零歌の神社へと到着する。
『クゥン…クーン。』
するとどうだろうか、神社の本殿の下あたりから、何かの切ない鳴き声がする。
なんだろうと思った二人は近くに行き、本殿の下をのぞき込む。
そこには、震えて鳴いている子犬の姿があった。
二人の姿に気づいた子犬は、よろよろと震えながら、二人の方へと近づいてきた。
「カワイー!」
「あれ、でも首輪ついてるみたいね。」
手を伸ばした零歌が子犬の首元を確認すると、その首輪にはCOROとアルファベットで記されたプレートがつけられていた。
「コロちゃん…、どこかから飛び出して来ちゃったのかな…。」
その子犬は降っていた雨で茶色く汚れ、寒そうに震えている。
「このままほおっておくわけにもいかないし、綺麗にしてあげよう。」
そう言って零歌がバッグからタオルを取り出すと、少し濡れた子犬の身体を拭き、そのタオルで包むと抱き上げた。
美羽と零歌がそのまま抱き上げた子犬と一緒に家へ入ろうとした時だった。
「…あのっ、その子犬っ!!」
と呼びかけられ、二人は後ろを振り向く。
するとそこには淡い紫色のセーターワンピースを着たあのお姉さんが立っていた。
「あれ、もしかして飼い主!?」
「い、いやその…探していたことに間違いはないが…、私の犬じゃない。」
するとお姉さんは今まであったことを話す。
雨の中必死で探し回っていた少女がいたこと、そしてその少女が近くの公園で待っているということを。
「その女の子心配してるだろうね。」
そう美羽が切り出すと、零歌が続けた。
「でも、その女の子もお姉さんもそんなに濡れて走り回ってたのなら風邪ひいちゃう。よかったら家にその子もつれてきて温まっていって?」
「いやでも…いきなりそんな。」
「気にしない気にしない!女の子に早く知らせてあげて!私たちコロちゃんを先に綺麗にしてるから!」
「すまない…わかった、伝えてくるよ。」
するとそのお姉さんはまた走り出し、少女に知らせに行ったようだ。
美羽と零歌はそれを見送ると、一緒に零歌の家に入っていった。

――――――――――――

コロは零歌の家のお風呂で汚れを落としていた。
温度もちょうどいいのか、とても気持ちよさそうにしている。
一通りお湯で身体を洗い流し、バスタオルで拭いてあげると、元気よく家の中を走りまわりはじめた。
コロのお風呂タイムが終わったと同時くらいに、さっきのお姉さんと少女が零歌の家を訪ねてくる。
「コロ~~~!!よかった…よかったぁぁ。」
自分の飼い主が来たとわかったコロは少女めがけて駆け出して飛びつき、少女に抱かれながらとても嬉しそうに顔をペロペロと舐めまくっている。
「お姉さん達、本当にありがとうございます。」
「いやいや、たまたまかもしれないけど、無事でよかったね。それじゃ、今度はお二人の番だよ。」
そういうと零歌は二人を風呂場まで案内する。
二人もまた雨でびしょびしょになっていたからだ。
そして20分後、お風呂に入っていた二人と、お茶を入れた美羽達は合流し、居間でこたつに入りテーブルを囲んだ。
「改めてお礼を言わせてほしい。コロだけでなく私やこの子まで親切にしていただいたこと、感謝する。」
「うん、お風呂温かかった!ありがとう!」
お姉さんと少女の笑顔に美羽達も満足そうだ。
「自己紹介がまだだったな。私は天ヶ崎高校2年の淡嶋萌花(あわしまほのか)だ。」
「私は、天ヶ崎南小学校の3年生、柱海晴(はしらみはる)ですっ。」
「よろしく、私は天川美羽です。そしてこちらがここの神社の娘さんで…」
「青空零歌よ。しばらく雨もひどいみたいだし、よかったらゆっくりしていってね!」
そして4人はお茶を飲みながら楽しく会話をした。
そして夕方が近づいてくる頃、激しく降っていた雨もやみ、雲の隙間から日が差してくる。
その光が零歌の家に差し込むと、萌花と海晴はそろそろ帰ろうと零歌の家から境内へと出る。
「今日は本当にありがとうございました。コロが見つかったのもお姉さんたちのおかげです!また今度遊びにきますね!」
そう海晴が挨拶をした時だった。

―――キィィン!!―――

「―――っつ!?」
「すごい耳鳴りがっ…!!」

嫌な耳鳴りの音が4人を襲う。
「美羽…これって…。」
「うん、間違いない…。」

美羽と零歌は悪魔が近くにいることを察知する。

「まったく…あなたたちのせいでアミー様に怒られてしまったじゃありませんか。大恥です。」
そう言いながら空から降りてきたのは、一度神社で戦ったあの牛のような悪魔だ。

「ここにいたら危ない!二人はもう一度中へ!!」
「うん!」
零歌に注意された二人が零歌の家へもう一度入ろうとしたが、悪魔によって作られた透明の壁で家がふさがれる。
透明の壁に阻まれた二人が後ろを振り返ると、目の前に悪魔が瞬間移動し二人を見つめた。
「ひっ…」
「逃げようとしても…そうはいかないのですよ。あなたたちには私に協力してもらいましょう!!」
をれを見ていた美羽が零歌に声をかける。
「零歌、いくよ!」
「うん!」

「世界の光よ…我に力を…。アウェイクニング…エンジェル…!!」
「世界の光よ…我に力を…。アウェイクニング…ティア…!!」

その呪文と共に、美羽と零歌の身体は不思議な光に覆われていく。
そしていつもの衣装に身を包むと決めポーズをとった。

「聖なる光をこの胸に…我が名はシャイニング・エンジェル!あなたの濁った心…私が浄化してあげる!」
「聖なる光をこの胸に…我が名はシャイニング・ティア!悲しみの涙を…喜びの涙に変えてあげる!」

零歌と美羽の決め台詞の直後、悪魔が叫んだ。
「こちらも準備は整いました。さぁ闇を吸い込め!ダークネスコンバージョン!!」

「きゃぁあぁっ!!」
悪魔は海晴と萌花を闇に覆わせると、フィギュアに変えてしまった。
フィギュアにされた二人の身体は黒くなり、目が赤く光っている。
ギロ…と鋭い目つきで見つめてくるフィギュアを、美羽と零歌は険しい表情で見つめた。
「ふっふっふ…、前回私を馬鹿にしたお返しをしなくてはね…。私の作りし子分たちよ、あの忌々しい天使どもを痛めつけてやりなさい!!」
悪魔がそういうと、地面から黒い液体のようなものが噴出してくる。
それは一度空めがけてジャンプすると、地に降り立ち、人型のドロドロした魔物へと姿を変えた。
その数は多く、あたりを見渡すとざっと50程度の数がいる。
「エンジェル!ティア!!」
そこへ天使姿の海斗が現れた。
「カイト君!!」
「く…なんて多さなんだ。これじゃ亜空間チェンジは難しいか…。」
海斗がそう嘆いていると、周りに沸いた魔物がいっせいに3人に向かって攻撃し始める。
美羽と零歌は素手で殴り合い、海斗は剣を取り出すと魔物と交戦し始めた。
しかしそこにいるのは魔物だけではない、フィギュアにされた二人からも、3人に向かって攻撃をしてくるのだ。
黒いビームと魔物たちからの攻撃をうけ、美羽も零歌も海斗も、それぞれギリギリの状態で戦っている。
髪の毛をかすったり、服が破けたり、あと一歩間違えば大けがになってしまうだろう。
なんとか一体倒せても次から次へと攻撃がくる。
それが何度も続くことで、3人の体力は確実に消耗していった。
そして、3人の息が切れてきたところを見計らったかのように、フィギュアになった二人から黒いビームが放たれる。
「きゃああぁっ!!」
と叫ぶ零歌と美羽の声。
海斗がその声で振り返ると全身が黒いモヤモヤで覆われた零歌が地面に倒れ、美羽は悪魔に両腕を捕まれぶら下がっている。
「エンジェル!!ティア!!」
そう叫んで近くに行こうとする海斗の行く手を魔物が阻んだ。
「ふふふ…はーはっはー!!どうだ天使どもよ、屈辱を味わうがいい!!」
「くっ…エンジェル!!」
「こいつは上物だ…少し私が特別に遊んでやろう…。」
悪魔が見つめる美羽に対する視線は、とてもいやらしく、足先から舐めるように美羽の身体を見つめる。
ところどころ戦闘で魔物に服を破られたのか肌が露出しており、悪魔はその場所を手で触り始めた。
そして自分の顔を美羽に近づけると、舌を出し美羽の首筋を舐めた。
「いやぁっ…!!離して!!」
美羽は抵抗しようと身体をひねるが、悪魔の力はとても強く、振りほどけるものではない。
悪魔は少し息を荒くし、美羽の服に手をかけると、勢いよく自分の爪でその服を切り裂いた。
「いやぁぁぁっ!!」
髪の毛でかろうじて大事な部分は見えていないものの、美羽の左胸がポロリと露出する。
「美羽を…離せえええええ!!」
遠目に見ていた海斗が、悪魔に勢いよくつっこんでくる。
「五月蠅い虫だ、さぁお前ら、さっさと動けなくしてしまえ!!」
悪魔のその言葉に、フィギュア2体が海斗むかって勢いよく攻撃する。
そして周りに残った魔物たちも一気に押し寄せる。

「・・・・・あまり・・・俺を不愉快にさせるな・・・・・。」

ゆっくりと息を吐き体制を整えると、海斗の目は光り、周りに魔力が漏れ出した。
それは風となり魔物を吹き飛ばし粉々にする。

「なん…だと…。」
「今すぐ美羽を解放しろ…。さもなくば…、お前を殺す…。」
手に持つ剣の矛先は確実に悪魔に向けられ、ピクリとも動くことはない。

「あーあー、まったく海斗ちゃんは仕方ないねぇ。周り見えなくなっちゃうとすぐこれなんだから。」
そう言いながら神社の屋根に腰掛け、戦闘を眺める一人の天使がいた。
白髪で肩下まで伸びた髪を後ろで縛り微笑むその姿は、どこか雰囲気は海斗に似ていて、海斗と比較するとどうやら年上のようである。
「仕方ないな…ここはひと肌脱ぎますか。」
その天使が取り出したのは小さな手のひらに乗る青く四角いキューブ。
「聖なる光よ、我らとかの者達を転送せよ。Subspace change EX」
呪文と共に、手のひらにあった青いキューブは真っ二つに割れ、お互いに裏返しになると、また元通りになり、赤色へと変化した。
海斗と同じような亜空間チェンジをしたようだ。

「愚かです…、私がそんな脅しに屈するとお思いですか…、さぁ…フィギュアになった者たちよ、私の盾となりなさい。」
悪魔の言葉に反応し、フィギュアになった海晴と萌花が立ちふさがる。
「そうか…それがお前の答えか…。」
それを見た海斗はまるで二人が見えていないかのようにゆっくりと前へ進んだ。
その瞳から光は消えていた。

「おっとー、こーれはちょっとまずいかなぁー。」
神社の屋根から見物していた天使がその場所から動く。
海斗が勢いよくフィギュアむかって剣をふりかざし突進してくると、その天使はその前に降り立った。
―カキィン!!―
剣とその天使のバリアがぶつかりあい、金属音が境内に響く。
「こーら海斗ちゃん、君の前にいるのは人間でしょうに。冷静になりなさいな。」
その言葉は海斗に届いていなかった。
冷静さを失っている海斗はそのまま攻撃を続けている。
「はいはい、おねむの時間ですよ~。」
海斗の額にシールが〇眠と書かれたシールが貼られた。
すると海斗は何事もなかったかのようにその場所に倒れ、居眠りを始めている。

「誰ですかあなた…。フィギュアの前に出てくるとか死にたいんですかねぇ?」
背を向けて立ち尽くすその天使は微笑みながら悪魔の方を振り向いた。
相変わらず何度も黒いビームが放たれてくるが、その天使の周りにはバリアがはられているようで、ダメージを喰らうことはなかった。
「ほう…。どこかで見たことのある顔だ…。」
「おやおや、私をご存じでしたか。それは光栄だ…、…でも…」

「とても残念です。あなたはここで…死ぬのですから…」
一瞬言葉が途切れた。
次の言葉を言い出すその一瞬で、その天使は悪魔の背後にまわると、持っていた剣をひきぬき、下から上へと剣を切り上げる。
悪魔に返す言葉はない。
次言葉の直後に、その悪魔は真っ二つに切り裂かれたからだ。
二つに切り裂かれた悪魔が塵になって消えていく姿を眺めながらその天使はこう言った。
「弟が…世話になりましたね。」

美羽もそれと同時に解放され、その場に座り込む。
だが、悪魔が消えたところでフィギュアがもとに戻るわけではない。
黒いビームが美羽にむかって放たれる。
が、海斗の兄がそれに気づきすぐさま美羽を抱き上げた。
そして抱き上げた上空で胸にある懐中時計に触れると、美羽の衣装が元通りになる。
「あ…ありがとうございます。」
美羽はびっくりしながらも、感謝の言葉を伝えると、続けて海斗の兄は美羽に言う。
「私が動きを止めるから、君は浄化…できるね?」
「は…はい。」
兄が地に降り立ち、美羽を下すと腰から銃を取り出す。
「Seal the movement!」
両手にその銃を構え呪文を唱えるとフィギュアめがけて放った。
実弾ではなく光の玉がフィギュアに当たる。
するとそれは当たった場所で魔方陣となり、2人の動きを封じた。
「さぁエンジェル、今だよ。」

美羽が懐中時計に触る。

(コロ…コロ…!怖いよ!!助けてえぇ!!)
(く…くそ…どうしたらいいんだ!!)
海晴と萌花が苦しむ姿、声が美羽に届いた。

「大丈夫…今助けてあげるから…。」

「苦しむ魂に…天使の救済を!!とどけ!ピュアフィケーションオブザソウル!!」
胸にある懐中時計から白いビームがフィギュアに向かって放たれる。
それを体中で受けた海晴と萌花の身体は、少しずつ元通りの肉体へと変化し、安らかな表情になっていった。
(しあわせ~…♪)

黒いビームを全身で受け倒れていた零歌も、海斗のお兄さんによって浄化され、動けるようになっていた。
「零歌!!大丈夫!?」
美羽が心配そうに零歌のそばへ近づく。
「うん、大丈夫だよ、ありがとう。」
その言葉を聞いた美羽は、うなずくとすぐ、海斗のところへと走った。
そして寝ている海斗の上半身を抱えると、自分の膝の上へと乗せる。
「海斗君…心配してくれたんだね…ありがとう。」
「大丈夫だよ、寝てるだけだから。」
心配そうに海斗を見つめる美羽に、海斗の兄が声をかけた。
「そうだ、自己紹介がまだだったね。天使界特殊部隊中将、セイク・ザルヴィエル。海斗の兄だ、よろしくね。」

シャイニングプリンセス

シャイニングプリンセス

都会のど真ん中にある公園で、魔法少女にあこがれる一人の少女がいた。 いじめられっこであるその少女は、魔法少女にあるだろう強さを求めていたのだ。 そこに、一人の青年がやってくる。 突然少女の前に跪く青年。 その青年の正体…そして少女のこれからは…?

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-19

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 魔法とは…
  2. 神様とこどもたち
  3. 天川美羽という少女
  4. 幼馴染の帰還…
  5. 誕生!シャイニング・エンジェル!
  6. 美羽の決意
  7. 新たな仲間 シャイニング・ティア!
  8. 天使界への行き方
  9. ホリデーショッピングタイム!
  10. とある雨の日…