ビニール傘

風見はるき

降り出した雨

「うわあ…」
うわあ、としか言いようがなかった。
降り出した雨は弱まる気配も、止む気配もなかった。
ざあざあと降り続ける雨が、窓に触れる僕の指を冷やしていく。
「…さあどうやって帰ろうか……」
どうやって帰ろうかといってもまあ、選択肢はないに等しい。
傘を持っている友達はみんなもう帰ってしまったし、貸し出しの傘はすっからかん。仕方なく僕は水泳で使ったタオルを取り出して鞄に巻き、頭の上に乗せて、さあいざゆかんとした。



…いざゆかんと、した、のだが。
僕を濡らすはずの雨はなく、僕に控えめな影が被さった。
まあつまりは、後ろに人の気配を感じたのだ。
僕がおもむろに後ろを向くと____

「使う?」

美少女が傘を差し出してくれていた。



白魚のような指というのは、きっとこの子が傘を掴んでいる手の指のことを言うんだろうな、と思った。乱れのない制服と胸元のリボンの色が、彼女が新入生だということを物語っている。
__ふむ。年下の美少女か…タイプかも。
彼女はしっとりとした黒髪のセミロングをちょっと蒸し暑そうに揺らし、僕を澄んだ瞳で見つめながら再度言った。
「ねえ、使う?」
「あ、ああ…大丈夫。僕はこのまま帰るよ、ありがとう。」
もちろん彼女と僕は初対面なのだが、いかんせんこの子、敬語を使わない。それも美少女の特権といったところだろうか。
僕は彼女に気を使わせるわけにもいかないのでやんわりと断った。
彼女はしばし僕を複雑な表情で見つめた後、
「……あら、そう。」
とだけ残してさっさと帰ってしまった。
容姿と似つかない地味な傘を差して。

いや、ちょっと。
断ったのに言うのもなんだか変だけど、ちょっと。
ちょっとばかし、冷たすぎないか?
なんかこう、もう少し心配する言葉があってもいいような…。風邪ひかないようにねとか、本当に大丈夫なのとか…。
「……………」
もう雨の音しか聞こえない。
あーあ、借りればよかったなあ。
そうすれば借りなきゃいけなくなるから、仲良くできた…かもしれないのに。
僕はちょっと後悔しながら雨の降る外を全速力で帰宅していった。

学校で

「はあ……。」
僕は盛大なため息をついていた。
何も入っていない財布を片手に僕がうなだれている理由は、数分前に起こった出来事がきっかけだった。



がやがやと騒がしい教室。
今は昼休み。何かと学生が騒がしい時間帯だ。
僕はぼうっとして窓を見ていた。

昨日の放課後。
あのとき、傘を貸そうとした美少女。
傘を借りればよかったかなあ、と未だに後悔している…。
不思議な雰囲気の子だったなあ…。

ふと、ぐううと間抜けな音がする。
うん、お腹すいた。
せっかくだし、何か買いに行こうかな、と僕は席を立ち上がった。
一人で行くのは別に友達が少ないからとかではない。
もしかしたら、もしかしたらあの子に会えるかな、なんて。



…おわかりいただけただろうか。
ないのである、金が。
これが本当にあった怖い話だ!!
そんなバカなことを言っている場合じゃない、お腹が空いて力が出ない…。
ああ、ああ餓死する…。


「ねえ」
そのとき聞き覚えのある声が聞こえた。
後ろには整った顔立ちをした、

「昨日の傘の人、
顔白いよ?」

美少女が立っていた。

名前とご飯と

「今日は作りすぎてしまったから、別に構わないの。食べる?」
おにぎりを、差し出された。
僕は極限状態でわけもわからぬまま、とりあえずそれを口にしてみる。
「お、美味しい!!」
「それはよかった、けど。
色々とお行儀が悪いんじゃなくて?」
彼女はちょっと眉をひそめて困った表情になった。
ごくんとおにぎりを飲み込むと、酸っぱい梅の味がした。



僕は今、平凡な生き方してたら出会えないのではないかってくらいの美少女に、その美少女に、あろうことかご飯をご馳走になっている。しかも後輩。しかも自分が昼飯代を忘れたから。
そんなわけで僕らは裏庭のベンチで二人座ってご飯を食べるという、青春の香りを感じさせることをしているのだが…
恥ずかしいというより情けない。
でも美味しいから食べ続ける!
ありがたい!もう隣にちょこんと座っている彼女が女神に見えてきた!
「あ、」
ふと彼女が声を上げた。
いや僕の彼女ではないけど。
「そういえば名前、聞いてなかった」
名前。
名前、聞かれていいのか?と思った。
傘を借り損ねて、ご飯をご馳走になって、迷惑しかかけていないのに、名前で呼べる仲になっていいんだろうか…と。
でもまあ、この子が知りたいと言っているのだから、教えてあげるのが礼儀だろう。
それも自分への言い訳だけれど。
「僕?
僕は加納。君は?」
「私は…」
ちょっと考えた後、彼女はくすりと微笑んで手を差し出した。
「?なあに?」
「手。貸して。」
言われた通りに手を貸すと、する、と僕の手のひらを彼女の手が包んだ。
な、何をする。ちょっとどきどきするぞ。
彼女は僕の手を掴みながらもう片方の手でペンを持ち、ペンで僕の手に何か書いた。
「わっ!ちょ、ちょっと!?」
流石の僕でもこの行動にはちょっと驚いた。ほぼ初対面の先輩の手に文字を書く後輩。なかなかシュールなものがある。
しばらくすると書き終えたようで、彼女は顔を上げた。
「これが私の名前。」
彼女がそう言う僕の手のひらには、


<小八木 京>
と書かれていた。

ビニール傘

ビニール傘

幽霊と梅雨の話

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-18

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  1. 降り出した雨
  2. 学校で
  3. 名前とご飯と