サヨナラは銀河の彼方へ

『そうですか、地球ではもう、人工生命体が主流ですか』
 MK-45が言う。感情は解らない。
 ここは、現役では地球圏で一番古いモデルの宇宙ステーション「えにし」。
 人工重力システムが最低限の救いだが、至る所で見られる時代遅れと老朽は、もはや改善の余地はない。何度か本部に打診したが、修繕に費用をかけるより、もっと建設的な使い道があるだろう、となしのつぶてだった。
 乗員は、猪名川管理官と私の二人。そして、このMK45だ。
 もう、この施設の役割は終わったのだ。
 私は、この偏屈な管理官とMK-45のやり取りを黙って聞いていた。
「倫理的にも、人に似せるなんてナンセンスだよ」
『そうでしょうか?極自然な科学の進歩だと思います。当時の私は最先端のノアロニックブレインでしたが、ただの優れた人工知能というだけでした』
 MK-45は、このステーションを維持するコアと直結している。
「アンドロイドとかロボはね、ロボっぽいのがいいの。リアルにするほど、逆に、空想の多様性ってのが失われていくんだ。TVゲームといっしょさ。どうせなら、クローンでパンダ作るほうがいいよ。中国にこっそりと。トキよりかわいいから正義だろうに」
 猪名川管理官は設備の点検を進める。
『あなたのユーモアには、かねがね共感いたしかねます』
「そうかい」
 楽しそうだ。
 管理官は昔からこういう鉄面皮な性格で、気心が知れないうちは、まず「最低の男」に分類された。それが徐々に「個性的な人」、「なかなか味のある男」に格上げされ、回りくどく信頼に繋がっていく。彼に対する私の評価は、3年目にしてやっと7合目と言ったところである。プライベートも明け透けで、管理官の真の友人は、このMK-45だけだと聞いたことがある。家族は音信不通状態だというし、地球に半分置き去りにしてきた恋人は、とっくに別の誰かと結婚してしまったらしい。
 「宇宙にロマンを求めた男の、あるべき姿だ」などと屁理屈こねていたが、自堕落な生き様にしか思えなかった。しかし、4歳から整備士を見習ってきたというその腕と知識は、常に一級だった。
『終わりましたか?』
「んー、よし。そうそう、あとはあれだ」
 と、管理官は私に向き直って、
「ちょっ、管理官?」
 あっという間、私の両手は拘束される。
「な、なにすんですかっ?」
「いや、勘違いしないでね。なにもしないから」
「してるじゃないですか!」
 管理官は私のカバンから、例のファイルが収められているタブレットを取り出す。
 この「えにし」についての、最終処理計画をまとめたものだ。
「あー、やっぱり。君んとこで止まってたのか。ひどいじゃないか」
「…そ、それは…。管理官は、いつも会議に出たがらないし…」
「そーだね。うん」
 管理官も、きっとこの結末を知っていたが故、はじめから出席しなかったのだろう。
『やはり、私は廃棄になるのですか?』
 MK-45の起伏のない声。
「そこは知らなくていいよ。まあ、でも、準備しといてよかった」
「準備?!なんのことです?」
 MK-45は言う。
『私は人間で言うと、猪名川さんと同じで、古いタイプの思考です』
「えっ?」
『私は宇宙の観測、宇宙の深淵探査の為に作られた人工知性。廃棄は拒絶しませんが、科学博物館への寄贈は望みません』
「寄贈も廃棄も、俺は望まん」
 管理官は断言する。
「ちょっ……」
 管理官はこの半年、地球にも戻らず、ずっと「何か」に没頭していた。
「今から30分後、このステーションは制御不能に陥る。原因は太陽フレアってことで。で、俺らは脱出ポッドで地球に帰る。シンプルかつベストな悪巧みだ」
「そんな…むあっ………」
 私は管理官に、おそらく催眠スプレーを浴びせられ、そのまま床に付した。
『偽装ですか』

*   *

「それじゃあ、お別れだ」
 猪名川さんは、航行制御をMK-45に委ねたようだ。
『はい。一人旅を満喫してきます。設定したコースを順調に行ったとして、戻るのは757年後になります』
「さっすがに生きてないなあ」
『順調に行くとも限りません』
「……行ってくれよ。退職金まで先に使って整備したんだぞ」
『その金銭感覚と人生設計には、共感いたしかねます』
「ははは」 
 猪名川さんは何か言おうとして、倦ねていた。
『あなたは連れて行きません』
「え?」
『あなたの遺体を処理できる能力、あなたが否定したナンセンスなヒトの身体を、私は持っておりませんので』
 MK-45の言葉は、皮肉めいていた。
「そうだったな」
 管理官は、見透かされたように笑って、私を脱出ポッドに入れて、自分も席についた。 
『最後に一つだけ』
「ん?」
『私はずっと、あなたが人類の未来を悲観しているように感じてきました。私のような存在が、ヒトの人格に評価を差し上げるのは抵抗がありますが…』
「………」
『あなたはとても素敵な人間です。少しは理解してください』
「………」
 管理官は、ゆっくりと脱出コードを入力し、脱出用ポッドを開錠する。その船内監視映像の端に、よだれを垂らして熟睡する、だらしない私が映っていた。私がこの映像の存在に気付くのは、地球へ帰還した後の週末である。
  
*   *

「…あれ? えにしは?」
 目が覚め、視界がぼんやりと開けた先に、今まで見たことない管理官のはにかんだ顔があった。私の寝ぼけ顔が、そんなにオカシイわけでもないのに。
 管理官は私の問には答えず、窮屈なポッドは自動運転で地球に向かっていた。

サヨナラは銀河の彼方へ

サヨナラは銀河の彼方へ

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-17

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