エンドロールは訪れない
題名被ってたので修正しました。
結婚には好き好きがあって、私はそんな好きでもなかった。
三年前、私は妥協結婚をした。
23歳だった。
私の家族関係は複雑で、もともと淡泊だった親兄弟と大きすぎる家ですれ違うだけの日々。その上私は根っからの人間嫌い。仕事以外は引きこもり、ペットのハムスターを愛玩物に片手スマートフォンを日がな一日弄る生活が続いていた。
一応流行りには目を通す。
けれど月12万の貯蓄は減るばかり。仕事も恋愛も両立しているぶりっ子女とは話が合わず、かといって学歴自慢の友人には会うたび自慢されて鼻白む日々で。
たまに見る創作系のサイトのイラストや漫画はクリックを事故ると途端卑猥になり、これといって『大好き!』と言えるものが無い。
趣味の映画鑑賞が専ら金を巻き上げていくのだから、やり切れない。私は意識高い系なのだろうか。
私は月にストレスから減る月収と老後幾つまで働くのか計算して、溜息をついた。
『…結婚しよっかな』
それまでに、私の頭に沸いたことの無い発想が浮かんだ。
そうだ、結婚しよう。
相手は誰が良いだろう。同じバイト仲間で33歳の、あの男はどうだろう。
新田タカヤ。元ニート。
なんでも精神疾患前歴があり、年上には滅法弱く、年下には滅法優しい。去年愛犬が大往生したとかで年末年始に休み、店長に大目玉をくらってしくしく泣いていた。
確か前に『両親に無理やり結婚相談所に登録させられた』と話したことがある。
あの時私は、あ、これ告白だ、と思い、同類項かー、とつれなく思いながら『さいですかー、結婚出来ると良いですねー』と明後日を見ながら相槌を打ったのだ。
タカヤさんはたははと力なく笑って下を向いていた。
時計を見た。
夜8時35分。まだ店にいる。
走って家を出た。コンビニに着いた。タカヤさんは熟女のおば様に絡まれて困りながらレジを打っている。
ガーッと開いたドアを蹴飛ばしながら、私は叫んだ。
『私と結婚して下さい!!』
時が止まった。みんなポカンとしている。タカヤさんもポカン。おば様もポカン。
私は、忘れてた!と付け足した。
『好きです!タカヤさん!!』
それからは展開が早かった。
タカヤさんは何が起こっているのか分かってすらいなかっただろう。彼の両親と私の両親は、まだ年端のいかない娘をやれるか!そこを何とか!と揉め、私は合いの手を入れるように、『彼が好きなの!彼と一緒に生きていきたい!彼じゃなきゃ死ぬから⁉︎』と主に父に絶縁状を出し、父は顔が真っ赤になり、それを母がまあまあと宥めていた。
『こういうのは本人達次第だから、ね?』
その夜父とタカヤさんの父は酔いつぶれ、私は物言えず凄まれたショックで精神的疲労にあるタカヤさんと、ハムスターを愛でて遊んでいた。
コンコンとドアがなり、はーいと出ると、いつもジャージ姿でスカイプ仲間にしか笑顔を見せない兄がニヤニヤしながら立っていて、入って良い?と私に聞いた。
兄はずかずかと部屋に入り、怯えるタカヤさんを見て『お仲間の匂いがするー笑』と笑った。
『これ俺のアドレス。ドラゴンズライドってオンラインしてるから、いつでも参戦してよ。おれ向こうじゃ沖田宗次郎って名乗ってるから』
いや、タカヤさんは色んな関係でデジタル物は嫌いだし、と言おうとして、兄がこんなに友好的に出てきたのはいつ以来だろうと思い、しげしげと二人を眺めた。ジャージ義兄弟、ここに結成せり。
式は挙げなかった。タカヤさんも同意の上というか、同類項だから、私達は。意思疎通は難なくできる。あれから2LDKのマンションに引っ越し、家賃折半で前と変わりなく働いていた。店長夫婦はにこやかにおめでとうと言ってくれ、女子高生や年増の同僚には形だけのお菓子詰め合わせを貰った。
私達はただ単に一緒の部屋にいて、タカヤさんのつまらなさに飽き飽きしてドラゴンズライドをPS3と共に買って来て、勝手に遊びに来た兄と三人で下手くそなゲームをした。
ハムスターに名前が無いと知った時のタカヤさんの驚愕した顔。
可哀想だからとハム、と呼び出したので、私も『アホらし』と思いながら、ハム、と呼ぶことにした。
一緒にカレーを作って食べた。玉ねぎが切れなくて、これじゃお嫁に行けないね、と言ったらタカヤさんが笑った。
土日は映画鑑賞をした。猫を飼いたいと呟くタカヤさんに、ハム食べられちゃうよ多分、と告げるとしくしく泣き出すメンタルの弱さに(マジかこいつ)と呆れ、若干引いた。
恋じゃなかった。愛でもなかった。強いて言うなら友情だった。私達は同類項。兄も含めて三人連れ。ハムを入れて三人と一匹。
世界で寂しいみんなだった。全部で世界なのに、私達はめんどくさがって入りに行かなかった。否、入れて貰えなかった。
店では二人で孤立。世間じゃ三人で孤立。家じゃ三人と一匹で孤立。
なんだか寂しくて、たまに手を握っても、何の感慨も起こらなかった。タカヤさんの方が情けなさそうにするのが、ああ男の人なんだなと思い出す唯一の時間だった。
ある日、タカヤさんが帰って来なかった。
次の日も、そのまた次の日も。兄は走り回り、私は警察からの電話を待った。
二週間後、浜に打ち上げられたタカヤさんが見つかった。ハムはその日の朝に永眠した。
地元の不良に絡まれて、海に放り込まれた。死ぬとは思わなかった。手に入れた金は3150円。
フザケンナ、フザケンナ!と叫び続ける兄の横で、私は、ああ、終わってしまった、と思った。
例えるなら名作映画の幕引き。寅さんの最終回。渥美清は何処にもいない。
ただただ悔やまれる人。身内の葬式で、初めて涙がホロリと出た。はらはらと止まらない。何を言えばいいのかわからない。わからないけどぐちゃぐちゃで、もう私の心はひとりぼっちだ。
兄もまたひとりぼっち。
永久の友を失ったんだな、とわかった。
わかったので、死ぬことにした。
元の場所にも、もう戻れない。二人ぼっちのあの場所で、もう耐えられない。
私達は、同類項だったから、きっとずっとあの店にもいられたんだ。
私はミニに乗り、海を目指して国道に乗った。
ギュンギュン飛ばす。あのカーブで、ラストだ。
兄よごめん。お母さんごめんお父さんごめん。店長ごめん。ハムごめん。
ごめん、タカヤさん。
『危ない!!』
頭の中で声がした。キキーッとブレーキを踏み、他に車の無い二車線をミニがタイヤのブレーキ痕を残して滑っていく。
『そんな運転したら危ないですよ!!紀恵さん!』
いつだったか、タカヤさんを怖がらせてやろうと、兄と二人で無茶な運転をして、タカヤさんを怒らせたことがあった。
『命は、大事なんだ!!』
遅いよ、と思う。もっと早く言ってよ。自分が行動で示せよ、夜の街とかなんで出るかな。
ああ私にアイスを買いに行ったんだっけ。じゃぁやっぱり死ななきゃな、とアクセルを踏もうとすると、『だから、危ないって言ってんでしょーが』と誰かに頭を叩かれた。
ガバッと布団から起きる。目の前にはタカヤさん。
『そんな寝方して、ベッドから落ちるよ』
彼の手には、雪見だいふく。
、
…、
……。
『…何それ〜⁉︎』
熱下がってきたね、とおでこをくっつけてくる彼に生まれて初めてドキドキとときめきながら、私は一人、頭の中で盛大にずっこけた。
ハッピーエンディングコメディ、これにて終幕。
ちゃんちゃん!
エンドロールは訪れない
突如現れたイマジネーション!