絶対生徒

いじめとは、いじめられている人物にしか分からないものなのか?
自分はそうでは無いと考えます。
どのような形にしても加害者はなんらかの感覚で気づいていると思うんです。
たとえそれがいじめと形容するとは知らなくても……
加害者の意識で被害者の対処の方法も変わってきます。
この作品ではそう言った、違うタイプのいじめに、違うタイプの対処をした
二人の男子生徒が主人公です。
彼らの中では過去形となった問題をどう描くかで苦戦しました。

青空文庫では初めての作品となりますが
どうぞゆっくりと読んでいただけると幸いです。

#1 学問のすゝめ

春の軽い風が短く切り上げた髪をそっと撫で上げる
それにつられて花びらが宙を舞い、青空を駈ける。
県立中野島高校の前には榊 秋博と同じように
試験を潜り抜け合格を手にした生徒が列を作り
校門に飾られた「県立中野島高校」の看板の横に立ち記念撮影を行っていた。
秋博自体あまり乗り気ではなかったが母親に言われしぶしぶと記念撮影を行い
足早に体育館へと向かう。
元より校門に着くのが遅かったのに加えて撮影を行ったのだ、急がねばならないのは当然だ。
“体育館前に張り出された用紙にクラスが表示されているので確認するように”という
合格者説明会時に渡された書類の忠告通りにクラスを確認する。
「4組か……」
特に同じ中学から受けた友達が居たわけではなかったので、どうでも良いことだが……
体育館の、指定されたパイプ椅子に座り、入学式を待つ間
榊はいつもの行動に移る。
“いじめっ子探し”だ。
元々顔は中の下、成績も運動も飛びぬけて良いわけでは無い榊は、
小学生のころからよくいじめのターゲットにされていた。
故に雰囲気や振る舞い、顔の創り、目付きで
どの人物が危険か何となく判るのだ。
(今の所、危険そうな人は居ない……)
そっと胸を撫で下ろす榊は一旦“いじめっ子探し”を中断し
ポケットに忍ばせておいた小説を取り出し、読書に集中する。
まだ来ていない生徒がちらほら居る為に入学式はまだ始りそうにない。
数十ページ読んだところでしおりを挟み、“いじめっ子探し”を再開する。
先ほど観察した時よりも人数が増えているが、これといって危険人物は見当たらない。
見つけたところでなるべく関係を持たない様にするだけだが……
生徒会がマイクをセッティングし始め、会場のざわめきが大きくなる。
そろそろ入学式が始まる頃なので読書は出来ない上に
もう大体の生徒を観察してしまい暇を持て余す
榊の周りにも最初来た時に比べ大分人が集まってきた、そんな時
脳裏が経験から訴えかける人物
あまり関わらないのが得策だと定義するタイプの人物が現れた。
身長は低めで威圧感は少ない、髪も大胆には染めていない
普通の人から見たら小物臭がするというのだろうか
しかし榊は今までの経験から知っていた、こう言うタイプが一番面倒だと
無駄に喧嘩を仕掛けて来て、勝手に負けてその後バックが動くタイプだ。
こういう場合バックは中学時代の先輩が圧倒的に多く、先輩は喧嘩も強い
下手をすれば暴力団に繋がってたりするので刺激しないのが定石だ。
(話しかけられても当たり障りの無い回答をすれば良いが喧嘩を持ちかけられたら……)
随分と面倒な人物が同じ学校に入ったものだ、とため息をつく榊の左隣に危険人物が座る。
一瞬息が止まり、呼吸が乱れる
同じクラスで、出席番号は1つ違い
話しかけられないわけがない……
相手からは榊が格好の獲物に見えるはずだ……
終わった……
色々な事が頭の中を横切りしばしの間、視界が擦れる。
ようやく地獄のような中学から抜け出して
あいつ等が来れないような進学校にまで入学したというのに
「はぁ……」
思わず小さなため息が零れた。
その後は特に危険そうな人物は見当たらず式が始まる。
校長先生の話やPTA会長の話、生徒会長の話を聞いた後
それぞれのクラスへと1組から順に移動する。
我々1年生は去年まで使っていた1年の教室のある棟が改装されるため
プレハブ棟に行くらしい。
小中とプレハブだったが、まさか高校でもプレハブだとは……
もしかしたら大学もプレハブかもしれない……
この春の初めでも蒸し暑い教室に入ると出席番号順に机に着席する。
(あいつは前の席か……授業中にちょっかいは出されなさそうだな……)
まぁ、大概の奴は後ろにも声をかけるので休み時間は危険だが……
密度の増えた教室にドアのスライドする音が突き刺さる。
「はい!着席して下さい!」
少し頭頂部の禿げあがった小さめの男の先生だ
「今日から1年間この4組の担任をする大河です、教える教科は体育です1年間お願いします。」
簡潔に自己紹介を済ませた大河先生は二つ折りにされた厚紙を配る。
「クラスメイトや先生の名前は全てそれに書いてあるので友達が何処のクラスかはそれで確認してください。」
刷られたばかりなのか少し暖かい厚紙に目を通す
前の席の人物は“坂上 達也”というらしい。
その後しばらく今後の予定が話された後すぐに解散となった。
この後に保護者会が閊えているからだ
担任が教室を出ると同時に雑談の声が教室に飽和する
とりあえず、素早く教室を出る。ここで坂上に声をかけられては面倒だ
初日はそのまま帰路に着いた。

次の日、特にイベントと言えるものは無いが教科書販売の日だ。
あらかじめ決められた教科書の額が示されえた書類を貰っていて
その額が入った封筒を持ってくれば教科書が一式渡されるわけだ。
茶色い封筒を販売に来た販売員さんに渡し
金額を確かめたうえで白いビニールを貰う。
教室に戻り白いビニールの中の教科書に加不足が無いかチェックする。
榊の物はちゃんと全てある
クラスメイトが全員帰ってくるまで教室で待機だが
特に話しかける相手も居ないため読書を開始する。
昨日、家でも読み進め、今すごく良い展開の所で丁度続きが気になっていたのだ。
しおりを元に昨日の物語の記憶を引き出し、物語の海に浸る。
榊が小説を読み集中する時のイメージだ
足から少しずつ浸っていく、そんな感じが好きだ。
「お前、それなんて本読んでんの?」
4ページ程読み進めたところで声をかけられた
“坂上”だ
「この前、直木賞取った村上春樹の“海辺のカフカ”って言う本。」
「ふぅ~ん……。」
坂上は特に興味が無いように相槌を打ち思い出したように次の質問をする
「お前ってさ、本好きだな、本が友達なの?」
少しニタッとしながら話す
(……面倒くさい奴)
「別にそんなんじゃないよ。」
と小さな笑顔を浮かべる、もちろん作られた物だが
「つかさ、それってラノベ?聞いたこと無いんだけど~」
「ってか無名の奴か(笑)」
「ってかお前オタクだべ?」
(マシンガンのように喋るな、こいつは…)
一度本にしおりを入れ本を机に置きまじまじと顔を見て
また作り笑いを浮かべ答える。
「え~っと、結構有名な方だと思うんだけどなぁ……ライトノベルでは無いね。」
ちなみに榊はライトノベルが大嫌いだ
「顔は悪い方だけどオタクでは無いよ、よく間違えられるけど……」
これは俺の顔が悪い。うん。
「ふぅ~ん……。」
(またこの反応か……)
興味が有るのか無いのか微妙な坂上よりカフカの方が気になるのだが……
質問に飽きたのか、坂上は体を前に戻し、机に傾れ込んだ。
どうやら今日はもう話しかけてこないようだ。
ありがたく本を取り読書に戻る。
結局、数十分後に担任の大河先生が戻って来るまで坂上が起きる事は無かった。
おかげで随分と読み進める事が出来た。
にしてもこの“坂上 達也”今までのいじめっ子からすると少し違和感がある。
確かに口調はチャラチャラしているし、発言も返し方も代表的ないじめっ子そのものなのに……
誰にも話しかけられない。
今までの奴らはこう言う小物の周りに厄介なのがたむろするものなのだが
(もしかしたら少し特別なタイプなのかもしれない……)
そんなこんなでダラダラと高校生活をスタートさせた訳だが
高校では大丈夫なのだろうか?
一抹の不安と言えるほどに不安の要素は少ない
榊が変に浮くような事をしない限り安定なのだろうか?
様々な事を考えながらホームルームを終え、今日も帰路に着く。
明日は自己紹介があるようだが大丈夫だろうか?
むしろ、ここで滑らなければなんとかなるのかも知れない。
家で少し練習しておいた方が良いようだ……

#2 吾輩は猫である

普通の生徒ならそろそろクラスになじむ頃なのか?
榊 秋人は相変わらず友達ができそうにない。
趣味は無いし、強いて言うならば読書くらいしかない榊に話しかけてくる人物は少なくて当然かもしれない。
今日の自己紹介でこの状況を何とかしたいものだが……
朝から重々しい考えをしながら教室に足を踏み入れ。
相変わらず蒸し暑いこの教室にも、ぽつぽつと小さなグル―プが出来始めていた。
無論、榊を含め数人はグループに入っていないが。
担任が来る20分も前に来てしまったので昨日と同じように自分の席で小説を読みふける。
丁度、主人公が図書館に勤めている人物に連れられ、
山奥のログハウスに泊まるシーンで小説の世界から無理矢理解離させられた。
「よぉ!榊!」
挨拶の為に後ろからどつく事は無かろうに
「あぁ、おはよう……。」
適当に挨拶して本に視線を戻そうとすると坂上が紙面を手で隠した。
「本ばっか読んでねぇで喧嘩でもしようぜ。」
こいつは……
昨日の二倍作られた笑顔を振りまく
「喧嘩って……痛いの嫌いだからやめておくよ。」
シャドーボクシングを目の前でする坂上を無視し読書に戻ろうとする。
するとまた紙面を隠し読書を妨害する。
(面倒くさい奴……)
喧嘩するのも面倒だし適当に会話で受け流す事にする。
「俺、喧嘩慣れしてないからあんま喧嘩したくないんだ。」
まっぴらな嘘だけど
「じゃあ俺が教えたるよ!」
そう言いながら拳を目の前に突き出す。
すごく面倒くさい。
そんな事より本の続きが気になるのだが……
こんな会話を続けているうちに担任が来たので会話は強制終了となった。
この大河先生は坂上との会話を断ち切ってくれるかのようなタイミングで現れる。
適当にホームルームを終えると大河先生が何やらプリントを配り始めた
“他己紹介”?
「これから皆さんには隣の人の事を紹介していただきます。」
「自分の事じゃなくて他人を紹介するから他己紹介です!隣の人の好きな物、事を教壇で発表してもらいます!」
クラスのざわめきが増すのにつれて大河先生の声が大きくなる。
「それじゃあ十分間!!隣の人と話をしてまとめて下さい!!始め!!」
隣の人か、前後でやる事にならなくて良かったと心底思った。
鞄から筆記用具を出し、左を向く。
左隣りは“上門 思帆”さんという女の子だ
見るからにおとなしそうだけど……
これと言って話しが盛り上がるわけでもなく要点をまとめる。
趣味が自分と同じ読書という事だったけど
お互いの好きな作者を知らなかったため話がしぼんでしまった。
次からは伊坂幸太郎や東野圭吾、村上春樹以外の作者の本も読む事にしよう……
ちなみに上門さんは宮部みゆきの小説が好きらしい。
後で知った事だが、宮部みゆきは“ブレイブストーリー”を書いたことで有名らしい。
榊は映画版しか知らなかったが“海辺のカフカ”を読み終えたら読んでみる事にする。
本当は村上春樹の作品つながりで“IQ84”を読みたかったんだけど、まぁ良いか。
そんなこんなで“好きな○○”の項目に“好きな本”を追加して“ブレイブストーリー”と書き足しておいた。
書き足した直後に大河先生が手を叩いて声を張り上げる。
本当にキリのいいところで声を上げる人だ……
「はい!!!それじゃあ、前の方から順番に他己紹介してもらいます!!!」
もはやスタジオでスポーツ観戦しているサポーター並みに声を張り上げる先生を目の当たりにして
流石に大多数は会話をやめ前を向いた。
前の5組は趣味がスポーツであったりして話は合いそうに無い
趣味が読書の上門さんが隣で良かったと心底痛感した。
そんな中、彼の他己紹介が始まった。
「えぇ~っと、坂上君は真義中学校出身です。中2の時に名古屋からこちらに引っ越してきました。」
真義中学校は特に不良の噂があるわけでもなく特に目立つ学校でもなかったなぁ……
バックに怖い先輩の線は消えたかもしれない。
「本人からの一言『誰でも仲よくしてよな!』。」
そんなキャラじゃないと思うのだが……
自分と上門さんの番も順調に話せてクラスのみんなの反響も良いみたいだ。
どうやら中学校の時の二の舞は踏まなくて済みそうだ。
このまま油断して口を滑らせて浮いちゃわない様に気を付けなければ……
その日は他己紹介の後、飯盒炊飯のグループを決めて解散となった。
飯盒炊飯は野外でカレーを作って食べるだけだが
イメージが変な風に固まらない様に慎重に行動しなければならない。
中学校の時の教訓だ、人の前で油断してはいけない
クラス開始直後、特に1年目は要注意だ
1年で変なイメージが出来てしまうと3年までずっと引きずられてしまう。
だから油断はしない。そう決めてここに来た。
思考が自分で嫌っているエリアに入る前に本に逃げる。
明日からは通常授業が始まるようだ、あと後のロッカーに着ける鍵は各自で買わなければならないらしい
榊は特に気にしていなかったので買わない事にすると、帰宅の準備を始める。
数学や古典は予習しておきたいので教科書をスクールバックに詰め込み、他の教科書はロッカーに入れる。
教室を出て帰路に着く
高校への行き方はもう大体把握出来てきた。
元々徒歩20分で着くほど近場なのだが、迷わなくなってからは15分で着くようになった。
ちょっとした成果だな、と自己満足に浸かりながら進む。
家に帰り、明日の身支度をし、晩ご飯を済ませ、風呂に入って寝る準備が整うと
ベットに思いっきり倒れ込み、そのまま睡眠の闇に沈んでいった。

#3 羅生門

土に汚れたプレハブの床が駆け抜ける榊に呼応してドタドタと叫びを上げる。
反対側の体育館側出入り口まで一気に駆け抜け瞬時にドアを叩き閉め、右に体を滑らせる。
旧正門側棟の部活出入り口に滑り込み階段裏の用具入れに身を潜める。
その扉の閉まる音が消えるか消えぬかのタイミングで振動が走る。
「今日は数が6人……捕まったらフルぼっこだな」
振動が完全に二階に消えていくのを確かめてからまた部活出入り口から走り出て左に体を撓らせる
体育館と格技室の間の細い隙間のような道を駈け抜けようとした時。
向こう側に二人の人影
「挟まれたかな……」
別働隊まで居るなんて手の込んだ事をすると思いながら
眼鏡をケースにしまいながらスピードを落とさずに突っ込む。
(武装は金属バットとカッターナイフのみ、余裕は無いな)
横に振られた金属バットを上半身を下げてよける、金属と外壁のぶつかる鈍い音が響く
榊はその体制のままタックルをかまして倒れたところを踏み一時的に動けない様にする
「うぐっ!」
普段からカッコつけている割には気味の悪い声を出す物だと思いながらカッターを持つ生徒との距離を詰める。
両手でカッターをしっかり持っているが意外と位置が高い。
普段なら蹴り上げてカッターを吹き飛ばすのだが、この高さならいなすのが一番確実だと考えもっと距離を詰める。
「うおぉぉりゃ!!!」
低い声を上げる生徒を右によけ右手でカッターを左にいなした、次の瞬間
シャキッ……
左の肩が少し冷たく感じる。
振り向いてきたところをみぞおちに蹴りを入れる
倒れ込んでカッターを落としたのを確認したら構わずに走り逃げる。
閉鎖されている正門の代わりに西門が正門となっているので西門に向かう。
走りながら左肩を見る。
薄めYシャツは左肩が赤く、淵は酸化して少し茶色くなっている
傷は浅いようだ、カッターの刃が入ってないことを確認すると細い路地を縫うように進み家を目指す。
幸いにも奴らは榊の家を知らない。家が安全地帯なのだ。
だから知られない様に毎日違う、複雑なルートをわざと走って登下校する。
おかげで足は結構鍛えられた。
無事家に入りすぐにYシャツを脱ぎ棄て、ゴミ箱の奥に丸めて隠す
親にいじめられている事は知られたくなかった、無駄な心配をかけるようで、何より
ちくる見たいで嫌いだった、だから言わないし隠す。
もしかしたら母親がその事実に泣いてしまうかもしれないし
同情された自分が泣いてしまいそうで嫌だった。
今日は母親がパートなので帰ってくるまでに時間がある
そのわずかな時間でシャワーを浴び傷口を消毒し、応急処置をする。
応急処置と言っても絆創膏を貼るだけだが……
絆創膏を貼った後、私服に着替えて勉強をする。
受験まで時間が無いのによくも喧嘩する暇がある物だ、と呟きながら過去問を舐める様に進める。
しばらく勉強すると喉が渇いてきた
飲み物を取るために部屋を出て階段にさしかかる、次の瞬間……

階段から踏み外した、宙に浮く感覚に榊は睡眠を断ち切られた。
過去の夢はいつ見ても嫌な気分になる。
良い事が全くと言ってもいいほど無いからだ。
薄皮で塞がった左肩の傷を撫でながら上半身を起こす、汗がひどかった。
時計は四時四十五分を示している、シャワーを浴びるわけにはいかなそうだ。
どちらにしても汗がしみ込んだベットは寝れそうに無いので机のライトを点灯させ学生服のポケットから“海辺のカフカ”を取り出す。
寝付く前まで読んでいたので上巻はもう数章で終わってしまう。
パジャマを脱ぎ、部屋着に着替えたところで椅子に座り本の世界に浸る。
本の世界に浸れば時間なんて一瞬で過ぎていくものだと中学生の時に知った、
地球から見た人類の歴史がまだまだ短いのと同様に
時間を駆ける様に……

絶対生徒

少しづつ加筆していきますので
長い目で見ていただけると嬉しいです。

絶対生徒

いじめに対して正反対な対処をしてきた二人の男子学生が主人公の エッセイテイストフィクション作品です。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-05-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. #1 学問のすゝめ
  2. #2 吾輩は猫である
  3. #3 羅生門