少年とフェアリーライフ
学校の帰り道、オレはちょっとした気まぐれを起こし林の中を突っ切って帰ることにした。その気まぐれとは、エロ本探し。エロ本と言えば河原と裏山というキーワードを思い浮かべるが、この辺でホットなのは雑木林だ。道から逸れると茂っているこの裏道をさらに少し外れた場所で、一冊だけだが拾ったことがある。周囲の人影を警戒しながら、オレは足下を注意深く観察する。
「エロ本でも探しているのかな、少年」
急にかけられた声にびくっとしながら振り返ると、若い外人の男が立っていた。どこの国かまではわからないが、濃い茶色の髪に広い肩幅、それにテレビで見かける白人っぽい顔から欧米人のような気がした。
「いや、あの、その……」
どうしよう、適当な言葉が出てこない。しかし外人は気にする風もなく、自己紹介を始めた。
「わたしはフェリウ、留学生だ。怖がらなくてもいいぞ少年、日本語には自信があるからな」
留学生を名乗る男は低く澄んだ声で流暢な日本語を話す。そんなことを気にしているわけではないのだが、何か彼の気に障ることでもしたのだろうか。彼はオレの目を覗き見ながら、何度も何度も首を縦に振る。
「ほう、キミはよい子なのか。ふぅん、そうか……そうかそうか」
何かよく分からない納得をしているが、ボクは早くその場から立ち去りたかった。ただでさえ相手のほうが体が大きいのに外国人、それも外から見えづらい雑木林の中で二人きりだ。襲われたらひとたまりもない。でも、もし逃げたりしたら追いかけられそうだし……。
「少年、キミは女の子になってみたいと思っている。違うかな?」
「は、はぁ!?」
フェリウの言葉にオレは息が止まる思いがした。まさにさっきまで、体が女の子に変わるエロ本があればいいなと考えていたからだ。なんでだ、まさか無意識に口に出していたのか? 女の子になりたいと? じゃあオレは普段からそんなことを……じょ、冗談じゃないぞ。
「あー、少年。その心配はない。キミに女性化の願望があることは世間には知れ渡っていないよ、安心したまえ」
何をどう安心すればよいのかわからないが、フェリウの言葉をオレを信じた。信じなければ、どうにかなってしまいそうだった。
「よし、よい子のキミにプレゼントだ。もし女の子になってみたいと思ったら、この呪文を唱えるといい」
そう言うとフェリウはカバンからメモ帳を取り出し何かを書いてオレの胸に押しつけた。訳もわからず受け取ると、フェリウは何も言わずそのまま立ち去った。
ちぎられたメモ書きを開いてみると、汚いカタカナで「ハローグッバイ」と書かれていた。
「なんだこれ」
思わず声が出るも、それを聞く相手はすでに見えない。周りはだんだん暗くなってきたので、オレは頭がこんがらがったまま家に帰ることにした。
中学校入学を控えたオレは兄弟で一番遅く帰宅するのだが、出迎えるのは母ではなくゲームをしたりテレビを見たり、部屋の中を走り回ったりする弟たちと妹たちだ。こいつらはいつも先に帰って、部屋を荒らすだけ荒らして待っている。
「おい日向(ひゅうが)、夕食時には部屋を片付けておけよ」
「オレが散らかしたんじゃないよ」
カーペットの上に横になりながら、小学五年生の日向は不満そうにこちらを見てすぐ視線をテレビに戻す。
お前、オレが居ないときは最年長なんだから妹に片付けさせるくらいしろよ。と、口に出したいところだがオレは日向に口げんかではまず勝てない。というか、こいつを怒らせるとうるさくて敵わない。腹立たしさをぐっと飲み込み、オレは二階の自室へと上がった。
つい最近、オレは兄弟で一人だけ自分の個室を与えらることになった。そのことで弟と妹には大層不満を言われたが、大きくなったら男女で部屋を分けるからということで今のところ話は落ち着いている。広くはないが部屋を一人で使えるのは気持ちがいい、さてランドセルを置こうかとドアを開けると、妹の瑠璃子(るりこ)が携帯ゲーム機で遊んでいた。
「瑠璃子、なんでオレの部屋にいるんだよ」
オレの登場に瑠璃子は無言のままあからさまに嫌そうなをする。冷蔵庫から一年近く前の野菜が出てきたときの顔、とでも言えばいいだろうか。
「なんでそんな顔をする」
「あーあ、せっかく一人で静かに過ごしてたのに台無しだよ」
学校帰りの疲労がどっと出るのを感じる。こいつは仮にも長女、母から家事を仕込まれているので大いに戦力になってくれる頼もしいやつなのだが、三年生になってますます生意気になった気がする。
「こっちは六年生だぞ、疲れて帰ってきてるのに台無しってお前な」
妹を追い出したい気持ちを抑え、オレは机に座って大きく息を吐く。が、まったくリラックスしない。
「で、一人で過ごしたいのになんで自分の部屋に戻らない?」
「日向兄ちゃん、自分のものに触ると怒るんだもん。夜風お兄ちゃんなら平気でしょ?」
「平気じゃない、漁ったりするなよ」
「ケチ!」
「じゃあお前のぬいぐるみをオレが勝手にベッドに持ち込んでもいいのか」
「やめてよ変態!」
「じゃあお前も触るな!」
まったく、この部屋にはエロ漫画が隠してあるというのに。しかしドアにカギはなく、あからさまに閉め出せば何かあると怪しまれ探されてしまうだろう。結局、考えてもいい手は浮かばなかった。
「お前ら飯できたぞ」
食卓に置かれるのは、焼き肉のたれにごま油とミソとショウガをプラスし味付けした豚肉入り野菜炒め、ただ一品。寂しい食事だが、これが日常になっているので約一名を除き不満は出ない。
「またこういうのを作る、兄ちゃんの料理はワンパターンなんだよ」
不平を口にするのは決まって日向だが、口答えするとその五倍は屁理屈が帰ってくるのでオレは無視する。瑠璃子はおのおのの茶碗にご飯を大盛りに持って次々と配っていく。やはりというか、弟と妹は肉ばかり食べるのでそれをたしなめるのも長男の仕事だ。
「おい、野菜もちゃんと食べろ」
しかし育ち盛りのチビどもに野菜を食べさせるのは大人でさえ苦戦する作業。年長者とは言え、子供のオレにどうにか出来るわけもなく、結局は一人で大量に野菜を食うハメになる。もっとも、そのために野菜単体で食べることを意識した味付けにしているのだが。
食べ終わったあとの洗い物は瑠璃子が手伝ってくれる、これは本当にありがたい。両親が言うにはあの年齢で邪魔しないだけマシだろうと言うのだが、オレがあの年齢の時はもっと働らいていたことを思うと、どうにも不公平感を感じてしまう。
弟妹たちが風呂に入っている間、オレは部屋へ戻りエロ漫画を取り出した。以前雑木林で拾ったものだ。同じ女の裸でも、妹とは全然違う。絵なのだから誇張もあるだろうが、オレは漫画の中で気持ちよさそうにあえぐ女性たちに感覚を合わせながら、自分のチンチンをベッドに押しつける。
すると股間の周りが熱くなってきて、どんどん高まり、腹部と太ももがゾクゾクしたあと一気に開放されて、白いおしっこが出る。
「はぁ、はぁ……」
パンツが汚れてしまったが、このタイミングなら風呂に入るとき洗濯機を回せばよいからごまかせる。
時計が夜九時を回り、ようやく母が帰ってきた。両親は共働きで、二人ともいつも帰りが遅い。
「ただいまー」
「おかえり、母さん。おつかれさま」
オレはいつものように出迎える、日向と瑠璃子の姿はない。二人も前は帰宅を待っていたのだが、今は母や父が帰ってきても部屋から出てこない。
「母さん、今日は……」
オレはしっかり食事を作ったことや弟妹たちのだらしなさを母に報告する。しかし、母はオレの話を聞いて面倒くさそうな顔をした。
「そう、でもあんただって完璧なわけじゃないでしょ? 父さんも母さんも忙しいの、いつまでも甘えてないでそれくらい自分で処理できるようになりなさい」
オレは甘えさせてもらった覚えなんかない、と言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。騒げば日向の耳にも聞こえるだろうし、言ったところで答えはいつも決まっている。
あんたは弟妹より早く生まれた分、長くお母さんを独占してたのよ? 弟妹たちはあんたのことをうらやましいって言うでしょうね。
これで間違いないだろう、何回も聞かされた。でもオレは記憶にない小さい頃のそんなことで何もかもやらされるのはイヤなんだ。父さんも長男なんだからとしか言わないし、ほんと長男って損だよな。
でも、オレが長男じゃなかったらどうなるんだろう。日向に務まるか? 無理だ、あいつは投げ出す。瑠璃子は、そもそも女だし……女、そうだ、オレが女になれば長男ではなくなるじゃないか。オレはふと夕方のメモ書きを思い出した。制服のポケットから取り出すと、やはりハローグッバイと書かれている。
「ハローグッバイか、こんなので女になれたらいいのになああ!?」
言葉を口にしたとたん、白いおしっこを出す直前のようなしびれと熱さが全身を走り回る。普段ならすぐ終わるのに、今回は途切れる様子がない。
「あっ、あっ……うそだろ、こんなんで、うあっ!」
力が抜けて、その場に倒れ込む。だが感覚は止まらず、オレは床でのたうち回ることになった。途中で弟妹に気づかれるのではないかと心配になり、歯を食いしばって声を押し殺すが、それがとても苦しい。漏れ出る息がものすごい熱さだ
「ふー、ふぅぅー!」
熱さは次第にチンコへ集まり、白いおしっこがたくさん出ているのが感じて取れる。だがそれを見るために体を横にする余裕はない。仕方なく、ただひたすら股間の熱さを我慢する。しかし、いつまで経っても流れ込む感覚が止まらない。
「お、終わらない、終わらないのかよ!」
普段は気持ちいいのに、果てしなく続くこれが今はとても怖い。いつになったら終わるのか、死ぬまで止まらなかったらどうしよう。早く、早く終わってくれ。頭がおかしくなってしまいそうだ。
「ふぅふぅ……うあああああ!」
なんとかうつぶせから立ち直るも、感覚は治まるどころか鋭さを増す。チンコが破裂した水道管のように、熱い何かを吹き出し続ける。服が遮っていて見えないが、おそらく白いおしっこだろう。こんなに出して、オレの体は大丈夫なのか?
「く、苦しい……」
チンコが大きくなったのか、はたまた腫れたのか、パンツが窮屈に感じる。やはり熱が治まる気配は無く、時間ばかりが過ぎていく。一時間以上は経過した気がしたが、時計を見ると三十分も経っていなかった。もっとも、時間をかければかけるほど母が部屋に来る確率は上がるのだが。
「い、いい加減治まってくれ……お願いだ!」
時計にして一時間、ようやく熱が治まってきた。まるで三時間以上拷問されていたような感じだ。オレはしびれる手で自分の体を触ってみる、服が汗でびっしょりだ。乾かさないと。いや、それよりも早く立ち上がって電気を消さないと、母が様子を見に来てしまう。
息を整え、オレは体をぐっと立ち上げる。相当に疲れたらしく、体を支える腕が震える。うつぶせから解放されて、オレはバケツをひっくり返したのではと疑うほどに広がった大量の白いおしっこに愕然とし、慌ててタンスの中からありったけのシャツを取りだし大急ぎで拭く。こんなの、気付かれたらただじゃ済まないだろう。
床が綺麗になってから、オレはぐっしょりになったパンツを下げた。あまりにぬれているので、これも拭かないといけないだろう。ティッシュを当てたとき、オレは違和感に気づいた。
「あれ、ない……ない!」
待て、落ち着くんだオレ。チンチンが消えた? バカな、まさか本当に呪文だったのか。でも、だとしたら漫画に書いてあったような穴があるはずだ。
「おーい夜風、まだ寝てないの?」
母の声だ。まずい、今はとりあえずごまかさないと。オレは細かい確認を後回しにし、汚れた服の山を抱えて小走りで風呂場へ向かった。
「いや、なんか寝汗かいちゃって、シャワー浴びてから寝るよ」
声がうわずってひやひやする、感づかれなければよいか。
シャワーで全身を流すと、オレの体は正体を現した。チンコは綺麗に消えている、顔つきはどことなく女性っぽくなっており、胸もよく見るとなんというか……形が、エロい。そして女とハッキリわかる例の穴は、あった。
「くそ、どうしよう」
大量の服をシャワーで洗いながら、オレは頭をフル回転させた。
女の子の気持ちよさってどんななんだろうと興味はあった、それを味わうためなら女の子になりたいとさえ思った。でもいざなってみると、家族にどうやって隠そう、学校はどうしよう、など、問題だらけだ。
でも、今日はあまりにも疲れた。もう考えたくない。オレは明日、もう一度あの雑木林に行くことだけを決め、風呂を上がりパジャマに着替える。
翌日。学校が終わり、下校が始まるとオレはまっすぐ例の林に向かった。中へ入ると、待っていましたとばかりにフェリウがほほえんで手を振っている。この外国人、一体何者なんだろう。
「男に戻して欲しい? 妙なこと言うねぇ、自分で呪文を唱えておいて」
そんなことを言われても、まさか本当なんて思わなかったんだ。それにこんなに不安になるなんて。でも、そのことをどう説明すれば納得してくれるだろう。
「まあ、どうせこうなるだろうとは思っていたさ。キミのような少年には少々荷の重い考察だ」
自分の表情が固まるのを感じた。オレは今、フェリウに対して何も言っていない。なのに、彼は答えた。まさかオレの心が読めるのか?
「正解だ、少年」
また、言葉を発する前に答えが返ってきた。回答は正確だ、こちらの考えは読まれていると思ったほうがいいだろう。
「あなたは、何者なんです」
聞かれたフェリウはすぐに答えず、鼻を鳴らしながらあごに手を当てて考えるように空中を見渡す。
「正確に言ったところで理解できないだろうしなぁ……魔法使い、とでも言っておこう」
信用も何も、現に思っていることを当てられているのだから相手が嘘をついていようと鵜呑みにするほかない。フェリウは魔法使いで、オレはその魔法で女の体に変えられたのだと。
「物わかりのいい子だ、さて次にキミが何を考えるか当ててみよう。男に戻るのにどんな条件を突きつけられるか、だ。違うかな?」
合っている、オレは今からそのことを考えようと思っていた。
「さっそく条件だ。今から一日、キミにはわたしの家に宿泊してもらう。大丈夫、キミの両親にはわたしから連絡しよう。どうする? 断るなら、キミは一生そのままだ」
唇が乾く、目の前で笑顔を浮かべている自称魔法使いが怖い。でも、一生この体というわけにもいかない。
「わかった。その前にフェリウ、オレはまだ学校の帰りだ。一回家に帰って準備してくるから、どこで待ち合わせるか教えてくれ」
「その必要はない」
フェリウがカバンを開くと、オレは強いめまいを感じて膝を突いた。治まるのを待って目を開けると、そこはとても広く、壺や彫刻らしきものが飾られている。林からどれほど移動したか見当も付かない場所だった。
「ここはどこ……わあ!」
反論する前に、オレは全身のしびれる熱気に膝を崩した。この感覚は忘れもしない、体が女に変わったときのものだ。
「ぐ、う」
声をかみしめ、オレはフェリウをにらみつける。罠だったんだ、こいつは初めからオレを元に戻す気なんてなかった!
「心外だな、わたしは約束を破るつもりはない。ただ、今日一日は好きにやらせてもらうよ」
フェリウが指さすと、オレの体は水の中に沈められた。いや、瞬間移動かもしれない。それに水の中なのに息が出来る、そもそも水じゃないのかも知れない。
「その中だったら、思い切り気持ちよくなっても体は耐えられる、服が汚れる心配もない。何より安全だ」
だからなんだ、と言おうとしたが声にならない。妙だ、オレは声が出せないのになんでフェリウの声はハッキリ聞こえるんだ?
「テレパシーだ。キミの考えすべてわかる、わざわざ声に出す必要はない」
フェリウは液体越しにオレを見つめてにやにやしている。腹立たしいけれど、それ以上に今は全身の刺激が強くて頭が上手く回らない。
「人間の割に頑固だねキミは、快楽にゆだねてしまえば楽になるのに。まあいい、珍しい余興だ。せいぜいわたしを楽しませてくれ」
フェリウが指を振ると、全身で受けている刺激が激しさを増した。ここまで来ると痛みさえ感じる、もう、声を抑えるなんて出来ない。でも、いくら叫ぼうと声にはならない。体をくねらせるのが精一杯で、オレは自分が今男なのか、女なのかを確認する余裕もなかった。
「ふふふ、若いキミには強すぎたかな? でもまだだ、もっと強いのをくれてやる」
「ゴボォ!」
激しさが熱を帯び、全身が燃えそうだ。回りの液体はオレの体を冷やしてはくれない、やけどしそうだ。オレは口の中に液体を含んだまま、必死に口を動かす。
(フェリウ、もうやめてくれ……)
「ん~、魔法使いに対してずいぶん偉そうな口を利くね少年。立場をわきまえないと身を滅ぼすぞ?」
こ、こいつ! いや、怒っちゃだめだ。オレはフェリウに考えを読まれている。
(そんなつもりはなかった、命令じゃない、お願いだ、もう我慢できない)
「ふぅん、まあそういうことにしておいてあげよう。でも、もう少し丁寧に頼めないのかい? その歳なら敬語くらい使えるだろう」
(こ、これが精一杯……うああああ! 熱い熱い! お願いです、もう許して下さい!)
「許す? キミ、悪事を働いたわけでもあるまい。日本人なら日本語で話すのが礼儀じゃないかな」
(も、もう限界……止めて下さい、お願いです)
「おいおい、せめてフェリウ様と呼んでくれよ」
(フェ……フェリウさま、止めて……)
「あ、やっぱご主人様って呼んでくれよ。その方がわたしの好みだ、はっはっは」
(そん、な……あ……)
気がつくと、オレは大きな毛布の上に寝かされていた、気を失っていたらしい。起き上がると、服を着ていないことに気がつく。同時に女になっていること、顔だけでなく体つきまで幼くなっていることにも。
「な、なんだよこれ! 若返り? いや、そんなもんじゃない」
子供特有の女性らしさに欠ける体つき、これじゃまるで瑠璃子じゃないか。オレの力をとことん落とすつもりなのか?
「落ち着け、さっきオレは何をされたんだ」
体中を見てみるが、どう見ても子供の女の子だ。手まで小さくなっている、せめて鏡があればもっと観察できるのに……あの魔法使い、いったい何が目的なんだろう。
「お目覚めですか?」
声のほうに目を向けると、巨人がオレにのしかかるようにして立っていた。あまりの迫力に、オレは声を失う。
「ごめんなさい、驚かせてしまいましたか」
驚くも何も、オレは震えが止まらなくて全身が冷たくなっている。まさかフェリウの目的は、巨人への生け贄か?
「恥ずかしがることはありませんよ、小さくなれば誰だって戸惑うもの。自己紹介の前に、体を拭いて着替えて下さい」
「小さくな、え?」
巨人の言葉に、オレは少しだけ冷静さを取り戻す。そしてようやく目の前の巨人が気の弱そうな女性であること、寝ていたところのすぐ横に洋服が用意してあったこと、巨大なティッシュペーパーを一枚渡され自分が失禁していたことなどに気がついた。なるほど、これは確かに恥ずかしい。
用意されていた服は背中の開けているワンピースだった。こんなもの着たことないオレはどうすればいいのかやや迷い、とりあえずかぶればよいだろうとスカートの部分から頭を突っ込む。すると背中に違和感を感じ、なにやら引っかかってワンピースが袖を通らない。苦戦していると、先ほどの女巨人が助け船を出した。
「羽根が引っかかっているのですよ、夜風様」
「は、羽根ぇ?」
一旦脱いで背中を触ってみると、確かに何かある。薄いけれど弾力があってとても頑丈な、自分の背中にくっついている何か。後ろを向くことで確認できる大きなそれは、本か何かに出てくる妖精の羽根のように思えた。
そこでオレは嫌な予感に気がつく。小さな体、幼い女の子の容姿、妖精のような羽根、魔法使い。まさか……。
「あの、すみません」
「なにか?」
オレは女巨人に問うた。
「ひょっとして今のオレ、妖精なんですか?」
「そうですよ」
女巨人は手鏡を取り出しオレの姿を映し出す。そこのかつてのオレの面影はなく、ウェーブのかかった赤茶色の髪をしたまさに妖精といった風貌の少女が映っている。
「あの、女巨人さん?」
「はい」
「あなたは、普通の人間サイズの方ですか?」
「そうですよ」
オレの身長はこの手鏡より少し小さい。彼女の掌のサイズと比較すると、学校で使う十五センチの物差しと同じくらいの大きさだろうと予測できる。
嫌な予感は当たっていたんだ。でもなぜだ、なぜ一学生を捕まえて妖精なんかにする必要がある? 魔法使いなら野生の妖精くらい捕まえられそうなものじゃないか。
「あの」
考え込むオレに、女巨人は伏し目がちにつぶやく。
「服、着ないんですか?」
オレは女巨人から妖精用の服の着方とニークスという彼女の名前を聞き、急いで着替えた。
「というわけで、わたしは夜風様のお世話をさせていただいたんです」
着替えを終えたあと、オレはニークスから空の飛び方を教わり、妖精用に小さく作られたアイスピックならぬチョコレートピックでチョコを食べながら彼女とフェリウ、そしてオレが妖精にされた理由について説明を受けた。
「でもニークスがあいつの影から出来てるなんて信じられないな、まるっきり性格が違うし」
長い時間話していて、オレはすっかりニークスに打ち解けていた。彼女はフェリウと違い色白で細身であり、雰囲気はまるで違う。茶色っぽい西洋風の質素な服を着ているせいでより差が目立つのかも知れない。
「即席の使い魔なんてそのようなものです。でも、フェリウ様は血の通った助手を求めておられます」
彼女が言うには、フェリウは何らかしらの理由でオレを気に入り、研究の助手としてオレを欲しがっているのだという。妖精にしたのは、魔法を扱うのに適した体にさせるためらしい。
「で、なんで女なんかに?」
「きっと、伴侶としても期待なさっているのだと思います。これ、フェリウ様には言わないでくださいね」
とのことだ。妖精を伴侶というのは不自然ではと思ったが、そも魔法使いの時点でオレの常識は通用しないのだろう。とにかく、今はお試し期間であるらしく、オレが明確に拒否すれば帰還終了時に元に戻れるはずだとニークスは言う。期限は丸一日、フェリウが一日宿泊しろと言った言葉と合致する。それを聞いてオレは少し安心したが、ニークスは不安そうだ。
「あの、夜風様。やはり元に戻ってしまわれるのですか」
そのつもりだったが、ニークスに何か不都合があるのだろうか。
「わたしは影の身分で長く動きすぎました、もうすぐ消えてしまいます。だから、フェリウ様は新しいパートナーを探しているんです。お願いです、あと一日、フェリウ様に付き合ってはいただけないでしょうか。きっと、いい方だとわかってもらえると思うんです」
フェリウがいいヤツだと聞いて耳を疑った。あんなヤツのどこにいい要素があるというのだ、ニークスがヤツの影だからそう感じるのか。
「フェリウ様がああなったのは、前の助手の方に裏切られてからです。今のあなたと同じ、赤茶色の髪をした妖精様でした。あんなに仲がよかったのに、研究成果を奪ってフェリウ様を敵に売り……」
ニークスは暗い顔をするが、そんなことオレの知ったことじゃない。人生は辛いことの連続だ、それが当たり前なんだ。オレに同情を求めても無駄だ。
「お願いです、フェリウ様の心のよりどころになってください。わたしじゃだめなんです、だから……」
「ニークスさん、あなたのことは嫌いじゃないけど、オレはフェリウのあのときの顔を忘れない。泣き付かれたくらいで人生を変えてたら、とてもじゃないけどオレのほうがもたないよ」
「なかなかいいセリフじゃないか。男として生きるならそれくらいの割り切りは必要だ」
いつからいたのか、オレの背後にフェリウは立っていた。今気がついたらしく、ニークスは立ち上がり小さくお辞儀をする。
「頭を下げるな、ニークス。それより少年……いや夜風、少しわたしと散歩をしないかい?」
「何をさせる気だ」
身構えるオレの前に両手の平を出し、フェリウは無害さを強調する。
「何もさせない、ただ昨日の夜、何があったのか知っておいて欲しいんだ」
いい予感はしないが、頭ごなしに拒否したら何をされるかわからない。それに時間で魔法が解けるというニークスの言葉もある。
「わかった、付き合うよ」
連れてこられた場所は、意外なところだった。
「オレの家じゃないか」
二階建て、一軒の家を中央で分けて合わせ鏡にしたような二世帯分の公営住宅、その片側がオレの住居だ。
「今日、キミはいない。様子を見てみようじゃないか」
「おい待て」
フェリウを制止しようとした先回りしたオレは壁をすり抜けて家の中へ入ってしまった。追いかけるようにフェリウも玄関のドアをすり抜けて入ってくる。
「今のわたしたちは人間には見えないし、声も聞こえないよ」
「そ、そうなのか。なら安心だな」
いつもは狭いと思っていた家も、妖精の身で見ると広く感じる。家の中では弟妹がテレビの前に集まり何を食べるでもなくただテレビを見ていた。時間は七時を回っている。
「放っておくと飯作らないんだな、こいつら」
「キミがいつも作っているから、それに慣れてしまっているのだろう」
驚くオレの顔を見ても、フェリウは涼しげな顔だ。その程度のことはわかるさ、と。
「それより、キミの母君のご帰還だ」
「えっ」
まだ七時を回ったばかり、早すぎる。しかし母は現に帰ってきた、途中で買ってきたであろう弁当を両手にぶら下げて。
「お待たせ」
「なあ、ちゃんとデミハンバーグ弁当にしてくれた?」
「わたし、からあげ弁当」
日向と瑠璃子の問いに、母はにこやかに答える。
「大丈夫、注文通りだよ。あと梅干しとお漬け物は抜いてもらったからね」
母の言葉に二人は大喜びで居間へ戻っていく。喜ぶのも無理はなかろう、母親が早く帰ってくる、その上弁当まで買ってくるなんて滅多にないのだから。
「滅多に……なるほど、一年以上前か。幼子たちのはしゃぎぶりも納得がいく」
「そんなに前だったのか。よりによって、なんでオレがいない日に」
フェリウは母の背中を指さした。
「それは見ていればわかる」
母と弁当を見て、日向と瑠璃子もテーブルに着く。時間を考えればおなかが減っているはずなのに、ずいぶんと行儀がよい。
「機嫌がいいのさ、平日に母親と食事できるんだからな」
「そりゃそうか」
とは言ったが、内心オレは嫉妬していた。オレがいないときに、なんで弟と妹だけが労われるように弁当を振る舞われているんだ。
「さ、冷めないうちに食べなさい」
母の言葉に、二人はおいしそうに弁当を食べ始める。母も自分の分を取り出した。
「まったく、夜風が急に泊まりに行くなんて言い出すから今夜は弁当になっちゃったよ」
「でもおいしいよ、母さん」
日向の声を聞いて母は意外そうな顔をする。
「いつも夜風がちゃんと作ってるんじゃないの?」
「兄ちゃんの作るご飯、おいしくない。いつも一品だけだし」
日向が不満そうに愚痴る。あの野郎、自分は手伝わないくせに偉そうに!
「そう? わたしは日向兄ちゃんが言うほど夜風兄ちゃんのご飯、嫌いじゃないよ。ご飯も炊いてくれるし」
意外なことに、瑠璃子がフォローに入ってくれた。こいつ、オレに気を遣って……。
「ご飯くらいオレだって炊けるし、瑠璃子がやることだってあるだろ」
「そりゃそうだけど」
日向の追撃に恐れおののき、瑠璃子はそれ以上口を開かなかった。
「そうなの? いつも自分はやってるんだってわたしに報告しに来るからてっきりちゃんとやってるかと思ってたよ」
母の失望したような口ぶりが心に刺さる。あまりに刺さりすぎて、最初なぜ自分がショックを受けているのかわからなかった。
「夜風が全力で努力しているなんて想像もしていないんだ」
フェリウがオレの顔に触れる。
「だからいつも仕事が終わったあと、キミの母親は職場の仲間と遅くまで食事をしてから帰ってくるのさ」
心に突き刺さった失望が、えぐられる。
「今、なんて?」
「キミの母親が残業でいつも遅いというのは半分は嘘なんだよ。本当はもっと早くに帰ってこられるんだが、職場の仲間と楽しい時間を過ごしたいがために夜風に食事を作らせているんだ」
フェリウは食卓を囲む母と弟妹に目を向ける。
「でも、キミが頼りにならないなら仕方ないと思う程度には良心があるようだ。よかったじゃないか、最低の母親というわけじゃないんだから」
「ふざけるな!」
オレはフェリウをにらみつけた。顔が熱くなる、涙を我慢できない。許せない。
「お、オレなら犠牲になってもいいって思ってるこいつに良心があるだって? 裏切ってたのに、そんなわけないじゃないか! がんばったのに、精一杯がんばったのに! なんでオレが出来損ない扱いされなきゃいけないんだ!」
「夜風、キミはいい子だ」
フェリウは突然優しい顔でオレに言った。
「キミは弟妹が傷つかないようにいつも盾になっていた。そして今も、嫉妬してもいいのに弟妹は責めないでいる。わたしはキミのようないい子が好きだ」
「だ、だったら何だって言うんだよ。お前が何かしてくれるって言うのかよ!」
オレを優しく抱きしめて、フェリウはささやいた。
「いい子の夜風がちゃんと褒められる、そんな生活をさせると言ったらどうする?」
妖精の体で大人の男に抱きしめられている、普通なら怖いと思うはずだ。なのにオレは押し返そうともせず、その胸の中で、泣いてしまった。
フェリウの家に戻り、オレはようやく落ち着きを取り戻しつつあったが、やはり心は沈んだままだった。
「夜風、気持ちはわかるが報われないのはキミだけじゃない。ニークスだってあれだけ努力しているのに、キミの力なしには明日にも消えてしまう運命じゃないか」
「え?」
初耳だった。ニークスさんはもうすぐ消えるとは言った、でも明日? それにオレの力って何だ?
「あいつ、キミに言わなかったのか……どこまでもわたしと正反対なヤツだ」
フェリウは頭に手を当て、首を横に振る。
「ニークスの維持に必要なのは妖精のエキスだ。キミが今日協力してくれなければ、あいつは終わりなんだよ」
「終わりって、普通の妖精はいないのかよ。そいつらからもらえばいいじゃないか」
「ヤツらは例外なくいたずら好きで人目を嫌う、それに見つけられたとしても頼んで手に入るような代物じゃないんだよ、妖精のエキスは」
頭がこんがらがる、自分のことで手一杯だったのに、今日あったばかりのフェリウの影が消えそうだから協力しろって? なんだよ、なんなんだよ。
「つまり、オレからそのエキスを取ろうとしたわけか。お前もオレを利用するつもりで!」
「勘違いするな」
声を張り上げ、フェリウはオレを制止した。
「確かに初めはそうだった、お前が人のために働ける人間だとわかったから利用しようと思った。だが今は違う、お前はニークスに似てる……利用して捨てる気はない」
オレはフェリウの机の上に降り、腕を組んでにらみつけた。
「一度だけだ、一度だけは妖精のエキスとやらを絞られてやる。そのあとは自分たちで何とかしろ」
「おい、なんだこれは」
オレは裸にされ、ガラス製の平面皿の上に座らされた。素肌でも冷たくないようにと言うことか、あらかじめ暖められている。
「シャーレのことか? 受け皿にちょうどいいんでね、縁にでも背を預けていてくれ」
「そういうことじゃなくてだな」
回りには注射器やスポイト、太さの違う数種類のガラス棒と綿棒が並べてある。
「これから何をするんだ?」
「なんだ、理解してなかったのか」
フェリウはガラス棒をオレの腹に当てると、這わせるように下へ下へともっていき、女にあるべき例の穴のあるまたぐらで止めた。
「ここから血を抜いて、そのあと出てくるエキスを取るんだよ」
オレはかつて読んだエロ漫画の内容が頭をよぎった。確かに女性はそんなものが出せるようなことが書いてあったが、まさか妖精の、こんな小さな体から出るそれがエキスだったなんて。
「怖くなったのか?」
「う、うるさい! 約束は約束だ!」
急にドキドキしてきたなんて言えるはずもない。
「恥じることはない、年頃の男の子だ無理もない。そこの名前を知らないことも、ね」
オレは両手で顔を覆った。忘れてた、こいつはオレの考えが読めるんだった。
「しかし、キミは女性について無知すぎるね。女というのは初めてものを入れるとき、とても痛がるもの、まして幼ければなおさらだ。我慢できるか」
痛いのか、でもそのあとは気持ちよくなるはず……いやいや、オレはニークスさんのために我慢するんだ。
「我慢できる自信がなければ、こういうのもあるが?」
フェリウは注射器を手にとってオレに見せる、麻酔か何かだろうか。しかし妖精になったオレにとって注射器の迫力はもはや戦車だ。
「い、いらん! そのままやってくれ!」
「そうか、残念だ」
何が残念なものか、物騒なものをちらつかせやがって。代わりにフェリウが取り出したのは、濡れた綿棒だった。
「まず、これでほぐす。気持ちよかったら我慢せず声に出してくれ、その方がやりやすい」
人肌よりすこし熱く暖められた綿棒はぬるぬるしており、それが股間に当てられると心臓が高鳴った。なんだろう、とても変な感じがする。
「初めてだ、ゆっくりやろう」
円を描くように腹部や太もも、おしりの穴までヌメヌメした液体がしみこむように綿棒で丁寧に撫でられる。初めは心地よいだけだったが、だんだんと気持ちいいような気がしてきた。
表情から察したのか、フェリウは綿棒を押しつける力を強め、撫でるだけでなくこすったり回したりするようになった。すると感覚が変わり、自然と小さな声が出るようになってきた。
そのまましばらく続けられ、オレはすっかりふやけてしまった。顔は赤くなり、下半身を完全に綿棒に預けている。
「そろそろ、次にいこうか」
フェリウは綿棒をゴミ箱へ捨て、細いガラスの棒を取り出した。先端を暖めてから、オレの下半身に押しつける。優しくなで回し、体のヌメヌメをガラス棒で絡め取っていく。そうしてから、オレの股間の穴を重点的につつき始めた。
「ひゃああ!」
「まだ、大丈夫みたいだね」
最初は様子を見る程度だったが、次第に力が込められ、棒の先っぽが穴の中に入る。オレは全身を震わせ、また声を上げてしまった。オレが声を上げると、フェリウはガラス棒を引っ込める。
「ち、違うんだフェリウ。もっと入れてくれ」
そんなやりとりを繰り返し、ある程度深くまで入るようになったとき、オレはかすかな痛みを感じた。
「なるほど、ここだね」
何かを納得したらしく、フェリウはガラス棒を下げた。すっかりガラス棒が恋しくなっていたオレは、それを寂しげに見上げる。彼はガラス棒の先端を睨み、その太さを見ているようだった。
「これかな。夜風、次は痛いよ」
取り出されたのは先ほどと違い、先端が丸くなっているガラス棒だった。さっきよりも太く、持ち手も長い。
「我慢できるかな?」
むしろガラス棒がないことを我慢できないオレは、すぐに我慢できると答える。するとフェリウはシャーレの上でオレの体を掴みあげ、股を開かせてガラスの棒の先端を股に当てた。
「一気にいくよ」
一呼吸置いて、フェリウはゆっくりとガラス棒をオレの中に挿入した。
「ひぎぃ!」
千切れるような痛みが走る、だがフェリウは止めず奥へ奥へとガラス棒を突き入れた。
「痛い、痛い!」
「まだだ、我慢しろ!」
かなり奥まで突き入れられ、オレは何かに当たるような感覚を感じだ。一番奥までたどり着いたのだ、助かったと思った。しかし、フェリウは力を緩めない。
「ちょ、フェリウ! もう入らない! 奥に着いたよ!」
いくら訴えても、フェリウは聞く耳を持たない。答えもしない。まさか気を失ったのか?
「フェリウ! やめてくれ、おなかが壊れる! フェリウ、フェリウ、あああああ!」
一番奥の壁が貫かれ、腹が膨らむような感覚が襲ってきた。まるで金玉を思い切り蹴られたみたいだ。オレは悶絶し、仰向けになって叫ぶ。口から泡が出ているのがわかった。
いつの間にかシャーレが綺麗になっていた、下半身のヌメヌメも取れている。また気を失ってしまったらしい。例の穴には綿棒が刺さっており、綿は血を吸っていた。
「気付いたかい、夜風」
「あ、ああ」
口を開いて、疲労感が抜けていることに気付く。あれだけのことがあって、どうしてこんなに元気なのだろう。
「これさ」
フェリウは例の太い注射器をオレに見せた、中身がなくなっている。あれは栄養剤だったのか。
「傷も、もう塞がっているはずだ」
フェリウは無造作にオレから綿棒を引き抜いた。その刺激に、思わず震える。
「これでエキスを取る準備はできたのか?」
「ああ、キミが嫌でなければボクが出させてあげるけど、嫌なら自分で出す方法を教えるよ」
どちらも興味はあるが、それよりどれくらいの間気を失っていたんだろう。ニークスさんに間に合うのだろうか。
「急ぐなら、手っ取り早い方法もある」
「なら、それで」
オレがそう答えると、フェリウはオレの上半身を手に持ち、顔の前まで持ち上げた。
「すまない、ニークスのためだ」
「なっ、ぎゃあああああ!」
そう言うと、フェリウはオレの下半身を口の中に入れた。
「た、食べるのか!」
「違う、なめるだけだ」
オレを口に入れたまま、フェリウはもごもごと答える。流動的に動くフェリウの暖かい舌と肉壁が、オレの下半身すべてを刺激する。これは、なんというか……。
「し、死ぬ!」
気持ちよすぎた。足の裏からおしりの穴まで一気になめあげたり、前の穴をチューチュー吸われたり、暖かくて柔らかいものに囲まれて、溶けてしまいそうだ。
「あああ、来る! なんか来る!」
オレはフェリウの口の中に自分の体から出るぬめりを感じた。ぬめりが出てはフェリウに吸われ、なめられ、またなめて欲しいと言わんばかりに次があふれ出てくる。それの繰り返し、いつまで経っても終わらない。
「そのぬめりがエキスの正体だ、シロップと呼ぶものもいる」
「い、今しゃべるな! おかしくなる!」
フェリウの声に振るわされてオレの下半身が気持ちよさの連鎖に巻き込まれた。もう上半身まで気持ちよくなり、硬くなった乳首がフェリウの指に当たるたび甘い声が出てしまう。これがニークスのためになるなら、いつまでだって続けていたい!
しかし、フェリウは唐突にオレから口を離した。
「あ、なんで……?」
「もうすぐ時間だ、夜風。オレがエキスを飲んだことで、ニークスはしばらく大丈夫だろう。元に戻してやる、付き合わせて悪かったな」
もう、もう終わっちゃうのか?
「オレはかまわない、もっと続けようよ」
裸のオレをテーブルに置き、フェリウはハンカチをかけた。
「夜風、言う必要がなかったから言わなかったが、二十四時間以内に人間に戻らなければお前は本物の妖精になってしまう。家に帰りたいだろう?」
人間に戻れなくなる、もう少しで……でも、あんな家に帰ったところで、オレは。
「なあフェリウ、妖精のエキスというのは女からしか取れないのか?」
「どうしてそんな……なるほど、ニークスが余計なことを言ったのか」
心を読まれたらしい、でも好都合だ、聞きたい答えをハッキリと聞ける。
「わたしはキミに残って欲しい、だが強制はしない」
「なんでオレなんだ?」
「キミはよい子だし、ニークスに似ている。それに、キミの心には人を裏切ろうっていう気持ちが感じられなかったからだ」
「夜風様、フェリウ様がお呼びですよ」
ニークスがオレの小さなベッドを指で揺すった。
「夜風様はよしてくれよ、別にニークスは召使いじゃないんだぜ」
「ですが、わたしはただの影です」
オレは朝日を浴びながら伸びをし、ベッドから飛び起きた。
「いけません夜風様! 産卵を終えたばかりなのに無理をなさっては」
言われて、オレはへこんでいるおなかをさすった。
「大丈夫だって、フェリウも言ってたろう? 妖精の体は見かけ以上に頑丈だと。それに、中身は無精卵だったというじゃないか。母親になったわけじゃない、体力を温存する必要はないさ」
オレは着替えてフェリウの研究室に入った。
「おはようフェリウ。それとも、二人きりの時はご主人様と呼んでやろうか?」
フェリウは後悔しているらしく頭を壁にぶつける。
「ニークスが記憶を消さなかったのは予想外だった、あれは忘れてくれと何度も頼んだじゃないか」
「ああ、頼まれたよ。だからニークスには黙っててやってるじゃないか」
「嫌なヤツだよ、キミは」
フェリウはばつが悪そうに手を後ろに組む。
「さて、本題に入るが……キミの妹、瑠璃子くんに会ってきたよ。やはり、家事は彼女が担当していた」
「そうか、じゃあ魔法使いフェリウと妖精さんが会いに行ってやらないとな」
夜風は小さな腕を鳴らした。
「しかし夜風、正体は伏せておきたいんだろう? 名前はどうするつもりだ」
「考えてなかったな……フェリウ、なにかいいのはないか?」
フェリウは少し考え、背筋を伸ばしてオレを見つめた。
「実を言うと、フェリウという名の魔法使いはたくさんいるんだ。わたしはその一人に過ぎない。しかし最も力あるフェリウには、カルディナという弟子が居ると聞く。もし夜風がわたしと一緒に魔法の道を歩んでくれるなら……」
オレはフェリウに口づけし、言葉を途中で中断させた。
「一緒に歩んでくれるなら、だって? 卵まで産ませておいて、何を今更」
へこんだおなかを差し出し、オレはフェリウにさすらせる。
「今日からオレはカルディナだ。行こうフェリウ、瑠璃子にオレたちの見ている世界を見せてやろう」
少年とフェアリーライフ