夏の日の夜

ある夏の日の夜、僕は家にいることになんとなく疲れて、中学校の裏山をひとりで登ることにした。

僕の住む町はそこらの町に比べると自然が多い。いつもの通学路を途中から外れ、学校の裏手へ出ると、山の方から流れてくる川にぶつかった。ホタルがいる。一匹が明滅をゆっくり繰り返すと、それに応えるように別の一匹が明滅している。ホタルたちは、光の言語を使って運命の相手と呼び合っている。僕はしばらくのあいだ、愛し合うホタルたちをうらやましい気持ちでじっと眺めた。

僕は裏山を登り始めた。ハイキングコースが整備されていて歩きやすくなっており、道にも慣れているので、問題はなかった。懐中電灯で足元を照らしながら、歩を進めた。山登りは良い。黙って足を動かしていれば、何も考えずに済むからだ。学校でも家でも、考えなければいけないことが多くて毎日が息苦しい。まるで、大人たちに派手で小さな服を無理に着せられているようだった。

黙々と歩いていると突然尿意をもよおしたので、用を足そうとコースを外れた。用を足していると、向こう側の茂みに動く影が見えた。大きい影と小さい影。この時期だとタヌキの親子だろうか。僕もいつか、あのタヌキの親のように、家族を守っていくようになるのだろうか。

コースへ戻り、しばらく歩くと山頂に着いた。山頂には公園が作られており、椅子に腰かけながら景色を眺められる。僕は空を見上げた。月は雲に隠れているが、星が多くまたたいている。

「こんな夜に、お母さんは心配しないのかな?」

不意に背後から声をかけられて驚いた。振り向くと髪を長く垂らした女性がこちらの方を向いて立っている。

「こんな時間に女の人がこんなところにいるほうが心配されませんか?」
「それもそうだね、ふふっ」

月にかかっていた雲が晴れ、僕たちを照らした。

僕たちは色んな話をした。学校のこと、家族のこと、友達のこと……。胸がすうっとする気分だった。こんな風に見知らぬ人と話をすることが楽しいなんて知らなかった。僕たちは夜明け前に山を下り、ふもとで別れた。会う約束はしなかったが、また山の上の公園で会えるような気がしていた。胸のつかえが少しだけ取れたような僕は、まばゆく輝く月を眺めながら、自宅への道を歩き出した。

夏の日の夜

夏の日の夜

習作です。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted