高崎さん
「待て!!」
高崎さんは叫んだ。委員会の席上で彼女がこんな大きな声を出したのは始めてだった。僕は面食らって、教室から出る足を止めた。振り向くと、彼女は僕を見ているわけではない。そればかりか、窓の外を見ている。他の委員たちも高崎さんの声が誰に向けて発せられたのか、判然としないらしい。副委員長の江藤が立ち上がる。
「高崎さん。どうかしましたか?」
言葉遣いまでも、気持ち悪いやつだ。幾ら高崎さんが僕らより年が上であっても、同級生には違いない。それを、なんだ!敬語なんて使って。僕の気持ちの憤りはともかくとして、謎は高崎さん自身の口から解き明かされるはず……だった。
ところが、高崎さんは意外な行動に出た。立ち上がると、椅子は後方に跳ね飛ばされる。まるで、椅子を蹴るために立ったようだ。椅子が床に転がり、金属の部分が歪な音をたてる。と、同時に僕は恐怖した。高崎志穂が全力で僕の方に走ってきたのだ。僕は慌てて、廊下に逃れようとする。だが、彼女の加速力は侮り難い。万年、インドア派の僕なんか敵わないほどだ。委員会が開催されている教室を出たところ三歩。それが、僕が高崎さんにされた始めてのジャーマンスープレックスの記念場所だ。僕の頚椎は恐らく、この時から異常をきたし始めた。普通なら、体が動かなくなるのかもしれない。ただ、僕の場合は違った。
僕は段々と力が溢れてきた。倒れたまま、僕は赤点を取った数学のテストのことを考えていた。そして、答えが何故か浮かんでくる。不思議な体験だった。この時から僕は脳の振動によって神童になったらしい。くだらないダジャレだが、僕の脳はそこまでいってしまったのだ。
倒れている僕の視界に、覗きこむ高崎さんの顔が見えた。野次馬も集まってきたらしい。騒がしくなってきた。
「めぇ覚めたか?加藤」
僕はゆっくりと大物ぶって立ち上がった。これから、僕の怒涛の反撃が始まる、わけではない。僕は何故、高崎さんが僕にジャーマンスープレックスを掛けたのか、今の今までわからなかったことを恥じた。そうだ。高崎さんは、そういう奴だ。
「目覚めたよ。高崎さん。僕はずっと迷っていた。ありがとう」
そういうわけで、僕は高崎さんと仲良くなった。これは、そんなある休日の物語である。
高崎さん