LAST

性描写あり。事後
ゆきあつに片思いするつるこさんと知らない男が致します。
暗い内容なので閲覧注意。自己責任でお願いします。

何故と問われたとて、答えようもない。


初めて入ったラブホテルの部屋は、和室だった。ひどく安っぽい部屋だった。誰かによって前もって敷かれている、擦り切れた布団も、無造作に置かれた旧式の石油ストーブも、ぞっとするほどに、惨めだった。
その部屋は酷く冷えていた。温まりもしないうちに裸になるのは、罰ゲームのようでもあった。


鶴見千利子は先刻までだらしなく開いていた口を、今はもう固く結んでいた。腹には異物感が残っている。セックス――子宮口にペニスが幾度も擦りつけられる。ただそれだけのことだった。
股間の疼くような痛み。好きでもない男の硬くなったペニス。重なる肉の重み。涎と精液に、淫液。そのにおい。みすぼらしく結ばれた使用済のコンドーム。そんなもので出来ている。なまぬるくなってきた布団に俯せに身を横たえて千利子は言った。
「こんなことで大人になったなんてばかみたい。ただ原始に戻っただけじゃないの」
わらう。そうするほかないくらい空虚な行為を犯したこと、そしてそのことで、いじましくも、傷ついてしまったこと。そのどちらをも愚かしいと思ったからだ。なにを期待していたのだろう。なにも変わりはしない、しないじゃないか。
引き締まった上半身をあらわにして、臭いくさい煙草を吸いながら、男は、千利子を見た。
何週間か前に予備校で初めて会った男。人気のある軽薄な男。口をきいたのは四日前だ。
誘ったのはあっちだった。ちりこさん真面目そうだねえ処女?あ、違うか。そんなかわいいのに彼氏いないとか、ないですよね。にこにことそう、雑談に紛れて男は言った。そう言えるような人間だった。
「――初めての感想はそれ? ちりこさん」
「…煙草やめて。くさいわ」
「ひどいなア」
男は笑って煙草を灰皿に押し付けると、千利子のからだに腕を回した。その手が、千利子の胸を揉んで、乳首をつまみ、首筋に唇を押し付ける。手慣れた動きだった。一種の様式とすらいえるほどに洗練されている。
「きもちよくなかったかなあ」
「全然。痛かったわ」
「えーでも、濡れてたよ。ちゃんと」
ゆびが尻の割れ目をなぞりそちらへとゆく。千利子は抵抗しない。ここまで落ちてしまったのだから、いまさら何を嫌がろうと拒もうと、徒労だと感じた。男の指が、千利子のなかを出たり入ったりしている。苗字しか判然としないそいつのゆびが、千利子の陰毛を触り、体内をまさぐっている。尻に触れたのはだらりと垂れた男性器。ひどくなまぬるく、ねとついた、それ。
「ほら、濡れてる」
「…やめて」
「クールだなあ」
喉の奥で男は笑い、千利子から抜いた指を、舐めた。ぞっとした。首筋に男の息がかかる。なまぬるいからだの温度。
「あったかかったよお、ちりこさんのなか。ぬるぬるしてて、狭くてさ」
漸く自分のこころがひび割れる音をはっきりと彼女は聞いた。
千利子は思う、いっそのこと泣けたら良い。それなのに、固まった表情をひくりと動かすことも、今の彼女には難しかった。硬直している。硬直して冷えきっている。もしかしたら千利子は、冷たいシーツに横たえられたときに死んでしまったのかもしれない。おとこが、頬に唇をつけてくる。ざらざらとした肌が触れ合う。だってはだかだ、だってこれはセックスなのだ。ああ何て、何て。
「…ごちそうさまちりこさん」
囁くように、笑いを含んだ声で男はゆった。千利子はぼんやりと考える。この男はわたしの何を食ったというのだろう。体? それとも、こころだろうか。
――鬼、女一口に食ひてけり。
伊勢物語の一節が思い出される。高校の授業で、四十数個の並べられた机の狭間での古典の授業で習い覚えた箇所だった。
昼下がりのあの場所はひどくあどけなくまどろんでいた。蜜色に光る髪を持つ青年も、同じ教室にいたはずだった。千利子は幾度も彼に見とれたのだから。見とれて、そしてふと合った視線を、慌てて外しもしたのだから。いくども幾度も。
こんなにかなしいのはどうしたらいいのだろう。わからない。込み上げてきそうな嗚咽だって喉の奥にはあった。けれども熱い涙を流すには回りの全てが固く冷えきりすぎていて、ただただそれらは彼女の腹や子宮に毒のように滑り落ちていくのだった。いたい――男の裂いた場所が痛い。千利子は疼く痛みを無視して考える。
私はどうすればいいんだろう。わからない。わからない。わからない。どうしたら救われるのだろうね。何でこんなにもあの人が好きなんだろう。あの人は、それなのに何で、私を選ぶことをしないのだろう、わたしの何がわるいんだろう。あのひとが好きなのにどうしてわたしは、違う男と冷えた布団に寝ているんだろうか。わたしはどうすればいいんだろう、どうしたらちりこは楽になれるんだろう。――どうして楽になってはいけないのだろう。
どうしてわたしはあのおとこが好きなんだろう。どうしてこんなに強い強い感情たちを、孕んでいなければならないのだろう。
愛なんてわからない、恋なんてしらない。あの日だまりの彼とこうしたいと思ったことなんて一度もなかった。接吻だって夢見たことはないのだった。
手の届かない場所で笑う彼こそを、千利子は好きだったのだから。
――男たちが求めるのだ、世にも惨めな、この一場を。こころなんて要らないくせに、体にだけは触るのだ。愚かしい。
わたしはどうすればいいのだろう。どうすれば救われるというのだろうか。
終わればいい世界がばかみたいに続いていく。想いだけは、永続するように思われた。体と心と時間と場所に縛られて彼女はどこにもいけなかった。とらわれてとらわれて。
神様なんていないだろうということも千利子は知っていた。男と寝るまでもなく、彼女はもうとっくに子供ではなくなっていた。勿忘草は、捨てていた。


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111129修整

LAST

LAST

「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。」二次創作 つるこ

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2012-05-12

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