Pansy
引き出しの中から白い袋を取り、ソファにもたれかかるようにサーモンピンクのラグの上に座った。
持ち手の部分が手に馴染んだ愛用のボールペンを手に取り、袋の中から小さなレターセットを出した。
先日ふらっと立ち寄った雑貨屋で見つけたレターセットは、薄紫、黄、白などの定番色のパンジーが、2、3本の束になって散らばっているような柄だった。
手に取った瞬間、本物とまではいかないが、花脈まで書かれている繊細な絵柄に心を奪われ、気がつくと、他の雑貨には目もくれずレジで精算を済ませていた。
透明なフィルムから便箋を一枚取り出して、机に向かった。
「なんて書こう」
◇
机に向かってから時計の長針は既に一周していた。
机上には、何度か失敗して丸まった便箋が2、3つほど転がっていた。
ふと棚の上にある黒の紙袋を見つめた。
学生の頃から料理が苦手で、調理実習の授業はできるだけ下準備や後片付け要員としての役割を担っていた私が、まさかその数年後に一般的な料理ではなくお菓子作りをするとは思っていなかった。
“ どうせ渡すなら手作りで勝負 ”なんてキャッチコピーと煌びやかな表紙に惹かれて買ったレシピ本と格闘し、三度目でようやく渡せるような形に仕上がった。
失敗した2回分の試作品は、家族に一日早いバレンタインと言い、半ば押し付けた。
半日近く格闘していたためか、自分の身体には甘い香りが染み付いているように感じた。
ペンを指で挟み、頬杖をつく。
伝えたい言葉はたくさんあって、頭の中でメリーゴーランドのようにくるくると回っている。
だけど本当に伝えたい言葉は一つだけ。
自分でも分かっているが、今までの関係を崩すかもしれないという悪い予感と、素直になれないプライドが、伝える決心を鈍らせる。
便箋から目をそらし、時計の秒針を目で追っていく。
瞼を少しだけ伏せると、明日これを渡す相手がすぐに浮かぶ。
猫っ毛で柔らかい髪
笑った時にできる目の横のシワ
決して低くないけど心地の良い声
細長く骨ばった指
凛とした後ろ姿
目に焼き付いたように離れない彼の姿を思い出せば出すほど、頬杖をついていた手から体温が上昇していくのが分かる。
彼の事を考えるだけで顔が自然とニヤけてしまうほど嬉しくなったり、胸が締め付けられるほど苦しくなったり、自分が思っていたよりも私の中は彼の全てで満たされている。
今も左胸に手を当てると、ジリジリと焼けるように熱くなり、大きく脈を打っている。
「よし、」
今にも溢れ出しそうなこの想いで震える手を落ち着かせ、五文字の言葉にして記していく。
丁寧に端と端を合わせて二つ折りにし、半透明になっている封筒に入れて、ゴールドのリボンのシールを開封口に貼る。
「どんな顔、するのかな」
奥二重の大きな目をさらに大きくして驚くのか、それとも目の横にシワを作って笑ってくれるのか、考えを巡らせ、自然と顔が綻ぶのが分かった。
ブラウンの長方形の箱に、ゴールドのリボンを斜めがけし、右上でリボン結びになっている部分に封筒を差し込んだ。
それを紙袋に入れ、元の棚の上へと置く。
カーテンの隙間から月明かりが溢れ、ベッドを照らしている様が、ステージ上だけが照らされているコンサート会場のようだった。
まるで、私だけに用意された舞台のように錯覚を起こす。
私は照明を全て消し、舞台に足を向けた。
パンジーの花言葉
『think of me.(私を想って下さい)』
Pansy
Pansy(パンジー)
別名三色スミレ、蝶が舞う姿に似ている為、遊蝶花(ゆうちょうか)とも呼ばれる。
ヨーロッパでは、パンジーの花を身に付けていると、異性の愛情が得られると言われている。