轟き

『轟き』

 海が泣いているんだ

 いや、それは嘘だ
 海はいつだって変わらない

 海はいつも
 魂の、無数の
 うたかたの心を
 波に乗せて、しぶかせるだけ

 本当はなにもかも、僕の思いこみなんだ

 本当は僕が泣いているんだ
 なくなってしまった
 大切な己の欠片を想って
 終らないさざめきに悲しみを代弁させようとしている

 消えては生まれる泡のひとつ・ひとつが、
 昨日だとか、一昨年だと言いたくて
 僕は冷たい、遥かな海を眺めている

 海はただ、陽を浴びて震えていた

 僕は足元の空き缶を蹴飛ばして、
 それが高く放物線を描いて水面に落ちるのを見届けた

 僕はもう何も喋りたくなかった
 踵を返して海を背にし、俯いた

 ただゆらゆら浮かんでいる、凹んだ、汚い空き缶が
 いずれ二度と見つかることのないよう、
 どこまでも深い水底に沈むことを祈るだけだった

 さよなら、海
 お願いだからもう泣かないで
 長い、轟きだけを……

轟き

かつてCessnaという名前で投稿したものです。

轟き

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-11

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