甘い言葉
「ねえ、最近さ。『好き』って言葉がすっごく言いたくてたまらないの」
何気なく姉にそう伝えたら、姉は缶ビール片手にこう呟いた。
「あっそ」
姉はくたびれているようだった。ぼさぼさの髪の毛をかきあげて、買いだめしているチータラを割り箸で口に入れた。垂れ流しにしているテレビのドラマをぼんやりとした目で見つめながら、
「言ったらいいじゃない。勝手に」
私はとくに疲れてなんかいないけど、なんとなく姉と同じようにくたびれた表情でソファに寝そべっていた。
「でも、相手がいないと言えないよ。好きって」
「いなくたって言えるわよ」
「無理だよ」
「言ってみなさいよ。今、『好き』って」
なんとなく、口にしたくなかったので、私は黙ったままでいた。
姉が私のほうをちらりと見て、フフと笑った。
「嘘でしょ。あんた、めっちゃ可愛いわね」
そんなんじゃない、と否定しようとして、結局私は答えなかった。テレビを眺めながら、
「あー、好きって言いたいな」
「じゃあ、私に言ってよ」
「お姉ちゃんに?」
私は首だけ動かして姉を見た。
「うん」姉はビールをゴクリと飲んだ。「そろそろチータラも飽きていたの。ビールのつまみに甘い言葉も悪くはないわ」
しかしそう言いながら、姉の顔には「どうせしないんでしょ」と書かれていた。
ちょっとだけしゃくに障ったので、私は起き上がって姉の元へと近づいた。両肩をつかみ、姉の顔をのぞき込むようにして、言ってやった。
「好き」
「ダメね」姉は全く動じなかった。そして相変わらず、姉の目はくたびれていた。「もっと感情を込めてくれないと」
「好き!」
ゴクリ、と姉がビールをあおった。
「まだね。つまみにはまだ甘さが足りない」
「大好き!」
ゴクリ。
「ちょー好き!」
ゴクリ。
「めっちゃ好き!」
ゴクリ。
結局、姉が500ミリリットルの缶を開けるまで、私は様々な『好き』を言い続けた。「好き」には強い力があった。なんだか意味が軽くなっていくのが嫌だったけれど、結局最後まで「好き」は健在だった。やっぱり、「好き」ってすごい。——そんなことを、私は思った。
全部を飲みきって、姉は空の缶を机に置いた。
「うん、まあまあね」
にへら、と笑って姉は言った。
ああ、やっぱり大好き、とその笑顔を見て、私は思った。
甘い言葉