春の夜の夢
移ろうは世の定めか
見上げるそこには数十年もの長きに渡って
春の女神ともいうべき美しい姿があったのに
背が高く優雅で気品に溢れていて
比べようもない華やかな衣装を身に纏い
裳裾を揺らす気まぐれな春風の誘いを難なく受け流し
才色兼備の名を欲しい儘にした平安の世の佳人の如く
人々の羨望のまなざしを全身に受けながら
少しも驕り高ぶる様子を見せず
ただそこに 静かに立っていた
そして季節が移り初夏ともなれば
惜しげもなく薄紅色のその打掛を脱ぎ捨てて
新緑の鮮やかな一重に着替え
また秋深まるにつれてはその色を緋色に変えつつ
人々の心を魅了してやまなかったその姿は
もう永遠に失われてしまった
君去りて逢瀬の夢の桜影
恋しき膝に涙するかな
想えば この世界は浮世とか
昨日までの様々な出来事は夕べの夢と
一体どんな違いがあるというのだろう
月の掛かる満開の桜木の影で
せせらぎの心地よい水音を聞きながら
恋する人の膝を枕にしてまどろんだ
あのおぼろげな 春の一夜の夢と
〈 倒されしすべての桜木に捧ぐ〉
*桜の歌のお好きな方は 『さくらによせて』のコーナーを
ご覧ください140種以上掲載しています。(いずみ)
春の夜の夢