花散る郷(Ⅱ)短歌集/苦海に散りし乙女たちに捧ぐ
ただ咲きぬ散るは君にと恋い焦がれ
望まぬ風に散るは悲しき
君が袖へ散るを許さぬ浮世の風に
吹かれて落ちるは郷の葦原
葦原の花のいわれを知らんとや
知らぬが仏よこんな浮世に
君やがて誠の花に気づかなば
この身を残し何れに消えなん
われ消えて嘆くやきみは故郷の
峠の松のひとり梢で
み吉野のやまとは違いこの郷の
花は散れども送る川なし
三味の音にのせて語るは忘られし
葦の野原に咲きしあの花
大門の一夜桜が夢ならば
覚めて帰りたやあの時の身に
あの門を手を携えて出る日をば
夢見し友は莚に包まれ
年季明け出るも当てなく舞い戻り
ここが郷ぞと思い知らされ
親思う涙も枯れて待つ人を
想う心も何時しか消え果て
真世の身を諦めて偽りの
世こそわが世と思いつるかな
吉原の露と消えにし乙女たち
俄か桜に何を偲びて
生きては苦海に死にては寺に投げ込まれ
名のみ残れり墨のかすれ字
忘れては忘れてならじ世の蔭に
哀れに散った乙女桜を
気づかねど煩悩受けし花々は
慈悲の菩薩の浮き身なのかも
苦海より天に昇りし光の御霊は
相寄りて菩薩の姿となり給いけり
【 作者あとがき 】
貧しきが故に幼くして身を売られ、囲いの郭に
押し込められて、辛さゆえに自ら命を絶ちたり
病に倒れて死して後、簀巻きにされて投げ込み寺に
葬られた乙女の数、二万を超すという。
花と咲いた江戸文化の裏に、犠牲となった彼女たちの
存在を忘れることは出来ない。彼女らの平均年齢は
二十二歳、今の時代なら多感な青春時代を自由に
謳歌出来たものを・・・。
* 桜の短歌がお好きな方は、『さくらによせて』のコーナー
もご覧ください。140首以上の作品を掲載しています。(いずみ)
花散る郷(Ⅱ)短歌集/苦海に散りし乙女たちに捧ぐ