紅い夜に添え物を。

リリー・ウォンカ

リリー・ウォンカ

私は、記憶が欠けていた。

産まれた時から5歳までの記憶がぽっかり抜けている。
よって私が覚えている自分の記憶は6歳の誕生日から。
幼い記憶を全て無くすのはおかしいが、6歳の誕生日からというそこまではっきりとしたものもおかしいと思う。
誰かに記憶を操られているのではないか、なんて有り得ないことを考えたりもした。
いくら考えても答えなんて出てこないし、私ひとりで解決できる問題じゃない。
それに、別に5歳までの記憶を失ったところでそれほど不便というわけでもなかった。
5歳までの記憶が今の生活に影響するなんてことはほとんど無いし、病気ではないらしいから私も気にしないことにしたのだ。

だけど、少し記憶が無くて悲しいことがある。

それは、両親の記憶がないことだ。

母親は元から病弱で、私を産むのにもかなりリスクがあったらしい。
それでも母親は私を産もうと思っていたらしい。
周りから少なからず反対の声も上がった。
特に私の祖父母にあたる母親の両親や、母親の兄弟に。
“子供のことより、自分の体を優先するべきだ”
そんなセリフは聞き飽きたとか。
けれど母親は一向に首を縦に振ることはなかった。
“私は産みます”
とだけ伝えて、頑なに譲ろうとしなかった。
その時父親はかなり悩んだらしいが、本人に任せようと決めたらしい。
こうして私は産まれた。
それほど望んで産まれた私ではなかったが、元気に産まれたと聞くと、反対していた母親の家族も喜んでくれたらしい。
母親もそのときは涙を流しながら私を抱いてくれたそうだ。
けれど、やっぱり体の負担は大きかった。
母親の体は衰退していくばかり。
もう本当は退院できるくらい時間が経っても、母親の体調が優れなくてなかなか退院できなかった。
そのまま母親は亡くなってしまう。
私と父親に宛てた手紙を残して。

それからは私と父親の二人暮らしだった。
父親は再婚をしようと考えていなかったらしく、1人で私の世話を頑張ってくれていた。
父親の仕事は施設に勤めている研究員のようなものだ。
新しい薬などを開発するところらしく、詳しくは知らないがあまり遊ぶ時間はなかった。
父親が亡くなってしまったのは私が4歳の頃。
実験中に何かを失敗して、有害ガスなどを吸ってしまったのだろう。
見つかった時にはもう亡くなっていて、実験は失敗に終わった。
そんなことも私は覚えていないのだ。
父親が亡くなって、私はきっと悲しんだはずなのに。
全く思い出せないなんて何でだろう。
今思い出せる中での私は、6歳の頃に祖母の家にあずけられて育った。
少し裕福な家庭だったということもあり暮らしに困るようなことは無かったが、それほど楽しいと言えることが無かったような気がする。
家族で出かけることも数少ない。
遠出といえば両親の墓参りくらいだ。
祖父母も仕事が忙しくあまり私に構えなかったに違いない。
息子はもう成人で遠くで働いているから、私はほとんど1人だった。
それでも、暮らしていけるなら良かった。
特に不満はなかった。ただ、楽しいとも言えないだけで。
そんなこんなで少し普通とは言えない人生を送ってきた私だけど、
今もまた祖父母の家で目を覚ました。

紅い夜に添え物を。

紅い夜に添え物を。

幼い頃の記憶が無い16歳のリリー。 ある日目が覚めて自分がいたのは訳も分からない誰かの屋敷。 そこで出会う不思議な人たちと関わっていくことで、 失っていた過去の記憶や、何で自分が屋敷にいたのかが明らかになる。 母の弱い体のこと、父の謎の事故死のことーー。 齢16歳の少女の過去は謎だらけ……

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-08

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