Der toric endet affterstory -少しこっちに振り向いて-

円環の終焉から13年経ったこの榊原市。そこの教会に住み共に過ごすカインと緋真。実は2人には難関な壁があった。
果たしてその壁とは何か?

他、南雲の短く淡々とした独白、飛影とジルヴァの関係、犠牲者と呼ばれた悲痛の天才・藤堂猶の生涯の他にも緋真の幼少期と円環の終焉に用意されたもう1つの物語。
あれがグランギニョルであるのならば、これは夜想曲。
それでは、もう1つのオペラをご覧あれ

円環の終焉は終えた。しかしこれもまた1つの円環の物語


もし、貴方の願いが1つ叶ったらどうする?
宝くじが当たりますように、次のテストはいい点が取れますように、次のバイトの給料は少しでも上がって欲しい。
挙げていけばキリがない。けれども何でもいい連想してみなさい。
けれど、その瞳でもう1度このありきたりな世界を見渡してみるといい。貴方達はこんな事で満足?
その傍にいる人間をもう1度見直して欲しい。その人間は何かを抱いていない?愛情、友情とか、罪悪感。

いい?もう1度言うわよ。
貴方達は何を望んで、何の為に生きるのか。
私も疲れたから少しだけ見てみたいの、外の世界――この世の中を。
それじゃあ始めましょう。私の人生で唯一美しく、苦く、甘美で悲しい物語(ストーリー)を。
さ、どうぞ皆様目を開けてごらん。
「…ちょっとした、甘い話。」

~Der toric endet affterstory ж 少しこっちに振り向いて~

Ⅰ.Answer

「南雲君、よければ私と付き合ってください。」
…おいおい、これで何度目だよ。このシュチュレーション。こっちは飽きてんだよ、うんざりなんだよ。そう顔を赤らめるな気持ち悪い。
――私立榊原高校に入学して、数え切れぬ女からの求愛。はっきり言おう、俺は対して顔は中の中言わば普通。
けれど、学年一位の成績に部活で修めてきた賞はどれ程か。暴露してしまえば俺はこの17年間生きてきて彼女なんて存在はいないし、いるだけでうっとおしい。
(…もう、数えきれねーわ。)
この求愛に対しての返事はいつもの定番句を。あー…何で女って生き物はこれだけで泣くんだよ、全く。
泣き走り去って行くどこぞの女の背中が消えた後、屋上を出て自分のクラスに戻ろうとしたその瞬間に、俺はある女とすれ違った。
――黒く長い髪にどこか凛とした高嶺の花のような、女。
「…確か、方丈緋真……?」
俺のクラスでも、あの女の姿を見て何だかんや騒ぐ連中は多い。
だが、あんな仏頂面のどこがいいんだか…なーんて言ってるとその1人である友人が俺の方を掴む。
「なぁなぁ、今通ったの方丈だよな!?ホントいつ見ても美人は美人だ~。」
「…お前、あんな仏頂面のどこがいいんだよ?」
「あー…そうだな。今んとこ誰もアイツの笑ってる所なんて見た奴はいないそうだぜ?」
「…ふーん」
成程、よく見てみれば美人の部類に入るのだろうに。何故笑わないんだか。
「笑った方がいいんだろうけどな…。」
「ん?何か言ったか?」

「別に、何でもねーよ。」

そう別に何でもない、ただ『少し』思っただけだ。
その日の夕暮――久々に部活が長引いた所為か辺りは暗くなっている。我が家は何かと厳格な母親と、それを尻に敷かれる親父がいる為、遅くなる時はいつも母親に連絡をすることがルール。
「ちっ、めんどくせぇな…。」
と、言っても早く連絡を入れないと、どやされるのはこっちだ。携帯を手に取り電話を掛けるとすぐに母親が出た。
「あ、母さん。俺今部活終わったから、帰るの――…」
そう言おうと瞬間、母さんは普段と違った声で俺に問いかけてきた。
「ねぇ、総真。紫がまだ帰ってこないんだけど…。」
は?紫が?
「学校、終わるのは3時でしょう?4時間経った今も帰ってこないのよ。」
だったらどこか寄り道してんだろ、と短く答えては踵を返す。
「俺が、探してくるよ。」
今年で8歳となった妹の紫は、よく友人と道草をすることが多い。そこら辺の川辺の原っぱとか、学校の校庭で遊んでいる事もあるが、最も確率が高いのはここの小さな公園。
「――……え?」
目の前にはとてつもない光景が広がっていた。
赤いランドセル、その傍には輪切りにされたたった1人の妹の姿と、1枚の黒いカード。
「ゆ、紫…?」
嘘だろ?おい誰か嘘って言ってくれよ、頼むから。
――これを『悪夢』だと。
そしてこれが、榊原市連続殺人事件の第1件目だった。

「…総真、そろそろ寝なさい。でないと明日学校遅れるわよ」
あの日から、大事な妹を殺されたあの日から、ずっとずっと答えを探してる。
警察である親父のパソコンにハッキングしたり、幾つか自分で推理して、ある時には危険ではあるが殺害現場に赴く事も。母さんも大事な妹を奪われた悲しさを汲んだのか、ここ最近口調が荒くない。が、どうやらそれも限界らしい。
「いい加減になさい!あんたは父さんのように警察官でもないただの学生なんだから!!」
「うるせぇよッ!!!」
午前2時、大声が鳴り響いた沈黙は微かに痛い。
「…もう、いいから放っておいてくれよ。」
それから母親と会話もなく、友人と話す事さえ面倒だと感じ、ずっと続けてきたバスケもとうに辞めた。何でもよかったんだよ、『答え』さえ出れば…。
――ある日の夕暮れ時、事件にて学校が休校となって近くの公園を歩いていたその時だった。
赤い剣を手にして、戦う女の姿を。獅子のような気高い女を。
「…あれは、方丈……?」
身に纏う紅蓮の炎は、何よりも輝いて黒い影は薄れ、犯人であろう倒れ行く小さな少年に笑みを浮かべていた。悲しそうな 笑みを。
その姿を見た瞬間に俺は思ったんだ、『こいつは命を掛けて戦う』それがどうしようもなく眩しくて。
少しでいい、たった少しでいいから俺にも出来る事をしようと。俺も同じく、方法は違えど命を掛けて戦っていくから。
もう、何件過ぎたのかこの市で1番高いビルが骨組みしかなくなり死亡者・重傷者が出て、とうとう避難勧告が出され、俺らは普段ライヴでしか使われない大ホールに避難したのは。
その中でやはり、『アイツ』はいた。どこか考えているようで、それから数分…やはり犯人を探すのかホールから出て行く所を見る。
どくん、と胸が張り裂けそうで仕方なかったが、ここは冷静を装う。今、言わなければ何も始まらないのだから。
「おい、方丈。お前今からどこに行くんだよ?」
声を掛ければほら、この仏頂面野郎は焦りを微かに残しながら、「別に。貴方には関係ないでしょう?」とだけ言い残す。ならば、俺も言わせてもらおうじゃねーか。
「…お前、今までの連続殺人事件の現場にいただろ?」
「なっ…!」
ほら ドンピシャ。けれど、これだけではこいつは俺が同行する事を許さないだろう。なら追い込んで追い込んで…証拠だって見せてやる。だから、少しだけ答えを探して欲しい。
とりあえず、今まで調べ上げてきたノートを手渡し方丈はそれを手に取りじっくり読んで行く。
「まさか貴方はこれを1人で?」
「違法捜査だよ。」
捕まるデットラインまでスレスレだったがこいつも死線を潜ってるんだ。俺も傍観ばかりしていられないと。あの、公園で見た姿を。
「すごいのね、犯人らの使っていたトリックから何まで全部正解だし、ここまで情報を掴んでいるってことは、本当にそこらの警官よりずっと優秀だわ。」
「簡単な事だ。あとこいつらの正体も大体は書けたんだが、それも5人まで……。後、この事件を引き起こした犯人についてだが――…」
と、言うと少し黙りこみ、こほんと咳をつき改めて自己紹介。
「そういや、自己紹介はしてなかったな。俺は南雲総真。お前の名前は知ってるから気にするな。先の話はここで何処の野次馬が聞いているか分からない。ホールを出た受付のロビーで話そうぜ。」
「…分かった。」

 ・ ・ ・ ・
ここに来る前にホールに貯めてある食料他は大したモンじゃない。…何してんだろうな、今の国家は。とりあえずズボンのポッケから財布を出しては自販機で缶コーヒーを2つ程買う。
「警察や公安が用意してるモンなんてたかがしれてるしな。飲むだろ?」
「…ありがとう」
そう缶コーヒーを渡すと、白い手で受け取る。
あんな風に戦っているのに、いまも尚、消えはしない意志と炎の差が俺の胸の鼓動を早くした。
「それで、さっきの話なんだけれど…」と、たどたどしく言う方丈に受け答える。
「ああ。方丈、お前昨日のニュース見たか?あの大地震の中継。」
「ええ、見たわよ。それがどうかしたの?」
「その時、アナウンサーの後ろを若い男が通ったのも?」
「見えたわよ。そこに何か問題でもあったの?」
「…俺は、知っているからここでは何も言わないが、お前気付かなかったか?あいつの胸にあったハーケンクロイツ。」
「少しだけね。それがこの事件を引き起こした犯人とどう関係があるの?」
「この事件の大元…確かジルヴァとか言う通称で呼ばれていたな。第3の事件現場の黒板に書いてあった血文字とこの綴りと、ハーケンクロイツ…。これで少しはピンときたか?」
「……ラストバタリオン。つまりはナチスか…。」
そう答えると、俺は「ああ」と答えながら鞄からパソコンを取り出し、USBを差し込むと、カタカタと何かを打っていく。これも違法調査で調べ上げてゲットしてきた代物だけれど。
「これが当時の映像だ。かなり昔の物でもあるし、戦勝国様…つまりは国連のデータから無理矢理ひっぱり出してきたから解像度も低い。見ろ、これがさっきの答えだ。」
くるり、と画面を回され流れる映像を見ると、建物は瓦礫と化し、死体や、激しい銃撃戦の跡。赤く染まった景色に立つ一人の青年を私は見つけた。そして、音声が内蔵スピーカーから聞こえる。
『……父よ、どうか私の父よ。聞いてくだされ。』
『…我らが悲願は堕ちました故、私はしばらく姿を隠します。故に……。”この”発端は全て私の所為だ。ですから、貴方には――』

『永劫歩き続ける彷徨い人(ファウスト)となれ』

そこで映像は途切れた。あんな光景を写していたら機械もブッ壊れる。当たり前だけど。そしてこれがこの事件の本家本元――
「これが正に神に最も近い存在――『銀(ジルヴァ)』と名乗った男だ。」
方丈は目を見開き、少しだけ困惑したような顔で黙っている。恐らくこいつ自身にも引っかかる何かがあるんだろう。
「……色々と謎が出てきたみたいだな。だったら一応その顔に出てきた質問に答えてやる。その変わり、お前が持つ情報を俺に教えろ。つまりは奴らは何者で、お前がこいつら同様のレベルに至ったのか。俺は、それが知りたい。」
どうやら俺の目的が見えてきたのか、交換条件と言う訳で会話は成立した。
「まずは、ゴルヴァ…つまりは金色の正体を知りたいんだな?これはあくまで俺の推測だが、お前らが持つ銘の通り、コイツ自身の特徴を示してるんだろう。だが、それ以上に考えられるであろう事は、この男が金を潰し、無理矢理この生態系の上に立ったって事だ。言ってしまえば、旧世界の神と不運にも金の落し子となった銀が親を殺したんだろう。それと、お前…かの有名作家であるゲーテの書いた「ファウスト」と言う本を知ってるか?」
「…人並みには。」
と短く答えると、「つまり金はファウストとよろしく女と出会った訳だ。そこで産み落されたのが銀であったジルヴァ。成程、少し解釈は違うみたいだが、金は自分の息子がメフィストフェレス(悪魔)になるとは思ってもいなかっただろうな。」と答えた。
「そう言う事だ。それじゃあ、約束通り今お前が知っている情報を話せ」
短く話を切り替ると同時に、方丈は今まで起こって来た事全てを俺に話した。
シスターが亡くなった事によって、自分が犯人を捕まえると決意した事。しかしリゼを相手にしている最中、『あの男』と契約をし、聖遺物を扱う事で、魂の強化と聖遺物によって超人練成された犯人らの情報全て、一字一句丁寧に話した。
「…聖遺物、それがお前達の能力か。」
「ええ、だから聖遺物は魂とイコールであって、破壊されれば自分の身体や魂は灰となって消える。けれど、鈍い人間ならただそこまでの損傷はない。こういうのは私達の方が傷を受けやすいから…これでいいかしら?」
――何かがおかしい。その聖遺物で人を殺すとしたら 1つ疑問だけが残る。
「なぁ、さっきシスターがそのリゼって奴に殺されたって言ったよな?ちゃんと死体は見たのか?」
すると、少し黙りこんでこちらが催促すると短く答えた。だが、これは"本命"じゃない。知りたいのはもっと遥か向こうにあるんだ。なら、言うべきは今。
「それに、俺もシスターの姿は見た事あるが、あの人一体いくつだ?」
「!」
何か驚いている様子があるが、まずは犯人のトリックを見つけなければここまでしてきた意味がないから、俺は立ち上がる。
「ま、シスターを殺したのは誰かは解らないがこの事件については大体は解った。――追うぞ、方丈。この第5人目の犯人を。」
「馬鹿ッ…!貴方聖遺物も持っていないのに、そんな…ッ!」
「別に俺が望んでるのは奴と戦う事じゃない。この謎を解くためだ。その化け物連中との戦いはお前に任せるよ。」
「…なら、少し私の質問に答えて。貴方はどうして――……。」
――戦う理由…あの、悪夢を…か。
「……大事な妹を、殺されてる。この連続殺人事件の第1人目の被害者だ。だから、俺は……正直言って、奴らが許せない。」
そう言うと同時に何故か、歯を噛み締めて手を握りしめては震えていた。すると方丈は俺の手を取って初めてアイツの笑った顔を見る。
「大丈夫。私は負けないし、貴方の妹さんや他の人の命を救うためにも頑張るから。」
温かい掌を握り返して、俺も何故か釣られて笑ってしまうじゃねーか。ああ、そういや昔思ったな。案外、笑えば可愛いじゃんか。
「戦おう。今度は1人じゃなくて、2人で。」
そうこれが俺ら2人の共通する意志だ。

「……確かに、これ程の威力…その聖遺物を使わなきゃこんな真似はできないだろうな。」
「私もそう思ったわよ。けれど、どうしたらそんな渇望に陥るのよ?『全てを壊したい』なんて望みで造られていたら、今なんてタワーどころか、この街1つ破壊されてもおかしくない。」
「そうだな…。これも奴らの尻尾を掴むために調べたんだがな、千葉県に東京ディズニーランドってあるだろ?」
「ああ、あの上野に建てるはずだった、アミューズメントパーク?」
「そう。上野から千葉の浦安に移ったのは、上野の地盤があまりにも脆く、安定していなかった為、それより少し距離が離れていて、尚且つ少しでも強度のある浦安を選んだ。恐らく今回の犯人はここの土地一帯の地面の強度を把握している可能性がある。」
しかしまだ決定的な『証拠』がない。ならば、俺が出来ずコイツにしかできない事を。
「なぁ、方丈。お前の能力は確か炎だったよな?だとしたらどんな事ができる?」
「それなら、今から実験でもしてみましょうか。危ないから数メートルは離れておいて。」
分かったと言い、俺は距離を2~3メートル離した所で、方丈は魂の銘を呼んだ。
やはり、こればかりは自身の魂の渇望の問題となってくるのか、そこで俺はさらに話を進め唯一手掛かりを掴める方丈に問いかけた。
「なるほど…その古代刀剣に炎を纏ってるのか。なら、普通の人間なら即死…か。じゃあ、もう一段階踏んでみろ。日暮って奴と戦った時の人体を炎へ練成するってヤツ。」
「でも…あれは、本当に奥の手だし成功したのも奇跡的に近い……「そうじゃない」
「人体を炎へ練成するって事は、風が吹けば消える。それを逆手に取って考えろ。こう考えられないか?物質を透過できる、とな。もし、それに成功したらここまで酷く割れた地面の中にすんなりと入り込めるだろう。そこで何かが掴めるかもしれない」
すると、そっと目を閉じて変化を遂げては地中へと潜る。何が奇跡だよ、馬鹿。
「…お前が、そんなんじゃないって知ってるよ。」
そう呟くと、どこか頬が緩んだ。
今まで戦う事だけを胸に誓っては1人で歩いて来た途中で見つけた1人の剣士は、そんな生温いなずはないだろ?
そして、戻ってくると同時に「地面の中はどうだったよ?何かヒントはあったか?」と言うと、切り返してくる。
「ええ、貴方がさっき話していたことをヒントにしたらあっという間に解けた。それで聞きたいんだけど、ここ一帯で……」
と、言った瞬間ホールの方で爆音が鳴り響く。
「まずい、あそこ…ホールの底は鉄筋とそこそこ硬い土が土台になるよう設計されている。」
「…なら、急いだほうがいいわね。」
そう言うと、あの状態を保ったまま方丈は俺に手を差し伸べた。
「おいおい、そんな炎纏ってるなら普通の人間なら即死じゃないのか?」
「言わなかった?聖遺物を持った者は、聖遺物を持った者にしか殺せないし、ただの鈍い人間が対象であるなら何の問題もないって。」
ああ、もうコイツには叶わないな。この頑固者め。
「じゃあ、信じるよ。」
そう言って、笑い手を握り返すと同時に、「急ぐわよ!降り落されないようにしっかり捕まってなさい!!」と方丈は叫ぶ。
何故か、その手の温もりは2度と離したくないと少しだけ思う中、そうして降りたった地獄のような風景に奴はいた。
「見つけた、第5の犯人。」
やはり、この間ニュースで映っていた男――こいつが犯人だったのか。今発した声も低く、左胸にはハーケンクロイツ。けれどこれは何だ?
「ホルマリンの、匂い……?」
それだけじゃない、この男が纏っているのは死臭と腐臭。そして1000を越える血の匂い。これが、7人中欠けた2名の1人であると。
「…方丈、こいつだ。あの7人の中で捕えられなかった1人。恐らくさっき見せた映像の大戦で命を落とした戦士の1人だろう。」と言うと男は信じられない言葉を口にした。
「察しがいいな、そこの男。俺は、ジルヴァに殺され、そのジルヴァにまた命を吹き込まれ4人目の刺客だったヴィクティウムが、俺に手を加え俺自身を完成させた。」
先程まで感じていた温かさが冷えて行くのに気付けば、コイツは獅子でなく――ただの『方丈緋真』となっていた。
「……狂ってる。」
短く、発した言葉。今まで見た事のない恐怖に方丈は男に斬りかかりに…否、これはただの『玉砕』
「うわぁあああああああああああああああああああっ!!!!」
そして、その恐怖の対象は変わらずこの男の服しか破けない。
「……そこまで俺が怖いか?グラディウス。そうだ、お前に俺は殺せない。言え、このトリックの正体を。一応それだけは聞いておけとあの男は言ったからな。」
圧倒的な実力の違いと、掛けられた圧力…ならば、俺も男だ女ばかり戦線に出す訳にはいかない。2人で戦うと決めた今は。
「南雲ッ!!止しなさいッ!!!このままじゃ貴方が殺される!」
「さっきも言ったはずだぞ。別に俺が望んでるのはコイツと戦う事じゃない。この謎を解くためだ。お前は今は息を整えろ。その分の時間稼ぎと、トリックの説明は俺がしてやる。まぁ死人に俺の声が聞こえればの話だが。」
――任せろ方丈、お前が埋められない穴は俺が埋めてやるから。だから…少しだけ多めに見て欲しいんだ。
彼女なんて存在はいないし、いるだけでうっとおしい…そう思ってた。
「南雲ッ!いいから下がりなさい!!」
この求愛に対しての返事はいつもの定番句に何故女は泣くのか理解さえ、出来ずに。
けれど、お前のその立ち上がり、剣を振るう姿は、美しかった。
「はぁあああああああああっ!!」
戦うから、俺も。なぁ、だから――
「がッ……!」
「コレ…デ、オワリダ…」
――俺の我儘を 聞いてくれ
「大丈夫、か…?方丈……。」
「なぐ…も……?」
おいおい、何だよその顔。お前は俺をどう思ってるかは知らないが、俺は成績や頭が良くても、案外馬鹿な所もあるんだよ。馬鹿と天才は紙一重…知ってんだろ?
「時間稼ぎは…でき、た…か…?お前の実力は、そんなんじゃ…ない、だ…ろ…?」
「まさか…貴方……。」
――本当は、こんなんじゃない。けれど途中から死ぬ覚悟でいた
あの日、公園でお前を見たときから。何かお前と同じ視線にいたくて、今もこうして『戦ってる』のだから。
「シスター…や、他の大事な人…助けるん、だ ろ?……お前の、覚悟は…そんな、な、まはんか…なものじゃないだろ……?」
紅蓮を纏う、高嶺の花よ。
「負けん、じゃ…ねーぞ…?負けたら…こ、の俺が許さない…か、ら――。」
ごめんな、こんな風にしか言えなくて。
嗚呼、けれど最期に心臓が止まるその瞬間に俺は『答え』に辿りついたから。

そういや、息の根が止まる前に2つ程言う事があったんだ。もう死人である俺の声は聞こえなくても。
ありがとう、俺の新しく出来た友人。それと、これは憶測だがきっとあの公園での姿を見たときから――

悪い、『好きだ』っていうの忘れてた。

Ⅱ.嘘吐きリグレット

「お父さん…お母さん…兄さん…。」
夢を見た これはとてもとても怖い夢――私の瞳に映る光景は全部赤い色
「君が、崇美早苗…かな?」
振り向けば、私よりずっと背の高い黒い髪のお兄さん。
私は見たんだ、お父さんが殺される姿を。お母さんが殺された事を。兄さんが殺された事を。
怖い、怖いよ。どうしてよ?何で皆を殺したの?私も死んでしまうの?
「…備前宗光の正当後継者、か…。どうやら、君の母親や兄はその血を引いていないようだ。」
「びぜん…むねみつ……?正当後継者って何?どうして私だけが生きているの?」
するとお兄さんは笑ったまま、私の質問に答えてくれた。
「備前宗光は君の家…つまり崇美家が700年前も続く鍛冶師の家系…相当古く重宝する刀だが、『それ』は君の言う事を聞いてくれる。」

分からなかった このお兄さんが言っている事が

700年前っていつ?確かにお父さんは私の家は代々受け継がれる鍛冶師とは言っていた。
でも、そんな昔の刀をどうするの?使えるの?
「使い方なら私が伝授しよう。今、君は大事な親が…兄が目の前で殺されたのを見ていたね?」
そう言われ、先程の光景がまた私の頭の中で甦る。
――足音に気付いて、振り向いた様に真っ二つにされたお父さん。
――何かを察知したのか駆けこんできたお母さんは焼けたばかりの刃を取っては、兄さんの名を呼んで。
――そして、兄さんは「逃げろ」と言って私の前で死んでしまった。
「では、ここで1つ君に問いかけよう。君はこの光景を見て、どう思う?」
どうって? 何を言えばいいの? 涙なんか出ないし何より私が生きている意味さえ分からない。
「悲しいかい?それとも君が私の相手をするかね?――否、君は『生きる理由』…『存在意義』が欲しいのだね?」
「!」
すると、お兄さんはくすっと笑って私を見つめている。だから私は問いかけた。
「…何で私の考えている事が分かったの?」
「ふむ…私はこう若造りに見えても長らくこの世界を流離ってきたのでね。この程度、些事でもない。子供相手なら尚更だ。」
「…」
返す言葉もなく、下を見つめ涙を堪えているとお兄さんは突然私の目線に合わせ、頭を撫でていた。
「…殺した私が言うのも難な話ではあるが、君は今、罪悪感と自分の存在理由を求めているんだね。」
そうだよ、そうだ。
私がもっと強ければ、この人に負けない強ささえあれば…みんなを守れたのに。だから、私は涙声で、お兄さんに『返事』を返した。
「…もう、負けたくない。強くなりたい…。私以外全員死んじゃえばいい、それだけの力が欲しい。」
すると、お兄さんは優しく微笑んで呟いた。
「よろしい、承諾したよ。その『望み』」

季節は涼しいはずの雨の降る9月 丁度私の誕生日の前日だった
そして、これはお兄さんが持ってきてくれた私への誕生日プレゼント。

「…最後に、私の名はジルヴァ。私が君にプレゼントを差し上げる代わりに君は私の仲間になって頂けないかな?」
「仲間…?友達じゃないの?」
「どうとらえて貰っても結構だよ、さぁ受け取るがいい。君はきっと強くなる。故に銘を送ろう。"飛影"…揺らめく蜃気楼の様に。」
――そう、それが『崇美早苗』の日常が、自分自身が壊れた日。
今は遠いこの記憶を思い浮かべながら、深き森の奥で私が夜空を見上げれば、風と共に奴の気配がした。
「……突然、私の元に現れて何の用だ?ジルヴァ。」
あれから11年――私は、聖遺物を所持し一年と言う月日で制圧し、今も尚、宗光1本とこの戦場で経験してきたことを『学習している』
「今更何の用だ。また貴様は、その気分1つで散歩にでも来ているのか?」
「そう冷たく返さないでおくれよ、飛影。私もお前の尻尾を捕まえる為にここまではるばる来たんだ、少し休ませてくれないか?」
「……」
まぁ、いい。何せこの男は出会ったあの日から私に全てを教えてくれたのだから。それがなければ私は今の私はいないのだから。
今はフランス政府が他国と揉めているらしく、テロが耐えぬ日々なのだ。故にとあるテロ活動を止めた事を聞いた政府が、今こうして私を置かせてくれている。
「…懐かしい、確か私と共に始めに来たのもここであったね。飛影」
当時5歳であった私が初めてきたのは此処、フランスである。次にイギリス、メキシコ、アフリカ、アフガニスタン、ブラジル、…と言った所か。
「本当にな」
あの時、重く感じていた宗光は今は軽く、歩んで来た戦場で剣術と体術の組み合わせ…そして、神速の抜刀術と納刀術。普通の人間から見れば見えやしない。
暗い夜空と奥深くの森の中で互いに背を合わせる
「…まさかあれだけ小さかったお前が、私より背が高くなっているとはね。驚いたものだ」
と言いながら、ケラケラと笑っている。思い出せばこの男は、私が何か出来なければこう笑っていたのを鮮明に覚えている。
「その笑い方は止めろ、気色悪い。」
「おや?そう言えば出会ったあの頃はあれだけ髪が長かったのに、あちらのほうがよく似合うと思うのだが。」
「何故、私が貴様の好みに合わせねばならんのだ。」
「女は男を選ぶのに、容姿や性格を問うだろう?お前もそうであるまいに。」
「私は兄さんのような人が好みでな。残念だが、貴様のような長髪変人錬金術師に興味はない。」
「はははっ、それはそうか。よほど兄君が好きなのだね」
「……当たり前だ」
――何が、『当たり前だ』
その、流離うように見えどもどこか儚い姿と邪魔だと思えるほどの漆黒の髪。
全てを失くした私に居場所を与えてくれた。
『円環の終焉』の話を聞いたのは随分と前の話だったが、私には関係のない話であり、全て理解している。幼い頃から傍にいて、そしていなくなって…。
「私は貴様が大嫌いだよ」
大嫌いだよ、本当に。何せ私の大事な物全ておいて、いつの間にかフラリと消えて。これじゃ私ではなくジルヴァが『蜃気楼』そのものじゃないか。
いくら手を伸ばしても届かない いくら話をしても聞いているのかさえも解らずに いくら私が何をしようと追いつけない
「そうかい、くくっ…。」
けれども、何故だろう?
流離うように見えどもどこか儚い姿と邪魔だと思えるほどの漆黒の髪
顔立ちは実に人形のようで、碧い瞳にはトパーズでも埋め込んであるかのようだ。『あの頃』から変わらない姿も性格も何もかも
「…そうだ」

――嘘付き

兄さんの事は今でも大好きだよ、失った今でも愛してやまない程。けれど、『そこまで』
兄妹としての愛情、兄さんも私を好きだと言ってくれたけれど、それこそ境界線なのだから。
「…こんな聖遺物(モノ)を持たせて貴様のゲームとしての駒とされ、幼い私を残して消えた貴様が何を言う?」
ああ、本当にそうだよ。
1年でこの宗光を使いこなした事にジルヴァは驚いていた。
『…備前宗光の正当後継者、か…。どうやら、君の母親や兄はその血を引いていないようだ。』
宗光(これ)は私の言う事を聞いてくれる、と。嘘偽りなんて何処にもなく…けれども間違いがたった1つだけ。私はこの11年ずっと戦場を駆け抜けてきたただの脳筋であるが故に。
だから、あえて私は『何も言わない』。
嫌いだ、そのたった一言でこの私よりも長く生きてきて、私自身を理解し、そこまで頭が回るお前なら解ってくれるであろうから。
「いい加減、その髪がうっとしいぞ。首にかかる。男であるなら切れ」
「ならお前も、その硝煙と血の匂いをどうにかしたら如何だろう?女なら女らしい匂いがあるだろうに」
「…黙れ、自称錬金術師が。」
嘘付き嘘付き嘘付き嘘付き嘘付きうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきウソツキウソツキウソツキウソツキウソツキ
頭が、回るのなら解れ。それとも私の首を締め付けるのが本心か?
なら、今ここで貴様と言う存在の全てを消してやりたいよ。白銀のように全て白く白紙に戻してくれ。
そのうっとうしい髪も、そのトパーズの様な瞳を抉って、その白い肌を赤く染めて。
「素直ではないな、お前は。出会った頃はとても素直で真っ直ぐであったのだが…ああ、真っ直ぐなのは今も同じか。」
「黙れ、私はそう言ったはず――…」
と、言いかけた瞬間に何故か私の背にいたはずの存在が私の目の前にいる。
「…はず?でどうしたのかな?」
「…っぁ、」
「何をそんなに驚く?もし私が敵兵であれば殺されているぞ?」
そうにこやかに、甘露の様に、悪魔のように銀は嗤う。
この、表情(かお)さえも…そう、何もかも……。
なのに何故、私はこんなにも声が震えている?
「私は貴様が提案したゲームの駒であろう?殺す道理はないはずだぞ」
全て全て飲みこんで、ひたすら目を閉じて答える。何故?問題は至って簡単。
「私はお前の『全て』見えているのだから」
故に私は目を閉じた知られたくないが為、何も聞こえないよう耳を塞いで、碌な事を言わないように私は口を閉じた。
そうして抜いた宗光をジルヴァの首元に刺しても、変わる事のないまま、道化のように嗤い続ける。
私はその言葉に笑って
「じゃあ、殺しておくれよ。」
叶わぬ想いと後悔だけを積み上げて生きてきたこの11年――騎士として死に場所を求めて、居場所はジルヴァの掌の上。
なぁ、私はいつまでお前の掌で踊ればいい?いつまでお前の残像を追えばいい?どれだけ声を掛ければいい?
そんな思いを心の内で駆け廻らされていると、またユラリ、と揺れて。
「お前の死に場所はここではないさ、飛影。全て成就される…駒の数はお前を含め今だ3人のみ。足りないのだよ、圧倒的にね。」
嗚呼、思いだした。今日は確か9月の私の――誕生日の"前日" 崇美早苗が死んで、『飛影』が産声を上げたこの日。
「…私は、また旅に出よう。何、しばしの別れだ。円環の終焉…12月25日にお前が生きているのならば私は心から祝うよ」
では、と言いかけたその瞬間に私は閉じていた口が自然に開いた。
「…また置いていったら、許さない。」
ふっ、とジルヴァは笑いながら私に1歩1歩と近づいて私を置き去りにした時のように優しく微笑んで頬を撫でる。
「全く…手のかかる子供だな。『早苗』」
ぴたりと1字1句変わる事なく、最後に残していった言葉を聞いて私は目を見開く。
――そうして、迎えた2007年12月の冷たい風が身を包むこの懐かしいこの場所で、また出会うのは別の話だ。
「…理解した。何、貴様の命だ。裏切ることなどないと思っておけばいい。」
私は嘘付きな操り人形(マリオネット)。
『大嫌い』な男の掌に乗せられ、踊らされ幾年の月日が経つ事か。
「貴様の名付けた飛影(蜃気楼)は」

私は貴様が大嫌いだ、全て奪った貴様が。
父を、母を、大好きな兄さんを そして私の"心"を奪った貴様を
「…私は、貴様を」
そんな後悔の念と、『嘘』を心の奥に押し込めて
もう一度だけ、一年と少し前と同じようにピタリと、宗光の刃(は)をジルヴァの喉元に向けた。
――嘘付きで捻じ曲がったこの心が ダイキライ

Ⅲ.私でも解けぬ至高の問題を

さて、ここで少し休憩としようか。
何、最初の少年は『答え』を求めて飛影が案外こんな情を持っていたとは私も解らなかったよ。
ん?何故この私がここに出ているのかと君は問うのかね?
…何、他愛無い昔話であり、藤堂猶の自白だよ。「下らない」と思うのなら立ち去るがよし、聞くのであれば代わりにワイングラスを渡そう。では、私のオペラをご覧あれ

 ・ ・ ・ ・
「藤堂教授、コーヒー淹れましたよ。」
「ああ、すまないね。離宮」
「私はもう上がりますけど、教授はどうします?」
「くくくっ…何、ここの研究員の者は皆、私と離宮が夫婦でいるのを知っているのに『教授』、か。」
「ふふっ」
そう言いながら、私の妻である離宮はいつまでも変わる事なく笑う。すると、踵を返して私へと一言。
「じゃあ、先に家で待ってますね。『アナタ』」
バタリ、とドアが閉まると同時に私の喉元から、笑いが零れる。
不気味極まりない笑いなど幾つもあった。他人を卑下し、私のみが孤立したこの小さな居場所(世界)で。
心底笑えたのは、妻である離宮――大学での教鞭を取っていた、たった1人の生徒のみ。
何もあの頃の私は一番幸せだったのだろう。家庭と言う温かさと、自分自身を認めてくれる数少ない人間に囲まれていたのだから。
例え仕事が忙しくとも、何があろうとも『私』は人間としての温かさと幸せを噛み締めていたのだから。
よく、大学で使う為のプリントやレーザー機能の制作に掛かり、ふと眠りに落ちてしまった時、影日なたから支えてくれたのは、この妻。藤堂離宮のみ。
「アナタ、仕事も大事ですけど風邪ひきますよ?」
そう言って、いつ掛けてくれたのか分からない毛布ともにコーヒーを一杯受け取る。
「ああ、すまないな。そういえば、樹はどうした?」
「樹なら、とうに寝てますよ。でも、またアナタが相手してくれないって不貞腐れてましたけれど」
そう苦笑する妻の居るリビングから席を外し、1人息子である樹の部屋をこっそりと覗く。
饒舌で物分かりがあり、それでも人を魅了する『何か』があった…そんな所は妻によく似た私の自慢の息子で唯一の宝。
今日は本来、樹と水族館へ行く予定だったのだが、突然大学の方へ呼ばれ、その予定は無くなってしまったのだ。
妻から聞いたように、駄々を捏ねていたのか、目の下が赤く腫れている。
そんな愛おしい息子の頭を撫で、
「…すまないな、こんな父親で。」
私は、妻や息子に対し、いつも申し訳ないと思っていた。
いつもいつも仕事漬けで、父親らしい事も、夫として妻を愛してやる事も中途半端で。
そんな妻は、私が初めて務めた大学――否、私がそこで教鞭を取っていたときの生徒であった。
聡明で、饒舌で本来私のような人間とは正反対の性格を持つ人間である人間であるにせよ、よく世話を焼いてくれたものだ。
「教授、コーヒーよければどうぞ。」
そう言って笑う昔の妻の姿
「ああ、すまないな。いつも。」
そうして、彼女が大学を出た後、彼女はここでもう1度大学へと戻り、今度は生徒ではなく、私の助手として戻ってきたのだ。
「教授、私また出戻っちゃいました。」なんて笑う妻に、私もくくくっ、と笑っていた。
「君ほど成績のいい人間なら、もっと行くべき場所があったはずだ。それなのにこんなちっぽけな場所で、過ごすなんてね。」
そう、これだけは事実であり何せ主席でこの大学を卒業して、働く場など腐る程あっただろうに、と苦笑すれば。
彼女は最初はポカン、と口を開けながらも、くすくすと笑ってこう答えたのを今でも鮮明に覚えている。
「教授がいなかったら多分、私は別の道に進んでいました。だってここには私の好きな教授がいたから。それに…」
「それに?」
その後に続く答えが私には不可能で、今度はこちらが口を開いた。
「教授ったら、私の作ったコーヒー、いつも『美味しい』なんて言いながら笑ってくれたじゃないですか」
「…これは一本食わされたな。」
なんて、頬を掻いた記憶さえ、まだ覚えている。
そうして、私達は2年ほどの付き合いを始めながら、数年の内に樹という宝にも恵まれた。
「パパ!パパはいつもパソコンに向かっているけど何をしているの?」
「こら、樹。パパのお仕事の邪魔しちゃダメでしょ?」
「構わないさ。樹、ちょっと私の近くまで来てごらんなさい」
「いいの!?」
そう言って笑う顔は、妻によく似ていて。私はどうしてもこの子を守り通そうと思った。
愛おしい妻に、愛する息子と過ごすこの時間は、私にとって幸せな時間だった。
そんなはずであった、そんな時間が崩れて逝くのはもっと先の出来の事だと考えていたのに。
いつか樹も自立し、あの子が幸せそうな道を妻と私で見届けた後で、私は静かに妻と過ごすというありふれた時間が。この時に崩れていった。
「教授!」
「どうした?少し騒がしいぞ」
「離宮さんが…っ!奥様が倒れています!!」
その時、私は人生で初めて血が引けていく感覚を覚えた。
嘘だろう?冗談にも程があると考えながら、私は離宮のいた場所まで走って行った。
「…馬鹿な。」
鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情で、倒れた離宮を支えながら、彼女の名を呼んだ。
「離宮!離宮っ!!」
『アナタ、仕事も大事ですけど風邪ひきますよ?』
嘘だ
『教授、コーヒーよければどうぞ。』
信じてたまるものか
『教授がいなかったら多分、私は別の道に進んでいました。だってここには私の好きな教授がいたから。それに…』
もう1度でいいから目を開けてくれ、頼むから。
『教授ったら、私の作ったコーヒー、いつも『美味しい』なんて言いながら笑ってくれたじゃないですか』
私の、名前を呼んでおくれよ。
その時、初めて私の頬に涙が伝う。
私は、空虚になった自分自身がその場から動く事もできずに、ドタドタと他の助手たちが、病院へと連絡へと入れた。
そして、すぐさま来た救急車で、離宮は運ばれ、私は他の助手の車に乗って、病院へと急ぐ。
ICUへと運ばれていく妻の傍にふらふらと近づき、手を握りしめれば、私が知っている離宮の手の温かさではなかった。
ふと、彼女の顔を覗けば、血痕が白い肌に映える。
そして、医者から聞かされた事実はさらに私の胸を凍えさせた。
すると、50代程の男が、こちらに向き合って話し始める。
「貴方が、この方の旦那さんですか?」
「はい」
という短い返事だけ残して、冷静を纏った。でなければ、私はきっとここで自我を失ってしまうだろうから。
「奥さんの病気なのですが、調べた結果…結核だったのです」
「…結核?」
その事に関してはおかしいと思った。
確かに一時期、結核は不治の病とされていたが、ツベルクリン反応が出来てからは、発症率は5%まで下がったというのに。
ふとした沈黙と、表情で読みっとったのか、医者は言葉を紡いだ。
「恐らく、奥さんは元々身体が弱かったのでしょう。カルテを見たところ、今までに数回以上、肺の検査をしていたという結果もありました。」
そういえば、彼女はどこか咳き込んでいる事が多かった。
私も気にして声を掛け、病院を勧めたが、断じて首を縦に振る事はない事を覚えている。
「確かにそれもあるでしょうが、肺の症状の悪化より、過労死にも考えられましょうな。」
子育て、私の助手、家事…確かに彼女に掛けてきた負担は相当なものだろう
私が気付く前に、離宮は…彼女の身体はもうボロボロで、私が最後に見た姿は、白い肌に朱が染まった姿のみで。
ピーッと、鳴った音だけが虚しく響いた。
「何故だ…」
何故、言ってやれなかったんだろう。『愛しています』と。
いつもいつも彼女が傍で微笑んでいて、私はそれに安堵し、失った今ではもう君にその言葉はとどかない。
0と1の狭間、これがどうしようもなく辛くて、憎んだ。車で30分、車で帰路した後に鍵を開けたら、そこには樹の姿。
「おかえり!あれ…?ねぇ、パパ。どうして、今日はママと一緒じゃないの?」
答えなど出るはずもない、出してしまえば私は楽に、とても楽になれるのだろう。
けれども、この子は私より短い人生を送ってきているのだ。
「…明日は、パパは休みなんだ。」
「そうなの!?」と満天の笑みを見せながら、「それじゃあ、それじゃあね」と指を折り数えている。
恐らく、今までしてやれなかった事を望んでいるんだろうな。と笑うと。
「ねぇ、パパ。どうして泣いているの…?」
「え…?」
いつから、泣いていたんだろう?
離宮を失った時か?あの耳を劈く音が響いた時か?
けれど、今はこんな事よりも現実を伝える方が先であった。
「樹、明日は大事な事があるんだ。早起きして、黒い服を着て行きなさい。」
弱い私には、愛する息子にたった1つの言葉しか言えない。0と1がどれだけ長く、短い世界であるのかも。
そして、何故か今日は樹を抱きしめながら眠った。せめて、明日には、涙が出ないように。
きっと、明日が訪れた時に泣いてしまうのは、息子の方なのだから。
「よく、眠れたか?樹」
「うん、でもね。パパ僕、変な夢を見たの」
「くくっ、どんな夢だい?パパに言ってごらん。」
「…ママがね、」
「え」

「ママが、ごめんなさいって言いながら、僕の手を握りしめる夢。」

ああ、離宮、君という人間は。
「…ほら、座りなさい。朝ご飯を食べたら出発するぞ。」
本当に、可笑しい人間だよ。とてつもなくね。
樹が朝食を終え、自宅の鍵を閉めるとすぐに式場へと向かった。
まだ温かい息子の手を握りしめながら
親戚…否、私の妹から渡された式場の紙を見て、式場に着く。
車から降りた瞬間、樹は妹の姿を認識したのか、すぐさま妹の元へと向かった。
「おばさーん!」
「!?…樹、君?」
その場には多くの人が集まる。私の父母父兄に、離宮の父母父兄と離宮の姉が。
「どうして、おじいちゃんや、おばあちゃん達も来ているの?しかも皆真っ黒な服着て。」
樹の言葉を聞いた妹は私に耳打ちをしてくる。
「兄さん、何で樹君に離宮さんが亡くなった事を教えてないのよ」
「…解るだろう?0と1の狭間がどれだけの差があるか。生と死。私が望むのは…」
「御託なんていらないわ!兄さんはいつもいつもそうやって人を計算して、見て…っ!離宮さんがどんな思いで兄さんを見てたか分かるの!?」
と大声を上げた瞬間、誰もがこちらを見ている。当然だが、樹も含めて。
「…パパ、昔0と1の話をしてくれたよね?」
そう言われ、記憶の中から、この小さな子供に言ったのか思い出す。
『こら、樹。パパのお仕事の邪魔しちゃダメでしょ?』
『構わないさ。樹、ちょっと私の近くまで来てごらんなさい』
『いいの!?』
なんて、輝かしながら私の膝の上に樹を乗せた。
「いいかい?私が今からするのは小さな実験だ。よく見るんだよ」
「?…うん。」
そうして、カタカタとある種のプラグラムを組み合わせる。
「今まで、やってきったのは、プログラミングと言って、パソコンやスーパーコンピュターを作動させるための作業だ」
「プログラミング?スーパーコンピューター?」
無論、理解することのできない樹は頭にはてなマークを浮かべる。
「いいかい?これらを駆使…否、使うと、いつもお客さんが使ってるパソコンのデータが保存出来たりもするし、自分自身でも改良できる。
さらに、スーパーコンピュータなんてもっと桁が違うものでね。これを使うと、もしかしたら、東京湾がとんでもない事になってしれない。」
「え!?それは、悪い事じゃないの!?パパだって、この間教えてくれたハッキングは悪いことだって…。」
「それじゃあ、樹に問題を出してみようか。とっても簡単なクイズだ」
「何ー?」
「サンタさんはどこから来ると思う?」
なんて、馬鹿らしい言葉を吐いてみる。だが、この手の話は当然通じない訳で。
「煙突もないし、実際サンタさんなんて、パパやママのどっちかでしょ?」
「実際はね。じゃあ、それを夢のあるような感じにしてみよう。例えば、樹が煙突がある一軒家に住んでるとして、扉や窓の鍵は閉めました。さぁどうする?」
そう言うと、「あ、そっか。」と答える。どうやら納得はしたようで。
「当然、その煙突から入るしかないだろう?ハッキングはそれと同じ要領だ。だがね、それのプロとなると、今度は警察がその悪い人達を使って、パソコンにおいてのワクチン作成や、逆に他のハッキングした人間を捕まえられる。」
「そっか!なら安心できるんだね!」
「じゃあ、今からこのデータを消してみようか」
そして、さらに解体していくと何も表示されずに真っ黒いディスプレイだけが残る。
「あれ?さっきまであったのは?」
「消したに決まってるだろう?」
「せっかく、作ったのに…。」
なんて、ブーイングをする息子だったが、「あ!忘れてた!!」と言われ、私の膝から降り、自分の部屋まで走って算数のドリルを持ってきた。
「これ!数字ってどこまであるの?」
そう言って、ドリルの横に書いてある数字の羅列がある。
「ほう…。京まで数えたか…。そこまで数えるのなら、偏差値が高い中学レベルだよ。」
まだ、小学3年になったばかりなのに、どうやら、こういう所は私の血を引いたらしい。
とりあえず、私は近くにあった紙とボールペンでスラスラと『ある数字』を書いた。
「1を挟んで/の後、1が続き、0が十八個。六徳の10倍。漠、挨、塵もあるが、ここまで数えるのは数学者までだ。流石の私での数えきれないさ。」
「へぇー…でもその六徳の10倍って日本語でなんていうの?」
「ごく短い時間のことを示す。指をはじく間に六十五刹那があるというから、想像もできない短い時間である」
「そうなんだね!やっぱパパはすごいや!」
そう、それは息子は覚えていたのだ。
「0と1の狭間…。想像もできない時間…それがパパがママや僕と過ごした時間なんでしょ?」
なんて、冷静そうな顔で言いながら。とりあえず、私達は棺に眠る離宮の顔を見る。
涙を流す、離宮の両親、それを見て罪悪感を感じる私の家族。
「お母様、お父様、この際私の妻である離宮を亡くしてしまった事を大変お悔み申し上げます。」
その足しに「何も離宮の体調などに気付いてやれず、無理をさせた罪は私自身ですから」と言うと、樹がバッ、と前に出て。
「おじいちゃん!おばあちゃん!パパは何も悪くないんだから!!」
突然食って掛かった樹を妹が、止めなさいと止める。
「パパは我慢してるんだ…いつも仕事仕事で、僕の事も相手してくれない…でも!これ以上辛い思いをしたら、パパはきっと笑えない。」
「…樹…」
私は何を考えていたのだろう。
母親である離宮を失ったら、樹が悲しむ?ああ、それはそうさ。相手は感情的でまだ幼い子供なのだから。
どうして、私が先に泣いた?
樹はこんなにも、駄目な父親に対して擁護している。たくさんの涙を浮かべながら。
私は、スッと樹の身体を抱きしめ。たった一言を言う。
「...すまない、こんな父親で…」
何故か、棺に眠る離宮の姿は今までない程美しかった。
棺を見て、次は火葬の日を決めると、全員はとりあえず皆帰って行った。私も車のキーを掛けようとした時、妹に呼ばれる。
「ねぇ、兄さん。さっきは言いすぎた…。ごめんなさい…。」
「気にするな。私がこうである事は母や父、お前も知ってるだろう。そこで、何の用だ?」
「あ、えっとね。大した用事じゃないんだけど…。」
と言いながら、どもっている。
「さっさと言え、私はこれからも忙しいんだ。大学の教鞭だけじゃなく、樹の世話見るのだから」
「…その、樹君の話なんだけど……」
「何?」
「……ここじゃ話せないから、実家で話そうって母さんが。」
「……。」
とりあえず、妹と樹を乗せ、実家へと車へと走らせる。
しかし、樹は随分前に妹に会ったきりのせいか、物凄く喜んでいる。
「ねぇねぇ、おばちゃん。おじいちゃん達のとこ行っていいの?」
「うん、いいのよ。パパも納得してしてくれたから」
そう言って話している内に、実家へと着き、母が出迎える。
「猶、それに樹ちゃんも久しぶりねぇ。」
「こんにちは!おばあちゃん!!」
「……それで、何かな。母さん。」
そうねぇ、ここじゃ話せないから上がりなさいと言われ、居間に案内される。
が、その瞬間父親とすれ違う。
「母さんや、アイツにも話は通してある。お前は私の部屋に来なさい。」
そう言われた時、大体この人が何を言いたいのか読みとった気がした。
父の部屋に通して貰うと、父親は煙草を一服し、煙を吐く。
「…言いたい事は、樹の今後の事ですか?」
と先に口を封じてみると、父は煙草を灰皿に押し付け、こちらに視線を向ける。
「……相変わらず、洞察力があるなお前は」
「そして、その真相は?」
「お前、今は転勤して大きい大学で教鞭を取ってるらしいな。」
それが何だ、言うように。目線を向けると父親ははぁ、とため息をついた。
「お前の嫁さんの離宮さんもお前の助手であって、樹の面倒を見て、家事までやりこなしたんだろ?弱い身体で」
それでよぉ、と呟いた瞬間、唇が渇いた。
「猶、お前さんに世話係は無理だ。」
「無論、そのつもりです。だが、決めるのは樹では……」
と言おうとしたら、「馬鹿者がっ!!」と声が上げる。
「確かにお前は成績だけなら優秀さ。だが、お前さんに人間と関われるか?離宮さんと同じく樹まで亡くしたらどう責任をとるんだ?」
そう、言われ、答えが見つかればよかった。だがこの言葉はよく響いた。
――人間と関われるか?
無理難題な話であろう。父や母も私が幼い頃から優秀であったのは無論知っていたが、時としてその代償は高くつく。
「苛め」だなんて馬鹿馬鹿しくて低俗な仕返しである。そんな風に考える所もあいつらには気に入らなかったのだろう。
「……樹と暮らすなんて止めとけ。今後の事はこっちが面倒みてやる。」
そう言って、父親は扉を閉めた。
笑える話だろう、けれど現実問題そうなのだ。拠り所を失った罪として鎖を掛けられた私には何1つさえできないのだから。
話を終えた後、私もぺたぺたと足音立てて、居間へと向かう。
そこには、楽しそうに妹とゲームをしていた樹の姿が。
ガチャリ、と音を立てて居間へと入ると私は冷蔵庫からお茶を取りだし、飲んでいるとゲームをしていた妹が言葉を掛ける。
「話は終えたの?」
「終えたさ、これ以上説教を食らうのは嫌なんでね。」
そう言ってる中、背をこちらに向けた樹が「パパ!」と嬉しそうに近寄る中、妹がしゃがんで、話しこんだ。
「あのね、パパはお仕事が忙しいから、今日から樹君はここで暮らすんだよ。」
すると、目を見開いて、泣きはじめる樹の姿。
「ママもいないのに、パパまでいなくなっちゃうの…?」
「ごめんね、でもパパにも事情があるんだよ。でもおばさんは子供もいないし、樹君が来てくれると嬉しいな」
そう言って、樹の頭を撫でる妹は、「後でちゃんと荷物は送るからね」と言うと、玄関まで樹を連れてきた。
「……会うのが辛いのに、お前は残酷な奴だな。」
「兄さんこそ、どうせ仕事山積みなんだから。ちゃんと会わせておかないと。」
「……そうだな」
なんて、答えると樹の頭を撫でて笑ってこう言った。
「私は、大学で教鞭…言わば先生をやってるんだ。ちゃんと樹が勉強して、それなりに時間が経てば、また会えるさ。」
そう言うとまるで逃げるかのように車のキーを掛け、早速、樹の荷づくりに取り掛かった。
洋服から、ランドセル、教材を箱詰めしていると、ふとあの時の算数ドリルが出てきた。
『1を挟んで/の後、1が続き、0が十八個。六徳の10倍。漠、挨、塵もあるが、ここまで数えるのは数学者までだ。流石の私での数えきれないさ。』
『へぇー…でもその六徳の10倍って日本語でなんていうの?』
『ごく短い時間のことを示す。指をはじく間に六十五刹那があるというから、想像もできない短い時間である』
『そうなんだね!やっぱパパはすごいや!』
何故か、その時壊れたリールのように流れた記憶は、この手を支配し、その書かれたページを破いた。

それ以来、私は1人で毎日のように教鞭を取り続けた。
でなければ、自分自身の自我を保てそうになく、このまま崩れるという挫折感を味わうのは、何よりの苦痛であったからかもしれない。
それはもう生徒達も驚いていた。
「藤堂先生、最近授業の時間多くない?」
「っていうか、これじゃ藤堂教授の授業を取ってる生徒が可哀相…。」
「でもいいじゃない、藤堂教授。最近奥さん亡くして独り身なんだってよ?」
「えーっ!それ可哀相な話じゃん」
「言わば、独身だよ?狙うなら今しかないじゃん。顔もいいし、あの性格も案外女子から人気なんだよ~?」
裏庭や、ベンチに座ってる女子生徒の会話を聞いてると吐き気を覚える。
私にとっての唯一のパートナーは離宮、たった1人なのだから。
「……下らん、話だ。」
そうして日付が経ち、教鞭を立っている途中で、かなり大きな地震が起きる。
周りの生徒達も慌てて騒いでいる。そんな中私は声を上げた。
「今はじっとしてろ!今出ていけば非常口も塞がれるぞ!なるべく小さく体勢をとれ!揺れが治まったら非常口から非難しろ!!」
そう言って、しばらくして揺れが治まり、生徒たちは安堵のため息を漏らす。だが、私はある事に気付く。
「すまない、今日の授業はここまでだ。今日出された課題は次の時間で使うぞ。」
生徒たちはざわめいて仕方なかったが、私は研究室に置いてあった携帯から、妹に電話を掛ける。
するとやはり、『ただいまこちらの携帯は――』との一言。実家から相当離れたここでも揺れたのだ。
急いでテレビを付けた瞬間、背に汗が伝う。
どうやら、震度6強程の大きさであり、もう1度妹の携帯にコールしてみる。すると、妹の声が出てきた。
「おいっ!そっちはどうなってる!?」
「兄さんか…そっちは大丈夫なの?」
「馬鹿かっ!今はこっちが聞いてるんだ!!」
「母さんは無事みたい……さっきスーパーの方から連絡があったし、父さんも骨折程度で済んだし、私も平気。でも樹君が……」
「樹は!?樹はどうした!?」
と言うと、ひっく、と妹の泣き声が聞こえる。
「多分、もう助からない……。」
そう言われ、現場に向かおうとしたが、これだけ被害で田舎である以上、道どころか、物資が届くかどうかさえ分からない。
「樹……」

――あれから、1か月。
ようやく、死亡者の数が分かり、物資にも苦しまなくなったらしい。
けれど、そこで私が見たものは酷く残酷で、この世は私から全てを失って逝った。
『教授』
――離宮、どうして私は君の弱さを見抜けなかったのだろう?
『パパ』
――樹、私はお前の為に何をしてやれたのだろう?
罪悪感と、喪失感と、悲しみ。
葬式に出て、火葬した時には、2人は小さな骨となっていた。
その時だったのだ、防衛庁から依頼が来たのは。
この国は、先の戦争で核を持つ事を不可能とされている。造る事も、持つ事も、持ち込ませるのも。
故に、奴らは言ったのだ。
『完全にデータ化された核兵器が欲しい』、と。
そんな事がバレてしまえば、恐らく防衛庁と言えど、国から叩かれるであろうし、私も死刑という結果が待っているに違いない。
だが、私の返事は決まっていた。
「……分かりました、お受けしましょう。」
何故?
何故受けたのか? 答えは簡単だった
私は――藤堂猶は、早く自分自身を消す…否、殺したかったのだ。

愛おしい2人を先に死なせた罪 早くあの2人の元へ還りたいと言うささやかな願い。
完全なるエゴ……そう、そうだったとしても、私は思うのだ。
この私の糸が切れて、『死』という名目で彼女達の元に還れたというのであれば、今まで出来なかった事を思い存分してやりたい。
離宮と話し、傍に樹がいて、私がいる。理想のように描いたこの幻想。
しかし、そんなモノは叶わないと、知っている。
無論、この事は政府に告発され、防衛省もそれなりの責任を問わされ、製作者である私は最高裁にて死刑を言い渡された。
――そんな時だった 『道化』と出会ったのは
「君が、藤堂猶…か。君は実に素晴らしい人間だ、正に天才と言ってもいい。」
全て漆黒に彩られ、瞳だけが碧いこの『人間ではない何か』
「…失礼だが、御仁。貴方の名は?」
「ははっ、紹介が遅れてしまったね。私はジルヴァ。この世を統べる『白銀』」
白…銀……?
すると、ジルヴァと名乗った男は嗤いながら、私の心理を突いた。
「君は現実しか見据えられぬ…この、死刑の原因は、亡くした妻と子の元へと逝きたい、と言う事か。」
「な…っ!」
この時、流石の私でも驚くことしかできなかった。
世を統べる…白銀…。そうか、この"存在"こそが悪魔(メフィストフェレス)…。
「…ふむ、こちらも納得がいったよ白銀の王…否、悪魔、か。なら悪魔よろしく私と契約して頂けるのか?」
「飲み込みが早い生徒を持てて、こちらは幸せだよ。契約は君の願いを武器に変えて私が立てたゲームに参加して頂きたい。」
――『円環の終焉』を迎える為に
銘はヴィクティウム、始めに任された仕事は死体を『殲滅兵器』へと変える事であった。
「…これが、ジルヴァが拾った『殲滅兵器』…か。これを私に手掛けろと?」
そう壁に背をつけている飛影に、私は問いかけた。
「ああ、元の傷の修復及び、"もう1つ"の姿に変える事はジルヴァが成功させたが、『戻し方が解らない』のだ。医学に長けている貴様ならうってつけの役だと思ってな。」
確かにうってつけの役であるらしい。そしてようやく殲滅兵器――カイン=アダマントへと変貌を遂げ、私は影で仲間のサポートに回り、そして時が来た。
クロウカシスの依頼により、私立榊原高校の生徒を操っては、教室へと雪崩れ込ませた。結果は敗北、きっと飛影は見抜いていたのだろう。そして私が『合図』を送ろうとした瞬間――
「そう焦るな、ヴィクティウム。私は二度とジルヴァの落し子に関わる事はないであろうし、今までサポートに回っていた貴様はよくやったよ。後はその悲願を叶えるといい。何、ジルヴァの機嫌なら私が取っておく故に憶するな、進めよ。」

相手は、白銀の王の落とし子である少女。
私が問いかけた天才と呼ばれた私の唯一の謎――『生ける理想』
解けるはずなどない、私は豪語していた。私の能力(渇望)は人を思うままに操る事…その私よりずっと若い少女は自らを奮い立たせ言ったのだ。
「『もう、止めてください。教授。』」
たった一言、何故かその時離宮が私に告げた言葉なのか、それと共に少女の声が重なる。
『愛おしい二人を先に死なせた罪 早くあの二人の元へ還りたいと言うささやかな願い』 これで離宮は、樹は帰ってくるという甘ったるい幻想に縋った私に"影"が身を裂いた。
「藤堂教授!」
ずっと、ジルヴァに出会ったその頃から失くした私の名前。だから、私はこの少女に全てを託そう、見守ろう、生かしてくれた礼として。
「藤堂教授!お願いだからもう喋らないでっ!!」
――ありがとう、獅子よ。
もうやめて、お願いだから。ねぇ神様、お願いだからもう、これだけ悲しくて辛い思いをした人を――…。
――そんな事はいい、私は満足したのだから。
「どうか…殺さないで……」
そのか弱い声に答えるよう、離宮によく似たこの少女に笑みを送ろう。心の底からの笑みを。
「御身に、勝利あれ……ジークハイ、ル…ヴィク トー…リ、ア……。」
託した私自身――…飛影との戦闘において、私には小さなヒントを与え、戦い勝利を勝ち取った。
そして、迎えた円環の終焉の日。
――この世界の終わりを告げ、我々…否、人間全ての死が確定するこの日。まだ彼女は『生きている』
しかし、相手は人間ではない。…だが、裏を返せば我々も人間などではなくほとんどの仲間であった奴らは人外である己の魂を捧げていたのだ。
炎を纏う獅子は飛影の魂を手に取りこの世を統べる王に向かっていく
彼女は殺人犯等ではなく、ただただ失くして逝った者の魂を背負って白き矛に飛影の魂を振りかざしたのだ。白銀が我々の行為を反逆と言っても、少女は吼えた。
その白き世界で響いた旋律。さぁ、この手を取れ少女よ。全てを託し、見守る…これが私ヴィクティウム(犠牲者)ではなく、藤堂猶と言う1人の人間として。
「…流石だ、グラディウス。よくここまで辿り着き、謎を解いたな。」
「藤堂教授…?」
「忘れたのかね?私がモールス信号を自由自在に操れる事を。だから今もこうしていることができる。」
だから今もこうして『見えているし勝利を捧げたい』のだ。だが、そんな風に見えてしまうのは性分。今更直せやしないさ。
別に私は変人ではないのだけれどな…。
さぁ、終わりにしよう。この殺戮の円環を、私はどうなっても構わない。彼女に、私に、失くした他の者達の為にも一矢報いてやらねばならない。
ようやく、この『孤独』という呪われた枷から外されたのだから。せめて、今だけ私の魂の渇望を――もう一度。失くしたくないのだ、誰1人として。自身の魂を全てつぎ込み、手にしたものは…。
――呪われた白き蛇の脱皮を『操り、止めること』
焔で灯されたこの道を、全身全力で振りかざした黒き刃と彼女自身の決意。
「はぁあああああああああああ――ッ!!!」
響く、呪わしい声と蛇を断ち切り彼女は勝利を手にしたのだ。
その瞬間、ぐらりと私の意識は暗転していく。これが、藤堂猶(私)の終わり。悔いなど1つもない、そうして再び目蓋を開けた時には――
「パパ!」
「おかえりなさい、アナタ」
もう10年以上も亡くした存在が私の日常へと『変わった』
「…離宮、樹…。」
嗚呼、あの時自身の魂を全てつぎ込み、手にしたものは"1つの奇跡"であったのに。
「…ありがとう、すまなかったね。方丈緋真」
そうまた頭にはてなマークを浮かべる息子の頭を撫でては、呟いて笑った。
「? パパ、その方丈さんってだーれ?」
「パパの、『藤堂猶』の救世主だよ。」
――この、新しい世界で君は気付いていないんだろう。また、あの黒髪を風に靡かせながら。
「…ジークハイルヴィクトーリア」

これが、私の昔話と自白だ。
如何であったであろうか?くくっ、きっと彼女が見たら怒るのだろうな。もう止してくれ、それは散々だ。
では皆様、ワイングラスを戻されるがいい。私のオペラはここで終わりだ。

Ⅳ.半歩先のLöwe

子供の頃、誰でも夢は見るであろう。
中流家庭である俺の家族構成は母、父、姉が2人程。パラシュート(訓練)さえ受けて合格出来れば、まぁ上々と言ったところか。先の大戦の国の大敗…夢を持った俺からすればつまらない話。
上なんてどうもでいいんだ、楽しめれば人生それでいい物ではあるし。だから第2次世界大戦の1歩手前――ナチスの誕生に俺は即刻に身を置いたのは言うまでもない。
「3度の飯より、戦争を欲しがるのはどこのどいつだ」
正にそのタイプは俺であり、いくら休暇を与えられても返上。足が一本無くなってもそれはそれで構わない話。
そうして、ロシアから賞金首を賭けられた頃…俺は『unverständliches Kind』――可笑しな子供に出会う事になる。
背丈は130代後半と言ったところか、肩甲骨まで伸びた黒い髪を持つ小さな女の子。最初はAHS…否、あの年齢だと男女同盟どころか、ヒトラーユーゲント本来ならあの歳の少女がやるべき事は戦争ではなく、戦士達の治療のはず。
「…なのに、何でだ?」
あんなんじゃ男に見えるわけがないし、間違っても手順が『違う』。ああ、もう気になってしょうがない。
「あー、治療はそこまででいいよ。後は何とかなるなる。」
「え、あっ、ちょっと・・・!!」
何て背後から聞こえるロートマン(戦友)の声を無視した上で、かなり離れてはいるがもう少しだけ近くへと寄ってみる。するとその姿は異様でしかなかったのだ。
「あれは…何だ?」
一見みればただの黒い剣に見えるが違う、あれは剣じゃない。形状と柄を見れば区別はつく。『槍』だ。そんな物をただの少女がたった1本で…――?
「!マークⅡ手榴弾(パイナップル)」
マークⅡ手榴弾・通称グレネードは、米軍がこの大戦に開発した手榴弾。
そもそも手榴弾自身には殺傷能力ではなく、ただ周りの物を破壊すべきものでプラス火力が付け加えられる程度、逆に言えば数が多ければ多いほど、障害物にてぺちゃんことなる。
少女の頭上に投げられたのは計6個。あれでは、自身の身が危険すぎる。
「…」
すると、少女は黙ったまま上をぽかんと仰ぎ『ただそこにいるだけ』。爆破寸前――瓦礫の山になるはずの彼女がその場所には、潰れた手榴弾。
「え?」
全ては一瞬、爆破寸前の前に全てを叩き潰していたのだった。
顔を歪めた米軍が次に仕込んだのは、M24型柄手榴弾とネックレス。M1915はただの旧式手榴弾。爆圧のみで相手を殺傷するが効力は少ない。厄介なのはネックスレス…形状は通称通りだが、これは対戦車用の戦闘用。
あんなものをまともに受けてしまえば、先程のような手順であれば即刻のデットエンド――その瞬間、その場に残されたのはただ1つの黒い槍のみ。
確かに槍は突く事はあるが、裂く事、切る事においては全く役に立たない存在。それを学習した上で、こんな芸当までこなすというのか!たった1人の少女が!!
「けほっ、ごほっ…。」
と咳き込みながら、彼女がいたのは潰れた一軒家の名残であろう、たった1本の鉄筋にぶらり、と垂れ下がっている。怒りに狂った米軍が銃を出したその瞬間に、シュマイザーが雨の様に降り注ぎ、優雅に姿を現したのは、ダズ・ライヒの大隊長様。
「緋真、怪我はない?」
普段であれば、非道・最強・孤高と知れたこの女が、まるで自分の子供に話しかけるかのように接している。
――黒い槍たった1つでここまでの実力
――人をここまで魅了するほどの戦人!!

これが、俺の…ハンス・ウルリッヒ・ルーデルの短き時間であり、戦争以外に興味を示した事であった。
うーん…どうすべきか?話したいが、先程少佐はあの少女を『緋真』と呼んでいた。すると日本人?ドイツ語が通じないじゃないか。黄色い劣等(同盟国)は苦手ででも、このままじゃ埒が明かない。
んじゃ、スツーカーを飛ばす要領と同じで。
「…Anfang!」
と開始の合図と共に、髑髏の大隊長はこちらを振り返っては、部下共を散らばせる。
「ちっ…!ここで鷹のお出ましか…。あんな箇所で盗見とは、人としての性質を疑うぞ。」
なんて、大隊長は苦虫を噛んだような顔をしているが、俺は一応1人の軍人として挨拶をする。
「いやいや、これはとんだ無礼を少佐殿。初めまして、お嬢さん。俺はナチス所属空軍大佐・ハンス・ウルリッヒ・ルーデル。以後お見知りおきを」
「ルーデル…ッ、貴様…「まって」
と、少佐が俺を睨みつけると同時にスッ、と前に出る。
「はじめまして、"るーでるさん"。わたし、ほうじょうひさなっていいます。」
ん?何だこのスローな話し方と、何となく感じるこの幼さは?あまりにも気になって仕方ないから目線を合わせて聞いてみる事にした。
「緋真ちゃんか、今君はいくつかな?」
そう言うと、うーんと上を向きながら少し間を置いて真顔でスッパリと答えた。
「2つ」
は?
2歳で、この身長とこれ程の槍を持ちあげる腕力と実力……それをたった2歳児が?これは一体どんな化け物だ?
俺もこの歳での出撃回数、戦歴で周りからも化け物呼ばわりされる事はある。ってあれ?俺2歳の頃何してたっけ?
すると、少佐殿が葉巻の紫煙をふう、と吐くと俺のこの疑問に答えてくれる。
「この子は特別でな、かのレーベンスボルンで悪魔に育て上げられた『特異点』…。貴様はただの人間だから解るまいよ」
「ああ…あのレーベンスボルン機関か。そこでの優生学の結果なのか?」
「そんなもんじゃない」
そう断言すると、緋真と言う少女はこちらを見ていた。
「悪魔の落とし子……私も悪魔を見た女だが、この2人は次元が違う。」
短くなった葉巻をジュッ、と踏み潰し「隊長!この場は制圧しました。」との報告が入ると、少佐は目だけで返事を返してきた。
「…はいはい、どいつもこいつも面倒臭いねぇ。」

 ・ ・ ・ ・
そう言われ誘われたのは、ベルリン郊外のただの石畳。
確かにここであれば安全でもあろうし、適当な建物に入るよか全然マシだと感じとりつつ、少し離れてた石畳の上で、少女は遊んでいる。確かにこう見ると年相応なのかもしれない。
「んで、さっき次元が違うと言われたけれどもどういう事だい?彼女もまだ幼いのによくあんな物を…。」
「簡単に言えば…だ。ハウスフォーファーと今は名乗っている男が、殺戮ゲームを行うと言ってな」
「…殺戮ゲーム?それは、この大戦の結果か?」
「…も、あるだろうよ。たが、これはそんなモンじゃない。ゲームの開始は半世紀後…緋真はさっきも言ったが特異点。いずれそのゲームの鍵となる。故に私はこうして彼女を守り、彼女は悪魔の鍵となる為にこうして経験を『積まされている』。」
ふむ。その殺戮ゲームが何なのかは知らないが、半世紀も経てば普通の人間なら死ぬだろうし、彼女にも死が訪れるかもしれない。
「…荷が重いね。俺に代わってやる事はできないのか?」
すると、少佐は大笑いをし、くつくつと笑いながら再び葉巻を咥えては呟く。
「止せ、私には彼女を守る義務があり、邪心に満ちた練成を受け、半世紀を生きた上で緋真の『代替』となるんだ。貴様の様な奴が敵に回ると余計に厄介だ。故にあの男は声を掛けなかったのだろう。」
待て、お前は何を言っているんだ?練成?あの長官達が行っている胡散臭い物で生き延びようとでも?
そう考えている内に、少佐はパンパンと埃を払い、立ち上がりながら俺が疑問に思う事を一字一句丁寧に述べようとする。
「長官(ヒムラー)が造りあげたヴェヴェルスヴルグ城…アーネンエルベ局の調査。総統がかの聖槍ロンギヌスを持とうと関係ない。訪れた悪魔…緋真の兄は『本物』。今彼女が持つ槍はただの練習用武器と言って構わない。」
「じゃあ、お前らは半世紀経った後の殺戮ゲームに彼女を巻きこむのか?」
「……それは、もう少しの話だ。記憶として残らないようここで経験を積ませ、いざ開戦となった時に鍵である彼女が幼少時に経験した事を元に刺客を差し向ける…それが、奴の腹だ。」
と、遠い目をしながら先を見据えているこの女は――まさか……。
すると、緋真が少佐に笑いかけながら走ってこっちに向かってくる。その時、この女が見せた笑顔には『悲しみと優しさ』だけが積もっていた。
――国の為、愛する友と家族と同胞の為、この女は戦い、半世紀過ぎたその日にはまた再び戦うのだ。次元の違う悪魔と。
「…やっぱり、同じなんだろうな。」
子供の頃の夢
中流家庭で育った俺の『歴史』と先の大戦の国の大敗…夢を持った俺からすればつまらない話。
やはり三度の飯より、戦争を欲しがるのは紛れもない俺自身の欲
休暇を与えられても返上。足が1本無くなってもそれはそれで構わない。
これが、俺。
同じく黒衣の軍服を纏う少佐も少佐
そして、まだ生きる可能性のある小さな少女。
他人によって違う生き様に少し、目を傾けながら俺はある事を忘れていた。
「少佐殿、しばらくここで彼女と遊んでてくれないか?すぐに取ってくる」
頭にはてなマークを浮かべる少佐を背に俺は、ある所まで一直線に走りだした。そう、そうだ。これがないと何も始まらない。俺の些細な日課であり重要な事。
「わっ、ルーデルさん。さっきまで何処に…」
「ちょっと忘れ物だよ、あまりにも夢中になってたから『これ』を忘れていた。」
と頭を掻きながら、人数分だけ。すると、ロートマンは苦笑しながら呟いた。
「まーたそれですか、全く…貴方は本当に理解できない人間だけれども、そうだからきっと僕等も付いていけるんでしょうね。」
「もちろん」
さて、温くなる前にまたあの場所まで3人分の『これ』を届けなければ。そうして走る事30~40分弱、ようやくまたここまで戻ってこれた。
すると俺の手に持っているものを見て少佐は、ぽかんと口を開けている。
「牛乳…?」
「そ、やっぱ俺も軍人…多分この戦争が終わっても生きてる自信はある。足1本程度で済んだのはこれのおかげかもしれない。毎日飲まないと気が済まないんだ。」
俺が、「緋真ちゃーん」と呼びかけると、とことこと走ってきて俺の目も前に立つもんだから俺も彼女にまた目線を合わせる。
「はい、これ。お土産」
「なにこれ?」
「牛乳だよ。俺は毎朝毎朝飲んでるけれど、今日は忘れちゃって。」
黒い槍たった1つでここまでの実力と、人をここまで魅了するほどのとっても小さな戦人をしかとこの目で見ていたのだから。
「これ飲むと元気になれるんだ『今日も戦おう』ってね。後、緋真ちゃんは小さいから今の内から飲んでおけば後々後悔はしないと思って。」
――この2人が参加するそのゲームは解らない。けれどきっとこれは、この戦争よりずっと大事な物なんだと俺は感じたから。
せめて、この小さな戦人に勝利があるように。
今の事は、大きくなってから忘れてもいいんだ。でも俺は同じ同胞にもこの気持ちを少しでも受け取って欲しい。
ピン、と蓋を3人同時にあけると、俺は瓶を開けて乾杯の合図を取りながら、この言葉を送ろう。
「ジークハイル」
この言葉を聞いた瞬間、少佐の頬も緩んで同じく乾杯の合図を取り、言葉を復唱する。
「ジークハイル」
「じーくはいる…?」
まだまだ、この言葉が解らない緋真は疑問形で答えるけれども最後には3人で笑って。
「「「ジークハイル・ヴィクトーリア!」」」
ごくごくと瓶を持って、牛乳を飲む緋真はとても愛らしくたった会って3時間しか経っていないはずなのに、どうしてかこうも心を動かされてしまう。きっとこれは彼女自身の魅力なんだろう。
「よし、緋真ちゃん。今から俺とどちらが先に牛乳を飲み終えるか競争をしよう」
「きょうそう?」
「そそ、緋真ちゃんが勝ったら俺が緋真ちゃんの言う事を聞いてあげるよ。けれど俺が勝ったら、俺の言う事を聞く。どうする?」
「やってみる!」
そう笑うと、俺はもう1度彼女に声を掛けた時のように――…
「Anfang!」
合図と共に俺達は一気に牛乳を飲み干す。けれどこれは俺の日課…結果はもちろん俺の勝ち。
「よし!俺が勝った!」
「むー…」
そんな風に拗ねている緋真に俺は『言う事』を、この小さな少女に言う。
「はいはい、拗ねても駄目。これは約束だから。いい?今から俺の言う事をよーく聞いてね。」
「うん」と答えると、目線を合わせたまま自分の『誇り』と『戦いの履歴』を語る。これはきっと半世紀後に分かるであろうから。
いくら長生きしても流石に俺も半世紀も生きられないだろう、だからせめてここで彼女に言っておこう。まだ歩んだばかりの半歩先前のLöwe(獅子)に。
「俺はね軍人なんだ。君の育て親と同じだけれど、空を駆けては戦ってる。もう数え切れないほど戦って、全部勝ってきた。」
そう、俺は『負け』のないたった1人の軍人。
「国の為、家族の為、友の為…その戦いの中で俺は足を1本失くしたけれど、後悔もしてないし、これから誰が止めようと戦っていくんだ。だからね――…。」

「緋真ちゃんも、負けないでほしい。友達の為に、大事な人の為に。そうすれば、何度でも何百回でも勝てる。それは俺が保証するよ。」
「ほんとに、かてるの…?」
「うん、絶対に。」
疑問を投げだす少女と笑みを浮かべる俺。くしゃくしゃと小さな少女の頭を撫でては、また呟いた。
「約束だよ」
うん!と答える姿を見て俺は立ち上がって、牛乳瓶の蓋を緋真に握らせた。
「これは、負けた事のない俺からの贈り物。だから絶対勝って生きて、その後は幸せに暮らすんだよ?」
一言そう述べると、俺は緋真に背を向けると「まって!」と声が聞こえた。
「るーでるさんは、どっかにいっちゃうの…?」
その寂しそうな声に、俺は苦笑を浮かべながら。
「俺は軍人、国の為、家族の為、友の為に戦わなければいけないんだ。」
――この先どうなるか分からない未来への行き先に
「だから、ここでお別れだ。」
――とても、とても小さな少女の為にも道を開く為に

「…ああ」
あれからもう何年も経ったのだろう?
先の戦争はドイツ軍の惨敗、ベルリンは堕ち、支配者達はことごとく死んでいった。
けれど、戦争を終えた今でも俺は生きている。『負ける』という3文字すら知らなかったのだから。
今、彼女はどうしているだろうか?あの崩れたベルリンで生き残れたのだろうか?
けれども空を仰ぎながら、あの時約束した小指を太陽に照らす。
これは、おまじない。
あの日あげた牛乳瓶の蓋は、彼女の未来への勝利の切符。
俺の事を覚えてなくてもいい
牛乳瓶の蓋を失くしても構わない
何故なら、負け知らずの俺が見込んだ小さなLöwe(獅子)
ゆるりと流れる時の中で思う

――半歩先の戦人

「ジークハイル・ヴィクトーリア…」

ただただ目に映る青き空に向かって、沈黙だけが包むこの空間で俺は、たった一言呟いた

Ⅴ.Ein kleines

俺の意識は奥深くにあった
止まらぬ銃撃戦の音と、爆発音、燃え盛る炎と、悲鳴。
そして、もう最近の…あの、姿を。
「…ン!」
声が
「…インッ!!」
嗚呼そうだ、この声は――…。
「カイン!机の移動を頼んでおいたのにどうして寝てるのよ!?明日がミサの日だって伝えたでしょ?」
「…悪かった」
あの殺戮ゲームから、13年。何とか探し出し、今は恋人となっている俺らだがどこをどうしてこうなったんだろう?
まぁ、それは置いておこう。今は時間がないのだから、頼まれた作業をこなすしかないし、女である緋真にはこんな重い物など持てるはずもなく、パイプオルガンの移動も俺の役目だ。
細かい事は全て緋真に任されているが、どうしてもこれだけはあまりさせたくはない物が1つだけ。
「ああ、そこにあるマリア像は俺が埃を取っておく。だから後片付けは任せた。」
「はいはい」
13年前――つまり初めてであった頃のアイツの身長は俺から見て、推定162cm。人間よく「まだ成長期はあるよ」という様に、今の緋真は170近い慎重になっている。(シスターもシスターで身長は高いが、一応ドイツ人の為平均的ではある。)
それが、緋真のコンプレックスなのだ。まぁ、確かに日本人女性であれだけ背が高かったのは俺が見てきた中では飛影位である。
俺が、丁度作業を終えた後には既に緋真は作業を終えたようで、カップを2つほど持ってきていた。言わば休憩兼褒美と言った所だ。普段のように椅子に腰を掛け、向き合いながら茶を飲む。ある意味これも習慣だ。そしてどうしたらハーブティーがこんな甘くなる?
「…」
「どうしたの?今日の紅茶、そんなに甘い?」
「…かなりな」
掃除洗濯家事一式は、普通であるのにこの紅茶のみははっきり言ってドイツ人の俺にとってはキツい。
「やっぱりコーヒーに変える?」
「…出来ればの話だ」
これが今の俺の日常。ここの教会の神父見習いという身分で緋真と暮らして弱2カ月半。悩みに悩んで仕方のないことがある。俺はここへ来る前に緋真に「愛してる」と言ったが、この弱2カ月半…俺はアイツから「好きだ」の1つさえ言われていない。
飲み干したカップを、机に置き溜息を一つ。
――何故だ?いつもなら「今片付けてくるね」という一言があるのだが、今日はずっと黙ってこっちを見ている。
「…何か、俺の顔についてるか?」
「ううん、別に。」
と短く返事を返すと、どこか憂いを浮かべたような顔で「あ」とだけ短く発音すると、1つ歌を歌いだす。俺はさっぱり分からない曲ではあるが、どこか悲しい。
そうして終わったのか、こっちを真剣な顔を見て呟いた。
「今の歌、カインから聞いてみてどうだった?」
突然の問いかけに、少しだけ焦る…否、大分だ。普段こんな事を言わない緋真が何故今こんな事を?とりあえずありきたりな表現ではあるが、こう切り返す。
「どこか、悲しい歌だな」
「これはね、『哀愁』を意味する歌なの。」
「哀愁…?何かあったのか?」
そう声を掛けても、再びだんまりとして沈黙が流れてくる。すると、緋真は立ち上がりカップを台所まで持って行く後ろ姿を見ながら、この窓に映る夕焼けだけを見ていた。

 ・ ・ ・ ・
胸が、痛い。
カインと暮らし始めてもう2カ月が経つ それはとても幸せな事だし、傍から見ても普通の恋人同士にしか見えない。
でも、あの時の言葉が痛くて痛くて仕方ない

『もう止めて、お兄ちゃんは私の英雄なんだから。これ以上お兄ちゃんを苛めるなら、私が相手になってやる!』
あの時に戦った時の心の隙間は彼の妹と私の姿が重なったから……?
それが痛くて痛くて仕方ないの
カインは…彼は否定をしてくれたけれど、この2カ月程でどれだけ彼と心の距離が縮まってしまったのだろう?
笑顔も、驚く姿も……抱きしめる事すら。
すると、コンコンとノックが響く。時間を見ればもう既に午後11時…しまった。あの場から逃げ出してずっと私はここで泣き腫らしていたのか。
「緋真、入ってもいいか?」
「……どうぞご勝手に」
と投げやりに答えると、すんなりとカインは部屋に入って私の目の前のテーブルに座ると頭上にはてなマークを浮かべている。
「どうした?そんなに目の下を赤くして」
「何でも、ないわよ…。」
「…馬鹿言え、お前夕方頃から様子がおかしかったぞ。何かあるんだろ?」
なんて優しく言うもんだから、また涙が零れてしまう。
「だって…っ、悔しいんだもん…。悲しいんだもん…!あの時カインは否定してくれたけれど、どうしても…っ!」
「ぷっ」
何だ、まだお前はあの時の事を覚えていたのか。
『あら、じゃあ何のためにここまでしてくれたの?さっき貴方の過去話を聞かせてもらったけど、妹さんと私の姿が重なったから?』
だなんて涙が出る寸前みたいな顔をしつつ、作り笑いをして言ってきたこの言葉。
別に妹の姿と重なった訳じゃないあれから13年、シスターとジルヴァの灰を探していた訳じゃない。
「…何、こっち見て睨んでるんだ?」
「それは自分の胸に手を当てて考えなさいよッ!!」
あーあ…何でこいつはすぐ怒るのか…。近年日本で騒がれるこれはツンデレとやらなのか?
だが俺はこいつの言う事に毛頭従う気はない、何故だかは分かるだろ?
これはチャンスだ
なら徹底的に攻めさせて貰おう。
攻撃、開始

「あの事は言っただろ、別に妹の姿と変わった訳じゃない。それともお前は俺が嘘を吐いてるとでも思っているのか?」
すると、ビクリと身を揺らす。そら見ろ、何を不安がってんだよ。
「…俺は約束を破ったか?13年前戦ってきた時、俺はお前を裏切ったか?俺はお前を信用して手を差し伸べた。」
「!」
…やっと思い出したか。恐らくこの頭の硬さは飛影といい勝負なんじゃないか?まぁ、今はアイツはいないけれど。
「信じる、って言った時のあの言葉は嘘か?」
「別にそんな訳ないじゃないッ!!私だってカインに嘘吐くはずないんだから!!」
なんて言いながら、「…やっぱり、そうだし。」っておい。どうしてそうなる?そこは「やっぱり好きだし」じゃないのか?
む……これで効かないなら、こうさせて貰うぞ。
「今、"嘘付かない"と言ったよな?なら、その理由は?俺はその言葉だけだと納得しないぞ?」
でないと、本当に愛し合ってる事にならないだろうが。
「そ、それは…っ!カインが嘘を吐いてないから、ここで私が嘘をついたらアンフェアじゃない!」
上手く逃げたもんだ。剣の腕前もかなりだが、こういう所も上手く避ける…これはシスターの育て方の影響か?それともジルヴァに似ているのか?頼むから後者は勘弁してくれ
よし、ここでまたさらに攻撃開始。
「…アンフェア?ならお前も同じだろ」
「何がよ?」
「あの殺戮ゲームから、13年…俺はお前を何とか探し出し、今は恋人となっている」
「そうね」
「だがこう暮らして弱2カ月半。俺はお前から『好きだ』の1つさえ言われていない」
「う゛っ……!」
そう口に出せば、緋真は顔を赤くしてあたふたし始めている。
ふふふふ、悩め悩め、考えろ考えろ。これはフェアに行くもんだろ?なぁ?
「だ…!こういうのは、男から言うモノなんじゃないの!?何で私が!!」
「黙れ」
そういうと、半ば強引に緋真の唇を奪いつつ、口内で舌を絡ませ、歯列をなぞる。
「ん…っ、ふ、ひゃっぃ…」
弱々しく俺の名を呼ぶのは関係ない、そのまま全てを奪おうとする中、唇を離せばツー、と銀色の糸が伝う。
これは本当に黙って欲しくてやったわけでも、俺がしたくてやった訳でもない。
犬にお手やお座りを教えるような躾だ
「は、ぁ…っ…いきなり何するのよ…?」
「こういうのは、男から言うモノなんじゃないの?」
「へ?」
「お前がさっき言ったろ、だから俺はそうした。返答は?」
「むっ……」
……ったく、また子供のように顔を膨らませて。少し歳を考えろ、歳を。
だから、最後にこう言ってやる

耳元で、確かに聞こえるように

「……惚れた弱み、だな…」

すると返答は案外とんでもないのが返って来た。
囁いた寸前、向こうから俺にキスをしてきたのだから。
「『惚れた弱み』、なんでしょ……?」
そんな事言うから、俺はお前を――……

「こんだけ、愛してるんだよ。」

――These six tales were how?
Sadness, affection, and a dream are all.
This is the end of a ring.

fin.

Der toric endet affterstory -少しこっちに振り向いて-

皆様お久しぶりです、常世誓です。

只今、3月4日から3月11日までの一週間の間、「SepiA小説強化週間」とし、Der toric endetをはじめとした、Will I change the Fate?や幻想オーベルトゥーレ等、他にも短編などを小説家になろう様やコチラ星空文庫様に掲載していくというちょっと企画でした。

そして今回、こちらにはDer toric endetのアフターストーリーと言う名の短編集を掲載させて頂きました。
これはDer toric endetを書き終わってすぐの事なので、かなり大分前の作品となっていますが、一部改良はしましたが、如何でしたか?
ちょい役であった南雲の話から、飛影さんの秘密の恋心から藤堂教授の話、そしてかのドイツ第三帝国で有名な人との話にカインと緋真とのその後やらと色々詰め込んでみました。
自分が気にいってるのは藤堂教授の話ですが、彼もまた我妻先生や日暮、飛影と続き、悲しい人というか、あの7人の中で1番不幸を背負わされた人ですから、少し報いる感じで仕上げたのですが、全然ですね(苦笑)
そして、カインのキャラに関してですが、カインはほぼ感情を持ってなかったので(事件当時は)、寡黙で人形みたいな存在ですが、彼もまた人間だった頃の感情を呼び覚まし、それにプラスして、あの緋真と一緒にいる訳ですから、相当キャラは違いますというよりこっちが正しいというか……寡黙なカインが好きな皆様には申し訳ないです。

とまぁこれは自分でセレクトした話ですので、他にも他のキャラの話が読みたい!という方がおりましたら、ツイッターやメールなどで言って下されば、また書いて行こうと思います。
そしてこれは未だブログでも公表はしていないのですが、Der toric endetの続編の執筆が決まりました!
まずは小説家になろう様のみでの配信ですが、そこまで長くやるつもりはないので、終わったらこちらにも掲載していこうと思います。

それではここまで読んでくださった皆様に多大なる感謝を
では、また次回お会い致しましょう

16.3.7 常世誓

Der toric endet affterstory -少しこっちに振り向いて-

円環の終焉から15年――。今様々なストーリーが動き出す これは残酷劇を終えた後の夜想曲

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-07

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND