羽のない天使はいない(to have a dream)
僕はそのとき鉄の翼を持つ兵器の中で空を飛んでいた。
世界は戦争をしていて、僕たちは社員として上の人が受け取った仕事を、こなす日々を送っていた。
「レイチェル3、まだ生きているか」
隊長機から無線がくる。心配しなくてもそんな簡単には天使は落ちないのに。
僕たちのことを人は天使と呼んだ。聞いた話によると、そうやって尊敬されているような気持ちにさせておくことで、僕たちを戦争の恐怖の末逃げることを抑制するという思いがあるらしい。
別にそんなことしなくても逃げやしないのに。
「レイチェル1、死んでますよ」
ジョークで返してやる。
「レイチェル3、死人にくちなしだ」
どうやらあまりうけなかったみたいだ。まあ別に笑わせるためにこの会社に入ったわけでもないので、別段悔しくもない。
「レイチェル1、もうすぐ戦闘空域です無線封鎖を」
ハンデルのやつはいつもまじめだ。几帳面なやつほど行動を読まれやすく墜とされやすいというのに。
「レイチェル2、わかってるよ全機無線を切れ」
「レイチェル2、了解」
「レイチェル3、了解」
やっと孤独になれる。空で他のやつと一緒にいることすら鬱陶しいのに、リーグル隊長はいつも戦闘空域直前まで無線で会話をしている。機体の操縦に離れているのに空でのマナーというものをわかっていないらしい。
「やっと静かになった」
戦闘空域の中なのでリラックスしている場合ではないが。僕はその前までに隊長の話し相手になっていたせいで体力を消耗してしまった。
右上前方100m地点にいる隊長機が翼を上下に振った。
「パーティはこれからか」
僕はいすに深く座りなおしゴーグルの位置も調整しパーティの準備を整えた。
さあ、踊ろうこの空という舞台で。
僚機が落ちていく、空にはもう敵はいないというのに。
今回のダンスも楽しかった。右手はまだトリガに指を書けたままだ。
隊長が最後に見せたあのストールターンは、さぞ敵も驚いたことだろう。
プロペラが止まる。
できれば空で死んでおきたかったな。
高度がどんどん落ちていく。
でもまぁ気分は悪くない。今日はすごく楽しかった。人生で一,二を争うくらい。
雲を抜け、下が雪の積もった山であることがわかった。
墜ちる前に眠ろう、意識は空のままが良い。
そうして僕は世界に別れを告げた。
明るい。天国はこんなにも明るいところなのか、いや地獄なのかもな。
目をこすり体を起こして周りを見る。
右には白い壁と引き戸があり、左には花のない花瓶とテレビそして窓にはカーテンがされていた。
何だ病院か。
僕ががっかりしていると、病室の扉が開いた。
「あら、おはよう。」
こっちを見て挨拶をされたが、僕はその人を見たことがなかった。
「誰ですか。」
「申し遅れました。私は空軍司令部所属のテヅカと申します。」
彼女は名乗ると同時に名刺を出してくる。
ずいぶんと慣れているな。たぶんいつも名刺を出さなくてはならないような相手と接しているのだろう。
「自分の所属やここに来る前に受けていた任務なんかは覚えている?」
「まあ、だいたいは。」
「記憶は問題ないようね。」
「僕はまた飛べるでしょうか。」
「まぁそれはここの病院の検査次第ですかね」
僕には飛べるか飛べないかしか興味がなかった。ほかの事はどうでも良い。
まぁまた死ねなかったのは少し悔しく思うけど。
「3日間はここで過ごしてもらうわ。」
「そのあとで今回の戦闘のことについて聞かせてもらうわ。」
「わかりました。」
「あとリーグル少佐がやるはずだったテストパイロットは、あなたがやることになったわ。」
「わかりました。」
「話は以上よ。質問は。」
「ないです。」
「じゃあまた。今度会うのはたぶん基地の中でしょうね。」
僕は彼女が部屋から出るまで絵敬礼をして見送った。
あの人からはタバコの匂いがしない。
きっと空での踊り方を知らないんだろう。
僕は心の中で彼女を撃った。
羽のない天使はいない(to have a dream)