明るい場所
明るい場所を抜けると、目に光が飛び込んできた。君は知っているだろうか?光には闇が必ずついてまわる。一面に輝く光の園は闇夜を照らすには十分すぎるだろう。ふと、私は己の手足を見る。黒い。真っ黒だ。漆黒といっていい。それは皮膚のいつもの質感をまったく表さず、巨大な穴の底が見えない恐ろしい感覚だけを連れてきた。私の手はどうなってしまったんだ。いや、手だけではない。光がつくる影のように体全体は暗黒の様相を見せていた。私は手に感触があるか、気になった。黒い右手をそっと同じく黒い左手首にあてる。ドクンドクン。鼓動だ。脈は確かに打っている。煩悩を消し去る除夜の鐘のような規則正しいリズムだ。目にうつるものが幻影かもしれない。私は一つの考え方が頭にひらめいた。
「これは夢なんだ」
いつかは覚める。放っておけば、この現実は消失する。だが、夢に見られるような、突飛な幻想はここにはなかった。ただ、強烈な光に四方八方から照らされて、私の体が黒く濁ってしまった。それだけで十分幻想的かもしれない。けれど、私はどこか、この場所に見覚えがある気がしてならなかった。いつかの日、迷って入ってしまった場所。そこに、今私は立っている。その気持ちは抜けきらない。私はしばらく、周りを観察してみた。その時間は5分にも満たなかっただろう。
近づいている?
――――――――――間違いない。
光は巨大な回転灯のようにぐるぐる回っているらしい。牢獄のように私を取り囲んだ光は段々と近づいている。唖然として私は一歩を踏み出す。次の瞬間。胸がスッーとなる。落ちている。足をバタバタさせるが、上手く動かない。浮いている。いや、落ちている。私はかなりの速度で光の中を下へと動く。重力のなすがままに、奴隷よろしく何もできない運命を呪うしかない。
「ミスターA」
私はいつの間にか床の上に倒れている。かなりの高さから落下したにもかからわず傷跡一つない。誰かに呼ばれている。
「ミスターA」
まただ。私を呼ぶのは誰だろう。冷や汗が出てくる。こんなところで出会う他人というのは、ろくでもない人間のはずだ。声の主は男のようだ。低い声が辺りに響く。ここは閉じた空間のようだ。
今度は一転して闇が辺りを包む。手の感触のみで、声のする方に進む。私を呼ぶ声は繰りかえしを指示された機械のように、何度も音を発する。近づくたびに、その声は大きくなっていく。どうやら、ここは、ちょうど頭が天井につくかつかないくらいの、狭いアーチ状の穴らしい。私の右手は天井を。左手は側壁を撫でながら、声の方へ向かう。
実際のところ、声はどっちから聞こえてくるのか、わからない。ただ、風の吹いてくる方へと私は本能的に歩いていった。
明るい場所