俺達の5年間

この作品は3.11を題材にしたフィクションです。
なので事実と異なる部分もあります。
以上の内容を踏まえてご覧ください。

俺達の5年間

"拓海の1ヶ月"

「ある日の昼下がり、少年は闘っていた」
…とでも書けばカッコよく見えるのかもしれない。
俺は画面の野球ゲームに熱中していた。
今日は金曜日だから学校も早く終わる…訳もない。またサボってしまった。今年6回目。
金曜で明日休みだし、曇りだし…
学校に行く要素が何もない!と一人で呟いて再び布団に潜った5時間前。
今はちょっと後悔してる。
だって二度寝から起きたら、仕事でいないはずの母さんがいたから。
どうしたの?って聞いたら
「あんたこそなんでここにいるのよ」って言われた。当たり前だろ、自分。
時間は14:30。遠くで船の汽笛が聞こえる。

俺がこの街に来たのは2年前、中2の夏。
親の仕事の都合で東北の小さな港町に引越しだなんて…
最初聞いた時は嫌だった。
物心ついた時から東京の高級住宅街の暮らしに馴染んでいた俺は、東北の田舎での生活なんて想像出来なかった。
そもそも俺は田舎が大嫌いだった。
TVで見るのどかな風景は自分の性に合わなかった。
周りに常に人がいないとつまらない。
そう思っていた。
でも今の俺は、この街が好き。
人はみんな優しいし、空気も綺麗だし。
近くには大きなスーパーもあって、思っていたよりも暮らしやすい。
そして何よりも、いつも近くに大きな海がある。
イライラした時、腹が立った時、悲しい時、嬉しい時…
どんな時も海岸に行けば、大海が受け止めてくれる。
そんなこの街が俺は好きだった。

でも、学校だけは気に入らない。
転校した先の中学では、いい先生と楽しい同級生が俺を受け入れてくれて、本当に楽しかった。
けど進学した高校では、中学は別だった地元のワルが暴れまわって、大荒れ。
これじゃ、東京と何も変わらない。
学校に行く気力が一気に失せた。
そして今に至る。でも言い訳だよね。

画面では2等身の野球選手が戦っている。
俺はタイムをかけて、リビングに行った。
親は数分前に買い物にでかけた。
ここは今「俺の城」、なんてね。
水をコップに入れてTVをつけた。
「時刻は14:45です。東北地方のニュースを…」
ニュースなんか見ない。
ワイドショーにチャンネルを変える。
関西弁のMCがワーワー喋ってる。
音量を下げる。
水を一口飲む。

一口飲む。

飲む。

はずだった。

家が「ミシッ」と音を立てた。
と同時に揺れた。
大きく揺れた。
TVでもチャイムが鳴っている。
関西弁のMCがなにか言っている。
そんなことはどーでもいい。
俺は必死に机の下に潜った。
でも机が低くて何回も頭をぶつけた。

しばらくして俺は机の下から出た。
テレビは点いていたが、変な方向を向いてた。
タンスも動いてた。
しばらくするとサイレンが鳴った。
初めて聞いた。
放送では何かを叫んでいた。
消防団もいた。
人が走っていた。
訳がわからなかった。

母さんが帰ってきた。息を切らしていた。
何かを叫んでいた。よく聞こえなかった。
けど俺はむちゃくちゃ急いで自室に戻り、携帯とダウンジャケットと財布を身につけて急いで外に出た。

街は騒然としていた。
消防団のおっちゃんは何か叫んでる。
サイレンが鳴り響いている。
町中の人が走っていた。
俺と母さんも走った。
「西の高台に行けええええぇ」
誰かが叫んだ。
そんなこと言われなくても分かってる。
坂を上がった。
冷たい風が赤くなった頬に当たる。
そして山の中腹の広場に着いた。
この街の夜景スポットとして有名な場所。
そこで俺は野球ゲームのことを思い出した。
試合中だった。
帰ってからまたやろう。
そう思って家の方を見た。

家は見えた。
けどその先の何キロも先の海が目に入った。
一筋の線が海を駆けている。
こっちに来ている。
これって…津波?
そして誰かが叫んだ。
「つなみだあああああああああああ」
ああ、やっぱりそうなのか。
なんて考えてる内に一筋の縄が港湾の近くまで来ている。

ああ、野球ゲームが…

太い縄が灯台を呑み込んだ。

ああ、家の家具が…

高い壁が船を襲った。

ああ、車が…

茶色の大きな何かが港を覆った。
それは紛れもなく、学校で習った、
あの「津波」だった。

家があああああああああああああ

心の中で叫んだ。

我が家はたった1秒もしないうちに流された。

ついさっきまでいた家が消えた。

生活が消えた。


その後も、津波は街を駆けた。

俺はひたすら街を見ていた。

しばらくすると街が海になった。

茶色の汚い海。

俺はひたすら海を見ていた。


日が暮れた。
母さんは電話をしてた。
繋がらない。

20時前に救助のバスが来た。
西から山を越えて来たらしい。
乗った。走った。
山を越えた。
ある小学校に着いた。
降ろされた。
体育館に案内された。
ダンボールを取ってきた。
床に敷いた。
固くて冷たかった。
でも寝た。何も考えなかった。

つづく

俺達の5年間

俺達の5年間

3人の5年間の軌跡 あの日、僕らはすべてを失った。 そして0からスタートした。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 時代・歴史
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-04

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted