希望が、必要なんです。

「何してんの?」

 彼女は時々、星をつくっていた。
 彼女と言っても、恋人関係にあるわけではない。
 ただの女性を表す三人称だ。

「……星を、つくっています。」
 そして小さな声で「きぼうの星。」と付け加える。

 それはほとんどが授業中で。
 休み時間にノートにプリントを貼り、その際切り取った細長い紙片を折り曲げては膨らませて。

「なんで星つくんの?」

 授業中、紙片が手元にあるうちはノートも取らずに黙々と星をつくり続ける。

「きぼうが、必要なんです」

 できあがったものは消しゴムのカスなどと共に机の右前角においていく。

 彼女は教科書類を左前に、捨てるものは右前に置くのが常だった。

「捨てる希望が?」

 そう。捨てるのだ。
 彼女はつくった星を、大概の場合その授業が終わったら教室のゴミ箱に捨てる。
 ゴミ箱のない教室の時は星たちを筆箱に入れ、思い出したときに捨てていた。

「そうです。」

 紙片がなくなると急いでノートを取る。
 時々は、とり洩れている部分もあった。

「ときには諦めも、必要なんです。」

 彼女は星作り中も授業は聞いているようで、急にあてられてもしっかりと応えられていたし、テストでも酷い点数をとった姿はみたことがない。
 受験を控え、成績と相談した結果志望校を変更しなければならない者がクラスに多数いた中、彼女はおそらくクラスで最も揉めた末に第一志望校を受験し、見事受かったそうだ。
 ちなみに揉めた方向は、もっとランクの高い学校にすべきだ。という、僕からすれば羨ましいものだが。



 偶然か必然か、彼女と僕は進学しても同じクラスだった。
 しかも席は隣というおまけ付き。

「星、まだつくってんの?」

 彼女が合格したのは、僕が担任や学年主任に反対されまくった末に繰り上げ合格でなんとか入学した学校だった。

「もちろんです。」

 彼女は時々、星の他に鶴もつくる。
 鶴の中にはたいてい何かが書いてあって、それを人に渡すのだ。
 相手は友人であったり、お世話になった人であったり。

「これ、どうぞ」

 彼女が僕に差し出したのは、大きめサイズの星だった。
 僕は初めて見る、画用紙製の。

「僕に?」
「はい。」

 うっすらと、ペンで書かれたらしい字がういている。

「入学の、お祝いです。」

 同級生にそれはどうなんだと思いつつ、彼女はそういう人だったと、なぜか懐かしく感じた。

「じゃぁ僕からもなんかあげようか……あ」

 ポケットを探ると、細い紐がでてきた。
 菓子の包装に使われていたもので、捨てられ待ちをしていたものだったが。

「手出して」

 彼女は右手を差し出した。

 僕は彼女のその細い小指に、紐を結びつけた。

「幸せの赤い糸……なんつって」

 たまたまその紐の色は赤で、彼女は運命とかそういった系統のものを好んでいた気がするから、無い頭を捻ってみた。

「──あかい、いと……」

 その手を陽に翳すと目を細め、彼女は微笑んだ。
 そして、胸の前で手を握って言った。

「運命の、じゃないですか?」

「そうだっけ?」
「どっちでも、うれしいですけど。」

 彼女の頬が少し赤らんでみえたのは、緊張のせいだろうか。

「……星、ひらいてみてください」

 彼女に手伝われながら破れないように開くと、そこにはやはり彼女の筆跡があった。

“あなたと同じ学校でよかった”

「これ、どーゆう意味?」
「そのままの意味です。」

 なぜ、どうよかったのか。
 彼女はやはり、照れている。

「いつつくったの?」
「今朝です。」

 彼女に手を引かれた。
 もう今日の用事は終わっているから、帰宅のためだろう。
 教室にはもうほとんど人がいなかった。

「……あなたと同じ学校に通えるように、がんばったんですから」

 彼女の背はまっすぐで、いつの間にか僕は見上げるように歩いていた。

「僕が入学できなかったら、どうするつもりだったの?」
「……信じてました。」

 彼女のことだから、何も考えていなかったのかもしれない。
 ところで彼女の向かう先は駅だ。
 僕も彼女もこれから、電車通学になる。

「これからも、一緒に通学しましょうね」

 家が近いというただそれだけの理由で、関係で、彼女と僕は幼稚園のころから通学時には行動を共にしていた。

「ところでさ、何で星つくんの?」
「──それはきかないでください、のぞみ」
「何で急に名前呼ぶの、かなめ」

 僕の名前は星野(ほしの)希望(のぞみ)といった。
 彼女の名前は(えにし)(かなめ)
 とても短い彼女の名前は、縁を大切にしたいという彼女のポリシーをよく表していると思う。

「前に、理由は教えましたっ」

「『希望が必要なんです』?」
「い、言わないでくださいっ」

 そのまま少しふてくされた彼女と共に電車にのって帰宅した。
 彼女の言葉の意味は、僕にはわからない。
 こんなバカな僕に会わせて志望校のランクを下げていたなんて、信じ難いことでもあるし。
 まぁ、いいか。

 希望の星をつくって捨て続ける彼女と、明日からも同じ時を過ごせるのだから。

希望が、必要なんです。

希望が、必要なんです。

この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-03

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted