異種婚前生活

倉橋オールドマン

 大竹理平法律事務所に訪れた、推定男女。席に着くなり、
「婚前契約を結びたいんですが…」
 と言った。
 理平と助手の菜穂子は固まる。
 依頼主は、それぞれクマとウサギの着ぐるみを着ていたからだ。
「・・・え?」
 彼らは、「極秘」と書かれたファイルを別々に差し出した。
「…?」
「け、警察呼びましょうか、理平さん?」
 小刻みに震えながら、理平に耳打ちする菜穂子だったが、彼はそれを制止して、依頼主に向き合った。
「ど…どういうことでしょう?」
 狼狽を隠せぬ理平に、クマは言う。
「婚前契約です。えっと、結婚前に男女が…」
「いえ、そうではなくてですね…」
 二匹(二人)は顔を見合わせて、今度はウサギが言う。女の声である。
「熊野さん、私から説明していい?」
「ああ」
 クマは、熊野というらしい。奇妙なやり取りである。
「私たち、このカッコで同棲してるんです。もう一ヶ月になります」
「えっ?」
 クマは補足する。
「もちろん、室内だけです。外での生活では、お互い別々に脱いでます。今は特別ですけど」
「私たち、お互いの外見は見たことないんです」
「はっ?!一度も?」
 理平はさらに目を丸める。隣の菜穂子は、彼らの話の初手から愕然としている。
「そういうイベントで知り合ったんです」
「仮面舞踏会的なやつですよ。みんな動物の着ぐるみで」
「………」
「今の時代、離婚率も年々上がる。価値観の違いだとか、包容力がどうとか、昔も変わりませんが、人工生命体に情愛を抱く人までいる。モラルは決壊してるんです」
 と、クマが言っている。
「プラトニックな合コンなんです」
 と、ウサギは言う。
 哲学には明るくない理平は、ただただ受け流す一方で、
「そこは合コンなんだ…」
 と、脇で菜穂子がつぶやいた。
 クマが続ける。
「このファイルに、お互いの個人情報が全部載ってます。これを、あと5ヶ月預かっていて欲しいんです。半年間同棲して、お互い好きで、この先もずっといっしょにいたいと思えたら、僕はウサ美さんにプロポーズしようと思う。」
 ウサ美や熊野というのは、おそらく偽名であろう。
「なので、必要な書類を作成してください。法的にはどうでもいいんです。お互いの知らない人で、秘義務を守って貰える方ということで、弁護士さんを選んだんです。信頼できる人だと伺いましたので」
「はあ、それはどうも…」
 菜穂子は彼らのために差し出した麦茶をガブリと飲んで、
「ほ、ホントにお互いの素性知らないんですか?もしかしてですよ、途中で入れ替わったり、その、怪しいとか、そーゆー…いや、つか、そのカッコで男女が同棲って、どーやってその……」
 顔に出さないプロの理平と違い、めくるめく疑問が生じているらしい。それに二匹は毅然と、
「そのためのファイルでもあるんです。もちろんケンカもします。でも、この方法は感性や価値観で相手を好きになる有効な方法の一つだと、主催者は言っていました。あとは、ご想像にお任せします」
「想像できないっ」
 アブノーマルなイメージに捕らわれる菜穂子。
 理平はそれぞれのファイルを二人に見えないように確認すると、
「わかりました。作りましょう」と言った。
「えええっ」とのけぞるのは菜穂子のみで、
「ありがとうございます」
 と、2匹は重そうなこうべを垂れた。
*   *

 数ヶ月後。
 市内のとある高校の職員室で、エアコンを修理し終えた電気屋の青年と、新米の女教師がすれ違った。
 初めは女性が振り返り、彼の背中を見て元の歩みに戻ったが、すぐ後で、男が後ろを振り向いた。
「明日のボーナス、何に使う?やっぱ最近の真面目クンは、貯金か?」と、先輩が言うので、
「指輪ですかね」
 と、青年は言った。

*    *

 半年前。
 ある同好の集いで開かれた合コンの席。
 一匹のウサギの前に、クマが声をかける。
 ウサギは、とてもつまらなそうにしていた。
 もちろん表情は分からないが、クマはそう感じた。
「思ったよりも、暑いですね」
「…そうですね」
 ありきたりな挨拶。
「クマより、パンダのほうがモテそうなのに」
 と、ウサギが言う。
「パンダは嫌いなんです。一生懸命生きてない」
 クマは即答した。
 ウサギは「真面目」と小さく言った。小さな肩が震えたので、きっと可笑しかったのだろう。
「私もパンダ嫌い」
 と言って、手を差し出し、2匹の歯車はゆっくりと回り始めた。

異種婚前生活

異種婚前生活

  • 小説
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-03

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