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まどろ

未来の話です。

私にないもの

夕暮れの屋上。あたりは真っ赤に染まって、もうじき夜が来るんだと空が言っている。
見下ろすと、帰宅途中であろう学生やスーツ姿のサラリーマンたちが歩いていた。
「本当にあらりはここが好きなんだね」
後ろから博士の声がした。振り返るとそこにはもちろん博士がいた。
「こんにちは博士」
「こんにちはあらり。いい天気だね」
「はい。とてもいい天気です」
「いつからここにいるんだい?」
「二時間ほど前からです」
「そうかそうか。今日は何を見ていたんだい?」
「今日も風景と人を交互に見ていました」
「ほう。何かわかったかい?」
「子供はとても元気なんですが、大人の大半は元気がないようです」
「なるほど…」
「博士、私に教えてください。なぜあんなに大人は元気がないのか」
「答えを教えてやるのは簡単だ。…でも、その前にあらりの意見が聞きたい。なぜだと思う?」
少しの間私は考えた。なぜ元気がないのか。今までインプットしてきた情報から条件に合うものだけを当てはめてみる。目を閉じて考えていると、博士の手が私の頭に触れた。
「ゆっくりでいい。焦る必要はない。答えは明日までに出しておくように」
そう言うと、博士は地面まである白衣を引きづりながら、建物に入っていった。
私はまた街の方をみた。子供たちは満面の笑みで歩道を駆け回っていた。縁石を綱渡りのように歩きながら、白い線だけを歩きながら、空き缶を蹴って歩きながら。
一方の大人は、一人か二人で行動している人が多い。会話もあるし、笑顔もある。だけど何かがない。作られている。そう、まるで私の中に入っている『笑顔のデータ』みたいな。

翌朝。私はいつもの時間に起きて、朝食を作った。ちょうど出来上がる頃に博士が起きてきた。
「おはようございます博士」
「おはよう。コーヒーを頼めるかい?」
寝ぼけた声で博士が言った。
「はい」
朝のコーヒーだけは、博士が起きてきたのと同時に入れるのが、ルールとして決まっている。
ドリップしている間に、ベーコンエッグとクロワッサンをテーブルに置いた。
「どうぞ博士。お召しあがりください」
「いただくとしよう」
博士はゆっくりとベーコンを口に運んだ。目を閉じて味わっている。
「うん。いつもありがとう。申し分ない美味しさだ」
「ありがとうございます」
頷きながらコーヒーを啜る博士。私も一口飲んだ。
「…少し苦いですね」
「朝にはちょうどいいくらいさ。でも、まだまだだな。俺が入れたほうが美味しい」
確かにそうだ。まだ私は、博士の味を再現したことはない。あそこまで飲みやすくて、それでいて深みのある味は、私の機能と技術をもってしても再現不可能だ。
「でも着実に近づいてきてるよ。私の33年に、君は4ヶ月でたどり着きつつある。恐ろしい進歩だ」
それから暫く会話はなく、二人のお皿はからになった。
「博士。昨日の質問なんですが…」
「答えが出たのかい?」
「はい」
「聞かせてごらん」
「まず私が思ったのは、成長するにあたって、笑顔は消えるのではないかということです。このデータを算出するのに、2歳から24歳までの感情のデータを1日観察して集めました」
博士は黙って頷いた。
「すると、年齢が高くなればなるほど、笑顔の量が減っていることがわかりました。よって、大人になると人間は笑顔を失っていくんだと思います」
「なるほど」
博士はそう言うと、カレンダーをちらりと見て、立ち上がった。
「答え合わせをしよう。外出する準備をしなさい。10時半には家を出る」
そう言って博士は書斎に入っていった。今から2時間33分19秒後に外に行くみたいだ。私も自室へと向かう。果たして答えはあっているのか、それを考えるとそわそわする。これが前に学んだ『ワクワク』という感情なのかな。

10時半から514秒がたった。時間を過ぎても博士は書斎から出てこない。
「博士?まだですか?」
扉越しに声をかけたが、準備が忙しいらしくて、博士の声は帰ってこなかった。20秒おきぐらいに博士?と呼びかけていると、珍しく焦っている博士の声が返ってきた。
「よく考えたら出かけるのなんて久しぶりじゃないか!着て行く服が見つからん!あらりも入って手伝ってくれ」
「はい。わかりました」
扉を開けて中に入ると、パンツ一丁の博士がクローゼットの前で頭を抱えていた。
「何をしているんですか?」
「さっき言った通りだよ…何を着たらいいのかわからないんだ」
「何をとおっしゃっても…この服の数からしてパターンは3種類しかないと思いますが…」
それを伝えても博士はうーんと首をかしげるばかりだった。仕方がないから私が選んであげることにした。
「今日のイメージはなんですか?」
「うーん…イメージ…白衣かな」
「…では白衣でいいんじゃないですか?」
「外に行くのにあんな薄汚れた白衣なんか着ていけるか!」
「そうなっては私もどうしたらいいのかわかりません。目を閉じて選んだ服を着ていきましょう」
「…仕方ないな。時間的にもそれにしよう」
博士は仕方なく目を閉じて、青色のハイビスカスがプリントされているアロハシャツと、茶色の短パンを手に取った。
「アロハシャツなんて持っているんですね。全然イメージなかったです」
「私自身ですら久しぶりだよ。20年くらい前の夏かな。それ以来着てないな」
博士の言う通りアロハシャツを持ち上げた途端、カビ臭さとホコリが舞った。それに思わず博士が咳き込む。
「ひどい臭いとホコリだ…。でもまぁ、いいだろう」
博士は渋々それらを纏った。

久しぶりに出た外は眩いほどの快晴で、普段外に出ない私の体表面をジリジリと焼いた。
この辺の地域はイタリアのレンガ造りを基調としたカラフルな街並みになっていて、観光地としてそれなりに有名な街になっている。年に一回やっているお祭りには、毎年約6万人の人が訪れる。それがこの街の収入になって運営していると聞く。
木々が左右を覆う歩道を歩きながら、普段屋上から眺めている場所を確認しつつ私は歩いた。
「博士、今日はどこに行くのでしょうか」
私より少し前を歩いているカビ臭い博士に声をかける。
「朝の質問の答え合わせだよ。年齢に比例して、笑顔が消えるのかどうか」
「それは外で話さなければわからないことなんですか?」
「別にどこで話そうが関係ないんだが、実際に見せたほうが早いと思ってな」
そういうと博士は、左を見てごらんと指をさした。
“日陰公園”
大きな木々の木洩れ日が照らす様からその名がつけられた。この街唯一の公園で、毎日たくさんの人がここを利用する。いつも眺めている屋上からは木が邪魔してこの場所は見えないから、実際の公園を見るのは初めてだった。
「これは…」
日曜日のお昼前。今私の目には、推定30代の男性と、幼い子供が同じ笑顔を浮かべて駆け回ってる姿が映しだされている。今まで見てきたデータを調べる。何万というフェイスデータの中に、彼のような笑顔を浮かべた者は一人もいなかった。
「どうだあらり。どう思った?」
「…どうやら、私の出した答えは間違っていたのですね」
「そう。正解は笑顔はいつだって変わらない、だ」
「それではなぜ、街を歩く大人は笑わないのですか」
「失ったんだよ。笑える時間を」博士はこちらを見て言った。
「子供のデータを出しなさい。そのデータをどう思う」
「何もかもに夢中といった感じです」
「大人は?」
「耳からイヤホンを下げているか、下を向いて考え事をしているように見えます」
「そのままだよ」
そう言って博士は笑った。その笑顔の意図は私には理解ができなかった。
「いいかいあらり。子供というのは実に単純な生き物なんだ。目の前に遊べるものがあれば遊ぶ。食べれるものがあれば食べる。悲しい時は泣く。嬉しい時は笑う。腹がたてば怒る」
公園の片隅にある3人掛けのベンチに向けて歩きながら博士は話す。
「でも大人になるとそうはいかないんだよ。遊びたくても遊べない。好きなものも食べれない。泣くのだって我慢するし、腹がたっても怒れない。ずっとずっと笑えて楽しいのは何も知らない子供時代だけなんだ」
そこまで言って博士はベンチに腰掛けた。アロハシャツのポケットから煙草を取り出して、火を付けようとしたが博士の手は止まった。
「見てごらん。これだってそうさ」
博士の指差す方を見ると、煙草の絵にばつ印が描いてある看板があって、四つ角には喫煙禁止と書いてあった。
「大人は我慢の連続なのさ」
ぼそりと博士は言った。

家に帰った私は、今日1日の情報をコピーして、映像として何回も見た。綺麗だと思ったからだ。それと同時にこうも思った。人間とは難しい。
“感情”と呼ばれる無の境地には一体いつたどり着くんだろうと考えながら、私は眠りについた。

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いつかロボットと一緒に暮らす日が来ると思ってます。

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感情の勉強をしております。あらりです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-02

Public Domain
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