川の流れを見つめて
流れる川を見つめて、限りある世界の飽和性を考える。僕たちは何故ここに生まれて、ここに生きているのか。信じることは簡単だ。でも、僕は疑いをもってしまった。厳しい年月を経た家のように、古びた静けさをもっている人間を好きになるのは、必然なのか?古典的といってもいい。たまに存在する時代に取り残された人間。取り残された?いや、その人はきっと時代の先端を行きすぎているのかもしれない。僕は一度だけ一種の古城と会ったことがある。彼は決して、惑わず、決して揺らがなかった。そして、その分生きづらさを抱えていたのだろう。僕と出会って、3週間の後に彼は自殺した。きっと、この世界のどこにも彼を受け入れるところがなかったのかもしれない。世界は全て、つながりをもち、異分子は排除される宿命にあったのだ。そのことを彼が知った時の絶望を何故僕が受け止めなければならなかったのか。きっと、彼を理解する人間が他にいなかったのかもしれないし、僕のことを唯一の友人と思っていたからかもしれない。でも、真実はもう闇の中、彼とともに天国へ行ってしまった。いや、天国ではないかもしれない。きっと、彼は彼を受け入れてくれる場所に旅立ったのだ。まだ見つかっていないだろう苦難の旅路を僕は思いやる。昔、生きていることが、こんなにも素晴らしかった時代の残骸を僕は雪解けした後の春にたとえる。今は夏。そして、秋、冬と巡る。紅葉の赤とオレンジを僕は見ることなく、死にたい。彼の後を追うつもりはない。まだ僕にはやるべきことがあるのだ。彼の残した仕事を完成させるべく、汗を流す。ここで、君に送る僕の手紙は終わりを告げる。もし、今君が僕をおかしい奴だと思うなら、そうかもしれない。もはや、僕は彼の背後霊となっているのだ。守護霊は主人を失い背後霊となる。いいかい?もし君が僕のことを少しでも覚えているのなら、少し協力して欲しい。5月3日に空港に立つ。もし、君が来なければ僕は一人でこの仕事を進めたい。返事はいらない。君が僕を忘れてしまったのなら、この手紙は捨ててくれ。
小高 玲二
朝、起きると一瞬ここはどこだろう?と考えることはないだろうか?私は彼と再び出会った時、同じ感覚を味わった。彼は一体誰だろう。記憶にももちろんある顔だ。しかし、違和感を感じる。その違和感は終始消えることはない。彼が東京に着いて初めて笑った時に私はようやく「ああ、小高くんだ」と思った。夕暮れ時の太陽はオレンジに染まり、私と小高くんを照らす。私たちはしばらく夕陽を見ていた。格好良い言い方をすれば、そうだが実際はバスを待っていた。バスがやってくると、私たちは乗りこむ。行き先は知らない地名だ。
バスの振動に揺られていく。外はもう暗くなっている。光はどこにも見えない。車内灯の明かりで、小高くんの顔を再び見る。とても、変わったようで、変わらないようでもある。何もかもが不確かなままきている。もし、今小高くんが顔をベリベリとはがして、別人でしたと言えば私はやっぱりと叫ぶだろう。
「なあ、朝井。何でお前来たんだよ」
小高くんの第一声は意外な言葉だった。私は昔のことを思い出した。真っ直ぐなようでいて、曲がりくねっている学生時代の小高玲二。
「あなたが頼んだんでしょ?」
私は言い返す。いつものことだ。小高くんとの掛け合いは楽しい。特に一年前に離婚した私は仮面夫婦であることに疲れ切っていたのだ。同時に男というものがわからなくなっていた。
小高くんは疲れた顔で何も言わずに目を閉じた。
川の流れを見つめて