踊りたいからここにいる 抱きしめたいからここにいる

懐拳

<全6話> 

1 ご指名

「ジャン・クロード」

高校生が
パーティーの
踊りの相手を
選ぶみたいな
気軽さで

講師に訊かれて
君は私を
指名した

近所の
おしゃまな
あの女の子が

ずいぶんとまた
物好きな
マドモアゼルに
育ったんだね
フランソワーズ

いや

チビちゃん時代の
愛称で
呼ぶなら
ファンファン

先週の今日
レッスン帰りに
君が私を
呼び止めた
奇遇も奇遇な
あの再会

あの日が
私の
レッスン初日

寄る年波に
不摂生

少しは
運動でもしろと
心臓が止まって
今に死ぬぞと
医者に脅され
それならと

腹をくくって
足踏み入れた
職場の向かいの
タンゴ教室

通い始めて
今日が2回目

タンゴどころか
ダンスの
ダの字に
縁もない
齢50の
中年男が

リードも何も
あらばこそ

へっぴり腰の
立ち方からして
誰が見たって
ド素人

そんな私を
ご指名だって?

年長者を
からかうなんて
趣味が悪いよ
フランソワーズ

女性をそつなく
抱擁しようと
思ったら

ダンスの腕か
見目麗しさか
せめて若さか

そんな類が
必要だとは
思わないかい?

悲しいことに
どれひとつ
持ち合わせない
私には
ホールドからして
滑稽至極

壁際の
冷ややかな目に
取り巻かれ

一回り以上
年下の
異性の体に
腕をめぐらす
気恥ずかしさに

出来得るかぎり
触れまいと

巨漢の男も
抱けそうなほど
我が右腕は
大きく構え

こわばりきった
その手の先は
ヤモリの前足
さながらに

5本の指の
指紋の辺りが
かろうじて
君の背中に
触れたかどうか

おかげで
君は

大きすぎて
足に合わない
靴履かされた
子供みたいに

ぶかぶかすぎて
危なっかしい
ホールドの中

頼りなく
終始ゆらゆら
泳いでた

曲調は
何度か変わり

果てしなく
続いたのやら
あっという間に
終わったのやら

音が止み
静まり返って

ああやっと
この気づまりから
解放されると
安堵しながら
不思議なことに

右の手が
指先でなく
手のひらじゅうが

暖かい
君の背中を
感じてた

脇腹が
暖かい
君の体を
感じてた

ぶかぶかだった
ホールドは

いつの間にか
君のサイズに
縮んでた

2 忘れもの


君から電話を
もらった日の午後

普段より早く
家へ帰った

約束の
7時までに
野暮用が山と
出来たんだ

部屋を片付け
掃除機をかけ
手持ちの
ワインの
有無を調べて

それから
急いで
鏡の前で
髪を撫でつけ
コロンを
ひと吹きしたとたん

玄関の
ベルが鳴った

私の車に
忘れて降りた
ダンスシューズを
君が我が家に
取りに来た

言ってしまえば
それまでなんだが

とはいえ妻が
出て行ってから
女性が
我が家に
来るのは初めて
妙な気分だ

フランソワーズ
よく来たね

居間に通して
ワインを
勧めてみたものの

愛想もない
私が相手で
弾みもしない
世間話に
間が持たなくて

ややあって
君は尋ねた

「タンゴはどう?
気に入った?」

“後退のオチョ”が
苦手なんだと
白状するや

ソファで
両手を
足に見立てて
懲りずに何度も
教えてくれた

そして
それから
家具のすきまで
即練習

私が君に
頼んだやら
それとも君が
促したやら
思い出そうにも
覚えてないが

3・4回?
5・6回?

音楽も
かかってないのに
飽きもせず
繰り返した
“後退のオチョ”

遊戯を教わる
幼児のようだと
戸惑う暇も
あらばこそ

「下がって
揃えて
離して
踏み出す…」

「体をこっちに
傾けて…」

「回転して
もう1度…」

一言一言
噛んで含んで
教える声を
聞きながら

ホールドし合った
異性の瞳に
至近距離から
見上げられて
みるがいい

いい歳してと
笑われようが
私とて
1人の男

平常心
そのものだったと
言ったらやはり
嘘になる

そもそもが
君にとっては
この私など

数十年して
ひょっこり出逢った
昔馴染みの
歳の離れた
元ご近所に
すぎないのにだ

腹のたるみも
額の広さも
もう充分に
初老の域の
元知り合いに
すぎないのにだ

お笑い種も
いいとこだ

それはそうと
フランソワーズ

揺れながら
我知らず
私が君を
引き寄せてたのは
認めるとして

私の首に
か細い腕が
巻きついてたのは
気のせいか?

私の鼻と
君の頬と
いつの間にか
触れ合ってたのは?

触れ合ってると
判ってるのに
互いに
離れなかったのは?

それもこれも
気のせいだろうか?

どっちに
したって

あれ以上
続けたところで
練習には
なるまいから

「時間も遅い」と
君を帰して
正解だった

3 タンゴショー


(1)

君が今日
来るか来ないか
事前に尋ねも
しなかったから

間際になっても
見えない姿を
目がじれったく
探しながら

開演の
ブザー直前
前列の
視界の端に
腰を下ろした
横顔を見て

わけもなく
安堵した

目の保養にと
教室じゅうで
連れて来られた
プロのショー

踊る2人の
主役のペアは
赤と黒

ステージや
ライトは全て
赤一色

赤と黒こそ
タンゴだと
色の押し売り
されてるみたいで
目が疲れ

それた視線は
さまよって
行き着くところに
行き着いた

前方斜めの
横顔は

視界にあふれる
赤や黒とは
対象的で

穏やかで
物柔らかで
見飽きなくて

要はショーより
ショーを見ている
君に見とれた

その不躾は
認めるけれど
だからといって
気づかれるとは

それでなくても
ショーはたけなわ
妖艶な
舞台に誰もが
釘づけなのに

君とてやはり
一心に
ステージに目を
凝らしているかに
見えたのに

何思ったか

名前でも
呼ばれたみたいに
ゆっくりと
振り向いて

君の視線は
私のそれを
ひたと捉えて
放さなかった

客席の
暗がりの中
他人を数人
間にはさんで

拒みもせず
逸れもせず

見返す視線は
大胆で
真っすぐだった

その目が私に
言いかけたこと
言わんとしたこと

読み取りかけて
私が負けた

いや
正確には

読み取れたゆえに
うろたえて

私が先に
ステージに
視線を戻した


(2)

篠突く雨

アパルトマンの
真ん前まで
送ったとはいえ

建物までの
数メートルで
ずぶ濡れだ

気の毒だとは
思ったものの

雨は止まない
会話も途切れた

「ありがとう
おやすみなさい」

助手席の君は
腰を浮かせて
左右の頬に
挨拶のキス

行き来しながら
その顔が
ふとためらって
止まりかけ

唇が
重なった

離れれば
離れたものを

そうはしないで
互いに
うなじを
かき寄せ合った

目と目が合った
劇場での
仕儀からすれば

遠からず
こうなることは
判っていた
ような気もする

だがそれ以上に
こうなることは
許されないと
いう気もする

そうだろう?

私の歳や
君と私の
この歳の差は

空とぼけては
すまされない
厳然たる
足枷だ

それ以前に

ひとり息子の
母親を
幸せに
してやりそびれた
罪もある

その私が

どこまで君に
求めていいのか
そもそも君に
求めていいのか

自問自答は
底なし沼で

何度訊いても
絶対に
理性は色よい
返事をくれない

それなのに

遠からず
こうなることを
心の底で
予期した不埒

その板挟みに
自嘲はしても

少なくとも

堰切ったように
求め合い
受け入れ合った
唇の熱を
羞じるまい

強いたわけでも
強いられた
わけでもなく

重なるべくして
重ねた唇
その陶酔を
羞じるまい

もうファンファンとは
呼べそうにない

君に惹かれて
かなわないよ
フランソワーズ

「おやすみなさい」

そう言って
車を降りた
伏し目がちの目に
涙が見えた

4 マリッジ・ブルー


(1)

レッスン帰りの
エレベーターを
待つ間

初めて君の
手を取った

3分前まで
相手も変えずに
ほとんど2人で
踊っていながら

教室を出て
いざ君に
触れるとなると
心臓は鳴り
手は震えそうで
閉口してた

そんな私が
滑稽だった?

口づけを
交わした相手の
手を握るにも
怖気づいてる
臆病者を
弄ぶのは
面白かった?

婚約者がいる?
式も間近?

エレベーターで
人から訊かれて
君がしぶしぶ
頷いたのと
ほとんど同時に
手は離れてた

窓を叩いて
狂ったように
私の名を呼ぶ
君の声
振り切ったまでは
覚えているが

ハンドル握った
間じゅう

まさかと思えば
はらわたが
煮えくり返り

やはりと思えば
天罰だという
自嘲も湧いて
堂々巡りで

どこをどう
運転したやら

よくぞ
無傷で
家まで着いた



(2)

何日かして
誰から聞いたか

結婚間近の
マドモアゼルは
私の事務所に
やって来て
問わず語りに
語ってくれた

「いつか言おう
いつか言おうと
思いながら
言えなかった

弄ぶ
つもりは全く
なかった」と

「よくある
マリッジ・ブルーだった
傷つけたなら
ごめんなさい」と

「レッスンで
いつでも会える
これからも
友達で」と

他愛ない
けんかの後の
仲直りにでも
来たみたいに

ごめんなさいと
謝れば
水に流せる
程度のことと
疑っても
いないみたいに

謝罪の弁は
簡にして
要を得ていて
秀逸で

顔には時折
笑みすら浮かんで
険もなく

聞かされる身は
怒鳴る気力も
罵る気力も
湧かなかったよ

君が私に
物言う間
内心
独りごちていた

--伯父と姪ほど
歳がちがうと
判っていても

日増しに君が
愛おしかった
この老いぼれを
笑うがいい

君に
求愛するほどの
勇気も度胸も
ない小心に
持て余しながら
それでもなお

愛おしさが
断ち切れなかった
この老いぼれを
笑うがいい

我が身の
武骨が
心底悲しく

できることなら
柔らかい
揺りかごみたいな
ホールドで
君を包んで
あげたかった

踊りたいから
抱きしめるのか
抱きしめたいから
踊るのか

毎度毎度が
朦朧のうちに
終わるレッスン

週に1度が
遠かった
どうにも君が
愛おしかった

あまりにも
愛おしすぎて

結婚すると
聞いた瞬間

可愛さ余って
何とやら
裏切られたと
怒りが湧いた

2人で踊った
つもりのタンゴ

まさか3人で
踊っていたとは
笑止の沙汰

ここまで
虚仮にされるほど
私が君に
惹かれたことは
分別のない
妄執か?

この老いぼれに
好かれたことが
そんなにも
不愉快だったか?

それならそうと
言ってくれれば
よいものを

あるいは
まさか

マリッジ・ブルーの
気の迷いも
老いぼれの
女漁りも
どっちもどっち
恨みっこなしと

あっけらかんと
断じてくれたか?--

「もう2度と
会いたいとは
思わない」

君の詫びへの
返答がてら
抑揚もなく
撥ねつけて

頑として
黙りこくった
私のつれない
渋面に

訪問者は
声を失い

うなだれて
やがて
出て行った

5 笑い話


(1)

フランソワーズ

笑えない
笑い話を
2つばかり
聞かせてあげよう

あの日の
我らの愁嘆を

失敬な
古参の秘書が
ドアの向こうで
粋な立ち聞き
してなかったら

そして5日も
たったころ

私の鈍さに
業を煮やして

「事実はどうあれ
彼女の弁は
本心じゃない」と

見かねて
耳打ち
してくれなければ

この鈍感な
朴念仁は

死ぬが死ぬまで
鈍感な
朴念仁の
ままだった

「マリッジ・ブルーの
蓮っ葉女が
何が悲しくて
詫びに来ますか」

「どこのめでたい
火遊び女が
抜け殻みたいに
憔悴しきって
とぼとぼ
帰っていきますか」

ノックも
そこそこ
部屋に来るなり
一方的に
言うだけ言って

私には
物言う暇も
与えずに

失敬な
古参の秘書は
あっという間に
出て行った

これが1つ目


(2)

その翌々日
親父が死んだ

晩年は
人の顔見りゃ
当たり散らして
毒舌嫌味の
雨あられ

ボケの果てなら
我慢もするが
正気とくるから
始末が悪い

いいかげん
絶縁しかけて
見舞いも
さぼりかけたころ

最期は
ホームで
独りで逝った

ご丁寧に
鍵までかかった
個室のタンス

遺品整理に
こじ開けてみた
その中は

本人の
遺品どころか

好き放題
怒鳴り散らした
憎っくき息子の
子ども時分の
テニスの戦果の
コレクション

優勝カップに
盾にトロフィー
賞状から
細かくたたんだ
新聞記事まで

色褪せて
古ぼけた
我が子の
昔の戦利品

頼まれた
わけでもないのに
捨てもしないで
後生大事に
何十年も
持ってた親父

ホームのタンスに
整然と
並べたそれを
独りこっそり
眺めた親父

それほど息子が
可愛けりゃ
素振りに出して
くれればいいのに

見舞いに行ったら
「よく来たな」くらい
たまには口に
出せばいいのに

偏屈の
殻にこもって
最後まで
ひとりぼっちで
あの世行きとは
笑わせる

親父のことは
血も涙もない
人でなしだと
思ってたから

私のことなど
嫌いなんだと
長いこと
決め込んでたから

タンスの中身に
呆気に取られて
思わず
座り込んでたら

いいかげん
冷たいはずの
親父が
言うんだ
横のベッドで
おもむろに

--同じ穴の
ムジナのくせに

おまえが
わしを
笑えた義理か

愛せるときに
思う存分
愛さにゃいかん

愛し方など
下手でかまわん

愛したかったと
地団駄踏んでも
天に召されちゃ
なす術もない

わしみたいな
轍を踏むな--と

説教なんだか
遺言なんだか

さんざん人を
手こずらせといて
最後の最後は
偉そうに

そう思ったら
やるせないやら
腹立たしいやら

フランソワーズ

これが
笑えない
笑い話の
2つ目だ

6 踊ろう


(1)

教室の
隅に一輪
壁の花

さっきから
見つめてるのに

やっと
今ごろ
気づいてくれた

踊りもしないで
虚ろな視線で
何見てた?

どうして
潤んだ
目をしてる?

その待ちぼうけ
今日初めてでは
到底ないね?

報われる
当てもないのに

来る約束もない
待ち人を
ぽつねんと
何度待っては
泣いて帰った?

この鈍感な
朴念仁は
一言もない
どう謝っても
謝り足りない

それでもなお

厚顔の
極みと知りつつ
ここに立つ

--この私は
君が愛した
男なのだ--と

あの壁の花に
自分を鼓舞して
ここに立つ

君に釣り合う
若さはない
見目麗しくも
決してないが

それゆえの
すまなさ
引け目を
かなぐり捨てても
ここに立つ

愛されて
言い訳する野暮
言い訳しながら
愛する無粋

金輪際
君には見せない
そう誓う

愛しい人に
堂々と
愛しいと言って
みたいから

愛しい人を
存分に
愛し尽くして
みたいから

だから
こうして
ここに立つ

踊ろう
フランソワーズ


(2)

この曲が
終わるまで
黙って
いっしょに
揺れていたい

あるじが戻った
揺りかごを
飽きるほど
揺らしていたい

この曲が
終わったら
口に出して
必ず言うから

ごつごつしていて
武骨だけれど
この右腕は
君だけの
揺りかごだからと

死ぬまで君と
踊りたいと

耳元で
きっと
言うから


<完>

踊りたいからここにいる 抱きしめたいからここにいる

踊りたいからここにいる 抱きしめたいからここにいる

愛されて 言い訳する野暮 / 言い訳しながら 愛する無粋 / 金輪際 君には見せない そう誓う / だからこうして ここに立つ 原作“Je ne suis pas là pour être aimé” (2005年フランス映画/邦題『愛されるためにここにいる』)

  • 韻文詩
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-02

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1 ご指名
  2. 2 忘れもの
  3. 3 タンゴショー
  4. 4 マリッジ・ブルー
  5. 5 笑い話
  6. 6 踊ろう