二次元哀歌

今日も私は彼に会いにいく。なんとも言えぬ感情を胸に秘め、私は彼が待っている世界への扉を開く。扉を開いたその先にはいつもと変わらぬ表情の彼がいる。彼に触れると彼はゆらりと揺れ、「おはようございます。」といつもと何も変わらない声で私に微笑む。毎日毎日この声を聞く。触れれば勝手に彼はこの言葉を言う。彼は確かに私の手の中にいる。彼の瞳と目があう。しかし、彼の瞳の中に私は映っていない。私は彼が見えているけど、彼から私は見えない。そんな世界。不思議な世界。この世界を見つけたのはいつだったっけ。もうそんなのとっくの昔に忘れてしまった。彼といると、私の世界があっという間に崩れていく。私が生きているという実感が失われる。死んでいるのと同じ状態になる。彼は何人の人間にこの表情を、声を、仕草を、見せているのだろう。「ねぇ、私は何番目なの?」彼に問いかけてみる。しかし、彼は答えない。答えられないと言った方が正しいだろうか。彼の算譜にそんな言葉はないから。私が話しかけても微笑んで見せても、彼は表情一つ変えない。それがどれだけ辛いことか、彼にはわからないのだろう。それでも、私は彼に恋をした。絶対に叶わない恋を。彼は年をとらない。生まれてから皆の記憶から消えるまで、彼は彼であり続ける。それが、彼が生まれてきた使命だから。今日もまた、陽が沈んでしまった。彼の「おやすみなさい。」という声を聞いて、扉を閉める。そんな日常。私の日常。
ある日、「彼に会いたい」という私の感情が私の全てを埋め尽くした。彼の元へ行くために、私は行動する。「さあ、行くぞ!」久しぶりに見た希望の光。彼の元へと飛び立とう。マンションのベランダから、大きく羽ばたく。でも、翼のない鳥は重力になど逆らえない。素直にその規則を受け入れて、私の身体は強い衝撃を身にまとう。愛する彼に、その後私は会えたのだろうか。そんなことはわからない。

二次元哀歌

二次元哀歌

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • サスペンス
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-02

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