昨日見た夢

響 あり

優子は鏡で自分の姿を念入りにチェックした。今日は親友の香苗の結婚式に出席する。受付を頼まれているから早目に着くようにしないといけない。
プラダのシンプルな黒のワンピースに、ティファニーのネックレス、カルティエの腕時計、金のアンクレットとダイヤのピアスをした自分の姿を見て、優子は自嘲気味に笑った。みんなとても高価な物だしお上品なのに、鏡に映った自分は下品でちぐはぐな気がした。
それもそうだ。全部、仕事先のクラブでそれぞれ違う客から貰ったプレゼントなのだから。

お腹に手を当ててみる。
(まだ全然目立ってない。誰も気付かないよね。)
カルティエではなく壁の時計を見ると、麻理との待ち合わせ時間が迫っていて、優子は慌てて上着をつかんで部屋を出た。


地下鉄の駅で麻理と待ち合わせをして結婚式の会場に着くと、新郎の大学時代からの友人の日比野と鶴屋が受付の所に立っていた。この2人とは香苗を通じて何回か一緒に飲みに行った事がある。

「お久しぶりです、今日はお二人が新郎側の受付されるんですか?」
優子が話しかけると、青いスーツにピンクのシャツ、テカテカのネクタイをして格好はホストなのに、何故か爽やかにしか見えない日比野が笑顔で答えた。
「違いますよ。鶴屋くんは余興の準備があるから早目に来ただけ。受付は、僕と…曽我部くんがやる事になってます。ところで、麻理ちゃん一瞬誰か分かりませんでした、化粧をすると女性は変わりますね。」

「…あの人が受付?」
曽我部健二は遅刻の常習犯だし、優子の中では『頭悪い』『いいかげん』『馬鹿』『馬鹿』『馬鹿』というキーワードしか出てこない。
優子が無言で日比野の顔を見ると、日比野も分かっている、という表情をして頷いた。

「鶴屋さん、余興って、何するんですか?」
それまで黙って話を聞いていた麻理が珍しく声を出した。麻理は優子と違って小柄で『和風』の顔立ちをしていて、口数が少ない。普段はノーメイクにユニクロが定番なのだが、今日は優子に借りた派手な水色のドレスを着て濃いメイクをし、眼鏡もコンタクトにしていて一見別人の様だった。
「んん?余興は、まぁ、あれや。長渕の『乾杯』唄うんや。ンム、ゴホン。…健二は遅れて来るんやろうな。そんじゃあ、ちょっと着替えてくるわ。」
1人だけ私服の鶴屋が会場の奥へ消えた。

予想通り、健二は招待客がほぼ受付を済ませた頃にやって来て、しかも御祝儀を玄関に置いてくる、という小技まで効かせてやってのけた。
式では新郎新婦よりも号泣し周りをヒかせ、誰よりも酒を飲み、全員に酒を注いで回った。

健二が優子の席に来てワインを注ごうとした時、優子は手でグラスの口を塞いだ。
「いらない。」
「あれ〜?酒豪の優子ちゃんが大好きな赤ワイン飲まないとか、ありえないじゃん!」
「声デカイ。ウザい。どっか行って。」
「じゃ〜、またあとで来るわ〜!」
優子がこめかみを押さえてため息をついていると、麻理が心配そうな顔をした。
「本当に、今日は全然飲まないんだね。体調悪いみたいだし、大丈夫?二次会の司会私が変わろうか?」
麻理が人前に立つなんて、絶対無理なはず。本当は任せて帰りたいところだけど、そんな可哀想なことは出来ない。
「大丈夫。ちょっと風邪ひいてるだけだから。」
小学生の時からの親友の麻理に嘘をつくのはこれで何回目だろう。高槻と付き合うようになってから、麻理にも言えない秘密が増えた。


高槻とは優子が働くクラブで知り合った。他のほとんどの客と同じように、高槻も結婚していて子供がいた。初めて会った時からお互い強烈に惹かれ合っているのを感じたけど、2人ともしばらくの間はポーカーフェイスで牽制し合った。
タガが外れたのは、1年ほど前の、激しく雨が降る日だった。

「凄い雨が降ってきたわ。タオル貸してちょうだい。」
外に客を見送りに出たママが、着物の水滴を気にしながら店に戻ってきた。
「そんなに降ってます?高槻さんもそろそろタクシー呼びましょうか?」
「そうだね。今日はもう帰るよ。ママ、お勘定お願い。」

タクシーのところまで高槻を見送るためエレベーターに2人で乗り込むと、扉が閉まる間もなく突然高槻にキスをされた。
それまでジリジリと抑えていた欲望が一気に燃え上がり、優子の全身はガソリンに火を付けたように燃え上がった。
こんなに強く衝動を感じたのは初めてで、このままエレベーターの中で挿入されても優子は拒まなかったと思う。
高槻はエレベーターの壁に両手をついて、優子の唇を噛んで口の中を舌で犯した。
キスの上手な男はセックスも上手だ。
高槻が戦闘を挑むように無言で優子の目を見つめると、優子の闘争心も強く掻き立てられた。

エレベーターから降りずに店に戻り、優子が鞄と上着をつかんでママに帰ることを伝えると、ママは少し困ったような顔をしながら、いつかこんな事になると思ってたわ、とため息をついて優子に傘を1本手渡した。

タクシーに乗らずに、歩いて近くのラブホテルに向かった。
傘をさして歩く間、2人とも一言も発しなかった。後ろめたさを感じて傘で顔を隠し、猛烈な勢いで傘を叩く雨の音と、たまに車が通り過ぎる音だけを聞いて歩いた。
傘をさしていてもずぶ濡れになり、6月の真夜中の豪雨に優子が震えると、高槻が肩をぎゅっと抱いて引き寄せた。
優子の背丈は168㎝で、ヒールのある靴を履くとほとんどの男と同じくらいの高さになるのだが、高槻は肩にもたれても余裕があった。

ホテルの部屋に入ると、2人で息を切らしながら濡れた服を脱がせあった。
高槻が優子をベッドに押し倒して左右の乳首を交互に噛んで引っ張ると、痛いのか気持ち良いのか訳が分からなくなって、優子は高槻の頭をつかんで叫んだ。
「ああ!お願い、早く入れて!」
「まだだよ。」
高槻は優子の足を限界まで広げると、クリトリスを舐めながら、人差し指で中をかき回してグリグリと奥をつついた。
優子はこのまますぐにいかされるのが悔しくなって、高槻の目を見返すと、枕を両手でつかんで震えながら耐えようとした。
高槻も負けていなかった。優子が一生懸命耐えているのを見ると、指を3本差し込んで細かく突きながらクリトリスを歯で挟んで舐め、優子が叫んで腰を痙攣させるまで執拗に攻撃した。

優子が頑張って築いた体の砦を崩すと、高槻はコンドームをして一気に奥まで強く挿入した。
高槻の目に映る底の見えない欲望に、優子は心の中まで野ざらしにされたような気がした。高槻は優子がいきそうになると、両手で喉を締め付けた。優子に快感と苦しみが同時に襲いかかった。
男に抱かれて繋がっている時に、悪寒がして心細さを感じたのはこれが初めてだった。

それから2週間に一度くらいの頻度で高槻と優子の部屋で会うようになった。
この1年の間、真剣に付き合う恋人を他に探そうと努力はしたけど、優子に火を付けるのは高槻だけだった。
どんなに望んでも自分のモノにならないからこんなに惹かれるのだろうか。

たまに罪悪感に押し潰されそうになると、4歳の時に女と出て行った父親の遺伝子のせいにして自分を慰めた。

いつも不順な生理が遅れ過ぎているのに気付いて、病院に行って確認したのは先週の事だった。
赤ちゃんは8週目に入るところで、心拍も確認できた。
優子が産まない事を告げると、年輩の優しそうな医師は悲しい顔をした。
「あと2週間の間に手術をしないと、流産と同じ処置になるからなるべく早目に予約を…。」
説明する医師の声が遠くに聞こえ、赤ちゃんのエコー写真を上着のポケットに突っ込んだ優子は、その日自分がどうやって自宅に着いたのか思い出せなかった。

高槻に伝える事も、病院に手術の予約をする事もしないまま、優子は親友の結婚式の日を迎えた。


「鶴屋くんの出し物チョー面白かったね。1人で長渕の『乾杯』唄うとか言っといて、大勢で新喜劇やるんだもん。あれオリジナルのネタなんでしょ?吉本に入れば良いのに。」
「あれくらい、大阪行ったらいくらでも見れんで。麻理ちゃん今日は褒めじょうごやな。」
二次会の歓談中、意識が遠くに飛んでいた優子は我に返ると、新郎新婦の席にお祝いを言いに移動した。
「おめでとう、小野さん、香苗。あ、香苗も今日から『小野さん』になるんだよね。」
「ありがとう、本当だね。まだ実感湧かないけど。優子は今日も凄い綺麗だね。あ、今日これ何回も言ったよね。」
「香苗の方が綺麗だよ。なんか、幸せオーラで光ってる。」

幸せそうに笑う香苗は本当に眩しくて、優子は場違いな嫉妬で胸がズキリとした。
優子と違う高校に行った香苗はイジメで高校を中退したけど、通信で高卒の資格を取り、趣味のバイクの専門学校にも行ってちゃんと就職し、真面目で優しい彼氏と結婚する事になった。
昔から容姿だけを武器にして生きてきた優子は、高校卒業後小さなモデル事務所に所属したが大きな仕事は入らず、結局はバイトのつもりで始めたクラブのホステスを本業にして生活している。
そして今、不倫の果てに未婚の母になろうとしている。

優子は新婦に向けた笑顔を顔に貼り付けたまま、司会者用に用意された席に座った。
このまま次のビンゴゲームまで誰にも話しかけられずにいられますように、と小さな願い事をしていると、
「優子ちゃーん!なんでそんなとこに1人でいんの⁉︎こっちおいでよ〜。」
健二が酔っ払い用の大きな声を出して近づいてきた。
「これからビンゴの準備あるから忙しいの。あっち行ってくれない?邪魔。」
「ヤダ。俺も一緒にビンゴ、準備するー!」

妊娠ホルモンのせいなのか、健二の声のでかさのせいなのか、ビンゴカードが床に散らばったせいなのか、優子は突然猛烈に腹が立って、椅子から勢いよく立ち上がって叫んだ。
「前からず、っっっと思ってたけど、あんた、マジでウザい!もう話しかけないで!!」
テーブルを叩いた弾みで司会者用のマイクがオンになり、優子の叫び声がレストラン全体に衝撃を与えた後、しんとした会場にマイクのハウリングだけが響き渡った。

「…失礼しました。慧さん、香苗さん、ごめんなさい。」
優子は二次会のレストラン会場を飛び出してトイレに駆け込んだ。
色んな負の感情が一気に襲いかかってきて、優子はトイレの便座に座った途端に泣き出してしまった。
バタバタとトイレの入り口から誰かが入って来る音が聞こえて、それは香苗と麻里だった。
「優子、大丈夫だよ!曽我部さん本当にウザいもん!」
「そうだよ、え…優子泣いてるの⁉︎曽我部くんはあんなこと気にしないよ!ていうか、曽我部くんいつも優子に罵られて喜んでるよ!」
香苗と麻里の声を聞いて、優子はようやくトイレから出る事が出来た。

「ごめんね、でも、もう司会するの無理。今日は体調悪くて。帰らせてもらってもいいかな?」
「うんうん、大丈夫だよ。ビンゴは今、日比野くんと曽我部くんが進行しててくれてるから。優子は先に帰りなよ。」
ドアの向こうからかなり盛り上がっている喧騒が聞こえてきたので、優子は帰る事にした。
麻里は一緒に帰ると言ってくれたが断った。
「ごめんね、先に帰るね。麻里は楽しんできてね。」
麻里がバッグと上着と引き出物を持ってきてくれて、優子を心配そうに見たあとレストランに戻ると、入れ違いに健二が出てきた。
優子の明らかに泣いた跡の残った顔を見ると、珍しくシュンとした顔をして謝ってきた。

「優子ちゃん、ごめんね、俺調子乗ってた。小3の時は大好きな理恵ちゃんのたて笛舐めて泣かせちゃったり、中2の時の修学旅行では、大好きな桃ちゃんの布団に潜り込んで泣かせちゃったりして、今日も大好きな優子ちゃん泣かせるなんて、俺ホント…。」
「…大丈夫だから。私が泣いたのあんただけのせいじゃないし。それじゃ。」
優子が行こうとすると、健二が優子の両肩をつかんで倒れこんできた。
「気持ち、悪い……。ウッ!!」

優子は新郎の車を借りて健二を送る羽目になった。二次会参加者でアルコールを飲んでないのは下戸の新郎と優子だけで、もちろん主役の新郎が抜けるわけにはいかないからだ。
それにゲロ臭プンプンの今の自分がタクシーや電車に乗る勇気もなかった。
優子はスタッフか誰かの私服を借りて、車の後ろに自分だけゲロ被害の少なかった健二を押し込み、運転しながら健二に話しかけた。
「ちょっと!あんたの家どこだっけ?」
応答がない。バックミラーを見ると、健二は死んだように眠っている。
バッグを片手で探ると、日比野から住所を書いたメモをもらったはずなのに、どこかに忘れてきてしまった。
何度も舌打ちをしながら車を道路脇に停めて、日比野に電話した。出ない。麻理にも電話したが、やはり出ない。まさか新郎新婦にかける訳にいかない。
後ろで寝言を言いながらイビキをかいている大きな物体を、道路脇の側溝に落として捨てて行きたいと思ったが、優子は自分の部屋まで連れて帰る事にした。

マンションの客用駐車場に車を停めて、健二を突いたり揺らしたりしてみたがビクともしないので、優子は健二の両頬を、思い切り力を込めて何回もぶっ叩いた。
「ブファッ⁉︎痛ぇー!!」
「着いたよ。降りて歩いて。…早くっ!」
半分目を閉じてフラフラ歩く健二を4階の自分の部屋まで引っ張って行くと、健二は玄関に倒れて動かなくなった。優子はため息をついて、シャワーを浴びるために大きな障害物をまたいだ。

結局放って置く事ができなくて、健二をリビングまで息を切らしながら引きずって来た。途中でテーブルの脚に健二のどこかの部分をぶつけた気がしたけど、気にしない事にした。
無視したいけどやはりゲロ臭いので、健二のスーツとシャツを苦労して脱がせ、ムカついたからネクタイとパンツと靴下だけの姿にしておいた。

一息つくと、優子は健二をしげしげと上から眺めて観察した。
(今まで意識して見てなかったから気付かなかったけど、こいつって割と良い体してる。背は高槻さんと同じくらいだけど、ガッシリしてるからもっと大きく見えるかも。ふん。ピアスとかネックレスなんかして色気付いちゃってさ。)

悔しいけど、健二の顔は優子の好みのタイプだった。切れ長の目や、形の良い大きな鼻や、いつも笑っているような口角の上がった口はまあまあイケてると思う。初めて会った3年前には、一瞬『オヤッ?』と思ったけど、喋るととても残念なヤツだったので、すぐに彼氏候補と男友達候補から除外した。

突然ドッと疲れが襲ってきた。先週からずっと予想外の事が続いていて優子は精神的にも肉体的にも限界だった。
ベッドに入るとすぐに熟睡して寝てしまった。

夜中の2時頃、シャワーの音で優子は目を覚ました。あいつが転がっていた場所にあいつがいない。
風呂場からGReeeeNの『キセキ』を唄う健二の馬鹿デカイ声が聞こえてきて、優子はムカムカしながら風呂場のドアを開けた。
「ちょっと!今何時だと思ってんのよ!ここ私の部屋なんだから!静かにして!」
「優子ちゃんの声のがでかいよ。てか、俺今真っ裸なんだけど。優子ちゃんてばエッチ。一緒には」
優子は勢いよくドアを閉めて、ベッドに潜り込んだ。布団で耳を塞いで健二の鼻歌をシャットアウトした。

しばらくして腰にタオルを巻いた健二が出てきて、勝手に冷蔵庫の中を物色しだした。
「優子ちゃん、ビールとワインしかないよ。さすがに今日はもう飲めねぇ。
あ、ソーダみっけ。…なんだこれ、味ねぇ。」
文句を言いながら最後一本のスパークリングウォーターを全部飲み干し、健二は袋に突っ込んである、あまり汚れていない自分のスーツと、ゲロまみれになった優子のプラダのワンピースと上着を持って風呂場に向かった。洗うつもりらしい。
「ちょっと⁉︎何してんの?そんなのもう捨てるからいいって。もう着るの無理だもん。」
「これ高かったでしょ?手で洗ってクリーニング出せばなんとかなるって。」

健二が優子の上着のポケットを探ると、例のエコー写真が出てきた。
(しまった!上着のポケットに突っ込んでそのままだったの忘れてた!)
優子は顔を青くして慌てて奪い返したけど、健二は完全に見てしまったようだ。

「…優子ちゃん、妊娠してんの?それ、うちの姉ちゃんが見せてくれた事あるから知ってるよ。優子ちゃんも結婚すんの?」

健二の顔から笑顔が消えて、見た事のない真面目な顔で聞いてきたので、優子は反射的にバカ正直に答えてしまった。
「結婚は、しない。ていうか、出来ない。不倫だから。」
「ええっ⁉︎マジで⁉︎赤ちゃんは⁉︎どうすんの⁉︎」
優子はもうこの際、健二にとことん嫌われても構わない、という投げやりな気持ちになって言った。
「おろす、と思う。1人で稼いで育てていく自信ないから。」
「…」
健二がこんなに長いこと無言になった事が今まであっただろうか。優子の知る限りでは、1度も無い。こんなお天気脳の、何も考えてないヤツでも絶句させてしまうほど、自分の状況は切羽詰まっているのだ。
「その服、クラブの客に貰ったやつだし、本当に洗わなくていいから。ソファで寝てくれる?お休み。」
優子は涙が滲んでいるのを絶対に知られたくなくて、健二から急いで離れてベッドに入った。
風呂場から水を流す音が聞こえて、しばらくすると健二が近づいて来てベッドの端に座った。
「何してんのよ。ソファで寝てよ」
「優子ちゃん、俺と結婚しない?」
「ハァ⁉︎」

優子は思わず健二の方を振り向いた。
間接照明の明かりに照らされた健二の顔はいつもと変わらぬ気の抜けた笑顔だった。なんだ、冗談か。
「バカな事言ってないで早く寝なよ。私疲れてんだから。」
「マジでだよ!俺優子ちゃんのこと大好きだし。子供も大好きだから大丈夫だよ!」
「私とやりたくてそんな事言ってるんなら、無駄だよ。あんたとは絶対やらないから。」
その直後、優子は簡単に『大丈夫』とか言う健二にイライラして、ひどい事を言ってしまったと後悔した。
でも健二には優子の毒が効かなかったようだ。
「うん、まぁやりたいのはやりたいけどさ、優子ちゃんと結婚したいって言ったのもマジだよ。」
「…あんた、私のどこが良いわけ?不倫して妊娠して、おろすとか言うような酷い女なんだよ?」

「うーん、、、、顔!俺チョー面食いだから!」
健二は真剣に考え込んだ後、はち切れんばかりの笑顔で答えた。

「あっは!あはははは!!」
優子は本当に久しぶりに、お腹の底から笑った。涙が流れるほど。
優子が泣きながら大笑いするのを見て、健二が大きく頷きながら腕組みして、感嘆するように呟いた。
「その顔。俺、その顔が1番大好きなんだよな。優子ちゃん笑うと、すげー可愛いんだ。子供みたいな顔になってさ。」

優子は今の健二のように、自分を崇拝するように見つめる男の顔を何度も見てきた。だけど、健二のような素直な男に出会った事はない。
ふと、自分も健二には何も隠さず素直に全部打ち明けていることに気がついて、優子は愕然とした。

妊娠の事を知られたのは偶然だとしても、不倫だとか、おろすつもりだとか、そんな事まで率直に健二に話したのは自分でも不思議だった。
1人で抱えてきた重い荷物を、健二が半分持ってくれたような気がした。

健二のお気楽な笑顔を見てると、悩んでいるのが馬鹿らしく思えてきて、この男と結婚するのも満更悪くないかもしれないと思えてきた。

(馬鹿らしい。何を考えてるの私は。)
優子は自分の甘い考えをすぐに打ち消した。血の繋がらない子供の父親になるなんて大変な覚悟がいる事だ。

「あんたさ、ちょっと考えがなさ過ぎるんじゃない?あんたにとっては、どこの誰だか全然分かんない不倫するような男の子供なんだよ?父親になるなんて、そんなの無理だよ。」

「う〜ん。そうかな。
うちの父ちゃんさ、俺と姉ちゃんとは血が繋がってないんだ。ホントの父ちゃんは、母ちゃんが俺を妊娠中に死んじゃってさ。
今の父ちゃん、すっげー良い人だよ。弟と妹もいるけど、俺と姉ちゃんも同じように可愛がってくれたし。子供の頃はそんなん分かんなかったけど、今考えると、すっげー大っきい人だなって思ってさ。
あ、大きいって、背が高いとかじゃないよ、心が大きいってことな。
だから、俺も父ちゃんのことずっと見て育ってきたわけだし、血が繋がってない子でも可愛がる大っきな男になれるはず!」

「…私の父親とはえらい違い。女と家出するような奴だったから。」

健二が優子の左手をぎゅっと握って言った。
「とにかくさ、結婚しなくても良いから、おろすのもう少し考え直しなよ。俺ベビーシッターとかもするし!んじゃ、お休み!」
健二がソファの方に行こうとした時、優子は咄嗟に左手を伸ばして彼の右腕をつかんだ。

「待って。こっちに、来て。」
健二は始めびっくりした顔をしてから、優子の表情を見て目に火を灯らせた。
優子が健二を引き寄せてキスをすると、健二は優子を強く抱きしめた。

健二はガタイの大きな男だ。背の高い優子は、すっぽり包まれるという、今までに無い初めての安心感を味わった。

優子が健二の耳たぶをピアスごとくわえて舐めると、健二は優子の首すじをくわえて舐めた。
健二が遠慮がちにキスをしてくるので、焦れた優子は舌を無理やりねじ込んで彼の舌に絡ませた。
健二は低い声で呻いて身をよじらせると、突然強く優子の唇に唇を押しつけて口の中を舌で激しくまさぐった。
健二が優子を押し倒して、Tシャツの下から両手を入れ親指で乳首を撫でながら優しく揉むと、優子は健二の腰からタオルを取ってペニスを右手で軽く握りしめた。

「ううっ。優子ちゃん、マズイよ。優子ちゃんに入れちゃダメだよね?」
「…ゆっくり、動けば大丈夫じゃないかな?でも健二が心配なら、私が手と口でしてあげる。」

優子はペニスを握っていた右手を上下に動かしながら身を起こして、下から上へ何回も舐め上げてから口に全部含んで頭を動かすと、健二は目をつぶって悶絶した。
「ああ、マジで気持ち良い。優子ちゃんすげぇよ。うあっ!」
「口の中で出して良いよ。」
優子がそう言ってまた口に含むと、健二は優子の頭を持ち上げてキスをした。
「優子ちゃん、もういいから。今度は、俺が優子ちゃんを気持ち良くしたい。」
健二がそう言って優子の服を全部脱がせ、乳首を交互に音を立ててしゃぶったり、舌の先で弾いたりすると、優子は甘い声をあげた。

健二は、優子の顔を見ながら唇と乳首にキスをして、中指と薬指を中に差し込みゆっくりと優しく左右に回しながら出したり入れたりした。
「ああんっ、健二、それ気持ち良いよ、ああっ。」
「もっと、気持ち良くしてあげるから。」
健二は指を抜いて、優子の性器全体をなぞるように舌先で舐め回したあと、クリトリスを食べるように唇を動かした。
「あっ!ああ〜、あっ!あっ!健二、もう、いっちゃう!ああ!」
優子が腰をビクビクさせて達しても、健二は優子の足を押さえつけて唇と舌を動かすのを止めなかった。
優子が腰を動かしながら目をつぶって悲鳴を上げると、健二は指で性器を広げて中まで舌を挿し入れ、溢れる液体を音を出して吸った。
「ああっ!あっ!健二っ、お願い、もう入れて!我慢、出来ないよ、ああんっ!」

突然、健二は優子の股の間から顔を上げて、真剣な顔で言った。
「優子ちゃん、俺、コンドームした方が良いのかな。ちょっ、待って!ウィキペディアで調べるから!」

いきなり快楽の頂上から蹴落とされて呆然となった優子は、健二が真っ裸で正座しながらスマホで検索する姿を眺めた。

「あ!あった!……うん、うん、やっぱコンドームした方がいいみたいだよ!
…あんま深く入れるなって、マジかよ。」

優子がサイドボードからコンドームを出して渡すと、健二は律儀に付けてくれた。
「ゆっくりやるつもりだけど、もし痛かったら言って。」
「うん、分かった。」
健二は優子にキスをすると、ゆっくりとペニスを挿入した。
健二が舌を出して誘うと、優子も舌を出してそれを受け止めた。2人で舌を舐め合いながら見つめ合ってゆっくり動いていると、優子は高槻の時には感じた事のない幸福感で満たされた。
健二が甘えるように優子の乳首を吸うと、優子はまるで息子を抱いているような感覚に落ち入った。

健二は本当にゆっくりと、奥を突かずに気をつけながら動いてくれた。速く動きたいのを我慢しているからか、健二は震えて優子の体の上に汗を落とした。
ゆっくりとした動きで長いこと入れたり出したりしたあと、健二はペニスを抜いて自分の手で射精した。


何時もなら他人とくっついて寝るのは苦手な優子が、この日は健二に抱かれながら深い眠りに落ちた。

翌日の昼頃に優子が目を覚ますと、健二は既に帰っていなかった。
スマホを見ると、日比野と麻理と香苗から電話履歴があった。
「日比野です。昨日電話出れなくてごめんなさい。それから、曽我部くんが大変なご迷惑をお掛けしました。あれから大丈夫でしたか?また連絡します。」
「もしもし⁉︎優子、電話いま気付いたの、本当にごめんね!昨日は曽我部さんのせいで最悪な事になったね。また電話するね!」
「香苗ですけど、曽我部くん昨日優子の服に吐いて大変だったのに、放ったらかしにして本当にごめんね!車返すのいつでもいいし、私か慧くんがそっちに車取りに行くから、都合良い時教えてね。また電話します。」
3人からの留守電を聞いていると、チャイムが鳴ったのでインターフォンの画像を確かめた。高槻だった。今1番顔を合わせたくない男だ。

今日は日曜日だから普通なら家族と過ごして私とは会わないはずなのに、優子は先週妊娠が分かってからクラブのお店を辞めて、高槻の電話もメールも着信拒否していたから直接来たのだろう。
本当はずっと居留守を使い続けて自然消滅にしたいと思ったけど、きちんとケジメを付けなければならないと決意して、マンションの入り口のロックを開けた。

玄関のドアを開けると、高槻は普通の顔をして当然のように靴を脱いで部屋に入って来た。何も言わずに優子にキスをしようとしてきたので避けると、冷たい笑みを浮かべた。
「店も辞めたんだな。もう別れたいのか?…別れられると思ってるのか。」

傲慢な高槻の顔を見上げた時、優子は自分の心の変化に驚いた。少し前まではこの冷酷で強引なところに夢中だったのに。少し前までは別れたいのかも自分で分からなかったのに。
健二の裏表のない笑顔が今は1番恋しいと思った。

「もう別れたいの。もう2度と会わないから。帰って。」
「おれは別れない。」
高槻が優子の両腕をつかんで無理やり壁に押しつけようとした時、玄関の外から、福山の『家族になろうよ』を真似しながら唄う健二の大きな声と足音が近づいてきた。

今1番恋しい男が、1番最悪なタイミングで戻って来た。優子はこのまま部屋の前を通り過ぎて欲しいと願ったけど、当然ながらこの部屋のチャイムが鳴った。
「優子ちゃ〜ん!起きてる〜?開けてー!服クリーニングに出してきたよ!あと、妊娠中だから酸っぱいもん欲しいと思って、CCレモンと梅干し買ったよ〜!あと、うぉっ⁉︎」
私が扉を開けると思っていた健二は、扉を開けた高槻を見て部屋番号を確かめた。高槻の後ろから私が顔を出すと、健二はとどめの一言を放った。
「優子ちゃん、、こいつが、お腹の子の父親?」

仕事だと家族に偽って出てきたのだろう、完璧なビジネススーツ姿の高槻と、さっきしまむらで買ったばかりのTシャツとルーズパンツを着てガリガリ君をかじる健二が玄関で睨み合った。

「お腹の子、って何。優子妊娠してるのか?…誰の子だよ。」
高槻が尋ねてきたので、もう隠すのは無理だと思って白状した。
「高槻さんの子。」
高槻は力が抜けたように壁にもたれかかって、整っていた前髪をかき上げた。
「まさか…おろすよな?」
「それは…」

その時、健二が怒りを抑えた声で言った。
「俺が優子ちゃんとお腹の子の面倒みる。オマエにはもう関係ねぇから帰れよ。」
高槻は健二を無視して優子の方を向いたまま言った。
「まさか、産むつもりなのか?…冗談だろ。おれの知らないところでおれの子が育つとか、気持ち悪ぃ。勘弁してくれよ。」
「気持ち悪いってなんだよ!オマエには関係ねぇっつってんだろ!」
健二が食べかけのガリガリ君を高槻に投げつけると、スーツの襟をつかんで今にも殴りそうになった。
「お前こそ、関係ないだろ。離せよ。」

「2人とも、やめて!高槻さん、帰って。お腹の子の事は、私が決めるから。とにかくあなたとは別れたいの。もう2度と来ないで。」
「手術代と慰謝料は払う。また連絡する。」
高槻は、健二の目を睨みつけながら、スーツの襟を正して早足で出て行った。

優子の目の前に現実が立ちはだかった。
優子が昨日の夜に見た夢は、昼間の太陽の明るい光にさらされて儚く霞んでしまった。


扉が閉まって勝ち誇った顔をする健二に、優子が告げた。
「健二も、帰ってくれる?
…やっぱり、私、無理。」

健二は何かを言おうとして言葉を飲み込むと、優子をきつくきつく抱きしめてキスをした。
健二は日なたの健全な匂いがした。健二が優子の両頬を挟んで舌を差し入れると、優子は健二の首に両腕をかけて全身を彼に預けた。
「目を開けて俺を見て。」
健二に囁かれて優子が健二の目を見ると、健二は泣きそうな顔をして優子の舌と舌を絡ませた。

健二は優子から離れて苦しそうな顔で目を閉じると、いつでも電話して、と言い残して部屋を出て行った。

健二が置いていったスーパーの袋の中を見ると、CCレモンとガリガリ君のグレープフルーツ味と梅干しと、底の方に1500円の値札の付いた、キュービックジルコニアの指輪が入っていた。
優子は指輪を握りしめながら声を出して泣いた。


その日、優子は香苗に電話して車を返した。
そして、火曜日に中絶手術の予約を入れた。


毎日誰かから電話かメールが来ていたけど、全部無視した。その週はほとんど部屋に閉じこもって過ごした。
昼もカーテンを閉じて、お腹に入れるのはアルコールだけ、という生活を送っていた。

金曜日の夜に香苗と麻理が訪ねてきた。

扉を開けると、香苗がいきなり抱きついてきた。
「優子、ごめんね。知らなかったの。曽我部くんから聞いたよ。全然連絡取れないから、様子を見てきて欲しいって。すごく心配してたよ。私も、優子に電話しても出ないからすごく心配したんだから。」
香苗がそう言って泣くと、麻理も眼鏡を取って涙を拭った。
「…すごく、痩せたね。なんか美味しいもの食べに行こうよ。」

2人と一緒に、優子は1週間ぶりに外出して食事の美味しい居酒屋に入った。
「曽我部くん、何て言ってた?」
優子が2人に聞くと、2人が顔を見合わせ、2人とも少し困った顔になった。
「実は、車の後ろに、結婚式の引き出物が入ったままで、電話したんだけど優子は出なかったでしょ?忙しいのかな、と思ってたんだけど、昨日曽我部くんに引き出物を渡しに行ったら、曽我部くんが、優子が死んでるかもしれないってすごい泣くから私、ビックリしちゃって。」
「そうなの。香苗から私にも電話来て、曽我部さんが言うには、その…優子が道ならぬ恋をして妊娠しちゃったんだけど産めないから、中絶したかもしれない、いくら電話やメールしても返事ないし既読にもならないから、死んでるんじゃないかって号泣してて。それで、私と香苗で優子の様子を直接見に行こうって事になったの。…本当なの?」
優子は2人に、高槻との間にあった事を話した。それから、結婚式のあと健二がうちに泊まっていった事も。

2人は高槻の話の部分は大人しく聞いていたが、健二の話の部分になると、目を見開いて何回も声を出して驚いた。
「ええっ⁉︎曽我部くんあのあと優子のうちに泊まったの⁉︎で、結婚したいって言ったの⁉︎ええっ⁉︎」
「ええっ⁉︎曽我部さんが優子のファンなのは知ってたけど、まさか優子があの人とそんなことになるなんて!だって優子の今までの彼氏とはまるで正反対のタイプじゃない⁉︎」

「そっかぁ、そんな事があったんだね…。結婚式の時も辛かったよね。ごめんね、気づいてあげられなくて。」
香苗が変な罪悪感にかられて泣くので、優子も申し訳なくて泣いた。
「何言ってるの、香苗は何も悪くないんだから。全部私が悪いのに。」

そのあと優子は香苗の新婚生活をからかったり、麻理の腐女子っぷりをいじめたりしてこれ以上暗くならないように気を使った。

3人で席を立とうとした時、香苗が突然思い出したように椅子の下に置いてあった紙袋を優子に手渡した。
「そうだ!曽我部くんから預かってたの、忘れてた!はい。」
優子が紙袋の中を覗くと、クリーニングされてビニールに包まれたプラダのワンピースと、上着と、白い封筒が1つ入っていた。

部屋に帰って封筒を開けると、意外にも達筆で力強い文字の、縦書きの手紙が入っていた。

[優子ちゃんへ
電話もメールも通じないので、小2の時に同じ住宅だったりおちゃんに書いて以来の手紙を書きます。
優子ちゃんが心配で、香苗ちゃんと麻理ちゃんに全部話してしまいました。ごめんね。
体は大丈夫かな?元気にしてる?
ところで、盆休みに徳島に一緒に行かない?今の父ちゃんの実家なんだ。
今年は弟と妹が一緒に行くだけだから、遠慮はいらないよ。
阿波踊りがとにかくすごいよ。
一度優子ちゃんにも見せたいんだ。
返事いつでも待ってます。
大好きだよ。
曽我部 健二 ]

優子は、健二の自分への気持ちを良く分かっていた。

優子と健二が初めて出会ったのは、3年前、健二が香苗に友達を紹介しろと迫って行ったコンパだった。それ以来健二はたまにデートに誘ってくるようになったけど、優子は全て断ってきた。
(あの結婚式の日の夜は、事故が起こったようなもの。健二に思わせぶりな態度をとらないように気をつけよう。)

[徳島へ誘ってくれてありがとう。でも、お盆にはいつも自分の実家へ帰るので行けません。それから、服受け取りました。ありがとう。]

あの日の事を思い出させるような内容を避けて健二に短いメールを送った。

3秒くらいで返信が来て優子が確認すると、
[いまでんわしてもいい?]
という全ひらがなのメールが返ってきた。優子は思わず、手術して以来初めて笑顔になった。
でもそのまま返事を返さずに放っておいた。


それから毎日健二からメールが来るようになった。
それまで健二の仕事も知らなかったけど、健二は体育の家庭教師をしていて、小学3年のゆうやくんが逆上がり出来るようになったとか、小学5年のりんちゃんの100メートル走が0.2秒速くなったとかの近況報告が送られてきた。
いつの間にか優子は健二の近況報告メールを見るのが楽しみになっていた。


しばらく経つと優子は貯金がなくなってきて、住んでいた高いマンションから安いアパートに引っ越して、それまで持っていたブランドの服や鞄や宝石をほとんど質屋に売った。

そして工場の部品を扱う近くの会社の事務員として働き始めた。

自分の心の弱さを一番よく知っている優子は、もう夜の商売には手を出さないことにした。クラブで働いていると高槻のような既婚者に誘われる機会が多いからだ。もう不倫の苦しみを味わうのは懲り懲りだった。
夜働いていた時よりも金銭的には苦しくなったけど、心の負担は軽くなった気がした。



結局、高槻からは電話もメールも何1つ来ないまま夏がやってきた。



8月11日、優子の会社がお盆休みに入ったので、優子が暇つぶしのためのDVDを借りにツタヤに行くと、本当に偶然健二と出会ってしまった。

「あれ⁉︎優子ちゃんじゃん!髪切って色ダークにした?すげぇ可愛い!」

健二に会うのはあの日以来、2ヶ月ぶりだ。
健二が結婚式の夜以前と何も変わらぬ態度で接してくれたので、優子の緊張は何処かに飛んで消えた。

「久しぶり。お盆どこも混んでるから出かけたくなくて、うちに籠ろうと思って。じゃあ、ね。」
優子は健二が1番興味の無さそうな韓流ドラマの棚へ行こうとすると、後ろから肩を強くつかまれた。
「え⁉︎実家へ帰んないの⁉︎優子ちゃんどこにも行かないなら、今から一緒に徳島行こうよ!俺、車の中で見るDVD借りに来てたんだ。」

(まずい。お盆は実家へ帰ることになってたんだった…。)

「ああ、ええと、明日お墓参りが…。」
優子がゴニョゴニョ言いながら健二から後退して遠ざかろうとしていると、健二の後ろにいた、健二によく似た雰囲気の男の子が声を出した。

「優子さん、ですか?健にいがずっと片思いしてるって人?健にいの言う通り、めっちゃ綺麗な人だね!一緒に徳島行きましょうよ!」
更にその後ろからショートカットの可愛いらしい女の子が顔を出した。

「この人が優子さん⁉︎わぁ、本当だ、すごい綺麗!一緒に徳島行きたい!お話したい!メイクの仕方とか教えて欲しい!」

健二と健二の弟さんと妹さんの全く邪気のない強烈な笑顔と、阿波踊りの吸引力のせいなのか、優子は思わず頷いてしまっていた。


優子のアパートに荷物を取りに行き、健二の白のラシーンに乗って4人で徳島へ向かった。
不思議な事に、健二には久しぶりに会った気がしなかった。毎日近況報告メールを読んでいたからだろうか。徳島まで休憩3回入れて約4時間の間、気を使う事も退屈する事もなかった。車内の密室で長いこと過ごすのに、3人といると実家にいるよりもくつろげた。


一度だけ、淡路SAで優子がトイレから出て健二の方に歩いて行く瞬間、分離用の柵に腰掛けてアイスコーヒーを飲む健二の顔から笑顔が消えて、健二は優子の顔を眩しそうに眺めて切ない顔をした。
優子は中学生の時のデート以来久しぶりに恥ずかしくなった。

健二のお爺ちゃんの家は、徳島市から少し離れたところに建つ、有名なアニメ映画に出て来るような大きくて古い和風のお家だった。

「爺ちゃん!えっとぶりやなー!元気してた〜?」
「健二、浩司、さくら、えっとぶりじゃなぁ。おまはんはどなたさん?」
「健にいの彼女だよ!爺ちゃん綺麗な人じゃろ?」
「ごっつい、ほんまにやにこい人でぇ。」

その夜は近所の人達がお爺さんの家に集まって宴会になった。まだ未成年の健二の妹さくらちゃん以外みんなとにかく飲みまくりだった。
「健ちゃん!ごっついべっぴん連れてきたのぉ!おまはんのコレか!」
「あぁほうで。ちょっと!おっちゃん!優子ちゃんいらわんといて!」
徳島弁バリバリの健二は香苗の結婚式の時のごとく、全員に酒を注いで注がれて飲んだ。
優子も負けずにクラブホステスの実力を発揮して、その夜は久しぶりに酔うほど飲んだ。

長時間の運転と大量のアルコールで、健二はすぐに酔い潰れて、刺身醤油に右頬を漬けていびきをかき始めたので、近所のおっちゃんが布団の敷いてある奥の部屋に引きずって行った。
夜中の1時頃に宴会がお開きになって、近所の奥様方と台所でお皿を洗って片付けていると、さくらちゃんが横に来て話しかけてきた。
「健にい、最近元気ないんだ。家族で集まるといつもウルサイくらい喋るのに、ここのとこため息ついてばかりで。」
優子には思い当たる事が山ほどあるから、さくらちゃんの顔を見れなかった。
「…そうなの?」
「優子さん、健にい、ほんっとにバカだけど、すごく優しいし良い人だよ。」
さくらちゃんはそう言うとテーブルの茶碗を取りに行った。

どうやらみんな気をきかせてくれたようで、優子と健二が寝る部屋は同じだった。
健二の寝ている部屋に行ってTシャツと短パンに着替えていると、暗闇の中、健二が後ろからかすれた声で話しかけてきた。
「優子ちゃん。」
「ヒャッ!びっくりした。起きてたの?」
「うん。こっちこん?」
健二がタオルケットをめくったので、酔っぱらった優子は何も考えずに健二の懐に潜り込んだ。

「健二の周りはみんな良い人ばかりだね。良い家族に恵まれて羨ましい。」
健二の大きな体に抱かれると、いつも優子の素直スイッチがオンになる。
「優子ちゃんは、お父さんが小さい時に出てっちゃったんだよね?」
「うん。お母さん仕事で忙しかったから、お祭りなんか連れてってもらったことないの。小さい頃から周りが羨ましかった。みんなディズニーランドとか家族で行ってて。お金なくていつも同じ服だったから馬鹿にされたり。いつも、自分だけなんで?て思ってた。」
酔ったせいなのか、健二の素直スイッチのせいなのか、優子は親友にも話した事のない話をした。
健二は何も言わずに優子を抱く腕に力を入れて、優子の頭を優しく撫でた。
「そういえば、優子ちゃんあの高そうなマンション引っ越したの?」
「うん。夜の仕事辞めたの。今、事務で働いてる。」
「そっか。」
健二はただ黙って優子が話すのを聞いてくれた。良いとも悪いともジャッジをせずに。
お互いに子供の頃の思い出話をしばらくしてネタが無くなった時、健二がため息をついた。
「今日は朝早よから運転しよったけんしんどいし、日本酒飲み過ぎてもう立たれんと思ったのに。」
「ふ〜ん?」
健二は優子を抱きしめて首元に顔を埋めた。
「はぁ。優子ちゃん、大好き。でも、優子ちゃんは俺のこと好きじゃないんだよね。だから我慢する。」

優子は以前のクラブの仕事とは裏腹に、この2ヶ月間男とほとんど接触せずに生活を送ってきたし、健二と関係してから誰ともセックスしていなかった。
久しぶりに健二の大きな体に抱かれて優子はみぞおちあたりがゾクゾクした。
今まで2ヶ月間我慢して溜めてきた欲情のダムが崩壊するのを感じた。

「別に、やればいいじゃない。1回やったんだから、何回でも同じことでしょ。」
優子が健二の後頭部の短い髪をいじくると、健二は優子の首元でため息をついた。
「だめ。優子ちゃんがまけまけいっぱいになるまではやらん。」
「うん。」
「…優子ちゃん、俺の股間を足で、グイグイしてない?」
「気のせいじゃない?」
「んんん。うあっ!優子ちゃんっ!」

突然健二は優子の上に覆い被さって、優子を羽交い締めにした。
優子の両腕は上に押さえつけられ、足は健二の足で押さえ込まれ、健二の顔は優子が顔を少し動かせばキスできるくらいの近さにあった。
「優子ちゃん。マジで、俺のこと、どう思ってる?」
健二が滅多に見せない真面目な顔で聞いてきた。
「…何とも思ってない。ただ、近くにいるからやりたいだけ。」
優子は嘘がばれませんように、と願いながら瞬きせずに答えた。

健二は辛そうな顔をして優子をしばらく見つめたあと、突然優子から身を離して立ち上がった。
「分かった。俺、あっちの部屋で寝るから。」
そう言うと、健二は隣の部屋の襖を開けて出て行った。

優子は網戸越しに街灯のない外の真っ暗闇を見つめ、自分の街では聞いたことのないコオロギやスズムシの大きな鳴き声を聞きながら眼を閉じた。

翌日起きると家の中には誰もいなくて、蝉の声と、遠くから笛と太鼓の音が聞こえた。
健二の名前を呼んでも返事が無かった。

広い家の中をうろうろしていると、昨日宴会で会った近所の奥さんが来てにっこり笑って優子の手をつかんだ。

「健ちゃんもう着替えて練習行ったでぇ、阿波踊り。優子さんも、行くんじょ。」
奥さんのあとについて行くと、阿波踊りの練習会場には様々な色の浴衣を着て笠を被った女の人が大勢集まっている。ハッピを着たさくらちゃんが優子を見つけて手を振った。
「優子さんもこっちきい。」

優子も浴衣を着せてもらい、笠を被って、阿波踊りの練習に参加した。
始めは単純そうな踊りに見えたのに、やってみると手の動き1つでも繊細で合わせるのが難しい。
こんな風に大勢で集まって踊るのは初めての経験で、優子は楽しくて、夢中になって汗だくになりながら踊った。

ふと気付くと、群集の向こうから浴衣を着た健二が欲望と称賛の目で優子を見つめていた。

優子も思わず健二に見とれてしまった。
白地に青や赤の模様が入った浴衣を着て鉢巻をした健二は、本当に悔しいほど格好良かった。
背が高くて華があるので、大勢の人の中にいてもすぐに分かる。

優子が健二の方へ向かおうとした時、可愛い女の子が健二に近付いて話しかけた。
健二がいつもの輝くような笑顔で女の子を見ると、女の子は赤くなってとても嬉しそうな顔をした。
彼女は毎年お盆に帰ってくる健二のことが好きなのかもしれない。
純粋な笑顔を持つ彼女のような女の子なら健二にお似合いだと思った。

(健二のように真っ直ぐで善良な男は自分には似合わないって、この2ヶ月間ずっと自分に言い聞かせてきたはずなのに。)

突然猛烈な嫉妬心に駆られた優子は、健二に見つからないようにこっそりと練習会場を飛び出した。

慣れない下駄を履いて坂道を上がっていると、左足の指に鋭く痛みが走った。見ると、血が滲んでいる。
健二と一緒にいたら、こんな気持ちになるのは最初から分かっていたはず。やっぱり来るべきじゃなかったと後悔した。

健二の祖父の家に着いて足袋を脱ごうとしていると、健二が息をきらして走ってきた。

「優子ちゃん!いきなりいなくなるからビックリしたじゃん!どうかした?」
「健二、15日までここにいるんだよね?」
「うん、そうだよ。優子ちゃんもお盆休み16日までだから大丈夫だったよね?」
「私、今から電車で帰る。ごめんね。急に用事が出来たから。」
「えっ⁉︎じゃあ、俺車で送るよ!」
「何言ってんの、弟さんと妹さんがいるのに。健二はここに残って。私1人で帰るから。」

優子が慌てて奥の部屋へ行こうとすると、健二に手をつかまれた。
「待って!足から血出てるじゃん!ちょっと見せて。」
健二が優子の左足の足袋を脱がそうとすると、優子は健二の胸を蹴って押し倒した。
「だめ!やめて!自分でやるから!」
異常なほど拒否る優子を見て、健二が悲しい顔をした。

「俺が昨日別の部屋で寝たことそんなに怒ってんの?だから急に帰るわけ?
昨日は俺だって、すっんげぇやりたかったけどさ、またやったあと優子ちゃんと連絡取れなくなったら、すっんげぇ余計に悲しいじゃん。」
「…分かってる。阿波踊り、練習だけだったけど、すごい楽しかった。連れて来てくれてありがとう。タクシー頼むから大丈夫。もう行ってよ。」
「ちょ、ちょっと待って優子ちゃん!…泣いてんの?なんで?泣きたいの、俺の方じゃん。」

健二は優しく優子の頭から笠を取った。
優子は自分の涙腺を呪った。
こんなところで泣いたら、今までの努力が全部水の泡だ。

「なんでもない。あっちへ行って。阿波踊り始まっちゃうよ。」
優子は健二から顔をそむけたけど、顎をグイッとつかまれて元に戻された。優子は健二と目を合わせたくなくて目をギュッとつむった。

「優子ちゃん、俺、昔っから母ちゃんに、あんたは頭良くないけど性格だけはとびきりいいよね、って褒められて育ったんだ。俺、確かにバカだけど、優子ちゃんのこと幸せにする自信だけはあるよ。」
「…あんたはバカなんかじゃない。それに、あんたみたいな良い人間には私なんか似合わない。」
「ええ?」

優子のダムはこの時完全に崩壊した。
もう隠せない。

優子は涙を流してしゃくりあげた。
「私は、人殺しなの。奥さんと子供のいる人と、不倫してた、酷い女なの。
ずっと、幸せな人達を恨んで生きてきたような女なの。
あんたの家族に、顔合わせられるような人間じゃないの。」

「優子ちゃん、俺の目を見て。」
優子は泣きじゃくりながら顔から手をどかして健二の目を見た。
健二の目にも涙が滲んでいた。
「優子ちゃん、本当は俺のこと好きだよね?」
健二が静かに聞くと、優子は小さく頷いた。

次の瞬間、健二は優子を右肩に担ぎ上げて、暴れる優子を奥の部屋へ運んだ。
健二が布団の上に優子を横たえると、優子は大人しく降参した。
健二が血の滲んだ優子の左足の足袋を脱がせた。
「んん?優子ちゃん、足の指にこんな指輪なんか付けてるから血が……これ、俺が買ったやつじゃね?あん時、しまむらで俺が優子ちゃんに買った指輪?
足につけてたの⁉︎ずっと?なんで?」
優子は真っ赤になった顔を手で覆った。
「ほんとは嬉しかったの。でも健二にばれるの嫌だから…。」

健二は優子の左足の薬指にはまった指輪をゆっくり取って、擦れて傷ついた足の指を口に含んで舐めた。それから優子の両手を優しく握って顔からどかすと、左手の薬指に指輪をはめて優子にキスをした。
優子の全てを奪おうとするような、貪るようなキスだった。

健二はブツブツ文句を言いながら苦労して優子の帯を取ると、浴衣とじゅばんを広げて、優子の胸を寄せ上げ乳首を舐めたり吸ったりした。
優子が健二の頭を撫でて髪の毛を逆立てると、健二は顔を上げて少年のような笑顔を見せた。優子は健二への愛情でたまらなくなって、健二の頭を引き寄せて舌を出してキスをした。
2人で息を荒くして舌を吸い合って、切ない顔で喘ぎ声をあげ合った。

健二が優子の目を見つめてキスをしながらクリトリスを中指で優しく撫でると、優子は鳥肌が立って激しく震えた。
「ああっ、お願い。」
優子が健二の浴衣の裾から手を入れてボクサーパンツの上からペニスを撫で上げると、健二も震えて苦しそうな顔をした。
健二は優子の手をとって自分の下半身からどかすと、
優子の足を広げて舌の先を上下に動かしてクリトリスを舐めた。
「あ〜!気持ち良いよぅ、ああっ、あっ!」
優子が右手を伸ばすと、健二は左手でギュッと握り返してくれた。

健二は時間をかけて舌と唇を動かし続けた。健二が音を立ててしゃぶったり吸ったりするたびに優子は悲鳴と喘ぎ声をあげた。
何度も繰り返し、繰り返し絶頂が訪れて、優子は腰を浮かせて全身を痙攣させた。
「健二、もうだめぇ、お願いだから、あっ!ああ!」

健二はまだ許してくれなかった。クリトリスを舌先で弾くように舐めながら、中指を優子の中に差し込んで、グリグリと回しながら色んな角度で突いた。

初めて見る健二の攻撃的な視線に、優子は興奮で全身を震わせ涙を流した。

「俺のこと好きって言って。もう離さないで、って言って。」
「健二、健二、大好き。愛してる。もう、ずっと、私を離さないで!」

健二はようやく優子を解放して強く抱きしめた。
前よりも色が濃くなって真っ直ぐにした肩までの優子の髪を撫でて、片手で優子の涙を拭った。
「ああ、ずっと、それ聞くの待ってた。
俺も愛してる。もう絶っ対離さねえから。」

どんなに汗を流しても、やっぱり健二からは日なたの良い匂いがする。
優子の耳に蝉の声と祭囃子の音が戻ってきた。

9月になったある日の夕方、優子が会社の用事で銀行に行った帰り、通りかかった公園で健二が4人の小学生に逆上がりを教えているのを見かけた。

優子は少し離れた所で観察することにした。

「ケンせんせぇ〜、無理だよぅ、出来ないい。」
「先生が、足持ってやるから。脇をしめて肘をこう…よし!かいと君、今だ!足を上に思い切り振り上げろ!」

「イッテェ!!先生のちんこ蹴るな!
これから一生何回も使う大事なとこなんだぞ!気をつけなさい!」
優子が声を出して笑うと、生徒達が一斉にこちらを向いた。

「あっ!優子ちゃんじゃん!もう仕事終わり?チューしたいけど子供たちがいるから我慢するよ!」
「違うの、会社の用事で銀行へ…」
「わあ、すごく綺麗な人だね!ケンせんせぇの彼女⁉︎」
「ええ⁉︎ウソ!ケンせんせぇにはもったいないよね!」
「ケンせんせぇ私と結婚してくれるって、こないだ言ったのにぃ。」
「ねえねえ、おねえさん、ケンせんせぇと結婚するの?」
優子が4人の子供に包囲されて困っていると、健二もその仲間に入った。
「めいちゃん、その答えはケンせんせぇも聞きたい。ねえねえ、おねぇさん、ケン先生と結婚するの?いつ?」
健二がめいちゃんの口調を真似ながら言った。

「…バカッ!」
優子は健二の股間を蹴って公園から走って逃げた。
「ウオッ!ヤベェ!マジで痛ぇ…!」
「ケンせんせぇ、大丈夫?」

昨日見た夢

昨日見た夢

私のこと、キライですか? に出てきた優子が主人公です。 お話に妊娠、堕胎の内容を含みますので苦手な方は閲覧をご遠慮ください

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 成人向け
  • 強い性的表現
  • 強い反社会的表現
更新日
登録日
2016-03-01

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