宝くじに当たった男 第6章

ドリーム

 第六章  能登編  

 その翌日に正真正銘の恋人、浅田美代子と逢っていた。
 なぜ正真正銘かと言えば、あの料亭で愛を告白まで「友達でいましょう」なんて言われる懸念があったからだ。
 だが浅田美代はアキラの想像の域を超えた返事をくれた。美代は恥ずらいながらも承諾してくたれのだ。
 真田と相田社長公認で将来を誓いあった仲なのである。
 いわば婚約者に近い最愛の人、浅田美代だ。
 そんなアキラの顔は、厳めしい顔と巨大な体格に似合わない笑顔で美代と談笑していた。
 「え~~? アキラさんまた旅に出るのぉ」
 「ゴメン。どうしても沢山の旅館や施設や環境など見ておきたいんだ」 
 美代は少し拗ねた顔をして言った。
 「アキラさん、私はどうなるの? 置いて行くきなのね」
 「いや、あの~~出来れば一緒に……でも美代ちゃん会社もあるし、それに美代ちゃんが両親になんて説明するのかと考えたら誘いにくいし」
 アキラは美代に迫られて焦ったが、こんな宛てのない旅に美代を誘えない。
 「冗談よ。アキラさんらしいわ。真面目なのね。普通の男の人だったら相手の都合より自分の都合に合せたがるのに、そんな処が好きよ」
 「なっなんだぁビックリしたなぁ。怒ったかと思ったよ」
 「え、私が怒ると怖いの?」
 「そりゃあ怖いよ。美代ちゃんが怒るのが、この世で一番怖いよ」
 「でもアキラさん。私もう子供じゃないわ。会社勤めも交際も両親を心配させないくらいの行動は心得ているわよ」
 アキラは、これからの計画と夢を美代に熱く語った。
 この旅が終わったら、その夢を実現の為に美代に協力して欲しいと、つまり将来は美代に旅館の女将になって欲しいと告げたのだった。美代も心得ていた。それほどアキラの心が読めるようになったのだ。
 もう此処までくれば二人の仲は本物だ。
   
 最愛の恋人、浅田美代にしばしの別れを告げてアキラは旅支度をしていた。
 最初に南は四国まで北は東北、北海道へ大ざっぱだが車で日本国内を周った。
 でも日本だって広い日本海の方はまだ行っていない。念入りに各地を見るとなると大変な月日が掛かる。
 今回の予定は、まず長野、新潟から日本海を南へ石川から能登半島、福井へと山陰、山陽を周って、あわよくば瀬戸内海を渡り福岡から九州に入ろうかと決めていた。ただ途中で変わるかもしれない。其処はアキラ流であり、その時次第と言う事らしい。
 アキラは松の木旅館に電話を入れて、また旅に出る事を告げてアキラの子分? いや将来アキラの右腕になるであろう山崎恭介にも、なんの為の旅か説明した。
 恭介は今、松の木旅館の為に働くが将来は何があってもアキラに着いて行くと、くどい程に何度も聞かされている。今度ばかりはアキラも責任を大いに感じている。勿論、自分の為でもあるが恭介にも夢を与えたい。
 そして恋人、浅田美代との将来設計も含めてアキラを後押ししてくれる人の為にも、期待に応えてアキラは男を上げたかった。
そして朝から旅の準備に追われていた。

 その時、アキラの部屋のチャイムが鳴った。こんな時間に誰だろう?
 忙しいのにと、やや不機嫌な声で応答した。
 「ハイ、どちらさんでしょう」
 「こんにちは美代です」
 なんと予想もしなかった。浅田美代が突然の訪問だった。
 「美代ちゃん~~あれ~どうしたの? びっくりしたなぁでも嬉しいよ」
 あの不機嫌は何処へやら、アキラはなんともデレ~とした顔で部屋に招き入れた。
 「ごめんなさい。なにか手伝う事ないかなあと思って来たのよ」
 なんと思いもよらない美代の訪問にアキラは嬉しくなった。
 「実は何を揃えようかと考えていたんですけど、さっぱり分からなくて最高の助っ人だよ。本当に有り難いなぁ」
 二人は顔を会わせて、ニンマリと笑った顔が幸せに満ちていた。
 「それなら今から旅に必要な物、買いに行きません?」
 「あっそれはいい。では早速行きましょう」
 女性でなければ気が付かない、旅に必要な物を次々と美代は選んでくれた。
 例えば医薬品や着替えや日用品など、そして最後に進めてくれたのはノートパソコンだ。
 アキラも大学中退とは言えパソコンは使える。勿論今時パソコンを使えなかったら仕事にも就けない。今はパソコンを使うのは最低条件だろう。
 昔はソロバンさえ習えば就職に有利とされた時代だが、時代の流れは進化している。
 世の中は大きく変わって行く。今の時代、無線回線を利用すれば全国どこからでもインターネットに接続出来るのだ。バッテリーは車からでも供給出来るので問題がない。
 アキラも其処までは考えてなかったが、それにより美代とはいつでもメール交換が可能で、デジカメで取り込んだ写真を送れる。なんとも便利な時代になったものだ。
 携帯も沢山の機能は付いて居るが、やはりパソコンが使えるならベストだろう。この時代まだ携帯電話は一人一台まで到ってなかった。
 ただネットワークもネットに繋ぐ場所は限られていた。ホテル、レストラン,バーガーショップなどではかなり復旧しているが時間の問題だろう。
 アキラの自慢は車を改良してキャンピングカーとは云わないが、寝泊りが出来てテーブル付きで、家庭用の電源も車から供給出来る動くオフェスなのだ。
 アキラと美代は買い物も揃えて終えて、一段落して近くの喫茶で珈琲を飲んだ。これまで美代とのデートはレストランで食事する事が殆んどだったが、こうして日用品など一緒に買うのは初めてだった。
 まるで新婚さんが、これから家庭で使う日用品を揃えるような気分を味わった。近い将来こんな日が来れば良いとアキラはデレ~と想像していた。
 それは良いが、これから暫らく逢えない。二人はマンションに戻り一息した。
 二人の目がなんとなく合った。黙って見つめる。それは無言の言葉だった。
 自然の成り行きか二人は熱いキスを交わし、しばしの別れを惜しんだ。

 翌日の早朝、アキラは関越自動車道を走っていた。
 今回は高速と気が向いたら一般道を走るもりだ。夕刻までには宿を取りたいので午後四時には日本海を走っていた。
 枕崎を過ぎて糸魚川市に入って来た。JR線が海側を走っている。
 その糸魚川の先に青海町がある。そこには変った地名があった。
 親不知、子不知(親知らず、子知らず)と読むらしい。
 その親不知の海岸を通り過ぎて時間を見たら もう旅館の予約を取らないと夕食にあり付けなくなると適当な駐車場を見つけて停車した。
 こんな時になって、浅田美代の顔を思い浮かべて有難いと思った。
 幸いバーガーショップでネット回線が繋がるようだ。
 さっそくノートパソコンを取り出してネットに繋いで、適当な旅館を調べて携帯電話で予約を取る事が出来た。場所は富山県の魚津市付近。特に宿の質に拘る事もない。予約した旅館は海の側の民宿旅館らしい。

 富山湾には、もう日が落ちかけて海面が夕日で赤くそして黒く染まりつつある。本当にその民宿は海が目の前にあった。
 民宿の玄関は一般の家庭のようなそんな感じで、宿主は元漁師が経営していると言った雰囲気だ。年は五十後半と言った処か、いかにも漁師を思わせる感じの男が応対した。
 「お疲れさんです。え~と予約のお客さんですか」と尋ねた。
 「ハイ、先ほど電話を入れた山城と言う者だけど」
 「あぁ、それはどうもお疲れさんです。どうぞ二階の方に部屋を準備させて頂きます。お客さんは釣り客? じゃなさそうですね」
 どうやら此処は釣り宿のようだ。多分民宿で用意した釣舟で富山湾に朝早く出るのではないかとアキラは思った。
 「いや生憎ですが、車で旅を続けている者なんです」
 「あっそれは失礼、ウチは釣に来る人が殆んどなものでねぇ、お客さん東京から? それにして大きな方ですなぁ、いやいや余計なことを失礼しました」
 その大きいは、もうアキラは耳にタコが出来る程聞いた言葉だ。
 初めて会った人からは挨拶代わりに言われる。
 勿論、逆に背の低い人なら「小さい方ですねぇ」とは言わない。
 アキラも分かっている。誉め言葉と受け止めて置こうと。
 小学生六年生の時には百七十五センチの身長があった。
 母も百七十センチの長身だ。その血が受け継がれている。
 小学生の頃から大きいと呼ばれて来ているのから慣れっこだった。

 案内された部屋は、なんと六畳とかなり狭かったが仕方がない。
 ある程度は予想していた事だ。一泊二食付きで五千円だ。
 アキラが板橋で借りていたアパートと殆んど変わらないが外には海が見えるだけマシと言うものだ。
 船宿にしては泊まった事はないが食事は海の幸を豪勢に出してくれるので安いくらいかも知れない。
 両隣の部屋からは、釣仲間達だろうか釣談義が聞こえてくる。
 アキラは多少うるさく感じたが盛り上がっている所へ水を射すつもりはない。
 ところが盛り上がり過ぎたのか罵声が聞こえて来た。
 どうやら数人で酒を飲みながら釣の自慢大会となったのか?
 酒の勢いか? 勢い余って口論なのか何やらドスンドスン、バシッっと厳しい罵声と一緒にアキラの部屋まで振動が伝わって来た。
 こう言う時のアキラは敏感だ(ほう~始まったな)とニヤリと微笑んだ。
 どうやらアキラが現れると何か騒動が起きる。またまたアキラの大岡越前なみの裁きが今回も始まるのか。 
 持って生まれた巡り合わせと言うのかアキラの運命かアキラの人生に欠かせない揉め事騒動は、大好きな御馳走なのである。
 その御馳走が? 今アキラの据膳にどうぞ、とばかり出されようとしていた。
 いよいよ激しくなって更にアキラの部屋に音と振動が響き罵声が凄くなった。
 アキラも折角のご馳走だ。主役は出番のタイミングが重要だ。
 ここぞっと、ばかりアキラの登場と相成った。もう毎度馴染みのパターンである。

 アキラは隣の部屋をノックすると同時に、その襖を開けた。
 その部屋には五人が居た。みんな釣り仲間なのだろうか。
 なんと喧嘩をしている二人のうち一人は刃物を持って殺気が漲っていた。
 他の三人はなんとか止めようとしているが、刃物を持っていて近づけない。
 一方の喧嘩相手は、刃物まで持ち出しとは思わなかったのかオロオロと相手の出方を伺っている所だった。
 その三人は部屋に大男が入ってきて少し驚いて『なんとかしてくれ』とアキラを見る。その眼が刃物を持っている男の方へ視線を送った。アキラはあの時の事が頭に過ぎった。それは銀行の警備員をしている時の事だった。
 あの時は、アキラは動揺して醜態を晒したが今回は違う。経験を積んだから?
 何よりも経験は人を成長させる。それにその失敗を繰り返さない為に空手道場に通って、護身術やら刃物を持った相手対処する方法も習っていた。だからと言って絶対的な自信を持って居る訳ではないが取り敢えず以前に比べれば余裕があった。そう失敗経験者である。
 「オイオイ! 刃物を持つとは穏やかじゃないなぁ、それに旅館や他の客に迷惑なるじゃないの、外でやったらどうだ」
 なんとアキラは止めろとは言わなかった。それとも止められたら困るのか。
 「なっなんだ。オメィは勝手に人の部屋に入ってゴチャゴチャと」
 その刃物を持った男は完全に理性を無くしているのか威勢よく吠えた。
 「ほう、そりゃあ悪かったなぁ。でもよ、あっちこっち壊したら後で弁償が大変だぜ。それに営業妨害となれば百万はくだらないなぁ、いや待てよ、死人でも出れば、もう商売は出来ないから五千万いや億単位の弁償かもなぁ、いや刃物で相手を刺したとあっては傷害罪、軽くて一年、重症また死んだら三十年は務所暮らしかもな。」
 それを聞いた男はギョッとなった。務所暮らしとか弁償代が五千万とか億と聞いて、気になったらしい。
 「よ~~し外でカタを付けてやる来い」
 喧嘩相手に威勢よく呼びかけた。渋々相手の男や他の仲間も外に出た。

 玄関の入り口には旅館の主人やら板前、他の泊まり客七~八名が何事かと、その喧嘩した相手や仲間達、アキラを含めた六人を遠巻きに心配そうに見ていた。アキラは旅館の主人に言った。
 「なぁに心配しないで下さい。すぐ仲直りさせますから」と囁いた。
 釣り宿とあって玄関を出れば目の前が海だ。小さな釣り舟が並べられている。
 ちょうど良くその隣には空地があった。アキラがまたまた言った。
 だんだんとアキラのペースになって来た。もっとも楽しんでいるのはアキラだけだが。
 「おい、この空地なら迷惑にならないなぁ、どうだ。此処で」
 なにか力士が土俵に上がるのを楽しむかのようにアキラは案内した。
 どうぞ、どうぞとばかりアキラは手を空地に向けてニコニコしている。
 刃物を持って眼が血走った男が、横綱の土表入りでもするかのようにアキラの前を横切ろうとした。
 その時だった。アキラはニコニコ顔から一転、野獣の目になるやいなや、刃物を持った男の手の甲を手刀で思いっきり下に叩きつけた。その刃物が地面に落ちた次の瞬間、アキラは足で刃物を遠くに蹴り飛ばした。

 「な! 何をしやがる」
 と驚いた男は怒鳴った。
 「なんだと! 喧嘩に刃物だぁ? どう言う神経してんだぁ~」
 逆にアキラが怒鳴った。
 その男も体格がいい。見たところ身長百八十の体重九十キロ近い巨漢だ。
 普通なら相手は度肝を抜かれたかも知れないが、しかし上には上が居るものだと、その釣り仲間達が唖然として見ていた。
 「あんたは釣りに来たんじゃないのか? それも仲間と。なのになんで  刃物まで出さなきゃあならないのか、俺には分からんがねぇ」
刃物を失っても体力には自信があった男だが、目の前に現れた百九十八センチの大男。百キロを超えるゴリラの化身のような大男に一括されて男は怯んだ。
 「繁さん……酒の上の事じゃないか、もういいだろうが」
 他の三人の仲間が遠慮気味に、その繁さんなる男に声を掛けた。
 酔いが冷めて来たのかアキラに水を刺された事も幸いしてか、やっと大人しくなった。
 喧嘩相手や仲間にペコリと頭を下げたのだった。しかし、そう簡単に収まったのじゃアキラが困るのだ。
 いや、それは分からないが次のアキラの行動は奇怪な動きをみせた。
 なんとその繁さんなる男を、いきなりアキラは引っ叩いてしまった。パシッと頬を張った。その乾いた音が響く。
 やっと収まったと思ったのに、アキラ一体どうしたのだ?
 「なっ何をするんだ!」
 いきなり叩かれて繁さんなる男が怒鳴った。
 他の仲間や喧嘩相手の男も、アキラをポカンと口を開けて見守った。
 「何をするんだ、だと! アンタはが刃物を振り回した責任が残っているだろうが! 物の弾みで殺しましたでは遅いんだよ。たとえなぁ、冗談のつもりでも刃物を向けられた相手は必死だ。殺さなければ殺されると思えば相手も必死で余裕がないんだ。ハイ私が悪う御座いましたでチョンという訳に行かないんだよ」
 アキラはこう言う時の理屈が凄い。また言い分にも非はない。
 頭に血が昇った連中は精神安定の注射を打たれたような気分になる。

 しかしアキラの話は尚つづく、しつこく本当にしつこい。
 傍から見ればおかしな光景だ。説教するのは二十代の若者で、説教されているのは中年のおじさん達なのだから。
 「万が一だ。ちょっとでも怪我でもさせようものならアンタ、刃物で相手を傷つければ傷害罪ヘタすれば殺人未遂事件だ。それだけじゃないアンタの仲間とはもう修復出来ない溝が出来るんだ。オマケに奥さんや子供、親族から信頼を失う。そうなったらアンタの人生は、お先真っ暗だぜ。だから俺が目を覚ましてやったんだ。分かるかぁアァ~~~」
 と。まあ延々とアキラの説教が続くが、なにせ言っている事が、見事に当て嵌まっている。誰一人として不服を言い出す持つ者がいない。

 繁さんなる男はアキラに、見事に自分の愚かさを指摘されて下を向いたまま腕を震わせて身体がワナワナの震えているではないか。
 突然その繁さんが喧嘩相手と釣仲間の前に土下座した。
 「すっすまん。この人の言う通りだ。亀さん俺が悪かった許してくれ。決してアンタを刺すとかなんて気持ちがないんだ。つい勢いで刃物を出しなんて本当申し訳ない。皆も許してくれ」
 そんな姿を見て、亀さんと言われた男が繁さんの前に座って言った。
 「繁さん、もういいよ。顔を上げてくれ。俺だって悪いんだから」
 それを見た他の釣り仲間が二人を労わってやった。
 その釣り仲間が誰となく言った。
 「いやあ中途半端な仲裁だと後々にシコリが残って気まずいが兄さんが見事な仲裁を入れてくれたんだ。だから繁さんも亀さんも後腐れなく仲直り出来るんじゃないか、なぁみんな」
 (おう~久々に見事なアキラの大岡裁きではないか)

 それからと言うもの、いつものお決まりコースになるのは自然の法則?
 その釣り宿の夜は飲めや歌えの大宴会と相成った。
 釣りと言えば朝が早いのが当たり前だ。
 なんと言っても今回の事件の功労者アキラをほって置く訳がない。
 釣り人は釣りの心得が備わっていて酒を身体に残さないのが鉄則だ。
 なんとまぁ、アキラが釣り舟に乗る事になったのだ。
 釣りなんてアキラは、このかた一度もやったことがない。
 子供の頃、両親に連れられて縁日の金魚すくいぐらいのものだった。
 釣り宿の主人が勿論この舟の船長だ。昨日の釣り仲間五人とアキラはお礼にと、釣りに借り出されるとは夢にも思わなかった。
 お礼は有り難いのだが、アキラの嫌な予感が的中したのは沖に出てまもなくの事だった。
 それは経験した事のない恐ろしいものだった。

 桃太郎ではないが舟はドンブラコ、ドンブラコと上に下に横へと揺れる。
 アキラにして見ればもう天と地が逆さまになったような気分だ。
 まもなくアキラはオェ~~と吐き出した。アキラは釣りどころか、地獄の底に居るような気分だ。
 苦しみながらアキラは考えた。お礼と言いながら、あの繁さんは、やたらに釣りに誘ったが、あれはお礼の名の元に、酔うのを知っていての仕返しではないかとアキラは思ったが証拠は何もない。
 その復讐男? 繁さんがアキラの側に依って来た。
 あぁ~なんと言うことか。みんなに逆恨みされて海に放り込まれていたら流石のアキラも一貫の終わりだ。もはやアキラの運命もこれまでか。そこまで考えたかは定かではないが、繁さんが言った。
 「いゃあ山城さん申し訳ない。俺達は釣りに馴れしているので誘ったが山城さんはどうやら船酔いさせてしまったらしい。いゃあ~すまない本当は酔う波ではないんだがねぇ、この薬と一緒に飲んで見てくれよ。ひょっとしたら気分が良くなるかも知れないからさ」

 そう言って、なにやら妙に濁った酒を飲ませてくれた。それと黒い飴玉のような薬をくれた。毒??
 アキラはまさかと思ったが人間そこまで悪くないと信じて飲んだ。
 アキラも酒は強い方だが なんと飲んだ瞬間に頭から突き抜けるような強烈に強い酒だった。
 やっぱりアキラは嵌められたかと思ったが飴玉のような薬も飲んだ。
 なんとなんとアキラは、今にでも死ぬのではないかと言うほど船酔いしていたが、またたくまに目が輝きだしたではないか
 その舟の揺れは地獄のような苦しみだったのに、今は回転木馬に乗っているような気分だった。
 しっかり元気を取り戻したアキラは生まれて初めて体験する海釣りをする事になった。
 繁さんはじめ皆が餌をつけてくれ何から何まで教えてくれた。
 そして嬉しい体験をする事になった。急に竿が重くなった。
 竿が海に引き込まれてそうだ慌ててアキラはリールを巻くなんと言っても初めてだ。
 この引きはなんだ? なんとも言えない手に伝わる。その引きは今までにない感動を覚えた。
 一緒に舟に乗った仲間達が手取り足取り教えてくれる。

 そして記念すべき人生初めての釣り揚げた魚はクロダイだ。
 網に入れて舟に引き上げたクロダイはピンピンと勢い良く弾む。
 あの悪夢の船酔いから一転して、大黒様にでもなったような気分だ。
アキラは貴重な体験をする事が出来た喜びで又ひとつ楽しみが増えた。
 再び船宿に戻って来たアキラと釣り仲間達。
 早速アキラが釣った記念すべき第一号を魚拓にしてプレゼントされた。
 それから刺身にして宿の方で出してくれた。なんと言っても自分で釣った魚だ。不味い筈がない。
 とっ盛り上がった所で誰かが言った。
 「そう言えば、兄さんの名前聞いてなかったなぁ、もっともこっちも釣りや、なんやかんやで自己紹介もしてないがな」
 「おうそうそう俺は佐伯繁って言うんだ。昨夜は世話になったが元々は漁師でな、今は長男に任せて小さいけど魚屋もやっている。だけど俺のとこの魚は新鮮で評判は最高だ。兄さんならいつでも分けてやるぜ」
 「俺は前田総五郎で釣り暦三十年だ。宜しく」
 「俺は亀田孝之アンタの仲裁で繁さんとも、わだかまりなくて助かったよ」
 「俺は前田宏で惣五郎とはいとこだ。宜しく」
 「俺は前田秀樹だが、同じ前田でも親戚ないが幼馴染です」
 次々と自己紹介されてはアキラも挨拶しない訳に行かない。
 「これは皆さん。ご丁寧に今日は思わぬ体験が出来てありがとう御座います。 生まれは東京で山城旭です。今は訳があって仕事していませんが車での一人旅の途中です。こうして皆さんと出会えて又これからも、このような出会いと沢山の旅館を見て勉強中の旅です」
旅館の勉強と聞いて前田惣五郎はアキラに聞いた。
 「ほう山城さんは、旅館の若旦那か何かで修行中と言う事ですか?」
 「いや別にそんな大層な身分じゃ有りませんよ。ちょっと知り合いが熱海で旅館をしていて、今そこで時々手伝いをしています。もし出来るなら旅館業が出来るならと思っての勉強中ですがね」

 「それは、お若いのに大きな夢を持っていて羨ましいですなぁ」
 「いやいや夢だけは持っていますが資金も全く足りまん。ただ僕に色々と面倒見てくれる人の援護が受けられればの話ですが」
 「それなら山城さん、旅館には新鮮な魚が絶対条件だ。あんたが新鮮な魚が欲しいと言ったら、いつでも送ってやるぜ。市場より安く新鮮な奴を」
 「へえ~そりゃあ有り難いな。その時は是非ともお願いしますよ」
 互いに儀礼的な会話だったが、これが現実となるのだった。アキラは援護と言ったが、確約が取れるかどうかも夢の中だ。
 でも頭に浮かぶのは西部警備の社長 相田剛志や松の木旅館の宮寛一、真田小次郎など普段深く交流している人達のことであった。
 アキラの旅は無駄の連続のように思えたが、しかしその出会いの芽は着実にアキラの人柄に惚れ、近い将来に多大な力となって行くのだった。アキラの旅館経営の夢は絶対成功出来ると言うシナリオでなければならない。
 そして銀行から融資して貰うにも、融資して貰える資料を揃えなければならない。
 その時に西部警備の社長、相田剛志に保証人として後ろ盾になって貰わなければならない。
 だが保証人に心配させられない。ましや経営失敗なんて絶対に赦されない一発勝負なのだ。
 勿論、その経営計画の資料を見せて相田社長や真田小次郎に太鼓判を押して貰えるだけの物でなければならない。
 相田社長とて、いくらアキラに目を掛けてやっても金をドブに捨てるような保証人にはならないだろう。
 それが今日まで警備会社を一流企業までのし上げた経営者の目だろう。

 佐伯繁が言った「秀樹の親父さんは和倉温泉で旅館やってるんだよなぁ」
 「旅館やっていると言っても俺は次男だし兄貴が後を継ぐから」
 「でもよう親父さんももう年だし、秀樹の兄貴は身体が弱いから継ぐの難しいじゃないか」
 控えめな秀樹に前田宏が言った。
 「まあその時は兄貴を助けてやればいいんじゃないか」
 「ほう秀樹さん所は旅館やっているんですか一度泊まらせて貰おうかな」
 「あっ是非とも泊まって行って下さい。海が目の前で眺めはいいですよ」
 「和倉温泉って言うと、どの辺になるのかなぁ能登半島」
 「ええ能登の七尾市の和倉ですが、露天風呂もありますよ」
 「露天風呂かぁ、海が見えて露天風呂かなぁ」
 「そうです。旅館は小さくて古いけど風呂と眺めと魚が自慢ですから」
 「いや俺には有り難いことで、その露天風呂に是非入ってみたいですよ」

 彼ら釣り人達は明朝も釣りに行くと言う。 
 アキラは毎日釣り三昧と言う訳にも行かず、今夜の宴会と言っても船宿では今一盛り上がらない。
 そこでアキラは近くのスナックでカラオケに行こうと誘い出した。
 前日からの付き合いで、意気投合した釣り仲間達は嫌と言う訳がない
 アキラを含めて六人は船宿からほど近いスナック「ビーナス」へ出向いた。
 夜の七時を過ぎていたが、スナックビーナスには客が居なかった。
 「いらぁしぁいま~~せぇ」と店のママがビーナスを思わせる声を掛けた。
 少し薄暗い店内から厚化粧で美人かそれとも、それなりか?
 やはり男にとってどうせ飲みに行くなら、美人がいいに決まっている。
 美人だから美人でないからと、飲み代の料金は変わらない筈なのだが。
 海の好きなものは女も好きだ。いや男なら誰でもだが。
 海の男達には遠洋に出ると半年以上も海の上で暮らし其処にあるのは大海原と太陽のみ、船の中は男の世界と仕事だけ。
 それだけに陸にあがった時の喜びはひとしおだろう。
 独身の男なら、それは陸でホステスなどに囲まれて飲む酒は旨いだろう。
 とまぁ、その海の男とはまったく違うが、釣り好きな男たちだ。
 ビーナスにはママともう一人の女性がいた。
 なにせ薄暗くて厚化粧だ。美人なのか年増なのかさえ分からない。

 やがてカラオケを宏が唄い始めていた。続いて繁さんの番だ。
 そこで隣にマイクを持ってママが一緒に唄い始めた。
 その甘い声は男心をそそる、スポットライトを浴びたビーナスその甘い声からさぞかし、と思いきや甘い声とは裏腹にかなり年配のママで、その化粧は外壁のような厚さで覆われていた。どこまでが本人の顔なのか見分けがつかない程だった。
 京都の舞妓さんならまだ分かるが、その外見から判断しても、はや七十歳過ぎていると思われそうで、途端にカラオケで盛り上がったのに。
 ♪しらけ鳥~~~南の空へ~~~そんな古い歌を思い出すほどだ。
 しかし若いアキラ達と違って繁さん達はそれでも盛り上がった。
 そのビーナスで盛り上がり釣り宿に戻ったのは夜の十時だった。
 前田秀樹はアキラのことが気にいったらしい。
 どうせ自分も暇な身だとアキラに一緒に旅に連れて行ってくれと頼んだ。
 しかし今までのアキラの旅はいつも危険と隣り合わせ。そう簡単にOKは出せない。
 喧嘩好きならともかく、そうにも見えない。
 あの山崎恭介とは訳が違う。彼は不幸のどん底だったから助けた。
 それに男同士で旅をしても面白くない、とあのヤクザの妻、松野由紀を思い出した。浜松から四国までの珍道中が懐かしい。
 まぁそんな事言ったら、浅田美代に嫌われてしまうが。
 翌日朝早く、前田惣五郎達と別れてアキラも早朝に前田秀樹を乗せて能登半島の和倉温泉へと向かった。

 富山湾を右手に見て国道八号線を走る。まだ夜明け前の国道は車もまばらで気持ち良い快適なドライブだ。
 秀樹はアキラに東京の事を聞いて来た。
 「山城さんは東京生まれで東京育ちですよね。いいなぁ」
 「東京生まれがそんなにいいかい? 俺はなんにも良いことないよ。前田さんのように温泉があり海があって、こっちが羨ましいよ」
 隣の芝生は青いと云うが、まぁそんな物かも知れない。人間は自分ない物が他人には良く見えるのだ。
 無い物ねだりと言うのか、この欲望が無かったら人は無気力で物を作ろうとかしなかっただろう。
 それは良い事ばかりではないが、人の物が欲しくなると力で奪いたくなる。
 動物だって野生は逆肉強食だ。人間も所詮は野生動物かも知れない。
 詐欺、強盗、殺人やがては戦争だ。地球に生命が誕生してからこの繰り返しだ。それでも辛うじて理性が優先しているから人類は発展した。人間が人間の為の法律を作ったが、法律を守れれば平和な筈なのだが。
 またまた話は逸れたが、アキラの理論から言わせれば多少の揉め事はストレスの解消になると思っている節があるのだ。
 なんたって、アキラは野生的なゴリラそのものだからか。しかし、アキラは強いが大いなる夢と優しさも秘めていた。
 そして人を退屈させない何かを持っている。それがアキラの魅力だ。
 アキラは前田秀樹を乗せて一路、八尾市から和倉温泉をめざして走っていた。
 秀樹が言う自慢の露天風呂にアキラは興味を寄せていた。今はやはり小さな旅館をやるにしても露天風呂は絶対条件だ。

 「山城さんは将来、旅館を経営するんですか?」
 「経営なんてカッコいいもんじゃないけど夢はあるんだが、それでいろんな温泉宿いや温泉とは限らないが和風旅館をやってみたいんだ」
 その旅館に着いたアキラは、秀樹の経営する両親に紹介され早速その露天風呂に入った。流石は自慢するだけあって素晴らしい。
 なんと目の前が海だ。水平線が見える。夕暮れとあって太陽が水平線に吸い込まれて行く。アキラは思わず叫んだ「凄い最高だあ」
日本海なら夕日、太平洋なら朝日、太陽と露天風呂? アキラは閃いた。
 「露天風呂に太陽かぁ、これだな」思わず呟く。
 アキラの旅は終わった。なんとなく旅館の構想が見えてきた
 果たして夢で終わるか、夢が花開くかは全てアキラの次第なのだ。
 「秀樹さん本当に良いものを見せて貰った。また更に旅館へ興味が増して来たよ。短い間に沢山の友人も出来たし今回は本当に良い旅になりましたよ。旅館経営の夢が覚めないうちに一旦東京に帰ろうかと思っています」
 「え~もう帰るのかね。せっかく知り合えたのに。じゃ何時の日か訊ねて行ってもいいですか。おまえ誰だ? なんて言わないで下さいよ」
 「そんな事する訳ないでしょう。僕は知り合った人を大事にするのが流儀です。だからいつでも来て下さいよ」
 翌日の早朝、またあの釣り宿に寄った。繁さん達が釣りに行くというのでアキラもそれに合わせて向った。
 時間ギリギリだが間に合った。みんな釣り道具を乗せて出航する寸前だった。
 「あれ山城さんじゃないですか。一緒に釣りに行くのかい」
 「いいえ、東京に帰るので皆さんにお別れの挨拶しょうと思ってね」
 「そうかい朝早いのに義理堅い人だ。淋しくなるが山城さんの夢を応援しますからね」
 「まだ先の話ですが、もし旅館を開く事になったら、いい魚を提供して下さいよ」
 「勿論だ。本当にアンタの夢が実現する事を祈ってるよ」
 アキラの釣り仲間と再会を約束し、能登を旅立ったアキラだった。

第六章  能登編  

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宝くじに当たった男 第6章

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更新日
登録日
2016-03-01

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