贖罪の少年 第4章 1部 前半

樫之木千里

十字架を背負う者

 日内と那奈が「霊の社」の脅し計画の証拠を探していたころ。
 それとはまったく別の世界で別の物語を走っていた少年がいた。

 その少年の名は高橋亮。
 山守高校野球部所属の一年生だ。そう、七瀬を慕っている後輩だ。


 土曜日のある日、高橋はある町の隅にある大きな墓地に来ていた。
 そこには高橋以外にも二人の少年の姿が見えた。

 一人は藤平高校野球部所属、一年の山岡伊吹。
 もう一人は沢谷高校一年の草野二美だ。

 三人はある墓地の前で無言で立っていた。
 その空気は異常に重たいもので、彼らの背中には大きな十字架が見えた。

 彼らの目の前にある墓には「後藤家之墓」と掘られている。

 高橋はそれをただ呆然と見ていた。


 沈黙を破ったのは二美だった。
「笑えよ後藤。オレさ今、学校で虐めにあっているんだぜ」
 自虐的に笑った彼の顔は後悔と悲しみが滲んでいた。

 隣にいた伊吹も
「お前もか。オレも野球部でパシられてんだ。お前にしていた回し蹴りも、今は先輩からされる側だ」
 それを聴いた二美は「ダッセ」と笑い、伊吹も「お前も同類だから」と笑いながら小突き合った。


 口ではそういったものの、二人とも後悔の念は背負ったままだった。
 高橋はそれを見ながら言った。
「いろいろ変わるんだよ、人間なんて」
 彼のしんみりした態度に二美も伊吹もふざけ合うのを止めて、目の前の墓を見つめた。


「…亮はイジメられてないのか?」

 二美の質問に高橋は複雑そうに微笑んだ。
「オレは今のところ、そういう扱いは受けてないよ。でもさ、顔は笑っているけど腹を探り合う様なサバイバルゲームや上辺だけの集団心理が目に入るんだよ。いっその事いびってくれた方がどれだけマシか」

 その言葉に伊吹はピクリとなってこう毒づいた。
「何言ってんだよ。パシられんの辛いぜ。尊厳踏みにじられてさ。自分を信じられなくなるぐらいに」
 口調は穏やかだが目は怒りの色に光っている。

 しかし高橋は動じなかった。
「オレも高校で始めイジメに合ってた頃はそう思ってた。でも自分を信じて何かをすればその努力が味方になってくれる。俺はそれを教えてもらったんだ。尊厳は他人になんか絶対に奪えない」

 それを聴いた二美はすかさずこう返した。

「でもオレ達は後藤イジメ抜いて自殺させたよな」


 黙り込んだ高橋に二美は冷たく続けて言った。

「亮が言う様に他人に尊厳奪われないのなら、あいつは自殺なんかしない。オレ達に歯向かってくらいついていたはずだ。なのにアイツはいつもヘラヘラ笑ってたじゃねぇか。オレ達はな、アイツの尊厳奪ったんだよ!」


 二美は最後に反吐を吐く様に毒づいた。


 それに対し高橋は無言になった。

 そして

「ヘッ!」

 と歪んだ笑い声を出すと、それを皮切りに

「ヒヒヒッ!ヒハハハハッ!マジかぁ!」

 と人を馬鹿にした様な笑い声を出した。


 その高橋の顔は山守高校の者は誰も知らない彼の表情だった。顔はいやらしく歪み、目は侮辱の毒に染まっている。口は裂けた様に大きく開き、顔の凹凸は不気味な影があった。

 二美と伊吹は彼のその表情をよく知っていた。
 後藤を虐めていた時の高橋の顔だ。



 醜い。



 その言葉が今の高橋に当てはまる。
「ヒヒヒ…ふうっ…」
 と一息置いた高橋は落ち着いてこういった。

「そうかよ。気づかなかったけど、今分かった」

「何が分かったんだよ」

 邪見に尋ねる伊吹に彼は答えた。

「後藤のヤツ、俺達に復習するために自殺したんだ。
 最上級に歯向かって来てたんだよ。一時的に忘れても駄目だ。
 人を貶める人間を見るたびに俺達は後藤の事を思い出すんだ。

 ずっとだぜ…。
 これってもう、あいつに呪われてるじゃんか」


 それを聴いた伊吹と二美は背筋が寒くなった。

 何故今頃になって後藤の墓参りをしたのか。
 それは自分達がイジメに合ったことが鍵となり、彼を思い出したに他ならない。
 そしてそれは心の中で深くこびり付き、いつまで経っても着いて回るのだ。

「俺が苦しいのはこれだったんだ。
 クラスメイトの騙し合いや落とし合いを見てたんじゃない。
 俺が見ていたのはどうにもなんねぇ後藤の亡霊だ」


 この言葉に山岡も草野も、地獄に叩き落とされた。

 当事者でなくとも、人間が叩き合う現場はイジメ以外の形でもあるのだ。
 この世に人を叩き合わない社会なんて存在しない。
 これは大人になってもずっと後藤の霊に付きまとわれるのを意味する。

 三人が後藤の呪いから逃れる術があるとすれば、それは彼らが心から後藤に詫び、後藤本人が彼らの過ちを許したときだ。



 しかし、もう後藤はいない。
 彼は三人に呪いをかけたまま、あの世に逃げたのだ。


「オレ達は、もう、幸せになれねぇよな」
 山岡の言葉に、他の二人は同意した様に何も言わなかった。


 しばらく無言のまま、空に飛ぶトビを見ていたときだった。


「なあ亮」
「何?二美」

「お前さ、どうやってイジメられなくなったんだ」

 その質問に高橋は少しため息をついて、答えた。
「オレさ、野球部のレギュラーになった。その頃からかな、イジメが無くなったの」

 それを聴いた他の二人は多いに喜んだ。
「スゲー!山守のレギュラーってマジ?」
「何でもっと早く言わなかったんだよ!」

 それを見た高橋は心がチクリとなった。

「後藤が二年でレギュラーになったときさ、誰もこうやって喜んでなかったよな…」

 その言葉に伊吹と二美は言葉を失い、顔を曇らせた。
 お前達は悪く無い、と高橋が言おうとしたとき


「誰だ!」
 と怒鳴り声が聞こえた。

 三人が声の方を見ると、そこには後藤の親族らしい何人かの人影が見えた。


 それを見た三人は
「ワァーッ!」
 と言いながら全力でその場を走り去った。

 それからいくら走ったか分からない。

 高橋は足を止め、ハアハアと息を切らした。
 そしてチラと時計を見るともう正午を過ぎており、早くしないと野球部の練習に間に合わない時間になっていた。


 彼は仕方なく他の二人にケータイからメッセージを送り、慌てて駅の方に向かった。
 駅に着き電車に乗った高橋は座席に着くと「ふうっ」と息をついた。

(やっと一息つけた)
 そう思った所に

「高橋君?」

 と女子の声が下りて来た。
 声の主を目で追って顔を上げた高橋は、目の前に知っている人物がいる事を確認した。

「あれ?桜庭先輩」
 彼女は山守高校野球部のマネージャ、桜庭千恵子だった。

 高橋が乗り込んだこの駅は沢山の人が乗車してきていた。
 彼女もその一人だったのだろう。いつしか車内は人で一杯になっていた。

「桜庭先輩って、ここ最寄り駅でしたっけ?」
「ううん。今日は用事があったから。そうだ!」

 桜庭は高橋に詰め寄り、彼の手を取った。
 驚いている高橋を他所に桜庭は彼の手を両手で握り、目を見つめながら必死に懇願した。

「ずっと前から高橋君にお願いごとしたい事があったの。部活が終わった後、部室で待ってもらってもいいかな」

 それをきいた高橋は内心うんざりした。
(うわっ!俺が逃げられない様に囲い込みやがった!女子が面倒くさいお願いをするパターンだコレ。
 ここは乗客も多いし、この場で断って彼女に泣かれたら、男であるこっちの方が明らかに不利だな)

 そう考えた高橋は
「放課後用事あるんですけど、それがドタキャンになったら考えます」
 と答えた。

 納得したらしい桜庭は
「ありがとう」
 と微笑むと、慌てた様に「あ、ごめんね」と高橋の手を解放した。

 こうして桜庭に捕まった高橋は、何気ない会話で彼女の意図をかわしながら、なんとか目的地の山守駅に着いた。

贖罪の少年 第4章 1部 前半

※今回の「贖罪の少年」は今日と明日、二回に分けて更新します。

贖罪の少年 第4章 1部 前半

この話はあなたの「助け」になるかもしれません。 長編連載小説、第4章 1部 前半。

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-03-01

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