人形

人形が好きで、好きで、大好きで。
人形だけじゃ我慢できなくなる、そんな話。
それだけの話。

 私は小さい頃から、人形の着せ替えをするのが好きでした。
例えば、親から買ってもらったリカちゃん人形があります。私は、人形を買ってもらうのと同時に、着せかえるための服も数種類、親に無理を言って買ってもらっていました。人形で遊ぶより先に、私は服を袋から出して、床の上に並べました。それから、人形の服を脱がし、着せ替えさせます。着せかえが完了したら、またすぐにその服を脱がし、別の服を着せます。それを時間がある限り何度も何度も繰り返します。しかし、いくらやっても私は満足できませんでした。何かが足りない、と子供心に感じていたのです。
 そんな私も、今年の春に晴れて大学生になりました。しかし、未だに着せ替え人形で遊ぶ趣味は治っていません。高校の頃は、仲のよかった友達を家に招いて、その娘を着せ替え人形にして遊んでいたりもしました。残念ながら、その娘とは進路が別々になってしまったので、もう彼女を着せ替え人形にして遊ぶことはできません。だから私は考えました。どうすればこの欲求を満たすことができるのだろう、と。リカちゃん人形を着替えさせるのでは、既に満足出来ないのです。だから私は、ある日ネットオークションでマネキンを一体、落札して手に入れました。常々思っていたことなのですが、実はショーウィンドウに飾ってあるマネキンで遊んでみたかったのです。
 暫くして、念願のマネキンが手元に届きました。私は悦び勇んで、そのマネキンに服を着せました。ウィッグも被せました。けれど、やはり何かが足りません。初めの内こそ気分が高揚して楽しかったものの、次第に物足りなさを感じるようになりました。何度も何度もマネキンを着せ替え、その理由を探しました。友達を着せ替えさせるのは楽しかったのに、どうしてマネキンだと今一楽しくないのか。すぐに、答えが出ました。マネキンには熱がないのです。だから、いくら着替えさせたところで、楽しくなんて無いのです。これは、私の理想としているお人形とは違う、とそう感じてしまうのです。
 だったら、どうすればいいのでしょう? いつも私の着せ替え人形になってくれていた友達はもういません。大学にはそんなことを頼める相手もいません。いたとしても、その人が友達の代わりになるとも思えません。もしかしたら私は彼女に恋をしていたのかもしれないと、今になってそう思います。
 私はマネキンを部屋の隅に押しやって、ソファーに腰掛け考えます。どうすれば私のこの欲求を満たせるのか、と。そして、ふと鏡に目を向けた時、一つ名案を思いつきました。熱を持った着せ替え人形じゃなきゃいけない、というのなら、一層の事、自分を着せかえてみてはどうだろう、と。
 私は、洋服ケースの中から、お気に入りの一着を取り出します。かつて何度も友人に着せては、うっとりとその姿を眺めてため息を吐いていた、BPN(ブラックピースナウ)のゴシックドレスです。まるで喪服のような色合いでありながら、要所要所には装飾過多だと思えるほどにフリルをふんだんにあしらった、とても素敵な一着です。私はこの服を、友人に着せるためだけに購入したので、実は自分で袖を通すのは初めてです。いざ着てみると、サイズはピッタリで、なにより友人の香りに包まれているような気分になって興奮しました。鏡の前に立って、ポーズを決めてみます。何度も何度も、色々な角度から自分の姿を眺めます。
 初めのうちこそ楽しかったものの、やはり次第に物足りなさを感じはじめました。何が違うのか……。原因を考えます。答えは直ぐに出ました。動いてはいけないのです。だって私が欲しいのは人形なのですから。私の好きに着せ替えて遊ぶことが出来る、熱を持った人形。だから、動いてはいけないのです。
 だけど、全体を見たい。だから私は鏡を買いました。何枚も、大小さまざまな鏡を。そのために食費を大幅に削りました。お腹が空いて今にも倒れそうです。だけど、後悔はしていません。それどころか、あぁ、これでよかったんだ、と幸福すら感じています。
 鏡をソファーの周りに並べ、ソファーに座る私の姿が身体を動かさずとも見えるようにしました。座ったまま、鏡に囲まれ、私は静かに目を閉じます。それからゆっくり目を開けると、そこには理想の人形のような姿をした私が、鏡に映って見えます。
 ここまでやって初めて、納得のいく結果に繋がった気がします。今の私は、着せ替え人形です。ただじっと、お行儀よく座って、時間が経つのを感じるのです。
 だけど、私はつくづく欲の深い人間のようです。多額の資金を投じ、試行錯誤を重ねた結果手に入れた今の状況に、すぐに満足できなくなってきたのです。
 やはり、私の理想のお人形は彼女しかいません。
 もう一度、彼女に私の人形になって貰うために、私は彼女を迎えに行くことにしました。
 今度彼女に会ったら、二度と手放しはしないと、そう決めて。

人形

人形好きの少女の狂気、いかがでしたでしょうか?
お楽しみいただけたなら、幸いです。

人形

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-05-09

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