時の欠片

再春

「はーるーっ!何してるの!はやく起きなさーい!」
柊波留(ひいらぎはる)は階下からする声をぼんやりと聞いていた。
あともう少し、あと10分だけ•••
眠気眼で時計を眺め現実に叩き起こされる。
「し、し、し、7時すぎてんじゃんっ!」
電車の時刻は7時25分である。
短い髪に櫛を通し、2年目に入った制服に袖を通す。
波留は音を立ててリビングに降りるとそのまま席について朝食を掻かきこむ。
「今日から2年生だっていうのにこれじゃあ高1の時と何もかわらないじゃないの。」
人はそう簡単には変わりませんよー、とため息混じりの母親にいい返そうとしたが後半は食べ物の中に消えていく。
「ほらほら、15分になったわよ!」
20分には家を出ないと乗り遅れてしまう。
「お母さん!お弁当!」
「はいはい」
身支度を済ませて波留が叫ぶと水色の包みが手渡される。
よし!走れば間に合う!
「行ってきまーすっ」
いってらっしゃい、という返事を聞き終わるまでに波留は家を飛び出した。


トゥルルルルルー

階段を駆け下るのと同時に発車をしらせる音がする。
こっちこっちと手招きする少女を見つけて波留はその車両に飛び乗った。
すぐにドアが閉まり電車が揺れ始める。
膝に手を置き肩で息をしていると上から視線を感じた。
「•••いやぁ、はぁはぁ•••ふ、2人ともおはよう!」
「おはよ。髪の毛すっごい勢いで乱れてるよ。」
そう言いながら波留の髪の毛を櫛で調えてくれるのは中学からの付き合いの神谷汐梨(かみやしおり)だ。
「せっかくの美人さんがこれじゃあだいなしだよ。」
いやいや汐梨のほうが多方面から女子らしくてかわいいから、と言う前に
「新学年になって早々寝坊とか•••美人とかそういう以前の問題が山積みだろ。」
と容赦のない一言をぶつけるのは幼馴染の一ノ瀬優(いちのせゆう)だ。
おはようとしか言ってないのになんで寝坊したってわかるのよ!
「こんなギリギリに電車に駆込むなんて十中八九寝坊だろうが。」
「な、なんで考えてること分かんの!?っていうか、私そんなに寝坊すること多くないし!」
「少なくもないけどな。」
母親に言われた言葉も思い出しがくりと波留はうなだれた。
言い合いで負けるのはいつも波留だ。
「まあまあ、優君も波留ちゃんも仲良くね。せっかく2年生になったわけだし。」
たしなめながらも否定しない。
それが神谷汐梨という少女である。
こうなってしまうと逆転するのはほぼ不可能であり話を変えることが一番だ、というのは長い付き合いのなかで学んだことだ。
「でも、私がギリギリでも満員電車の中に人1人入れるスペースをいつも確保してくれてることにはホントに感謝感謝ですよ。」
まあ2人が並んでたら少し離れた所から眺めたいって気持ちもわかるけどね、というのは口には出さない。
美男美女という言葉が本当にぴったりなのだが、年が大きくなるにつれて回りが示す反応も大きくなり2人ともそういった類いの言葉にひどく辟易している。
さらにこんな絵に描いたような2人が付き合っており、それももうすぐ3年目を迎えようとしているとなると誰も口を挟む隙などない。
見ず知らずの人からすれば2人は近寄りがたいほど美しくいい雰囲気を醸し出しているため結局波留が入れるほどのスペースは勝手に空いてしまうのだ。
「別に。勝手に空いてるんだから礼なんかいらない。」
「そうだよ。でも、確かに新学期早々波留ちゃんが寝坊するなんて珍しいよね。なんていうかこういう特別な日には寝坊とかするタイプじゃないのに。」
いやぁ〜そのぉ〜•••
「•••昨日、あんまりよく•••眠れぇ•••なくてぇ•••」
前の2人の雰囲気が少し固くなったのが分かる。
「波留•••」
「波留ちゃん•••」
「な、ちょ、やめてよ2人とも!そんな深刻そうな雰囲気出すのやめてよーっ!だーいじょぶ、だいじょぶ。私は大丈夫だからさ。」
波留はにかっと笑ってみせた。
つもりだったが引きつった笑顔になったのが自分でもわかった。
「ならいいけど。」
「波留ちゃんのそばには私たちがついてるし。それに同じ学校とか同じクラスって決まったわけじゃないしね。」
波留の強がりを分かって受け止めてくれる優しさに何度助けられたかはわからない。
「そうだよ、そうだよ!辛気臭い顔してないでさ、新学年の始まりなんだしはやく行こっ!」
「お前が言うな。」
そう言って3人は電車から降りた。
同じ学校とは限らない、か。
残念ながらその可能性はほとんどないことは全員が分かっているはずだ。
会いたいけれど会うことができなかった彼との再会までもう一時間もなかった。

再会

優はぼんやりと風景を眺めていた。
駅から高校まで去年一年間歩いた道は春休み前から何も変わっていない。
変わったことといえばまだまだ蕾だった桜が満開を迎えたことくらいか。
気持ちがいいほど晴れた空の下、時折吹く心地よい風が前を歩く少女たちの髪をなびかせる。
程よく伸びた髪の毛を片方によせて束ねた小さな頭にひらりと桜が一枚散った。
そっと手を伸ばして花びらを取った瞬間、その頭が優の方を向いた。
「ゆ、優君っ!?」
「違う違う、これこれ」
驚く汐梨の手にそっと花びらを乗せる。
「頭、ついてたから。」
「あっ、桜…」
少し恥ずかしそうに笑う汐梨にこっちまで恥ずかしくなってくる。
突然だと驚ろかしてしまうのか。
と、横からニヤニヤした視線を感じる。
「…なんだよ。」
「いいえ〜、別に〜。相変わらず仲が良いいなーって思ってさ。」
「うるさい。」
波留の言葉に汐梨が横で赤くなって俯いているのがわかり決まりが悪くなる。
「そんな顔他の子の前でやっちゃダメだよ。」
「そんな顔って…」
「優って汐梨の前だとすっごい優しく笑うんだもん。好きなんだなってわかるけど優のそんな顔見たら惚れる子続出だからね!絶対!」
好きだ惚れるだよくもまあそんな恥ずかしい言葉を堂々と…‼︎
汐梨はとっくの昔に真っ赤っかである。
口を開こうとした途端
「あっ!優照れてる、照れてるねーっ‼︎」
とどめである。
「お前はさっきからうるさい、黙れ」
「照れてる優も焦る優も滅多に見れないからやめないもんっ」
「何が『もんっ』だ。ノッポがそんなこと言っても可愛いくないぞ。」
「あっ!そうやって人のコンプレックをさらっと突く!いいもん、バスケに役立ってるんだから。だいたい優が背が高いからあまり目立たなくて済んでるし。」
「いや、目立つかどうかと俺は関係がな…」
「あーもう、うるさいうるさい!汐梨がだんまりになっちゃうからこの話はおしまい!」
お前が始めたんだろうが!
勝手に始めて勝手に話をたたむ幼馴染に内心呆れてしまう。
「いやあ、でも本当にいつまで経っても初々しい感じがいいですなぁー。」
「…お前どこのおやじだ。」
「も、もういいにしようよ波留ちゃん!
そ、そうだ!新学年だしクラス替え、クラス替えがあるよ!」
本当だ、と波留が前を向き直り再び汐梨と話始める。
そうだ、クラス替えがあるのだ。
去年は全員バラバラのクラスだった。
今年は誰と一緒とクラスだろうか。
出来れば自分の前を歩く2人と同じクラスになれればと思う。
問題は今日来るはずの転校生がどこのクラスになるかだな。
優は不安を思い出し波留の顔を見つめていた。

* *

「あっ!あった!柊波留、あたし5組」
3人のなかで一番に見つけ波留は声をかけあげた。
「あ、私も5組だよ!」
「え、うそ、やったー!」
自分より背が低く華奢な汐梨を思わず抱きしめる。
あとは優だが…
「あー、俺も5組だ。」
ってことは
「全員同じクラスだ!すごいすごい!去年はバラバラだったのに!」
よかったね、と笑う汐梨の笑顔は花のようである。
トンっと背中を叩かれる。
「波留ー、同じクラスよろしくー」
「あたしもー」
「柊さん、俺も一緒だからまたよろしく。」
見知った顔の何人かがが軽く声をかけていった。
去年クラスが一緒だった者や部活絡みの人が何人かいるようだ。
「やったっ、私一ノ瀬君と同じクラスだ。」
「えーずるーい。」
そんな会話も聞こえて来る。
幼馴染の優とはよく言い合いをするし波留自身よく馬鹿にされているが優が女子から人気があるのは紛れもない事実である。
男子たちは汐梨と同じクラスになれたら万々歳なのだろう。
35…34…35…34…34…35…
「何ぶつぶつ言ってんの?」
「いや、別に。」
別にってそれ逆に不自然だけど、と思ったが波留はあえて追求しなかった。
なんとなくわかるような気がしたし、優は無意味なことはするタイプではない。

一限目のタイミングで始業式が行われた。
式のあとの微妙に自由のきかない時間帯が一番教室内が落ちついている。
後ろから二列目の席から波留は教室を見渡してグイっと伸びをした。
校長先生のありがた〜い話のおかげで背骨がぼきぼきといい音を鳴らす。
知った顔と知らない顔が半々くらいかなあ。
その時後ろの席に人の気配がしないことに気がついた。
出席番号で並んだ席順。
優も汐梨も一ノ瀬と神谷だから波留からは遠い席だ。
胸の奥がざわめく。
いや、まさか…ね。
前の方にいる汐梨と目が合った。
汐梨が胸の方に手を当てて息をするジェスチャーをする。
大きく深呼吸した時、自分の呼吸が浅くなり始めていたことに始めて気がつく。
大丈夫大丈夫、落ち着け波留!
自分で自分にいい聞かせる。
勢いよく教室のドアが開いた。
教室のざわめきが大きくなる。
それもそのはず。
今入ってきたのは今年一年間の担任であり今この瞬間に担任の発表がされたのだから。
「えーっと、今年一年間みんなの担任をする事になった小野だ。数学担当。よろしく。」
拍手と共に歓喜の声が上がる。
小野先生は数学担当だが性格は体育会系でこの学校の先生の中なら十分当たりだ。
「それから、日向、入ってこい。」
そこから波留の記憶は3秒間ほど飛んだ。
「俺たち5組にはもう1人仲間が増える。挨拶しろー。」
小野先生の抑揚の無い声に引き戻される。
色素の薄めのこげ茶色の髪。
整った顔立ち。
すらっと高い身長。
キャーっと女子の黄色い声が上がる。
あぁもうなんで。
「日向颯一郎(ひゅうがそういちろう)です。この春に引っ越してきました。」
あどけなさは全くなくて。
「席は柊のうしろだ。」
颯一郎が席につく。
「よーし、じゃあこれでHRを終わる。」
小野先生が出て行くと後ろから肩を叩かれた。
「初めまして、柊さんって言うんだね。下の名前は?」
「はる…『波』に『留』まるで波留。」
「へぇ、いい名前だね。俺分かんない事ばっかりだからいろいろ迷惑かけるかもしれないけどこれからよろしく。」
笑ったところでクラスの女子達が颯一郎をとりかこんだ。
初めましてじゃないんだけどな。
ずっと会いたくて、夢にまで見て何度も泣いた。
やっと会えたのに。
彼との距離は近くて遠い。

* *

1日が終わり校門の前で波留はスマホに目を落としていた。
表示された番号を見るのは2年ぶりだ。
…手が震えてる…。
コールが続き波留が電話を切ろうとした時ふいにコールが切れて波留の名前が呼ばれた。
「あ…お、お久しぶりです。」
「……」
「……」
しばらく沈黙した後再び波留は口を開いた。
「あの、その、い、一度…というか今日、少し時間もらえませんか。」
時間と場所を指定され、では、また後で…と言い波留は電話をきった。
スマホを強く握っていたようで手のひらが軽く痛む。
歩き出そうとした瞬間急に手首をつかまれた。
「って、なんだ汐梨かー!もうビックリするじゃん!」
「波留ちゃん!」
「は、はいっ!」
汐梨に睨まれて波留は背筋を伸ばした。
普段穏やかな人ほど怒ったときは怖いものだ。
「これから1人でどこ行くつもり!」
「えっっっと…」
「2年ぶりに会いに行くんでしょ!!」
ば、バレてるし!!
「…俺たちも一緒に行く。」
「私たちにだって関係あることだし、波留ちゃん1人では行かせられない。」
こうなってしまえば波留に拒否権はない。
「…じゃあ、行こうか。」

* *

時の欠片

時の欠片

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-01

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  1. 再春
  2. 再会