ハッピーバースデー

「16歳の誕生日おめでとう」夜中の0時に俺の部屋に入ってきた知らない人。
「私は誰でしょう」と声を張り上げた途端に煙が知らない人を包む。
「だららららら」と煙がもうもうと部屋を埋め尽くす中ドラムロールの声真似が聞こえる。
「実はお母さんだったのです」と威勢よく言い切ったが煙で本体が全く見えない。
窓を開けると二月の寒さが煙まみれの部屋をじわじわと襲ってきた。

教室の窓際の後ろから二番目の席はなんとなく居心地がいい。
朝のSHR(ショートホームルーム)の先生の話をBGMに窓の外の寒々とした景色をぼんやり眺める。
今日で16歳。
来週の学年末試験が終われば春休み。
春休みが終われば高校2年生。
「時が経つのが早い」
そう考えたらもう大人、と正月にばあちゃんの家でケチなおじさんに「なぜお年玉をくれないのか」と問い詰めた時の返答を思い出した。

前の席の坊主頭が窓の外を眺めている。
昨晩食べた大好物のエビフライが原因で今日全身にじんましんが発生し歳不相応のベイビーフェイス―母いわく「田舎の野球少年みたい顔してるね」―がこれまた歳不相応のじじいフェイスに顔が変形し教室に入ってきた瞬間周りを「誰のじーちゃん?」の雰囲気に包みこんだ俺より一日早く16歳の誕生日を迎えたその日に何の前触れもなく突然甲殻類アレルギーを発症した隣に住んでる幼馴染の山田太郎が先生から「その顔どうした」と不意に質問された。
一瞬、間があいて、太郎は答えた。
「すみません、ぼーっとしてました」
「ぼーっと何考えてたんだ」
「将来の事を考えてました。グルメリポーターの道が閉ざされた今、何になろうかと」
「先生が話している時は他の事を考えるんじゃない」
すみません、と太郎は低いトーンで言った。
その会話を聞いていて思わずニヤリとしてしまった。
俺には特殊能力がある。
俺は誰かが話している時に別の事を考える時があっても、相手の話が全て頭に入るようになっている。
突然質問されても、その内容を一瞬で思い返せる。

一時間目、英語。
真田丸五郎丸(さなだまるごろうまる)先生が教室に入りしなに言った東北なまりの「ハロー、エブリワン」が「太郎、エビになる」に聞こえ太郎が将来エビになるために校庭で日が暮れるまで走り幅跳びの練習の横で校庭にいるどの部活のどの部員よりもキラキラした汗を流しながら「エビーワン、エビーツー」と叫びながら後ろにジャンプしてる姿を想像していたら急に先生から「川田、この文を和訳して」と指名された。
はい、と答えて席を立ちながらどの文を和訳するのかを質問される前の教室に発生した先生や生徒の声を一瞬で想起し分析して導きだした。
「『入れたばかりの餅入り巾着を売ってしまった数十分後に鳴った電話の音で心臓はじけそうになる』」
「正解」
席に座る。
この能力に気づいてからは人の話を集中して聞くことは―「川田、この文を和訳して」
「『レジ打ち間違ってお釣りが1299万8750円になった』」
「正解」
―聞くことはほとんどなくなった。この能力に気づいたのは―そう、今日のような寒風吹きすさぶ―「川田、この文を和訳して」
「『お客さんがおでんのスープに浮いている蛾に気づかないことを本気で祈る』」
「正解」
その後も先生は集中的に俺を名指ししてきた。
「川田、この文を英訳して」
「川田、この文を和訳して」
「川田、手拍子して」
「川田、あの歌うたって」
「川田、昨日何食べた」
だんだん英語関係なくなってきた。
先生と世間話してるのとたいして変わらないこの状態。
この先生はそういう所がある。
この前も―「川田」
今日の先生は別な事考える暇を与えてくれない。
「呼んだだけ」
教室内にみんなの笑い声が満ちる。
今日は2月29日。
4年に一度の俺の誕生日。
今日はいろいろ言われるだろうな、面倒だな、とは思っていた。
そう思っていたので、教室にじじい顔した太郎が入ってきたときは嬉しかった。
話の矛先は全て太郎に行くはずだった。
そんな美味しい料理が俺の前の席にぽつねんと座っているにもかかわらず、この真田丸五郎丸とかいう今しか旬がないふざけた名前の先生は、後ろの席の俺を集中攻撃してくる。
皿の上のロースカツを無視して後ろにあるキャベツの千切りをひたすらむさぼり食うようなもので、どうかしてるとしか思えない。
―もしかしたら。
先生の中では誕生日以外の要素が決め手だったのかもしれない。
俺の名前は、生まれたのが2月29日だったために前日まで命名予定だった「太郎」が急遽「閏(うるう)」になった。
うるう年の2月29日だから閏。
「川田―いや、今日はフルネームで呼ぼう。川田閏、誕生日おめでとう。今日で4歳か?」
おそらく今日あと100回は言われる質問だ。
「何言ってるんですか。16歳ですよ」
教室内にみんなの笑い声が満ちる。
―では「太郎」の方がよかったかと言えば、そうでもない。
隣同士の家で幼馴染で山田太郎と川田太郎ではどうしても「W太郎」というコンビを組まざるを得なくなる。
漫才かコントをせざるをえなくなる。
名前について考える時は結局「どっちも嫌だ」という袋小路にはまって終わる。

「どっちも嫌だ」で、母の事を思い出した。

母が昔、魔法少女だった時に使用していたという衣装と、祖母が昔、魔法少女だった時に使用していたという衣装と、どっちかを選びなさいと言われ両方とも全力で拒否した。
「そうよね。まあ、仕方ないわ」
母は古びた本をめくりながら我が家系の秘密について語り始めたが、荒唐無稽で中学生の妄想のような話だったために―それに夜中の0時過ぎという時間も手伝って、夢うつつで聞いていた。
「聞いてるの?」
「『魔法を使うときはまず『魔法を使うぞ』と念じる』」
「そう。そしてその後に呪文を唱える。呪文は全部この魔法の本に書いてあるから。魔法文字で普通には読めないから五十音対応表を見ながらね。魔法には例えば―」
母はページをめくった。
「半径1メートル以内にある何かがすごく臭くなる『パフューム』」
―「何か」ってところがすごく気になる。
「半径1キロメートル以内で寝ている人の誰かに嫌な夢を見せる『ドリーム』」
―それは唱えた者に何の得があるのか。
「半径1メートル以内の動く何かが止まって見える『ゾーン』」
―スポーツに使えそう。
「何かを探していてその何かが何だったのか忘れた時に瞬時に思い出せるかもしれない『リメンバー』」
―「かもしれない」というのが気になるが、30過ぎたあたりから頻繁に使いそう。
「一度言ったことのある場所のどこかに行ける『トリップ』」
―「そうだ、あてのない旅に出よう」というときしか使えない気がする。
「半径1キロメートル以内の誰かが甲殻類アレルギーになる『レボリューション』」
これは昨日間違って使っちゃったわ、と母は言った―「川田、この文和訳して」
「『会計中お客さんが脇に抱えているペットボトルが別の店で買ったものなのかレジに出し忘れているのか気になってしょうがない』」
「正解。今日は絶好調だな」
微笑みながら席に座り、前の席で突然発症した原因不明の甲殻類アレルギーによって人生設計を狂わされグルメリポーター以外の道を暗中模索している太郎に対して、母に代わって心の中で心から謝罪した。

「役に立ちそうな魔法がめじろ押しでしょう?」
全体的に「何か」とか「誰か」みたいにふわっとしているのが気になる。
「母さん、ためしに何かやってみてよ」
そうね、と言って母は魔法の本を足元に置き目を閉じた。
「魔法を使うぞ」と念じているのだろう。
母はカッと目を見開き「ファイア」と唱えた。
魔法の本が勢いよく燃え始めた。
「本当の話だったんだ」
俺は思わずつぶやいた。
今まで話半分で聞いていたがまさか本当に魔法がこの世にあるなんて。
母がおろおろしながら火を消そうとしている。
母は一体どうして数ある魔法の中から「ファイア」を選択したのか考えていた。
おそらく半径1メートルもしくは1キロメートル以内の何かが燃える魔法なのだろう。
いずれにせよ家の中にある何かが燃えるのだから正しい判断だったとは言えない。
目の前で完全に焼け焦げた魔法の本と、焦げ跡一つないじゅうたんを見てそんなことを考えた。
「コピーあったはず。探しとくね」
「そういう探す系の魔法ないの?」
あるにはあるけど―「川田、この文和訳して」
「『休止中の札の前で店員を呼ばずに無言で立っている客をそのまま放置したい衝動にかられる』」
「正解」
先生は飽きもせずにまだ俺を指名してくる。
そこまでよってたかって俺ばかり指名する必要がどこにあるのだ。
答える前に質問内容の確認を一瞬で行うのもめんどうになり、条件反射的に答えることにする。
「『バラン』」
「正解」
まさか、お弁当のおかずのしきりに使う緑色のギザギザの葉っぱの名前を聞かれるとは思わなかった。
油断ならない。
油断ならないが条件反射で対応できたので問題ない。
その後も先生との「英文和訳もたまに混じるクイズ」のキャッチボールは続いた。
「『マウンテンゴリラの弾き語り』」
「正解」
「『太郎はカッパに川の中へ引きずりこまれそうになると急に後ろにジャンプした』」
「正解」
「『吾輩はただただ交尾したいだけなんだ』」
「正解」
「『店頭のコーラが売り切れていることに気づいて補充しようとしたら積まれた箱の最下段にあったので気づかなかったことにする』」
「正解」
「『「『「袋いりません」は袋にいれる前に言えやコラ』とは言ってはいけない」』」
「正解」

「言ってはいけない」で思い出した。

「覚えてもらいたい呪文がある。正確には言ってはいけない言葉。それは言うと何かが絶滅する『ほろびの呪文』」と母が言った。
「また『何か』なんだ」
「それは『ハウス』」
「『バルス』じゃなくて?」
「『ハウス』」
犬が小屋に戻りそうな。
将来犬飼った時に何気なく『ハウス』と言って目の前で犬が滅んだらきつい。
「気をつけて。それと『ハウス』はMP(マジックポイント)全て使うから」
「MPってRPGみたいだね」
「MPは一生回復しないから。回復グッズも無いから。『ハウス』って言ったらもう魔法は使えなくなるから。だからMPが完全にゼロになるまでは言っちゃダメ。MP残り1でも使えちゃうから。ちなみにいっぱい残ってれば絶滅する規模は大きくなる。1なら―まあいいか。というか唱えた人今までいないからあまりはっきりわからない。まあとにかく、以上。後で魔法の本のコピーをあげるからちゃんと読んどいて」
部屋を出ていく母に尋ねた。
「母さんのMPってあとどれくらい?」
「ゼロよ。さっきのファイアで全部使い切った。ちなみにファイアはMP1使うから。本当は別な魔法を見せたかったんだけど昨日間違って『レボリューション』使ったからMP一気に減っちゃって」
「MPってどうやってわかるの?」
「なんとなくよ。ちなみにMPの初期値は53万よ」

今、授業中だけど、試しに魔法使ってみるか。
俺は「魔法を使うぞ」と念じた。

「『ハウス』」
「正解、とは言えないな」
先生は残念そうな顔をしている。
今「魔法を使うぞ」と念じた後に『ハウス』と言ってしまった。
―どうして俺は。
「川田、どうして会社名を言ったんだ?」
―会社名とは何のことだ。
「おい、川田。聞いてるか」
―条件反射で答えてしまった。
「おい、川田。無視ですか」
―質問内容を思い返す「ほろびの呪文、さて何でしょう?」
「川田、誕生日おめでとう。今日で4歳か?」
「先生、どうして『ほろびの呪文』を聞いたんですか?」
「そんなこと聞いてない。先生は『とろびで十分、さて何でしょう』と聞いたんだ」
―「ほろびの呪文」「とろびで十分」聞き間違えたのか。
「答えは『あと十分で完成するカレー』でした」
ふざけるのは真田丸五郎丸という名前だけにしてほしかった。
「『ハウス』は惜しかったね。どうしてカレーと答えずに会社名言っちゃったんだ?」
いずれにせよ『ほろびの呪文』を言ってしまった。
MP53万全部使って言ってしまった。
一体何がほろんだのか―
てっきり世界とか地球とか人類が滅ぶと思っていたがその様子はない。
窓の外には寒々とした景色が変わらず広がっている。
~実は重大なものがほろんでいたのだが、その時の俺には知るよしもなかった~

「僕の話を聞かないで今何考えていたんだ?」
「ちょっとね。魔法についての話を」
「そういや小説家を目指してたんだったな。空想もたいがいにしろな」

空想か。
空想だったらどれほどいいか。
「誕生日おめでとう」と太郎から言われた途端に別な事―あの日のことを思い出してしまった。
4年前の今日、2月29日、ほろんだのはミツバチだった。
翌日のテレビのニュースで知った。
新聞でも「ミツバチ、絶滅か」の文句が踊っていた。
ミツバチは植物の約8割の受粉を請け負っている。
ミツバチがいなければ植物は受粉できない。
植物が受粉出来なければ植物は増えない。
植物は減る。
植物を食料としていた動物達が減る。
それを食料としていた肉食動物が減る。
その連鎖で生態系全体が崩れる。
それが最終的に食物連鎖の頂点の人間に影響を及ぼす。
「そろそろいくか」
太郎はマシンガンを片手に立ち上がった。
俺は太郎と食糧を探しに廃墟となった学校を出た。

昔アインシュタインが言ったそうだ。
「ミツバチが絶滅すると4年後に人類も絶滅する」

ハッピーバースデー

ハッピーバースデー

「16歳の誕生日おめでとう」夜中の0時に俺の部屋に入ってきた知らない人。 「私は誰でしょう」と声を張り上げた途端に煙が知らない人を包む。 「だららららら」と煙がもうもうと部屋を埋め尽くす中ドラムロールの声真似が聞こえる。 「実はお母さんだったのです」と威勢よく言い切ったが煙で本体が全く見えない。 窓を開けると二月の寒さが煙まみれの部屋をじわじわと襲ってきた。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-29

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