デビル

あおい はる

 図書館やインターネットで調べたけれど、恋のおまじないと名のつくものはどれも気休めにしかならないような子どもっぽいものばかりで、それならば黒魔術や呪いを試した方がいいのではと思いつき、学校の屋上に魔方陣を描くことに成功した。
 悪魔召喚の魔方陣である。空が茜色に染まる時刻であるが、時間や気候は関係ないのだと「世界の黒魔術大図鑑~実践編」には記されていた。
 わたしは悪魔を召喚するつもりだ。
 おとうさん、おかあさん、ごめんなさい。
 わたしには叶えたい恋があるのです。
 わたしは担任の先生が好きなのです。
 ええ、今年三十九歳になった、眼鏡が似合う古典の先生なのですが、一か月前に結婚をしたそうです。相手は元教え子だと聞きまして、わたしは居ても立っても居られませんでした。
 元教え子が先生と結婚できるのならば、現在の教え子であるわたしにだってチャンスはあるのではないか。
 先生がすでに結婚しているとか、新婚だとか、関係ない。わたしは先生が欲しい。頭を撫でられたい。まぶたに口づけをしてほしい。掌で顔を包んでもらいたい。鼻の筋を指でなぞってほしい。唇に唇を重ねてもらいたいし、舌をねじこまれたい。首を噛まれてもかまわないし、鎖骨のくぼみを舐めてもらいたい。胸も先生の好みに合わせてどうにかするし、太めのからだがお望みならば幾らだって太るし、細身が良いなら幾らでも痩せる。
 先生のためならば、自分をゼロから再構築することも厭わない。
 問題は先生がわたしを好きになってくれるかどうかで、幸せに向かって歩き出した一組の新婚夫婦を破滅に追いやることに対しての罪悪感は皆無だ。そんなものが微塵でもあったら悪魔召喚などに踏み切らない。恋というとはそういうものではないのか。人を狂わせるのが恋ではないのか。
 ところで悪魔とはどういう形態をしているのだろう。「世界の黒魔術大図鑑~実践編」によると、この魔方陣で召喚した悪魔は誰かの意識を操作してくれるのだという。
 わたしは先生と結婚した女が先生以外の男を好きになって浮気するよう仕向ける予定だが、悪魔への依頼にはそれなりの代償が必要だと書いてある。
 お金か。
 はたまた魂の半分か。
 代償として差し出すものに関しての記載はない。リスクの高い行為だ。もしかしたら魂をすべて吸い取られる可能性もある。悪魔との取引で最終的には先生を振り向かせる作戦が、肝心のわたしが消滅しては意味がない。
 わたしは今になって怖気づいてきた。
 魔方陣の上に立ち、脚の震えが治まるように先生のことだけを考える。
 悪魔に先生の意識を操作してもらうつもりはない。万が一にも先生の身に何かあっては困るからだ。
 もし、先生がわたしを好きになってくれたら。
 先生とデートがしたい。先生と一緒ならば、近くのコンビニに行くのだって楽しいはずだ。
 先生の部屋に上がりこみたい。先生の部屋は本や洋服がきちんと整頓されている気がする。
 先生のベッドで眠りたい。先生と添い寝というのは、想像しただけで心臓が爆発しそうだ。でも、もし先生がわたしを求めてくれるのならば、わたしは大胆にもなれそうだ。
 やはり悪魔を呼び出そう。決意して茜色の空を見上げた瞬間、屋上のドアが開いた。
 現れたのは、となりのクラスのニシオカだった。
 ニシオカはわたしとわたしの足元に広がる魔方陣を見比べて、それで、馬鹿にするみたいにニヤリと笑った。
「それ、世界の黒魔術大図鑑に載ってたやつでしょ。おれも試してみたけど、悪魔なんか来ないよ」
 それだけ云ってニシオカは、校舎に戻って行った。
 屋上のドアが閉まり切ったとき、わたしは世界からひとり、誰もいない異空間に放り出されたような気分になった。
 転がっていた魔方陣を描くために使った白いチョークを、粉々になるまで踏みつけてやった。

デビル

デビル

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-28

CC BY-NC-ND
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