あなたはキャンディ

知りたい。

スポーツジムから出てきて、角を曲がるまでを目で追うと、「今から家行ってもいい?」とメールを送った。「お、タイミングいいね。いまジム出たとこ。」返信を見て、嬉しくなる。彼の通うスポーツジムの真向かいの喫茶店の二階。窓際の席。ここに来るのも慣れてきたみたいだ。私は少し時間を潰してから、彼の家に向かう。学校帰りに来たよー、ということにするので、後30分ほどしたら向かうことにしよう。徒歩8分の彼の家に。

「最近さあ、無言電話が気持ち悪くて」
「無言電話?」
心配そうな声をつくった。
「そう。非通知で来る時もあるし全然知らない番号の時もあって、特に何も無いんだけど、こっちが何か言うと切るんだよ意味わかんねえ」
「…気を付けてね、洋くん、元カノに恨まれてるんでしょ?その人かもしれないよね?」
「俺もそうなのかなー、と思うんだよね。あのストーカー女…」
洋くんは小さく頭を抱えて、はぁ、と溜息を吐いた。洋くんが部屋のカーテンを開けないのは、向かいの部屋に元カノが住んでいるからだ。私は家まで行ってみたことがある。峰内、という表札が出ていた。洋くんとは2年前に別れた。それ以来洋くんのところには「私たちやり直せないかな?」「返事ください」「まだ好きなの」「洋、見てる?」「家行ってもいい?」という内容のメールが1日数十件届くようになり、部屋の前で待ち伏せされるようになり、何か視線を感じるなー、と思った時には、向かいの部屋に彼女が越してきていた。彼女は、窓から洋くんの様子を見ていたのだった。洋くんは恐ろしくなりカーテンを閉めた。その夜、二階の洋くんの部屋の窓が、コンコン、と叩かれた。そんな話を聞かされた。洋くんは警察に言ったりだとか、表立ったことにはしたくないから、その窓を塞いだ。でも、私は知っている。彼女はまだ見ている。だって洋くんの部屋、窓ふたつあるんだもん。それが詩織さん。
「なんで俺ヤバイのばっか引いちゃうのかなー。」
「そういう子に好かれちゃうんだね」
「なー。前も話したけどさ、窓から落とされそうになったり、刺されそうになったりしてるやつあんまいないよな」
詩織さん、は、正確には元々カノさんだ。洋くんは私と付き合う前にはグラビアアイドルと付き合っていた。彼女は、包丁を持ち出して洋くんを刺そうとした。また次の時は、首を閉めようとした。窓から落とされそうになって、でも洋くんの方が力が強かったから、彼女が窓から落ちた。二階だったから大した怪我にはならず、事故ということにして、彼女はブログに階段から落ちて足の骨折っちゃったぁ、と書いていた。これが、恵さん。これは2ヶ月前の話だから、まだ洋くんに未練があるだろう。恵さんと洋くんはそれっきりで、私はそれから洋くんと正式に付き合い始めた。だから、まだ知らないことが沢山ある。洋くんのことを知ることが出来るのは、うれしい。
私と洋くんはそれからいちゃいちゃして、いやらしいことをして、洋くんが女のコの手を押さえつけてすることを好きなことを知った。「だってこうすると動けなくてかわいいだろ」そう言った洋くんの顔がとっても格好良かったから、私はその表情を目に焼き付けた。
「よーくん、寝ちゃった?」
寝ちゃったなあ。ほっぺたをつっついてキスをして、私はその寝顔を写真に撮った。きっと深い眠りだから、ちょっとのことでは目覚めないだろう。私ももう慣れてきたので、洋くんが好きなブラックコーヒーに、砂糖と混ぜた、砕いて粉にした睡眠導入剤を混ぜるのもとっても自然だ。まずは洋くんが吸っていたタバコの吸殻を、持ってきていた袋に入れる。ほんとは全部持って帰りたい。捨てた、っていったらだめかなー。怪しいかなー。ちょっぴり悩んだけれど、今日は2本だけにした。別の袋に、洋くんの髪の毛と下の毛をそれぞれ入れて、愛おしく眺める。それから洋くんのノートパソコンを開く。スリープモードになっていただけだから、すぐに使える状態になった。まだ、携帯のロックは解除出来ていない。誕生日や親しい人のそれや、記念日、とかではなく、2222、とか、押しやすいものでもないのだろう。ランダムにしているタイプの人であれば、少し時間がかかりそうだ。パソコンのデスクトップをまずは眺めて、ひとつひとつファイルを開ける。最初に出てくるのは洋くんが大学院で勉強しているたくさんのことたち。研究論文。知りたいのでとりあえずYahooから私のアカウントにログインして、「難しいからサキにはわかんないよ」と言ってくる洋くんの研究内容を、いくつか自分のパソコンに送った。ログアウトすれば、たぶんバレない。それからインターネットの検索履歴。これはあんまり楽しい作業じゃない。好きなAV女優が分かってしまうから。会っていなかった4日ぶんをとりあえず目に通して、まだ時間がありそうだったので部屋の開けてない部分を開けてみようと思った。本棚やCDラックはもう写真に収めてある。洋くんが何を読んで何を聞いているのか知るためだから。あ、そうしたら引き出しからプリクラが出てきた。恵さんだ。恵さんは洋くんとキスをしていたので、私は堪らない気持ちになって、ハサミで1ミリ四方にそれを刻んで、トイレに流した。あとは、置いておいたぶたちゃんの縫いぐるみのアレを確認して、新しい、もうちょっと音質の良いのに取り替えて、いつもの場所に戻すだけ。
「よーくん、よーくん、」
起きてー。もう帰らなきゃ。そう言って体を揺すると、ん…、と呻いたのが聞こえた。
「あ…、悪い寝てた?最近するとすぐ寝ちゃうな」
「ジム行ってたから疲れてるんだよー。」
私はそう答えて、じゃあ、帰るね。ばいばい。そう言って1度キスをねだる。
「ねえよーくん、私のことすき?」
「すきだよー」
「わたしだけ?」
「うん、サキだけー。」
「約束だよ、ウソついたら、嫌いになっちゃうよ」
「大丈夫だよ」
貰っている合鍵で部屋を閉めて、マンションの下まで降りると、私は視界の隅に詩織さんの影を見つけた。気が付かなかったフリをして、横断歩道を渡る。洋くんが私と一緒に下まで降りてきて駅まで送ると思っていたのだろうか。詩織さんにはそうしていたのだとしたら、それは、くやしい。

家に帰ってから私は、今日の戦利品を眺め始めた。洋くんと同じ銘柄のタバコに火を付けて、お香代わりにする。いいにおい。洋くんと同じ香水の振りまかれた縫いぐるみを抱いて、私はイヤホンをつけた。洋くんはテレビを見ているみたいだ。とりあえず、少しの間このままでいよう。ネットで調べて秋葉原の小さなお店に行って、でもよくわからなかったから、詳しそうなおじさんに聞いたら細かく使い方を教えてくれた。盗聴器、なんて人聞きが悪いね。私は洋くんのことが知りたいだけ。

それからゆるく日が流れて、1ヶ月が経った。私は洋くんの家族構成を知ることが出来たし、洋くんの親しい友達の名前は把握したし、洋くんの小学校のころの卒業アルバムも手に入れた。宇宙飛行士になりたかったみたいで、かわいいなぁ、と思った。そうしたら将来の夢に「塚田洋一くんのお嫁さん!」と書いているブスがいたので、その子のページだけ切り取って、ライターで燃やした。Facebookは偽名のアカウントを作って繋がって、更新の止まっているmixiの日記も全部読んだ。洋くんは非通知設定の電話からは着信拒否にしてしまった。私がそうしろって言ったんだけど。だから、私は洋くんに電話をしたくなったら公衆電話に行くことにしている。この間は、「おいお前いい加減にしろよ!!!」と怒鳴られたので、私には決して出さないその荒っぽい声を知ることができたことに満足した。でも洋くんはきっと隠し事をしている。私が知っていないことがある。でももうすぐそれがわかる。たぶん、ぜったい。ぶたちゃんは核心を教えてくれない。洋くんはあまり電話をしないから。

いつもみたいに洋くんのマンションに行って、洋くんの部屋を出て、私は戦利品として、コンドームの数が減っていること、を獲た。
「よーくん、私のことすき?」
「すきだよ」
「本当に?サキだけ?ウソついてない?」
「ずーっとサキのこと考えてるよ。愛してる。」
あいしてるー、るんるんるん。私は次の日の夜、公衆電話から着信を20件ほど残した。洋くんは出なかった。でないでないでない、と思って、自分の携帯で電話しても出なかった。家には、帰っていないみたいだから、ぶたちゃんは何も教えてくれなかった。
なので、私はプリペイド携帯を新しく手にいれて、いつもの病院で、今までの睡眠導入剤が効かなくて困っていることを訴えた。強めの薬に変えますね、と言われて、はい、としょんぼりした声で言った。洋くんの家にいきなり行くと、洋くんは私を部屋にあげた。ごめん、今から大学で発表があるんだ。そう言って困った顔をされたから、ごめんね、と言う。いいの。会いたかっただけだから、洋くんが出掛けるまでいてもいい?そう言ったら、邪魔はしないでね、と言いながら私は頭をよしよしと撫でられた。
洋くんがパソコンに向かっている間、私は大人しく洋くんの携帯のメール一覧を見ていた。ロックはこの間解除出来た。出来た、っていうよりも、お手上げって感じで、後ろから洋くんに抱き付いて、ねえ、この間のプリクラ、画像間違えて消しちゃったから送って、と。言っただけ。それでロックを解除する手の動きを覚えただけ。
洋くんはサキでも詩織でも恵でもない女の人とたくさんメールをしていた。内容は、見ないことにした。その代わりに携帯を閉じて、邪魔しないでね、と言われた約束を破る。
「洋くん、発表が終わったらすぐかえるの?」
「んー、んん」
「待ってちゃだめ?」
「ゼミの飲み会があるんだ。遅くなると思うから、今日はごめんな」
そっかあ、そう言って、私は洋くんにキスをして、ゼミって女の人もいるの?と聞いた。
「なに、心配なの?」
洋くんは笑って振り返る。
「いるけど、サキの方が何倍もかわいいよ。ぜーんぜん心配ないから、安心して。」
「うん、わかったあ」
いいこいいこされた私は、サキだけだよね?と首を傾げる。サキだけだよー、と、洋くんが答える。洋くんが私の好きなキャンディをくれたから、私はえへへー、とわらってマンションを出た。詩織さんの姿は見えなかった。私はキャンディをひと舐めしてから噛み砕いた。

その夜、新しい携帯で電話をかけると、「…誰だ?おい、また無言かよ。ふざけんな。」と言われた。その後ろで、女の声がして、「ねぇ塚田くん、ストーカーなんてほっとこうよぉ」という言葉。「ああ、キモチワリー。」「ね?」甘ったるい声。ほら、やっぱり、ウソついてた。洋くんのウソ、見つけちゃった。その後に私の番号で電話をかけると出なかったので、私は、メールで「別れる」と送った。2時間後、洋くんからの返信。「いきなりどうしたの?何かあった?」「洋くん浮気してる」「してないよ」「してるよ」「してないって。電話で話さない?」メールから電話に切り替える。洋くんが喋り出す前に、私は言った。
「ウソついてるの知っちゃったから、嫌いになったの」
「だからさ、浮気なんてしてないって。どうしたんだよ急に」
「洋くん今家?」
「そうだよ」
「ぶたちゃんのぬいぐるみ、後で捨てた方がいいよ。」
「え」
「さっき電話した時、女の人の声したよ。サキだけじゃないじゃん。あれが真美ってヒトでしょ。洋くんいっぱいメールしてたね。それとも由加里ってヒト?大丈夫、洋くんが浮気性なの知ってたから。でもウソついたから嫌い。きらいきらいきらい!」
電話越しに、電話って、と狼狽える声が聞こえたので笑ってしまった。わたしだよ。そう言って、付け加える。
「よーくんはね、ヤバイ女を引いちゃうんじゃないよ。ヤバイ女に好かれるんでもないよ。よーくんが、ヤバイ女を選んでるの。だから、それは分かってた方がいいよ。あと、ぶたちゃん、盗聴器入ってるから早く捨ててね。私に全部聞こえちゃうから。私と別れた後のよーくんのことも、全部、聞こえちゃうから。ね。合鍵は、今度返すね」
そこまで言うと、私は電話を切った。深呼吸をして、洋くんのタバコの吸殻を見つめた。空野恵、のブログを検索して、明後日握手会があることを知ると、イヤホンをつける。「うわ、まじかよ!」そんな洋くんの声が聞こえて、ガサガサしたビニール音。しばらくしてガコン、と音がして、車の通る音だけが聞こえるようになった。近くのコンビニのゴミ箱だろう。私はイヤホンを外すと、睡眠導入剤を粉状にする作業を始めた。

恵さんは、とても綺麗な人だった。怪我からの復帰を記念してのファンイベント。私はとびきりのおめかしをして、プレゼントと手紙を携えた。
「はじめまして。わたし、恵さんのファンなんです」
「わぁ、こんなに可愛い女の子のファンなんて嬉しいっ」
ニッコリ営業スマイルの彼女に、ぬいぐるみを差し出す。恵さんが好きなクマのキャラクターの、洋くんの部屋にあるのと、同じものを。
「よかったら、手紙読んでください」
「…ええ。」
次の日の夕方、空野恵は私が指定した喫茶店に来ていた。私たちは窓際の席で、お話をした。
「あいつが私を裏切ったから殺してやろうと思ったのよ」
「そうなんですね」
「あなたもそうよ。どうして私がいるのにブスに手を出す必要がある?意味わかんない、めった刺しにして殺してあいつのアレ切ってやりたい…!!」
その気持ちはまだ変わらないですか?と聞いて、私は、彼女と取引をした。彼女は、捕まっても構わない、と言っていたのでそれを信じる。
「約束して欲しいんです。あなたが一人でやったって。」
指切りげんまん。恵さんからはいい匂いがして、自然な笑みがこぼれた。私はもう恵さんに嫉妬しない。別れた男の人に嫉妬はしない主義だから。でも、まだ知りたいものがある。

恵さんから私の渡したプリペイド携帯で連絡が来たのは一週間後だった。明日の朝自首する、と言っていた。私はそのあと指定したコインロッカーに行って、プリペイド携帯とビデオカメラを回収した。自首するより先に彼女はきっと捕まるだろう。そう思ったけれど、まずは欲しかったものが手に入ったことを喜んだ。帰って中身を確認すると、私は。


「それで、君がここに来た時にはもうこうなっていたと」
「はい……」
私は、警察の人の前で泣きじゃくってみせていた。どうして彼の部屋に行ったのか、という質問に、正直に答えた。
「知りたかったんです。彼が、いまどうしてるか。会いたくなって。」
「君は一週間前に彼と別れたんだよね」
「はい…それで、そのあと、彼の友人だっていうお姉さんに会ったので、合鍵を代わりに返してって、言いました。それが、こんなことになるなんて、」
泣きじゃくる私に、刑事は優しかった。そもそも私は未成年で、彼は成人していて、私は見るからに頭の弱そうなカンジなので、疑うこともされなかった。そもそも犯人は自首しているのだから、疑うも何もなかったのかもしれない。恵さんは私との約束を守ってくれたらしい。誤算は、ふたつだけだ。しかしそれも最早問題ないだろう。刑事は、酷い殺し方だ、と吐き捨てるように言った。めった刺しにした挙句、あそこを切り取って、目をくり抜くなんて。
「でも空野恵は、目はくり抜いてないと言っているんでしょう」
別の男が言う。
「局部を切り取ってぐちゃぐちゃに刻んだ女だぞ、他にも見つかってない部位がある。信じられんよ」
「まあ、そうですね」
私はあの光景を、遠い昔のように思い出していた。ぐちゃぐちゃになった洋くんと、その横で首を吊っている詩織さんを。

私は恵さんに合鍵と、睡眠導入剤をあげた。代わりに、ビデオカメラでの撮影を頼んだ。一部始終を収めて、私にくれるように。第一発見者は、詩織さんになる予定だった。洋くんの部屋に出入りする人と、部屋の様子を見ている詩織さんが洋くんがずたずたにされるのに気が付かない訳が無い。詩織さんは当然気が付いて、洋くんの部屋に入った。ここがまず一つ目の誤算。詩織さんはショックを受けて、その場で自殺してしまったのだ。
私は部屋で一人、うっとりと戦利品を眺める。二つ目の誤算。ビデオカメラの映像を見た私は、知りたくなってしまった。洋くんの血の匂いを。洋くんの肉片の味を。洋くんの恐怖に歪んだ顔を。知りたかった。我慢出来ずに洋くんのマンションに行くと、ぐちゃぐちゃになった洋くんの横でぶら下がっている詩織さんを見付けた。あーあ、と思いながら、私は洋くんに触った。舐めた。肉片を口に含んだ。部屋に籠った生臭い鉄の匂いに、酷く興奮して、私はいつもの悪い癖が出た。ううん、違う。知りたかっただけ。それだけだ。睡眠導入剤は、私が洋くんの部屋に忘れていったのを、恵さんが勝手に洋くんのスポーツドリンクに混ぜただけ。合鍵を渡してしまったのは、恵さんが洋くんの友人だって言ったから。私はバカなジョシコーセーだから、仕方がないの。
瓶の中の洋くんの眼球は、綺麗なキャンディのようだった。こんなに素敵なものを知っているのは私だけだ。そう考えたら、嬉しくなってしまったので。眼球を瓶から取り出すと、そっと、それを口に含んだ。

あなたはキャンディ

あなたはキャンディ

ヤバイ女を引き寄せるのは、あなたがヤバイ女を好きだから。ホラーじゃないです、ラブストーリーです。ストーカーちゃんのお話。

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更新日
登録日
2016-02-28

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