幽霊列車、まもなく発車します

幼い頃の私

「優香ちゃん。将来の夢は、何ですか?」
幼い頃の私に当時まだ若かったお母さんが聞いた。私はその時5歳で、お母さんはまだ25歳だった。
幼い頃の私は、そのお母さんの問いにこう答えた。
「あのね、電車を運転する人!電車の人なる!」
私は、女の子にしてはその時珍しい電車好きで、いつもいつも暇があるたび電車の本を見ていたらしい。これは、昔のお父さんに似たんだ、とお父さんはいつも言っている。特に私が好きな電車は、ドクターイエローだった。
それは、今も昔も変わらない。
「優香ちゃんは、何で、電車を運転する人になりたいの?」
ビデオを回しているお父さんが、私に聞いた。お父さんも若く、お母さんと同じ歳だった。
お父さんが聞いた質問は、まだ5歳だった私には難しかったらしく、首を傾げていた。
「あなた、まだ優香には難しいわよ」
お母さんがお父さんに、そう言った。
けど、その時の私は、自分なりに解釈をして、お父さんに答えたという。
「電車運転するの!」
と。
お母さんもお父さんも、その時は微笑ましくて、とても笑ったらしい。
その模様を撮ったビデオは、今でも大事に残されている。
そして、私の夢は、未だに変わらない。
私の夢は、電車を運転する人・・・そう。
車掌になる事だ。
3歳の頃、お父さんと一緒に乗った電車にハマり、そこからずっと電車一筋で生きてきた。
物心がついてから、初めて吸った空気は澄んでいて、とても美味しかった。
でも、それは、昔の時の空気であり、今は
もうこの空気を味わう事が出来ない。
今のこの国の空気は、とても黒く汚れてしまっている。
人々の心が汚れてきてしまったからだ。
だから私が変えなくちゃいけない。
けど、今の私には何にも出来ない。
昔は純粋な“夢”で終わっていたけど、今は違う“夢”と化している。
しかし、これも私の“夢”だ。

私は車掌になる!

「懐かしいわね」
と、お母さんがこのビデオを見ながら言った。
お母さんは、このビデオが再生し終わると、もう一度同じビデオをつける。
リビングのソファに腰掛けて、完全に見る体制になっている。
こうなると、私はもう何とも言う事が出来ない。
あまり、昔のビデオなど本人の目の前で見てほしくないのだが、仕方ない。
「お母さん、食器洗いよりビデオ見る方が、大切?」
と、私はお母さんに聞いた。
「当たり前でしょ」
と、お母さんは即答した。
「あたしも歳とったわねえ」
ビデオを見て一人でお母さんは呟いた。
確かに、この頃はまだ20代だったが、もうお母さんは45になった。
見た目ももちろん、喋り方もおばさんっぽくなってきてしまった。
まあ、これも仕方がない。
私もいずれ、こうなってしまうんだろう。
「優香、まだ電車を運転する人になりたいの?」
お母さんは一旦ビデオを止め、私に聞いた。
「うん、当然だよ」
と、私はお母さんに答えた。
私、綾瀬優香。15歳。
将来の夢は、もちろんある。
もうすぐ、私は20になる。
けど、私は友達付き合いが悪いから、友達だって、昔の友達のまま。
でも私には、お母さんとお父さんがいる。
私にとっては、ただそれだけで良い。

「おやすみ」
夜、私はあくびをしながらお母さんにそう言うと、二階の寝室へと向かった。
その時のお母さんは“お母さん”で、私に優しく「おやすみ」と言ってくれた。
だからこそ私は、安心して眠りにつけた。
私が完全に眠ってから、わずか30分ほどたった。
お父さんが職場から家へ帰ってきた。
はあ・・・と深くため息をついて若干乱れたネクタイを取ってお母さんに渡した。
私は、お父さんが玄関を開けた音で目が覚めた。
完全に眠ってから、と言ったが、完全ではなかったようだ。
「あなた。あの子、大丈夫かしら?」
と、お母さんはお父さんに聞いていた。
私はその事が気になってしまって、音をたてないように、静かに耳をすませていた。
「あの子って?」
カバンや弁当箱をお母さんに渡している音も、わずかながら聞こえてくる。
「あの子よ、優香」
私は、一瞬驚いたが、冷静さを取り戻し、また興味を沸かした。
そして、また寝るのが遅くなりそうだ、と一人で笑みを浮かべて聞いていた。
「何で大丈夫か、なんて聞くんだ?優香は成績も良いし、学校での態度も十分良い。健康面も悪くないし、心配するような事はないだろ?」
お父さんは言った。
普段はそんなこと言ってくれないから、そうやって思ってくれてたんだ、と思うと少しだけど、嬉しかった。
「違うわよ、将来の夢。私が聞いたら、まだ車掌になるだなんて」
「別に良いじゃないか。昔からの夢なんだから」
お父さんは相変わらずけろっとしている。
「あの子の成績で車掌なんて、もったいないでしょ?私はその成績を、もっと有効に使ってほしいのよ」
お母さんは深くため息をついて言った。
「お母さん、人生は一度しかないんだ。優香の人生くらい、優香に決めさせてやりなさい」
お父さんがお母さんの肩に手を置くと、ニコリと微笑んだ。
私はその光景を見て、少しだけ感動した。
最近のところ、お母さんもお父さんも、あまり相手にしてくれないから、私のこと、もうどうでもよくなったのかと思ってた。
けど、ちゃんと私の将来の事まで考えてくれて、凄い嬉しい。
でもお母さん、ごめんね。
私は、絶対に車掌になるから。
お父さん、ありがとう。
私、頑張って車掌になるから。
お母さんの不安を吹き飛ばせるように、
お父さんの期待に応えれるように、私は将来の夢に向かって、歩いていく。

優香に、合う仕事。

「へえ、良かったじゃん」
親友の暁杏樹(あかつきあんじゅ)が言った。
私は、昨日の事を杏樹に言った。
すると、今のように、良かったじゃん、と言ってくれた。
ちゃんと話を聞いてくれる友がいるって、
良いなあ、と私は思った。
杏樹は、私が幼稚園の頃からの親友で、とにかく友達が多くて、とにかく明るくて、とにかく頼りになる。
そして、彼氏もいる。
今日は話したい事があるから、と言って、無理やり彼氏さんと一緒に帰るの断らせちゃった・・・。
申し訳ないなあ・・・。
「・・・でもさ、お母さんの言う事も、一理あると思うんだよね〜」
と、杏樹は急に言い出した。
さっきまで、私に同情してくれたのに、急だ。
「何で?何でそんな事言うの?」
私は顔面蒼白で杏樹に聞いた。
「だってさ...優香って美人だし、スタイル良いし、胸大きいし・・・」
「最後の関係なくない⁉︎」
私はハッとしてツッコんだ。
「ハハッ、バレた?」
と杏樹はニヤリと笑う。
こういうところが友達が多くできるコツなんだろうな。
「でも、美人でスタイル良いし、他に仕事とかあると思うな。現に頭良いし」
杏樹までそんな事言うの?
私は若干目が潤んでしまった。
「優香、あんたが本当に車掌になりたいなら、良い方法があるから、聞いて」
杏樹は、私の肩を掴んでいった。
私はこくりと頷いた。杏樹は、良かった、と言った。
「・・・どう?」
私は目を輝かせて頷いた。
杏樹は笑顔で行ってみてよ、と私に言った。

幽霊列車、まもなく発車します

幽霊列車、まもなく発車します

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-27

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  1. 幼い頃の私
  2. 私は車掌になる!
  3. 優香に、合う仕事。