ENDLESS MYTH第3話ープロローグ5

ENDLESS MYTH第3話ープロローグ5

プロローグ5

 眼下は真っ赤に染まっている。血しぶきの波が寄せては、髑髏の海岸線に血液の泡をたてる。
 ここが死者が向かう「ヘル」であることを、波打ち際の髑髏の浜辺に立ち、黒雲をたたえて、鉄壁のように重たい空を見上げ、そこから雨のように落ちてくる無限の人間たちを見ていた。
 それが罪を侵した魂の成れの果て、残骸なのを彼女は知っていた。
 と、彼女の白い頬を抜ける、生臭く生温い風は垂れ下がる黒髪をなで上げ、黒髪に光る赤黒い光を一瞬、腐った空気に煌めいた。
「ほほぅ。これは珍しい」
 黒髪に向けられた腐敗臭の吐息は、老人の声色を耳に届けきた。
 振り向きざま、彼女の伸ばされた腕の先に、銃が握りしめられていた。
 白く細い指先に黒いマニキュアが塗られた手にはおおよそ似つかわしくない、シルバーに黄金の装飾が施された、銃身が長大なリボルバーが握りしめられていた。
 見た目はコルトパイソン357マグナムに類似しているも、毒々しさと神々しさが隣り合わせた拳銃である。
 太い銃口の先には腐った風にたなびかせ、おんぼろの布で細い身体を包んだ老人が1人、ドクロの上に佇んでいた。
 見た目で特に顕著なのは背負った櫂だ。まるで人の鮮血を今塗ったかと思うほどに、鈍く光っている。
「カローンか。あたしは渡し賃を持ってはいないぞ」
 と、彼女が真っ赤な唇で囁いた刹那、銃はまるで腕に吸い込まれるように、消滅してしまった。
 三途の川の防人は、しわくちゃの顔をニタニタとさせ、女の吸いつくような肉感的な身体を、舐めるように上から下へと視線を落としていく。
 女の肉体は黒いライダースーツのような身体にピッタリと密着した衣服を身にまとっていた。
 乳房と臀部が強調された立ち振る舞いだ。
「おぬしが死人でなく、ましてや因果律よりこぼれ落ちた悪質なアストラルソウルでないことは、一目瞭然じゃ。このようなことができるものなど、そう多くなどなかろうて」
 そういうとヘルの、実におぞましい光景、腐った腐肉の悪臭、鳴り止むことのない死人、咎人の嘆き苦しむ悲鳴を全身で感じ取った。
「ヘルは物理空間ではない。このように儂も実体などない。何者かがヘルを空間化、儂を擬人化したのじゃろう?」 
 ニタニタとまた彼女を見上げる老人であった。
 女は老人の生臭い吐息から、再び血液が寄せる血の大海を眺め、腐敗の臭いがする風を感じた。
 刹那、波打つ鮮血の海面が突如として柱を複数、腐った空気中に立ち上げると、おぞましきそれらが中空に現出した。
 血しぶきをほとばしらせ、幾本も伸びた腕なのか脚なのか分からない、骨と筋だけの灰色の肉体に、無数の血管を浮き上がらせ、まるで見えない壁を這い上がるようい這い、妙に大きな頭を垂れ下げて、前方に突起した幾本もの牙を、不揃いにウネウネと波打たせた。
 そうした化け物たちは、同時に腕らしき触手に無数の何かを巻き付けていた。よくよくみるとそれは生物の内臓である。まるでアクセサリーでも身につけ、着飾っているように、生々しい内臓を巻き付けている。中には無数の目玉をコレクションのように肉体にちりばめている化け物もいた。
 全長は大小若干の違いはあるが、大きさは200メートルを超えていた。
 おぞましき化け物は彼女を目撃すると、即座に捕食行為に走った。港内が鈍く光ったと思った刹那、無数の光の線が腐った空気を湾曲しながら彼女めがけ一閃した。まるでレーザ―の如く。
 頭蓋の砂浜に着弾したそれは、とてつもない爆発を引き起こし、果てしなく続いた海岸は灰となり、血液の海は蒸発し、海底の黒々としたヘルの底が顔を出した。
「"煉獄の姫"これもお前さんが想像した代物かのう?」
 頭蓋骨の砂浜を一蹴りで遙か上空へと跳ねた女。
 その横に櫂をサーフィンのボードのように足下に横たえ、中空を滑空するカローンの姿もある。
「ヘルの住人が自らの醜いアストラルソウルを具現化しただけだろう。私の趣味ではない」
 鼻を鳴らした女は両腕を真上へ突き上げ。
 途端、中空に小さな白い光球が現れたと思った刹那、それが瞬間的に直径を50メートルほどに拡大すると、まるで恒星の如く輝いた。
 女はそれを腕を下ろすように軽く下ろすと、小さな恒星は高速で、化け物たちに破壊されたヘルの地上へと落下していく。まるで隕石の如くに。
 津波を起こしていた血液の大海。その上空を獲物を求めて不気味に浮遊するヘルの住人たち。
 それら全てへ鉄槌の如く叩きつけられた光の球は、すべてを滅するかのように、素粒子の一粒にまで跡形もなく、熱で蒸発させた。
 ヘルは彼女の現出させた小型の恒星により、瞬く間に崩壊へと変じた。
 血液の海は沸騰し、死者の遺体で構築された山脈は、砂の山のように突風に吹き消された。
 渦巻く空は爆風で漆黒に染まった。
 数秒後、あれだけの悲鳴と慟哭に包まれていたヘルには、静寂と闇に覆われ、無となってしまった。
 そこにはただ2つ、煉獄の女王と老人カローンだけが中空に立っていた。
「自らが具現化した物理空間を消滅させるとは、遠慮がないのう」
 そういいながら、圧倒的な彼女の力に、満足げに頷いていた。
 老人はフクロウのように笑っていたが、見上げた彼女の不機嫌そうな、ツンとした表情に、勘が鋭く光った。
「救世主が気になるかね? そうであろうな、お主の立場としては当然であろうな」
 そう言い終えたと同時に老人の胸を白刃が貫いた。
 彼女の手には西洋刀が鋭く光を帯びていた。
 と、老人の肉体はまるで煙のようにするすると暗闇に消滅すると、ヘルの闇に高笑いだけが響くのだった。
 剣を腕から消滅させた女は、その妖艶な胸の膨らみの奥に、イラ立ちと期待が混じった不可思議な気分が渦巻きのように、混じり合っていた。
 そして火物質化から開放され、もはや可視できなくなったヘルを、転送能力であとにするのだった。

ENDLESS MYTH第3話ー1へ続く
 
 
 

ENDLESS MYTH第3話ープロローグ5

ENDLESS MYTH第3話ープロローグ5

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-27

Copyrighted
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