白い空の時計針
チク、タク、チク、タク、
チク、タク、チク、タク、
耳を澄ませて
さあ 目を開けて――
《Ⅰ.少女性とフェミニズム》 水晶玉
揺らめく青透明の半球の下
君は蹲るんだね
そんなに空想が好きかい?
そんなに今を見たくない?
未来さえも君は否定しちゃってる
そうだね 君を取り巻く世界はあまりに君に残酷だ
全ての言葉が 全ての笑みが
君の背中に刺さる氷の矢
君の中にいるあの子は 君のことあんなにも大好きだ
でも君は怖いんだね
それだけじゃ生きてけないから
だってその気持ちは種だもの
水も日の光も土の柔らかさもないなら
枯れちゃうかもね
僕も同じなんだ
ねえ 君の背中に顔を埋めてもいいかな
君のことなんて全く知らない
だからきっとおこがましいね
だけどなんとなくでも
君を守りたいと思ったんだ
君に甘えたいと思ったんだ
君の望むこと何もわからない
だけど君がこの綺麗すぎる水晶玉の中で
星座を見ながら泣いてるのは見えちゃった
僕 この水晶玉
綺麗に拭いてあげる
月明りや柔らかな朝日
紅くて静かな夕日
透かして見たらどれだけ綺麗だろうね
側にいてもいいかな?
しゃべらなくてもいいよ
僕だって口下手だから
一緒に同じ海を空を見れればいい
君が綺麗な絵の中にいるの
守ってあげたいだけ
《Ⅰ.少女性とフェミニズム》 森
わたしのなかに
潜む吐息
光に溶け込むように
白い肌で
長く透きとおったまつげを
ときおりふるわせながら
そのおんなのこは
静かに眠っていました
金色の
繭の糸のように
細く ときに消える儚い光のつぶが
線となって連なって
彼女の体を
支えていました
おんなのこが
目を覚ますことは
きっともう ないのでしょう
おんなのこは
青と緑と金色の
目の覚めるように美しい
にじんだ絵の具のような森の小さな一点で
ひんやりとした気持ちよさのなか
ほんのりと頬を染め
静かに眠っているのです
ああ
こんなにも
空を森を
見るたびわたしは
泣きたくなって
胸がすっとなるのです
開けた窓の隙間から
風がそっとはいってくるように
光が洩れてくるように
ふだんわたしは
この灰色のアスファルトを
見つめて生きているが
この地面のでこぼこに
ときおり反射しきらきら光るもの
見つめ心癒しているが
それでもひとりでいるときは
時間を忘れて空を見る
忘れたかったのでもなく
捨てたかったのでもなく
手放しなさいと命令された
土の底に沈めた
わたしの大事な一部に
まだ未練があるから
いつからかわたしの背中に住み着いた
気が遠くなるほどの
たくさんの責任を
終わらせたら
わたしはまたあの森へ帰って
あの少女を揺り起こすのだ
そしてその時は
瞼の裏に見えている
森への小さな木の扉
もうだれも来られないように
鍵をかけよう
葬り去った世界のために
《Ⅰ.少女性とフェミニズム》 窓枠
わたしが出会ったその女の子は
部屋にたくさんの写真たてを持っていました
たくさんの
額縁を壁に飾っていました
そのどれひとつとして
写真の一枚も
絵の一枚も入っていませんでした
わたしが首をかしげると
彼女は笑って
写真はアルバムの中にいれてるの と
本棚をゆびさしたのでした
そして彼女は窓辺の床に坐り
窓枠にもたれ
空を静かに眺めていました
彼女がいれた
カモミールティーの香りは
とても柔らかでした
わたしは
どうしてその質問がおもいついたのか
いまでもわかりません
まるでぽろぽろとこんぺいとのように
口からこぼれたのでした
絵は嫌い?
彼女はどこかぼんやりと眺めながら
首を横にふりました
大好きよ と
言いました
わたしは無性に
窓辺に儚く光をうける彼女の姿を
描きたくなったのでした
《Ⅰ.少女性とフェミニズム》 夜露と車輪
君が泣いていたから
話したこともないくせに
僕はつい側に座ってしまったんだ
何を言ってやったらよかったのかも
わからなくて
何故涙を流しているのかさえ
知らなくて
そもそも君が何者なのかだって
どうでもよかった
けれど君を震えるように包み込む
薄藤色のウ゛ェールの羽を
見なかったことになんてできなかった
僕の背中にも羽があるのなら
分けてあげたいと思った
僕は飛べなくなっても構わないから
僕達は背中合わせに膝かかえ
ずうっとただ空を眺めていた
《Ⅰ.少女性とフェミニズム》 満月の鹿
女の子はただ空を見上げていました
女の子の体はもう大人で
愛を知って お嫁さんになって
お母さんになって いつかはおばあちゃんになるのでしょう
女の子は哀しく思いました
それがヒトとして生まれた究極のシアワセ
けれど女の子は未だにわからないのです
どうして女の子はヒトに生まれて来たのでしょう
生まれてきたいと思ったのでしょう
それともほんとうに生まれてきたかったのでしょうか
女の子は星になりたかったと思いました
その夜は綺麗に輝く橙色の満月で
このお月様をずっと見ていたかったと
そう願いました
女の子が訳も分からぬ胸の鋭い痛みに涙を流していると
満月の向こうに揺らめく銀色の影があります
それは鈴のような美しい蹄の音と共に 空の階段を駆けて舞い降りました
女の子は 目の前にいる牝鹿の澄んだ青い瞳に見とれていました
銀色の牝鹿は首をかしげたように見えました
女の子が手を伸ばすと
触られるのをためらうように体を小さく震わせました
女の子の瞳からはただただ涙が零れていきました
まるでその牝鹿は
女の子が焦がれて焦がれて
待ち続けていた
何よりも欲しかった片割れのようだったからです
けれど同時に女の子は気付いてしまったのでした
誰よりも女の子は
この愛らしい牝鹿にふさわしくなかったのです
女の子は牝鹿の澄んだ静かなまなざしのもと
しゃがみこんで
胸をかきむしるように泣いたのでした
女の子はヒトに生まれたから
物語の中で生きることは許されない
たとえそれが理不尽でも
女の子は女の子のからだで生きるもの
女の子はようやく諦めて
不思議なことに世界が美しく広がることを知りました
空はまるで水彩画
いいえ もっとずっと美しい
木々のざわめきも
道端に映る影法師も
自動車の走る音でさえ
世界はどこまでも
美しくただ美しく広がっていくものだったのです
瞼を閉じても開いても
耳をふさいでも澄ましても
この体を存在を
立たせてくれている世界は
物語以上の美しい世界で
いくらでも美しく変わってゆける
女の子はようやく理解したのでした
物語の中に生きるのなら
二度と広がらぬ閉じた世界でまどろむだけ
それは泣きたくなるくらい美しい場所だけど
女の子が生きる体をもつ限り
そこにとどまることはできない
いつしか足りなくなるでしょう
もっともっと と
貪ってしまうでしょう
それは夢魔となんらかわりなく
女の子は瞼を腫らしましたが
もう泣くのをやめました
笑うのにはまだ時間がかかるかもしれない
けれど女の子は
鹿に出会えた自分は褒めてあげようと思ったのでした
《Ⅰ.少女性とフェミニズム》 ビーズ
笑うのは本当に楽しい時で
泣くのはとても悔しかった時で
腹が立ったら怒って
すぐに忘れてまた笑い合った
それが許されていて
その生き方しか知らなくて
からだはちいちゃかったけど
世界はとても広くて青かった
あの頃わたしたちは
いつか心臓と薬指をつなぐ
キラキラとした宝石に憬れながら
子供にとっての小さな宝石たちを一生懸命
糸に通して編んで作って
お姫様になった気分だった
人生はもしかして
砂粒より小さい色とりどりの
ビーズたちでできたモニュメント
だとしたらわたしたちはいつも
日常の雑事にもまれのまれ泣きそうになりながら
どこに行き着くのかさえわからぬままで
何も考えたくなんかなくて
何も聞きたくはないのになんて苦しんではいても
それらは本当はとっても綺麗なもので
ちゃあんと糸で少しずつ編まれていっているのかもしれない
本当は今幸せになりたくて
今すぐ愛されたくて
おばあちゃんになってからのことなんてどうでもよくて
でもどうでもよくなくて
自分の中の醜い部分に苦しめられているかもしれないけれど
全て今手の中にちらばるものは
あの頃集めるのに夢中だった
綺麗な小さなビーズなんだって
《Ⅰ.少女性とフェミニズム》 青い羽
五日目の月が空に浮いていました
小さな白い兎の子は、眠りからふと覚め、姉妹達の間をすり抜けて、
そっと家から抜け出しました
草の匂いがささやかに鼻をくすぐりました
兎の子は、夜がこんなにも綺麗で可愛らしいものだなんて、今まで知りませんでした
星屑が、青と赤と白と桃色に瞬いています
風の音も、虫達が羽をこすり合わせ奏でる音色も、
お日様の下ではきっとあまりにも弱々しい
けれど、紺色の滲んだ夜空と、
鮮やかでない草原の波はとても儚くて
兎の子はとっても好きだなあと思ったのでした
背筋を一生懸命に伸ばして、風の匂いを
空の匂いを嗅いでいると
空からくすくすと笑い声が聞こえてきます
それは、よく知る【ひと】の声でした
兎の子は慌てて逃げ出そうとします
けれど、声は楽しそうに言いました。
『ああ、逃げないで。ただ可愛かっただけなんだ』
ひとの言葉が分かることに、兎の子は自分でとても驚いてしまいました
空という絵具の滲んだ水面から、一人の少年が姿を現しました
少年はふわり、と、だぼだぼの衣装をひらめかせ舞い降りてきました
空はまるで水面に何かが落とされた時のように波紋を作り、広がっていきます
少年は、水色の羽のついた濃い青の帽子をかぶっていました
背中には笛というには太すぎる、まるで小さな木の幹のようなものをしょっていました
『やあ。こんばんは、可愛い子』
少年は帽子の淵に手を当てて、にっこりと笑いました
兎の子は、ひとが恥ずかしがるように、体がほんのり熱を帯びてくるのを感じました
少年はとてもとても綺麗でした
少年はしゃがむと、指でそっと兎の子の耳を撫でてくれました
兎の子は初め微かに震えて、
やがて心の中がふんわりと温かくなっていくのを感じたのです
気持ちがいいな、幸せだな――
そう思いながら、そっと瞼を閉じました
少年は少しだけさびしげに笑っていましたが、兎の子は気づきませんでした
時は巡り
少年は空の中を静かに歩いています
少年の靴のかかとが
空の水色をかつんかつんと鳴らしていました
それを面白そうに、真っ白な人が頬杖をついて見つめていました
少年は嘆息して、上を仰ぎました
広がるのは雲の上の澄み切った青です
『何がしたいんだい』
白いひとはくすくすと笑いながら言いました
白いひとは細長い足を雲間でゆらゆらと揺らし、
スカートがふわふわと揺れて、雪のような肌が垣間見えるのでした
少年は彼女の声にきょとん、として目を見開きます
やがて少年は、つまらなさそうに、ただ、
『別に、何も』
と答えたのでした
《Ⅰ.少女性とフェミニズム》 きらきらひかる
きらきらひかる
君の涙が
きらきらひかる
君の笑顔が
ちろちろひかる
ろうそくのあかりが
ちろちろゆれる
はかない火が
ろうそくは今にもたおれそうな
ななめにかたむいた
それなのに
それでも
君はがんばっているんだね
がんばっていたんだね
ひとりで
ひとりきりで
弱音吐いてみせてたとしても
はたから見たら幸せそうでも
ほんとうはつらかったよね
ほんとはとじこもってたよね
がんばってたんだね
知れてよかった
わかってよかった
ボクは君を
見つけられてよかったんだ
きらきらひかる
君の笑顔が
ひらひら舞い散る
ひんやりつめたい粉雪が
きらきらひかるよ
街角でもみの木がたくさん光ってる
きらきらひかる
この手の中で
きらきらひかる
君の未来を
ボクはこれからも
まもってあげよう
《Ⅰ.少女性とフェミニズム》 風見鶏
風がわたしの横を走っていく
人はみな あなたが走っているんだよと言う
けれどもわたしは感じていた
わたしが歩こうと走ろうと
立ち止まろうとうずくまろうと
風は風自身で先へといなくなってしまう
わたしはそれを なんて無慈悲なんだろうと思っていた
うらやましかった ねたましかった
だって風には行くべき先が
揺らぐことなき路があるから
しなやかに生きて行けるから
時には誰かを優しく包み込めるから
時には強く怒れるから
そうだわたしは風にあこがれている
それを認めることが
苦痛を伴わなくなれたなら
わたしは わたし自身になれるだろう
どうかそれまで
憤らせてください
誰かを愛させてください
信じさせてください
わたしには叶わない
揺るぎない光があることを
その光のドアはそれでも
等しく誰もに隙間を開けてくれていると
《Ⅰ.少女性とフェミニズム》 魔女の子
空想と妄想の
意味の違いを語るつもりはないけれど
わたしたちに与えられた
いちばんの贈り物
この瞼を閉じるという魔法
迫害されるようになったのは
いつからか
現実逃避はいけない
現実を見ろ
理想ばかり追い求めるな
あげく
ああ それなのにあの人は
あんながらくた
ごみくずだきしめちゃって
変わってる
にんげんの
クズ
瞼を閉じて
耳を澄まし
体を休め
脳を癒す
想像の映画に
身をゆだねて過ごすこと
それは
一番の贈り物であったはずなのに
お金にならないことは
価値がないんだって
そういうことなんだって
魔女裁判
魔法に人々は
いつしか恐れを抱き
殺すことに 決めた
一番の贈り物はいつしか
一番の廃棄物に
変わったのです
《Ⅰ.少女性とフェミニズム》 人魚の入り江
ふと眩しさを感じて瞼を開いた
その眩しさは
目につんときたけれど
なんだか星屑がぱらぱらとふりかけられたみたいで
心地いいなあと思った
まだぼんやりと霞む白い視界のなかに
やわらかな笑顔がじんわりと浮かんできて
なんだか胸がきゅっとなった
幸せで
いつもなら恥ずかしいのに
今は見守られていたことがこそばゆくて
嬉しくて
わたしも微笑み返した
夢の中は深い深い暗い海の底で
苦しかったよ
辛かった
悲しかった
泣きたかった
だけどたくさんの七色の泡と
金色の淡い光が差し込んで
あなたが見つけてくれたんだ
君は暗闇なんかじゃなかったよ
すごく嬉しかった
岸にあがってみたら
肌を濡らした水も 心地よく思えた
わたしがあなたの声になろう
いつかわたしもあなたを忘れてしまうのかな
だけど何度でも好きになるよ
何度でも
生まれ変わっても
あなたの瞳が好きだから
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 白銀
幼かった頃に見ていた夢は
下手な物語よりもずっとおもしろくて
目覚めたその余韻は海のように深くて
ずっとずっと眠っていたかった
時計の針がうらめしかった
僕の中から冒険が
こころ震わす物語が
大事にしていた一枚の白い羽根が
消えてしまったのはいつだったのかなあ?
なんだか疲れてしまって
ただ体を休めるだけで
どうしようもない眠気を消すためだけに
僕は眠るようになったんだなあ
僕のなかみはなんだか
湖に張り詰めた一面の氷
みんなは僕のことを硝子みたいだというよ
割れて怪我しそうだって
だけど僕はただ
失ってしまったお花の季節を
待っているだけなんだ
まだ忘れられないんだ
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 白い麒麟
少年はその森が好きでした
村から森へ
細い小道をずうっと歩いてゆくと
まんなかに薄紫のきれいな湖があるのでした
湖畔には水色の
柔らかな粉を舞わせる
綿の華たちがそよそよと揺れているのでした
森は紅く黄金のように
鮮やかに色付き
湖面に映る逆さの姿は
まるで濃い水彩画のようでした
少年はその赤と朱
黄色と金色のアーチの中に
ひそやかにたたずむ柔らかな白の
ほっそりとした姿を見つけました
顔をあげると
それは小さな頭をほんのすこしかしげました
細く長い首は
凛としていて
背筋がすっと伸びるような心地でした
真っ白な麒麟は小さくふるると体を震わせ
森の向こうへと消えていきました
少年はその愛らしいまんまるな瞳をまなざしを
自分も持っていたいと思いました
雪景色のまんなかではなかったけれど
今の麒麟は一番綺麗だったとおもいました
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 カミサマ
もしも人間が
つらいときかなしいとき
さみしいときなきたくなるとき
もうどうにもできないとき
頼りたくなるのが神様だというのなら
神様なんていないんだ
だって
こんなにもみんなが助けを求めてるのに
いるならどうして助けてくれない?
「ソレジャソノヒトノタメニナラナイカラ」
そんなのただの怠けじゃない
もしも
大切な人を失いそうな時
自分の力では助けてあげられない時
どうかこの人を助けてくださいと
すがってしまうのが神様なら
神様なんていないんだ
だっているならどうしてその願い叶えてくれない?
どうして叶う人はみんなじゃない?
「ソレハシニガミガキメルコトダカラ」
そんなのただのこじつけだよ
神様ってなんだろう
こんなちっぽけな時間しか生きられない
僕らにはきっと永遠の謎
でも僕は ね
神様はいるって信じてる
きっと神様は
僕らが思うような人じゃない
もっと違う
もっと愛おしい
存在だ
その姿も
その声も
その心も
瞳の輝きも
僕らははっきりと知ることができない
「カミサマハミンナノココロノナカニ」
それってどういう意味だと思う?
ねえ
君のその笑顔が
泣き顔が
怒った顔が
全部全部物語ってるよ
そういう風に見えてるよ
「僕」の眼に映る「君」の中に
答えがほんとは見えてるよ
でも僕の悲しいおつむでは
理解ができないよ
「それ」が何かもわかんない
そんな簡単なものじゃないんだ
神様は
「僕」は……
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 イブとアダム
わたしはいつも部屋の内側にいた
窓にはいつも季節かまわずすだれがかかって風にゆれていた
わたしは木を見つめていた
あの灰茶の幹に ずっとふれたかった
わかっていたこと
わたしたちはあのころの過ちのため
こうしてたった一枚のすだれで
引き離された
すきまから
かすかにみえるあなたのすがた
あんなに愛したあなただったのに
今はもう 届かない
種を超え時を超え
愛してもいいですか
わたしには
あなただとわかっているのに
自信がない
どうしてわたしだけ
ここにいるのだろう
言葉を交わすこともできない
あなたより先にわたしは逝くのです
わたしからはふれられるかもしれない
だけどあなたから
ふれてもらうことは叶わない
だからわたしは自信がないのです
わたしは人間だから
神様はいまでもわたしたちをお許しにならない
ごめんなさい
うごかないあなたに
語れないあなたに
ふれるのが怖かった
そうこうしているうちに
けっきょくわたしは
この部屋からでることもできなくなった
いまはあなたにふれたい
さみしいおもいをさせて
ごめんね
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 底の見えない井戸の壁で
ひとりきりでいたいから
そうぼくは最初から
言ってるよね
ちゃんといつも
言ってたよね?
なのに勝手に掻き回すんだ
そうしてあげく
人はぼくが傷つけると言う
ぼくに傷つけられていると言う
多数決の世界だから
ぼくは間違っているんだ彼らが正しいんだねって
ひとつだけ確かなら
それはあの人たちにとって
ぼくの心臓の表面なんか
どうでもいいってこと
暗いほうが好きだというぼくを
人は
人の母は
みな
狂ってるという
でもぼくは
光が嫌いだなんて
ひとことも言っていない
どうして?
夜空をきれいだと言うくせに
花火を綺麗だと言うくせに
ぼくは瞼を閉じるのが好きだ
ほんのりとした月明りの寝室の中
虫の音
時計の針が時を刻む音
聞きながら瞼をとじ暗闇を見つめる
部屋の灯を消して
窓にもたれながら
裸足でベランダに座り込み
星を眺める
ほおづえつきながら
そんなにいけないことだろうか
心に傷をうけること
いけないことだろうか
そうやって輝いてゆくのではないのか
磨かれていくのではなかったのか
そうではなかったんですか?
傷つくのはいけないこと
でも傷つけることは
口ではどうこう言ったって
その実肯定してるんだよ
大人は
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 余韻
そこは薄紫の世界だった
朝焼けなのか夕焼けなのか
どちらでもいいと思った
ただここにいられてるだけでよかった
わたしは空のまんなかで
どこが地べたなのかもわからないのに
ちゃんと膝をついて坐ってたんだ
泣きたいときは 泣けばいいさと君は言ったね
泣ける人はほんとは強いってわかってる?
泣きたくなったら泣ける人が
うらやましいとさえ思う
あんなに悲しかったのに
じわりと瞳をしめらせた
ただそれだけのことだった
わたしは熱にうなされて
今日もあの人魚に会ってきた
彼女はただ幸せそうに
笑っていたよ
おとぎ話が憎らしい
生まれ変わったはずなのに
結局わたしは今
ものすごく後悔している
ただ迎えを待つのがいやで
わたしが探し出してあげたくて
こうやって生まれてきたけれど
やっぱり見つけてほしいって
思ってしまった自分がきらい
わたしが王子様になりたかったから
だのに
結局守られたくなってしまうのは女の性なの?
自分で自分が許せないよ
女に生まれたわたしは
どうしたら王子になれるだろう
どうして今までなれなかったのだろう
願っても
ねがっても
わたしはやるせない怒りを感じながら
あの青い惑星のもとへ帰る準備を
重い瞼を開く
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 マリオネット
『操りの人形』
意思を持って
踊らされるのは
操られるのは
そう生きたいから
あたしは意思を持っている
少しでも救ってあげたいと思うから
少しでも役に立ちたいから
たとえただの操り人形としか
見てもらえてなくてもそれでも
精一杯踊れば
心の中に、少しでも何かが何かのあたたかさが
残ってくれると信じているから
✝
『眼洞』
血のたぎる音
耳の奥で
僕の血管がうずいている
血がどくどくと
波打っている
君の声が聞きたい
君の 君達の声が聞きたい
たまらないんだ
どうして
君はいったい
どこにいるんだよ
こうして目の前にいるのに
君の言葉は
僕のとこまで届かない
僕には聞こえない
まるで
空から降ってくる雨糸のようだ
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 箱
僕は細くうねった何もない砂の一本道を
ただてくてくと歩いていた
行き先なんてしらない
帰り道なんてわからない
僕はただ旅をしていた
なぜなら旅それ自体が
僕の目的
僕の目標だったから
カァという鳴き声が聞こえて
赤い一羽の鳥が空を横切った
嘴に挟んだ白い布の包み
誰かに小さな赤ん坊を
届けてやっているのだろうか
風に舞うように
そこからなにかが
ひらりひらりと落ちてきた
僕の足元にそれは落ちた
僕はそれを拾った
なぜならそれは手紙だったから
僕の足元に小さくキスをしたのだから
旅人さんたびびとさん
箱ってなんだか知ってるかい?
旅人さんたびびとさん
ぼくらは時代を経るごとに
どんどん小さな箱のなかに
押し込められていっている
僕は小さくため息をついて
旅をやめることにした
思えばぎりしあの時代から
僕は箱に支配されてきたのだった
開けてはいけなかった神の箱を
僕の一部が開けてしまった
僕らは箱の中身を知ってしまった
何もない
箱とは何かをいれる物
そう 箱の中には僕らがいた
そして僕らは知ったのだ
僕自身が
箱でしかなかったと
それでもその空虚な現実に
僕らは押しつぶされまいとして
箱の中身にあれこれと
意味付けようとするけれど
食べさせ泣かせて甘やかし
叩いて嘲て傷をつけ
血肉をつけようとするけれど
君はパンドラを責めますか?
だけど覚えていてください
パンドラは僕らのあばらぼねで
つくった僕らの一部だったのです
家という箱
社会という箱
文字という箱
言葉という箱
テレビという箱
ゲームという箱
しきたりという箱
法律という箱
けれど僕らは箱の中が
やはり幸せなのです
なぜなら僕らは箱のない
箱の外の世界を
生まれる前から知らなかった
箱という仕切りがあるので
僕らは狂うこともない
狂うという恐怖の箱を
開けないようにと
僕らは必死に
生きている
そう 僕らはきづかない
本当はどういうものなのかをしらないくせに
狂うということが箱だと信じて
僕らは箱の外だと信じて
見えないものは蓋で遮り見ないようにする
僕らは僕らが箱であったことに
きづかない
気付く必要を
封印した
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 砂の時計台
紺碧の海
陽の光は細かに煌めき
まるで砂金のよう
白い砂を固めて作られた
煉瓦造りの四角い家々に
不釣り合いなほど優美な円柱の
天辺からはいたずら好きそうな大理石の天使が
わたしを見下ろしていた
無性に胸がざわめいている
ああ たしかにわたしは
ここにいたのだ
幾つもの星を渡り
幾千もの哀しみを糧に
生まれては終わり
瞼を閉じてはまた開く
安らかなる時の輪の中で
もう動けないくらい
泣きながら歩いてきたけれど
やっと戻って来られたのだ
あなたに会うために
あなたの海にも勝る
深い深い暗闇に
負けないために
強くなったから
今度こそ起こしに行くよ
あなたは今も
あのすすけた本を読みかけのまま
またうたた寝しているのだろう
あなたは勇者だから
みんなが待ってる
ここは綺麗な国だけど
いいかげん旅立たないと いけないよ
あなたの長く透き通る青い睫毛が
震える感覚を
わたしはやっと 思い出したのだ
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 けもの
それは震えていました
傷だらけでした
目は赤く
黄昏に爛々と輝きました
人はみな危ないから近寄るなと言ったけど
僕は近付かないではいられませんでした
彼の目に宿るものに
未来の僕を見たように思いました
あまりに奇麗で
残酷で
幾多の剣に串刺しにされている彼が
殺されてしまうのはあまりにもったいなく感じられました
何故罵られ踏み付けられ
死よりも辛い暴虐を受けてなお
そこから動こうとしないのか
憤りさえ覚えました
僕がたまらなくなって
さっさと逃げろよと怒鳴ると
彼は鋭く僕の目を貫いて
お前が行くんだと言いました
僕は訳が分からず
この町から出て行く理由なんかないとこたえました
けものは首をゆるくふりました
俺はお前を噛み殺すために生まれてきたのだ と
お前が生まれてくるのを
どれほど待っていたか と
言いました
獣は己が囚われた
黒ずんだ銀の時計台を舐めました
『この時計が真夜中をさし
鐘がなったらそれが
俺がお前を殺し俺が生きる
最後の合図だ』
獣は美しい声で言いました
僕はあまりに解せなくて
逃げ惑う僕を追うのが楽しいのかと言い返しました
しかしけものは首を横に振ったのです
俺が追いつけないくらい
遠い遠い国へ
早く行きなさい
さあ
けものはそれだけ言って
瞼を閉じました
僕は
どうするべきだったのでしょう
ただ僕は
自分の意思で
銃と短剣を靴に入れ
家族を捨て
子供だった僕を捨て
古びたスクーターに跨り
けものからではなく
この美しい牢屋の町から
胸と頭の痛みと引き換えに
逃げ出したのでした
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 1/2の林檎
なにか特別なことをしたいと
もっと生きてる実感を得たいと
ただ思うバカリデ
毎日はなんでもなく過ぎていく
見上げれば雲はただ流れていく
なのに僕の眼は涙を流す術をしらない
こんなにも泣きたいのに
目に映らないものなんて人は見ようとはしない
目に入ってさえもそれは意味を持たない
ならば外に出せない僕らの感情キモチは
きっと日の目をみることはない
こんなにも誰かの支えを求めていても
誰か側にいれば
かなしさが消えていくのはなぜ
誰か側にいても
寂しさ生まれてくるのはなぜ
「僕」は「僕」の片割れを
探しさ迷い続けている
切られた林檎の半分は
もう二度とくっついてはくれないのだろうか?
誰かの優しさが嬉しくて
誰かの温かさがうとましい
雲のカタチは常にうつろう
同じ模様なんて見つからない
ならば僕の心が定まらないのは
仕方ないと諦めたくとも
こんなにもほら
まだ希望ユメをすてちゃいないよ
誰か側にいれば
孤独な心癒されていくのはなぜ
誰かに孤独見つけてもらえば
泣けてくるのはなぜ
君は君の片割れを
見つけ出そうとしてたかい
見つけ出す勇気持ってるかい?
今からでも遅いことはない
本のページなんて開きたいとこから開けばいい
物語は
読みたいとこから読んでいいんだよ
「僕」は「僕」の片割れを
探しさ迷い続けている
切られた林檎の半分は
もう二度とくっついてはくれないけど
一緒に美味しい
パイを作ればいいと思わない?
もしも君に
同じ林檎のその人見つからなくても
違う林檎の片割れだったとしても
同じことだよ
いろんな味が生まれるだけだよ
いろんな幸せのかたちあるよ
きっと食べた人は
美味しいって笑ってくれるから
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 空の円盤
電線の一本も見えない
円い青空の中
わたしは帽子も被らずに
ただ鋭い草をこわごわ踏み締めて
もう何もない一面の草原を 歩いていました
焦げてほとんど読めなくなった
わたしの大事な人が書いていた
手紙
泣きたい
わたしの大事な人が
わたしに預けて行った手紙
ほとんど燃えて なくなっちゃったけど
わたしはこのきれはしを
彼女に届けるため
日に日に広がってゆくこの草原を
がんばって歩き続けています
――《手紙のきれはし》――
外の世界は
物語みたいに「ぼく」に手を差し延べてくれる人なんか
ほんとうは いないね
それってきっと
誰にとってもそうなんだね
すごく悲しいことだね
ぼくたちはみんなさ
一人で
顔ちゃんとあげて
おどおどなんかしないで
からだじゅうから染み出すように泣いて 泣いて
涙がぼろぼろ頬をつたう
それでもしっかり
歩いていかなきゃいけない
それは一人きりの旅なんだって
気付いた
ううん
知ってた
でも認めたくなかった
今でも認めない
認めてない
そう
思ったら
楽になれたよ
不思議だよね
やっと
しかたないな一人でも
歩いて行くか
そんな気になってる
それでも誰かと会うと
やっぱり胸が
かき乱されてしまうけど
でも
ぼくは おもってる
ぼくのことを
きみのこと
きみの大切な人のこと
きみがおもってくれるぼくのこと
たぶんさ
幸せな気持ちで生きてけてる人って
それをちゃんとすんなり認めてる
それを辛いと思わないでいられる人なんだ
ぼくやきみが逃げるのも
現実を恨めしく思ったりしてしまうのも
それができないでいるからなんだって
ちゃんと認められるようになることが
ぼくらが
まだ終わらせられないでいる
夏休みの宿題なんだろうって
宿題を早くおわらせないかぎり
ぼくらがこんなにもまちわびた
夏休みは
きっと
帰っては こられない
ただひとつ
たしかなことは
きみはぼくを
ぼくは きみを
互いにのぞむようには
大切にしてあげられないでいるね
でもいつか
ぼくはつよくなるから
だから
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 周極星
――《森からの手紙》――
あの子が泣いてるから
僕は暗闇の中 すべての敵を倒そうと思った
あの子が光のように笑うから
僕はそれが眩しすぎて
恥ずかしくて
すぐ隣りに座れなかったけど
でも僕も前に進もうと思った
僕の左手からまっすぐに伸びるこの刀
どれだけ多くのものにとどめをさしただろう
僕は今まで己の信ずるもののためだけに生きた
それ以外に生きる希望が在ることがわからないで
だけど 君は
どうしてそんなに強くいられる?
笑うことがこんなに大事だと知らなかった
初めて 己以外のものを守る大切さにきづいた
君の心にいる僕がいなくなってほしいと願う
僕はこの森の中で
君を狙うすべての木を
ただがむしゃらに切っていくのだから
この狭間の世界
狭間にしか生きられない僕
君は知らなくていい
もう森には来ちゃいけない
僕と君はあまりに生きる世界が違う
交わりようがない
だから 悲しまないで
僕のために 泣いたりしないで
僕は君に気遣ってもらえるような人間じゃないんだ
それなのに
この世で縁をもたせてもらえたこと
僕は感謝している
――《窓をあける》――
どこまで知っていたら好きだと伝えてもよいのだろう
わたしは自問する
本当の彼を知っていてなお好きと言えるのか
わたしは力強くうなずく
自信がある
側にいさせてもらいたいなんかじゃなく
頭もついていかないほど先に心が
側にいたいと思っているのに
幻滅も諦めも
後悔もただの憐れみも
生まれるはずがない
だから知りたいと願う
わたしだってわたしのすべて
もしかしたら見せていられてないかもしれないけど
余計な干渉かもしれないけれど
それでも知りたいと思う
あなたの血染めの手
あなたは 僕には資格がないとはねつける
馬鹿じゃない?
その手にわたしは守られた
わたしだって 誰かの犠牲の上にのうのうと生きているにちがいない
わたしも同罪
あなたは何も見ようとしていない
見くびらないでよ
守られるばかりが女じゃないよ
わたしだって
あなたを守りたいんだ
《Ⅱ.硝子の少年と王子様》 宝石から生まれた少年
宝石から生まれた少年
空気も見えない暗闇で
その子はキラキラ輝いた
ほのかに届く 太陽の光を
ちゃあんと受け止めて輝いた
星屑も銀河の塵もアメーバも
少年の周りに集まって
幸せわけてほしかった
少年はキラキラ笑う
青い眼は
嬉しそうに瞬きをする
みんなみんな幸せだった
いったい誰が想像したろう
だってあの子に涙は似合わないって
哀しみなんてあるはずないって
勝手にみんな思ってた
宝石から生まれた可愛い命
けれどもやっぱり哀しみは
抱えて生きなきゃ死んでしまう
少年は一人で泣いていた
太陽の光も届かない
宙の果ての暗闇で
みんなが不安にならないように
たった一人で泣いていた
けれどなぜだか少年は
とてもとても幸せそうだ
だって痛みが嬉しいから
熱があったことが幸せだから
少年はやがて微笑んだ
薄青の髪はキラキラ瞬いた
僕は痛みから逃げないよと
柔らかく細めたその瞳に
わたしが映っていたから
わたしは驚いて飛び起きた
草のカタがついた頬は
ひんやりと冷えて 風が撫でていく
わたしは青い宝石を
探しに行こうと思ってしまった
《間奏曲》 神話
僕は見えない翼追いかけ
赤茶けた岸壁にしがみついた
ただがむしゃらに
身動きもとれなかったけれど
決して戻りたくはなかった
だけど少し振り返ってみれば
森は全て海へと姿を変え
キラキラと光る砂粒のように
この空を照らしていた
僕は何か忘れ物をしてはいないか
ただ“僕”がいればそれでよかった
崖の上から ほら 世界を見渡してごらん
この惑星ほしはなんて速く回っていることだろうか
その空に横たわる大地を
僕はすべりぬけてみたい
迫りくる景色の中に
光が拓けてくる気がしたから
僕が生まれ落ちる前に
失ってしまった翼は
見えなくなったわけじゃなかった
いつだって飛べるんだ
ほら 今空に刻むなら
僕の生きる軌跡
還りたいんだったら
僕は今を走るしかない
星座を空からひきはがせ
何ものにもしばられる理由はいらない
話してしまった手は
必ずつかみなおせるから
待ってて 僕は必ず
君を見つけられるから
君を包み込む柔らかな光
蒼き光
僕の翼
必ず見つけてみせる
僕は海に石を投げた
《Ⅲ.三人の勇者のソナチネ》 第一楽章『水』
君は眠りについた
大地は今や乾ききった
その幾筋ものひびわれに染み入るように
わたしはこの冥界に降り立った
君をかならずもとのすがたに
わたしは君を導かなければならない
透明なままでいること誓うよ
君がまた緑あふれる大地にもどれるように
わたしが糧になれればいい
わたし本当は強くない
君がうらやましかった
君は誰より優しくて
誰より深い光と
澄んだあたたかさを持っていた
君は支えられた
わたしを 君の側にいる人を
たくさんのいのちを
美しい緑を
君はばかだ
自分のからだのことにはきづけない
わたしはかなしい
君のからだにはこんなにもひびわれが
こんな風になるまで
君を迎えに行く
君がまた緑に癒されるように
君を慕う者たちを連れてくるよ
君はきっと笑ってくれるから
ここはとても暗いね
終点は何処にある?
笑顔も失いそうだ
そもそもはじまりなんてあったのかな
だけど
覚えてる
君と競い合った日々
支え合った
笑いあった日々を
わたしのこころのなかで
星空のように瞬いている
忘れてない
だから
こわくないよ
こわがらない
君の光はまだ消えてない
《Ⅲ.三人の勇者のソナチネ》 第二楽章『大地』
空をあおいだ
仰向けになって
大地の上に寝そべっていた
どれだけの時を過ごしたろう
海のように真っ青な空と
みずみずしい草の香り
そっとやわらかに頬をくすぐる風がとても心地よかったから
まるでこのからだが大地になった気がして
いつの間にか忘れていた
目に見えるものにしかきづけなかった
大地に触れて見えないこの背の下に
全てを塗りつぶす暗黒があること
それは星空のように優しいものではなかったということ
無防備な背中から
いつしか囚われてしまっていた
暗闇はよけいに何もかもを見えなくする
輪廻に囚われ
それでも瞼を閉じれば
大好きだった星空の瞬きが見えるような気がしてならないんだ
つい手を伸ばしてしまうんだ
光に向かって
自分が弱かったのか強かったのか
笑っていたのか泣いていたのか
わからなくなる
だけど
また君たちの瞳に宿る光の粒を
見たいと思ってしまうんだ
ばかだな
泣くなよ
泣きたくなんか ないんだよ
また空にかえりたい
今もまだ
あの星座を掴めるんじゃないかと
期待してしまってる
《Ⅲ.三人の勇者のソナチネ》 第三楽章『風』
どれくらいの間目をつむっていただろう
どれだけの景色を見ることができてただろう
僕の大事なものが
指先からぼたぼたとこぼれおちた
なんだかしゃくだったから
僕は自ら手のひらを水底に沈めたんだ
とてもあたたかい場所だった
眠たくなってしまうくらい
何度君に起こされたっけ
冷えた風の中でうたた寝して
胸が痛いよ
苦しいよ
泣きたくなるくらい大好きだった
あの場所はもう壊されて
君の背中見て僕は大きくなったんだ
だからまた会いたい
みんなで作った
木ぎれの不格好な小鳥の家
雛が生まれたよ
君に見せたかったな
まるで僕らみたいだったから
いつも守られてばかりだった
いつか君を守れるくらい
強くなれるかな
どうしたらいいんだろう
青いブリキの郵便受けの下で
手紙がいつ届くのか待ちながら
風車のきしむ柔らかな音を聴いて
僕はまたうたた寝している
《Ⅳ.0と1の世界線》 白線
まだ心を持たなかった頃
均整な石畳の道の上
何かの数式のごとく引かれた白線に
わたしは特に興味も覚えずにいた
何かに導かれる様に
迷いは日々大きくなり
胸は締めつけられてゆく
痛みはわたしから零れ落つ
すべての言葉の糧になる
もしも迷いが憎しみへと変わるなら
この大きく膨らんだ心という副産物は
わたしに必要なのかと怖くなる
それでもわたしは
戻りたいとは思わない
迷うという喜びを
惑うという興奮を
手放すのは とても怖い
わたしがわたしであるという
この砂利道を歩いてゆこう
それはとても曲がりくねった道に見えた
けれどそこに引かれた白線は
ぴんと伸ばせばただのまっすぐな
ひとつの線さ
《Ⅴ.回転木馬のフィナーレ》 鏡と人魚
彼は泡から生まれました
泡は人魚の姫でした
その昔 大好きな王子のそばにいたくて
ふたつの足をもらった 人魚でした
けれど地上はとても重たく
姫は思いの重さに耐えきれず
ことばは 思いは 重みは
王子に届きませんでした
生まれ変わった彼は 魔女の鏡になりました
さびしい魔女の
優しい話し相手となったのです
ある日のことでした
魔女は一人の人魚を連れてきました
彼女は 鏡の向こう側へ
消えてしまった王子を探していました
「鏡、お前の助けが必要だ」
魔女は 底の見えない海の笑みで いいました
鏡は彼女を導き
闇の中で 王子のかなしみ 王子の苦悩
彼女が王子のおもいに押しつぶされそうでも
必ず 彼女の手を拾いました
額縁のなかで
人魚と王子の絵を見ながら
鏡はようやく 重さをうけいれたのでした
きっと人魚は王子と幸せに
そうすればきっと
僕も 幸せに
鏡は泣きながら 彼女の手を取り
王子を追いかけました
けれど人魚は
鏡の向こう側
万華鏡のものがたりの中で
ついに 鏡自身をみつけてしまったのでした
額縁の外側から
人魚は 鏡の手をとりました
深い海の底で
空っぽになった額縁を見つけて
魔女は千年ぶり
心からげらげらと笑ったのでした
Fin.
白い空の時計針