拾い部

週に一度街に落ちているものを拾う部活に所属する、二人の話。

 朝から降り続いていた雨は、夕方になると嘘のように止んでいた。この街はいつもそうだった。朝方、空は白く薄い雲に覆われていて、午前中になると雨が降る。学校が終わる頃に雨は止み、夕焼けが街を橙色に染める。夜になると再び雲が空を覆い、深夜にはまた雨が降りだす。それの繰り返し。最も、俺は物心ついたときからこの街に住んでいたためこれが普通だと思っていた。しかしごくたまに首都からやってきた人たちに聞くと、この街の天候は特殊らしい。首都では毎日雨は降らないし、夕焼けが見えない日もあるのだ。
「今日さ、授業中何書いてたの」
「え…」
放課後、街を歩きながら俺はヒューゴに尋ねた。今日は週に一度の『拾い部』の活動日である。『拾い部』とは、街のごみ拾いをすると同時に、何か変わったもの、例えばここが再び街として使われる以前に、住んでいた人々が使っていた道具や食べ物や書物などを探すことを目的とした部活である。部活と言っても、部員は俺とヒューゴの二人だけしかいない。学校には他にもいくつか部活があるが、どの部も部員は片手で数えられるほどである。
「ヒューゴって、いつも何か書いてるよね。小説とか?」
「…!」
ああ、これは当たりだなと思った。ヒューゴは自分の感情をほとんど口に出さないが、その分顔に出やすい。耳まで真っ赤にして恥ずかしがる奴を、俺は今までフィクションの中でしか見たことがなかった。
「な、なんでわかったの…?」
「なんとなく」
「できれば…誰にも言わないでほしい…」
「…わかった」
 道の端に空き缶が落ちていた。拾ってゴミ袋に入れる。街に住んでいる人は本当に少ない。それでも、毎週ごみは一番小さいサイズのごみ袋にいっぱいになる程度にはあった。タバコの吸い殻や、食べ物の包み紙が多かった。
「どんな話を書いてるの?」
「…秘密」
「いつから書いてるの?」
「ずっと…前から」
「何で書こうと思ったの?」
「…人に言えないことばかり考えているからだと思う」
「…(疑いの目)」
「そういうわけじゃなくて」
「冗談だよ」
「なんていうか、書くことで落ち着くんだ。ふと思いついたこととか、考えたこととか全部、物語に変えていく。暗号みたいに」
「へぇ…」
「それが楽しい。けど、同時に臆病だとも思う」
そう言うと、ヒューゴは口を閉じてしまった。臆病。俺はその意味を考えた。なんとなく、わかる気がした。
 ふいに、ヒューゴが脇道にそれた。何かを見つけたらしい。煉瓦の壁の下に生えた雑草の影に、鈍く光るものがあった。彼はそれを拾い上げて、手のひらにのせた。
「これ…なんだろう」
手にはコインくらいの大きさの金属でできた歯車があった。ところどころさびていて、薄汚く、表面はざらざらとしていた。
「何かの部品かな」
ヒューゴは俺に歯車を渡した。俺はそれを空にかざしてみた。錆びついた表面には、何か記号のようなものが刻印されていた。
 この街はかつて機械工業で栄えていたと言われている。しかし、何をつくっていたのかは一切わからない。この辺り一帯の廃れた建物が街として再び使われるようになったとき、機関は昔の全ての記録を消去したらしい。けれども俺達には関係のない話だった。この街で生き、この街で死ぬ。ただそれだけの人間が葬られた過去を知る必要などない。
「螺子とか、歯車とか、小さな部品って意外と落ちてるよね」
「…まあ拾って持って帰っても使い道ないんだけどさ」
俺はそう言うと、鞄の中に歯車をしまった。今までの活動で拾ったものは全部自宅に保管していた。学校に置いておくと秘密警察に見つかる可能性が高いからだ。
「…今日はこのくらいにしとこうか」
ごみ袋がいっぱいになってきたところで、俺たちは引き上げることにした。沈んでいく夕日に向かって一羽の鳥が飛んで行った。こんな夕景を彼ならどうやって表現するのか考えてみたが、ふさわしい言葉はいまいち思いつかなかった。
 学校にあるごみ捨て場まで戻る間、俺たちはお互いに何も喋らなかった。俺もヒューゴも、もともとよく喋る方ではない。それでも俺たちはこの『拾い部』によって、不思議な友人関係を築いるように思える。
「小説を書くことは、ごみ拾いに似ているなって思うときがある」
思いだしたように、ヒューゴが語り始めた。俺は、黙ってそれを聞いた。
「誰かが、もしかしたら自分かも知れないけど、もういらないって捨てていったもの…。一度捨ててしまったけど、それって本当は必要なものだったのかもしれない。だから捨てた人と同じ道を後から辿ることで、そのことに気付けるかもしれない。そんなふうに思うことはあるよ…」
俺はこの街に絶望していた。それでもこの街の夕焼けだけは好きだった。街並みを超えて伸びていく雲、放課後のたわいない話、夕日が照らす友達の横顔。橙色が街を包む時間の中に、全てがあるような気がした。
「…タバコの吸い殻って実は必要なものなのかな」
「あくまで例えだからね」
 学校のごみ捨て場まで戻る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。夕焼け空はいつしか厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。ごみを捨てると、ヒューゴは慌てて帰っていった。どうやら傘を持ってきていなかったらしい。珍しく全力で走り去っていく彼を見送ってから、俺は玄関の傘置き場まで自分の傘を取りに行った。
「…お前もか」
玄関にはアニエスが立っていた。彼女もまた、傘を持っていないようだった。
「ほんとは早く帰る予定だったんだけど、つい」
「…はいはい」
俺は彼女を傘に入れた。案の定、彼女は今日の『拾い部』の収穫について聞いてきた。彼女は俺やヒューゴと違って、はなしをするのも聞くのも好きだった。降り出した雨と傘の中で、俺はさっき拾った歯車について話した。彼女は歯車を見ながらアクセサリーにしたら可愛いんじゃないかと、突拍子もないことを言っていた。ヒューゴの小説の件は黙っておいた。彼女に話したら、明日の昼には教室の全員に知れ渡ってしまうに違いなかった。
 小説が完成したら読ませてほしいと、俺はいつか彼に伝えてみようと思う。

拾い部

拾い部

週に一度街に落ちているものを拾う部活に所属する、二人の話。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-27

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