楽園追放
密売人はどの街にもいる。買うか買わないかは君次第。
「これを食べたら嫌なこともむかつくことも全部忘れてハッピーになれるらしいぜ」
少年は鞄の中から小さな茶色の紙袋を取り出した。封はまだ開けられておらず、一見すると雑貨やお菓子でも入っているような、ただの紙袋だった。中にはビー玉くらいの大きさの丸いものが数個入っているようだった。
「これが噂の…」
「どんな味がするのかな」
学生服を着た三人の少年は紙袋を中心に路地裏にあぐらをかいて座った。かつては繁華街として賑わっていた大通りも、今では猫が一匹通るか通らないかというほど廃れている。路地裏には捨てられた食べかすやボロボロのポスターが忘れ去られたように散らばっていた。社会から置き去りにされたものたちが、最後に行きつく場所のようだった。
「いいか、これを食べたらもう後には戻れない」
「まるで禁断の果実みたいだな」
「どこかのおとぎ話の?」
「あれって林檎だっけ」
「無花果だろ?」
「葡萄じゃね?」
「……」
しばらく沈黙が続いた。誰も紙袋に手をつけようとしなかった。上を向くと、煉瓦でできた高い建物の隙間に赤い空が切り取られていた。世界の終わりでも来るかのように赤く燃える夕焼けだった。
「…俺らとっくの昔に楽園から追放されてんのにな。神様はこれ以上どこに放り出すっていうんだよ」
沈黙が再び訪れた。風は赤い雲を西へ西へと運んでいった。少年はこの後の世界について考えた。もしかしたら今より効き目のあるワクチンが開発されるかもしれない。もしかしたら首都に住むことが許されるようになるかもしれない。もしかしたら病気そのものがなくなるかもしれない。もしかしたら…。けれども途中で考えることをやめた。「もしかしたら」で始まる未来なんて存在しない。仮にその未来が近い将来実現されたとしても、自分は既にそこにはいない。その未来が実現される保証はどこにもない。
少年は路地裏のごみとなる自分を思って、少し笑った。
「それじゃあ開けますか」
紙袋の封が切られた。楽園の香りが鼻をかすめた。少年たちは手を合わせた。顔の前で丁寧に合わせられた手のひらは、神へ捧げる祈りのようだった。
「いただきます」
夜はすぐそこまで迫っていた。
楽園追放