Half of   a Story 

Half of a Story 

多分だけど。
「死にたい」願望に覆われていたあの頃が幸せだった。

真上からあたしを射してたオレンジの球体は
冷気と引き換えに姿を隠す。
さらりさらり、ららりるらり。
水面はあたしを見上げ微笑んでいる。
欄干に顎を乗せ、微笑み返しているのだけれど
その一部になるタイミングが掴めない。

突如訪れる静寂。
「今がその時」と知らせてくれた。
つま先がクイっと長くなる。
キラキラ光る川面があたしの入口だ。
やっと開放される!
空は青く、雲は白く、川風は優しく…
ありきたりな光景が見守ってくれてる事に感謝しよう。
運動は得意だし、前回りの要領なら簡単だ。
―ありがとう―
    そして、さようなら。


「ヌシが見えるかや?」

天からの声だろうか。
ヌシ?とは黄泉の長なのか?

「いえ、見えません」
思わず声がでた。
と同時に雑踏がまとわりついてきた。

あたしはまだ。。。橋の上。
空は青く、雲は白く。川風は痛い。
左横には犬を連れた老人が水面をみながら笑っている。

「おっ!ほれほれ、あそこにいるのがヌシだよ」
シワだらけの細い指の先には
黒くユラユラ蠢く魚影1匹。

「今日は仲間を連れとらんのぉ。多いときには5、6匹仲間を連れとるんじゃ」
「こんないい日にゃ、1人がいいのかもしれんな」
「仲間もいいが、1人の時間も大切じゃし」
「ここから見てもでかいじゃろ?どの位でかいのかねぇ」
「まっ、誰も釣ろうなんて思わんじゃろうが」
「奴も逃げ方を知っておるだろうしな」
「今日も元気そうで良かったわい」

矢継ぎ早に話す老人が何故か心地いい。

「同じ・・・場所ですね」

「んん?」

「あっ、いえ。流れと逆向きなのにずっと同じ場所にいるから」

「あぁ~そこがヌシたる強さじゃな」

「強さ。。。ですか?」

「がむしゃらに泳いだら疲れてしまうじゃろ?
   そしたら流されてしまうだろうが
 無理せず、焦らず、流れを読んでるんじゃろなぁー」

「・・・・。」

「そうやって生きていけたらいいんじゃろが
  人間っちゅうもんは、考えすぎるから面倒なんやろな」

「あーっと、なんちゅうたかな?
  おお、そうや、シンプルっちゅうんやったかな」

「シン・・・プル・・・」

「まぁ、それができれば苦労せんけどな
  わしもこんな爺になってもなんやかんやと面倒ばっかじゃ」

カカカッツと大きく開いて笑う。
上前歯2本がぽっかり空いている。

(どうやって噛むんだろう?)
素朴な疑問があたしの心を緩ませた。

「人間は喋るから面倒やな。
  そんなん、全部聞けるわきゃあらんわな。
 お姉ちゃんは聞いてしまうやろ?」

「へ?…あっと、う~ん」言葉が出てこない。

「こんなジジイの話をうんうん聞いてくれちょると疲れんか?」

「あ、いえ・・・そんな事は・・・」

「あんた、優しい言う事じゃな」

「はぁ。。」その返事が精一杯だ。

「聞いて聞いては言うんじゃけど、
 聞いちゃるお人好しはなかなかおらんもんや」

「それでいいんやけどな。
  んなもん、聞いてられんわな、くだらん話ばかりやろに」

「そんでいいんや、疲れてまで聞く話に意味ないわ
 タバコのほうが体にいい位じゃ思わんかね?」

「うーん。そうかも、ですね」

老人はない歯を見せながら又、カカカカッツと笑った。

「ほれ、姉ちゃん、ワシの話を真面目に聞いとるに。」
「疲れてまで聞いちゃいかん言うたやろ」

しわくちゃな顔で笑われて、気恥ずかしいあたしはうつむいた。
視線の先には
橋にしっかりとくっついているつま先と
その傍であたしを見上げる犬がいた。
決しておしゃれな犬ではないけど、
いや、どちらかといえば不細工だけど愛らしい。
あたしはしゃがみこんで犬に顔を近づけると
ちぎれそうなほど尻尾を振って膝に前足を乗せてきた。

「こんにちは、お爺ちゃんとお散歩いいね。」
尻尾の動きは更に激しくなりプチっと切れるんじゃないかと思う程だ。

「お前、珍しいのぉ~知らん人には懐かんのにや」
「お姉ちゃん、好きか?」

犬は交互に顔をみて、又、激しく尻尾を振った。

「あたし、犬には好かれるみたいなんです。
  というか、犬にしか好かれないのかも」
自虐的に笑うあたしに、寄り添って眠り始める犬。

「ほれ優しいんじゃ、姉ちゃんは。
 犬はわかるいうからな
  せやけど優しい人は厄介やろが」

「厄介?」

「いろんな気持ちがわかるから辛い事も多くなるじゃろ?」

あたしは。
どうしていいのか分からなくなった。
「はい」とも「いいえ」とも言えない。
まして、今出会ったばかりの老人に
優しいと言われてる状況に戸惑ってしまう。
ただ。
不器用で面倒な人間だとは思っているから、厄介という言葉は納得できた。
返す言葉を探しても見つからず困惑していると
老人が驚いたような声を出した。

「ありゃ、ヌシどこいきよった?」

あたしも思わず立ち上がり川面を覗き込む。
定位置だと教えてもらった場所にその姿はない。
近くを見渡しても黒く雄大な魚影は見当たらない。
ヒュウーと音たて夕闇を連れた風が水面を乱す。

「ヌシも寝座に帰ったんじゃろ。
 お姉ちゃんもそろそろ帰らんとな、待っちょる人がおるやろが?」

「あ、はい。そうですね」

「風邪ひかんようにな、ほれ、いくぞ」

足元で微睡んでいたのを無理矢理引っぱられ
ケッって顔して渋々歩き出す犬。
時々、振り返っては「ほれ!」っと引かれて行く姿がコントのようだ。

ヒンヤリだけど心地良い風が髪を乱す。
老人とは逆向きに歩きだすあたしの横を
学生の自転車がスピートあげて通り過ぎていく。

またここへ来よう。
明日も、明後日も。
キラキラ光る入口ではなく
あのヌシに会いに。
仲間を連れたヌシも見てみたい。。
何も意味がないと人は言うだろう。
暇だねって笑うかもしれない。
でも今のあたしには、何より大切なんだ。
生きていく方法をヌシから学ばなくては。
それが、最も辛い選択だとわかっているけれど。

又、老人に会えるだろうか?
尻尾フリフリ犬はあたしを覚えてくれただろうか?
又会えるかもしれないから
犬のおやつを買ってみよう
明日から2人分の缶コーヒーを持ち歩こう。
いや、緑茶のほうがいいかもしれない。
タバコの話をしてたけど、タバコ吸うのかな?
何のタバコが好きなんだろう?
頭の中を疑問が埋めていく。
それが楽しくて仕方ない。
ちっぽけかもしれないが
幸せに出会った気がした。


大通りの信号で立ち止まった瞬間だった。
壊れたビデオのようにキュルキュル時間が巻き戻り始める。
何故ここにいるんだろう。
あたしは確かに生きている。
新たな疑問が脳内を塗り替え
動けなくなってしまった。
青になった信号の前で人形のようになっている。
停車中の車が不思議そうに見つめて痛い。
次々を浮かぶ映像。
これを【走馬灯の様】というのだろうか。

川が光ってた。
ここだと教えてくれた。。
空が雲が風が。あたしを見つめてた。
そうだ!
あたしは生きることの意味を見失ったんだ。
なのに。
なぜ。
あたしは家へと向かっているのだろう。
何かがあった。
誰かがそこに居た。
それは確かなことだとわかる。

動かないあたしを促すように
背後から自転車のベルがなった。
フラフラと交互に足をだし大通りを渡り終えた途端
左の瞳から1粒、涙が落ちた。

ヌシだ。
ヌシを見たんだ。
ヌシが教えてくれたんだ。
シンプルでいい・・・と。
疲れるほど、話を聞かなくていいと。
川のヌシが、命のヌシが
当たり前の事を教えてくれたのだ。

ーヌシのようにシンプルにー

ならば、犬のおやつを買うことも
缶コーヒーと緑茶を迷うことも
そんな事はどうでもいいんだ。
あたしは今すべきことを考えればいい。
帰らなきゃ!家に帰るんだ!!
もうすぐランドセルを揺らしながら息切らして帰ってくる。
愛おしいあたしの宝物。。
かけがえのないたった1人。
あたしの大切な家族。

「おかえりなさい」
笑顔で迎えてあげないと。
ランドセルごと、ギュッと抱きしめてあげないと。
いや。
あたしが・・・あたしが・・・
抱きしめたい。
小さな小さな手で、頬に触れて欲しい。
「ただいま!」声が聞きたい。

今は無になろう。
1歩でも早く家へと向かおう。
会いたい人がいる幸せ。
守り守られる・・・なんて贅沢なことだろう。
次は2人でヌシに会いに行こう。
きっと姿を見せてくれるはず。
仲間を連れたヌシがきっときっと・・・。

手をつないであの場所へ。
笑顔で会いにいけますように。

Half of a Story 

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-26

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