大陸の子

大陸の子

 流れる川の音を聞きながら、思い出していた。故郷の大河は今でも大きな流れで人々の生活の中心であり続けているに違いない。四十歳に迫ろうとする両親はまだ米を作って、生きていると妹から聞いた。一人、こんな遠い異国にやってきて、寂しさはないといえば嘘になる。けれども、ここに来て大事なものも新しくできたのは、認めないわけにはいかない。数千キロも離れた娘は、もはや昔の娘ではないのを知って両親は怒るはずだ。故郷を出て5年、私も恋をする思春期になった。そして、愛した男と結ばれた。故郷である中国と第二の祖国である日本を天秤にかけて、もはやどちらが、大切だということはできなくなった。妹にだけは、正直に今の心情を包み隠さずに手紙で書いて送ったのは2週間前のことだった。愛した男は哲男という名前だった。名字はわからない。ただ、哲男と名乗り、私にふりかかる様々な問題を片付けてくれる頼りになる存在だったのが、いつしか恋愛に変わり、私たちは一年前に結婚した。結婚といっても私はまだ16才なので、親の許可なくして籍を入れることは無理だった。哲男は特に気にする様子もなく、「俺たちは夫婦だ。それでいいじゃねえか」と言い、笑顔をみせた。私は黙っていると怖い顔をしている哲男のみせる、ふとした笑顔に弱かった。
 今日、妹から手紙が届いた。そこには愛に生きる女への理解と、両親への同情が述べてあった。私とて、苦しい生活の中で両親が日本に行くことを許してくれたのは、ただ、日本人と結婚するためだったはずはないと知っていた。しかし、もう夢は破れ、哲男は強い磁力で私を引き付けていた。「おい。飯はまだか」。哲男の夕飯の催促に私は肉を炒める手を激しくする。私は若い頃、目指していた料理人としての腕を気に入られ哲男の好意を得た。胃袋で男を落としたのだ。夕食の準備ができると、哲男は仕事であった面白い話をし始めた。面白いといっても彼と少数の人種だけが面白がる類の話だった。金の取り立てをしていた哲男は殴ったら相手が泣いたとか、ナイフを出すと相手が急に顔色が変わるといった話をするのだった。私はといえば、特に内容が面白かったわけではなかったが、楽しそうに話す哲男が好きだった。
「俺は生意気なあいつの鼻面に、一発拳をぶち込んでやったんだよ。そしたら、あいつ警察を呼ぶぞだってよ。警察が来たらまずいことになるのはお前のほうだろう、と言うと黙ったよ」
 哲男は彼なりに底辺の仕事を楽しんでいるらしかった。
 ある日、妹からまた手紙がきた。両親が私から妹にあてた手紙を見てしまって、必ず連れ帰ると怒っているらしい。哲男に、この機会に両親にあってもらおうと思ったが、彼は無関心だった。
「知るかよ。俺はお前と結婚したんだ。お前の両親の息子になった覚えはねえ」
 次の日、私たちが暮らす家に両親がやってきた。5年ぶりの再会だった。どことなく、私の顔の面影があった。今では久しぶり過ぎて、よそよそしい態度になった。とりあえず、哲男の帰ってくる夜までには、ホテルに追っ払ってしまおうと考えた。父親は、冷静だったが、母親は興奮していた。
「お前はまったく馬鹿だよ。そんな年で結婚なんて、許されないよ。しかも男のほうは何してるって?ヤクザな商売しているんだろ。いつか、死んで帰ってくるよ。もっと誠実で真面目な男を見つけな。母さんも悪かったんだよ。料理の勉強で日本に行きたいなんて言ったときに、もっと反対しておけばよかったんだ。一緒に行ったマさんはどうしているんだい。あの人に、くれぐれもよろしく頼むと言っていたのに」
 私の見る目もなければ両親の人を見る目も相当ないといってよかった。マさんは密航の手配をする組織の一員で、しばらくして警察に捕まったことを話すと、父親の顔つきは厳しくなった。

大陸の子

大陸の子

物語作家七夕ハル。 略歴:地獄一丁目小学校卒業。爆裂男塾中学校卒業。シーザー高校卒業。アルハンブラ大学卒業。 受賞歴:第1億2千万回虻ちゃん文学賞準入選。第1回バルタザール物語賞大賞。 初代新世界文章協会会長。 世界を哲学する。私の世界はどれほど傷つこうとも、大樹となるだろう。ユグドラシルに似ている。黄昏に全て燃え尽くされようとも、私は進み続ける。かつての物語作家のように。私の考えは、やがて闇に至る。それでも、光は天から降ってくるだろう。 twitter:tanabataharu4 ホームページ「物語作家七夕ハル 救いの物語」 URL:http://tanabataharu.net/wp/

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-24

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted