「分岐点」
ある日、不思議な少年と出会った主人公。いきなり大金を手にするが、その後...。
~第一章~ 【合格】
「分岐点」
袴田 正午
第一章~【合格】
「くそっ」
パチンコの帰り道、駅前で唯一煙草の吸えるカフェに寄った。残金五百円。一番安いコーヒーを注文した。
今日も冷える。懐が。
今週の予定は、久しぶりに会う友達と、お酒を交わす。それと、仲の良い友達の誕生日パーティー。
さっきまでプレゼント用に財布に入っていた諭吉様はもういない。
どうしたものか。
給料日はしばらく来ない。
幸い帰る家はある。この歳になって親に金をせがむのも気が引ける。かといって、妹にせがむのは格好がつかない。しかし、いつからこんなにクズになったのか。我ながら、不思議で仕方ない。
自分のクズさに頭を抱えながら、頼んだコーヒーを大事に飲んでいると、隣から視線を感じる。
地元だから、知り合いが一人、二人いてもおかしくはない。しかし、この席に着く前に一通り知っている顔がいないか見渡したはず、それらしい人影はなかったような。ましてや隣の席など、いるわけがなく、知らない顔に特別な恨みを持たれるようなこともした覚えがない。恐る恐る、隣に視線を移した。
するとそこには、絶世の美女が。なんて、青春ドラマのような出会いがあるわけもなく。
そこには、こちらを見つめる、一人の少年。
「お兄さんは、いい人間?」
目が合うなりいきなり、声をかけてきた。
まず、質問の意味が意味不明だ。
「えっと、君と僕はあったことあるかな?」
「ないよ」
「そっか、だよね」
「ところで、さっきの質問の意味が分からないのだけど」
「意味なんてないよ、いい人間かどうか聞いているだけだよ」
彼は、あざ笑うかのように私の質問に答えた。だが、私の求める答えにはなっていなかった。そのいい人間かどうかの意味が分からないのだ。
「そうだな、僕はまともな人間じゃないよ」
少年に「自分はまともな人間じゃない」というのも気が引けたが、決していい人間ではないのだから仕方ないと思いながら、煙草に火をつけた。
ライターから視線を少年に向けると、そこに彼はいなかった。あるのは、煙草の灰で汚れている机だけ。
「一体何だったんだ」
不思議には感じたものの、深く考えはしなかった。親にほったらかしにされて、暇でもつぶしていたのだろうと。
しばらくして、煙草も切れ、コーヒーも空っぽになったので私は帰路についた。
ベッドに腰を掛け、目をつぶると少年の顔が浮かんだ。よくよく考えてみると、喫煙席にあの時間帯に、少年がいること自体おかしい。もし何らかの理由で、その場にいたとしても、座る前に気づくであろう。考えれば考えるほど、不思議だった。 しかし結局そんなことは、自分に関係ない。
頭の中は最終的に金の問題で収まった。まぁ、考えても解決策は思いつくわけもなく…。
気づくと朝だった。悩んでいるうちに、寝てしまったようだ。
起きて私の担当である郵便物チェックに向かった。ポストには、パチンコ屋の≪新台入れ替え≫と書かれた、告知の手紙。親あての請求書。そして、見るからに怪しい≪紫色の封筒≫。宛名を見ると、そこには自分の名前が。
恐る恐る中を見ると、諭吉が十枚ともう一つ封筒が入っていた。怖くなった私は、駆け足で自分の部屋に戻ってもう一つの封筒を開けた。
≪合格です。おめでとうございます≫
≪詳細は後程。入っているお金は、あなたのものです。ご自由にお使いください≫
何のことだがさっぱりわからない。だが、金銭問題は解決された。なんて悠長なことは言っていられない。
何なんだこれは、何に合格したっていうのだ。
「何かの悪徳商法か?」
と、不安と焦燥にかられながらも、諭吉を財布に寝かしつけた。
「さすがクズだ」
自画自賛した。
「今日は、友達との飲酒パーティーだ仕方ないだろ」
と、自分に言い聞かし、待ち合わせの居酒屋へ向かった。
一年ぶりに会う高校の同級生との話は大いに盛り上がった。金の心配もないから、ここぞといわんばかりに酒を飲み荒らした。ここで注意してほしいのは、私はめっぽう酒が弱いということだ。
案の定、べろんべろんに酔っぱらった。気づくと、トイレでリバースしていた。そして、終電間近。何とか立ち上がり、店をでた。店から駅に向かって歩いていると、いきなりまぶしい光に視界を奪われた。
【ドンッ】
鈍いととともに、全身に激痛が走る。
「おい!明!大丈夫か!」
「誰か!救急車を!」
「死ぬなよ!頼むから!」
友達の声が遠くに聞こえる。
自分の頭から、生ぬるい液体が流れ出ているのが感じられる。
「明君、ようこそ」
「分岐点」