この線路はどこまで続く?
洋子さんからいただいた写真を使って掌編を書かせていただきました。
君はどこへ向かう?
ぼーっと歩いている午前10時半。この時間に歩いている人は何を考えて街を歩いているんだろう。そんなことを考えながら私も街を歩いた。首に巻かれた赤いマフラーが風でなびく。今日はやけに風が冷たい。
裏路地に入って暫く歩くと、閑静な住宅街に出た。駅まで行く道を間違えたらしい。いくつ連なるマンションが日光を遮り、車が一台通れるか通れないかぐらいのスペースを申し訳程度の日光が照らしていた。おかしい表現になるけど、明るい日陰と言った感じだ。
ぴゅー。
適当に口笛を吹いた。その音はカラオケのエコーのように程よく住宅街に響く。私はそれがちょっぴり嬉しかった。
──カンカンカンカン──
踏切の音が聞こえてきた。正面を見ると踏切があって、ちょうど遮断機が下りてきた。数秒後、勢いよく列車が駆け抜けた。窓に映る人を頑張って目で追っかけながら、最後まで見送った。
音が止んで、遮断機が戻った。私は線路の真ん中に立って、列車が来た方を見た。
なんだか不思議な感じがした。この部分だけ異世界みたいな感覚。今ここでまた遮断機が下りてきても私はこの場所から一歩も動けないなと思った。
──カンカンカンカン──
頭の中でシミュレーションして見る。さっきと同じように遮断機が下りてきて、でも私は線路の上に立ってる。電車の人が私に気付いてブレーキをかける。でも到底間に合わなくって、中途半端な速度で私と電車はぶつかる。見るも無残な私の残骸がそこらじゅうに飛び散って──
「ゆるり」
後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。
「久しぶり」
振り返ると、幼馴染のまさがいた。
「何やってんの?」
「自殺ごっこ」
「何それ。楽しい?」
「うーん。まぁまぁ」
「だろうな。あんまり楽しそうじゃない」
「一緒にする?」
「いや、遠慮しとく」
「そっか」
「うん」
線路を挟んで見つめ合ったまま沈黙が続く。まさは今何を考えてるんだろう。バカな女とでも思われてるんだろうか。
“せーんろはつづくーよー、どーこまーでーもー”
まさが口遊む。懐かしいなぁ。小学生の頃に習ったんだっけ。幼稚園だっけ。
「まだ頑張ってんの?歌手になる夢」
「どうかなぁ。最近あんまり生きてる実感なくてさ。良いメロディは出来るんだけど、中身のない作詞しか出来ないんだよね」
「歌手ってそういうのを歌にして発信するのが仕事じゃないの?」
「私生きてる意味わかんなくて死にたいですよー、なんて歌誰が聞くのさ」
「違うだろ。ゆるりは自分を客観視して、生きてれば良いことあるさって歌を作れば良いんだよ」
「なるほど───」
──カンカンカンカン──
納得と同時に踏切の音がなり始めた。
「おい!危ねぇからこっちこい!」
だめ。体が動かない。
「ゆるり!本気か!?早くしろ!」
遮断機が下りてくる。万事休すだ。そう思った瞬間、まさが私に飛び込んできた。
そのまま私とまさは線路の向こうに倒れこんだ。数秒後、何事もなかったかのように列車が線路を通過していった。
「何考えてんだよお前!本当に死ぬ気だったのか?」
そんなわけないじゃんと返そうと思ったが、涙がそれを邪魔した。
「ごっこって…いったじゃ…ん…。でも体…動かなくて…」
嗚咽を漏らしながら答えた。
「ビビって体が動かなかったのか?なら最初からするなよ。一歩間違ったら俺まで死ぬとこだったんだぞ!」
「ごめんなさい…」
文字全てに濁点をつけたようなごめんなさいになった。
「もう二度とするなよ。もしも俺がいなかったらどうするつもりだったんだよばか」
本当だよ。私は死ぬほど感謝した。まさに何度もありがとうと言った。
「さっきの話だけどさ、私作ってみるよ。さっきまさが言ってた歌」
路地を抜けてまた街に出た私とまさ。
「うん。いいと思う。売れたら連絡くれよ。サインもらってやるからさ」
「何様だよー」
そう言って二人で笑った。
街を歩いている人は相変わらず何を考えているのかわからない。もしかすると私と同じように生きている感じがしないって言う人が大半なのかもしれない。そんな人たちに歌う曲を作るべく、私は家に帰ってギターを手に取った。頭の中ではまさのうたっていた歌がまだ流れていた。
“せーんろはつづくーよー、どーこまーでーもー”
この線路はどこまで続く?
20を過ぎた頃から僕自身もこんな感じで、あんまり生きてる気がしないんですよね。でもこう、たまに幸せを感じるじゃないですか。仕事が終わってから恋人が迎えに来てくれるとか、雨が止んだあとの晴天とか。
これだからやめられないですよね。人間は。