地獄 1

まだ小さい頃、一つの絵本を読んだ。
それは地獄について書かれているもので、地獄にいった人は、針の山を歩かされ、熱湯の風呂に入らされ、でかい鬼に食われてしまう。そんな内容だった。
俺はそれを読んだ時、怖くてたまらなくなった。絶対に地獄には行きたくない。そう思った。



「はい!牛丼の並ですね!ありがどうございます!」
この店は駅のすぐ横にある商業施設の中にあるせいか、いつもここは忙しい。さらに今日が土曜日でさらに昼間であることが、客足をさらに増やしていた。
俺は半年前からここでバイトをしている。家からも近いし、時給もそれなりにいいからだ。ここまで忙しいとは思っていなかったが、時間が早く進んでいる気になるから、俺にとっては苦ではない。
「白石くーん。休憩入っちゃって」
いつの間にか昼間の忙しい時間帯がすぎたらしい。俺は大きく返事をして店の事務所に入った。

事務所には店長がいて、パソコンとにらめっこしながら何か作業しているみたいだ。
一声かけると店長も口を開いた。
「おう。お疲れさん!白石君。頑張ってるねぇ」
「いや、そんなことないですよ。普通くらいです」
「普通に頑張るって以外と難しいもんだから、いいんだよそれで!この調子で仕事覚えて、俺の代わりに店長もやってくれよ」
「そこまではさすがに無理ですよ」
笑いながら店長が言ってたので俺も笑いながら返した。
「ははは、ダメかぁ」
そう言って店長はパソコンの方に向きを変えながら言葉を続けた。
「そういや白石君。結構たくさんシフト入れてるけど学校の方とかは大丈夫なの?ほら単位とかあるでしょ。俺大学行ってないから、詳しくは分かんないけど」
「はい。今のところはなんとか大丈夫ですよ」
「そう。それならよかった。けどバイトばっかりやって学業の方とか、身体壊しちゃったらいけないからね。なんかあったらすぐ言うんだよ」
「ありがとうございます。じゃその時は頼りにしますね」
「うん。任せとけ」
店長はそれだけ言ってまた仕事に戻った。
俺もカバンから飲み物を出して休憩することにした。
店長はすごくいい人だ。こうやってただのバイトの俺を気遣ってくれる。こうゆう人が天国に行けるんだな。そう思った。



「お先失礼します!お疲れ様でーす」
店を出て外に出ると外はもう真っ暗になっていた。さすがに朝からこの時間まで働くと疲れる。歩いて家に帰るのが面倒くさいと思う気持ちを押し殺して歩き出す。
行きの時より時間かけながら歩いていると、路地の奥からゴンッという何かを蹴るような音が聞こえた。
「なんだ?」
俺は興味本位で暗い路地を進んでいくと、二つ人影が見えてきた。
暗くて顔まで見えなかったが、男が二人いるのは分かった。
「ったくよ、手間かけさせんなよ」
一人の男がそう言って何かを蹴っていた。
何かじゃない。それはうずくまっている人間だ。
「全然入ってねぇじゃんか」
もう一人の男が言った。
「マジかよ、使えねーなマジで」
もう一度うずくまってる人を蹴ってからこちら側に歩いてきた。
やばい。こっちにくる。どうする。
二つの足音が少しずつ大きくなってくる。
無理だ。俺には無理だ。
俺は走って路地から抜け出し、そのまま何も考えずに走って家まで向かった。
こんなに走るのは久しぶりで、何度も足がもつれて転びそうになった。
家に着く頃には汗だくになっていて、肺は外の空気をいつも以上に求めていた。
なんとか最後の力を振り絞り、家の鍵を開けて中に入る。
「やっぱ俺には無理か」
そう呟いて部屋の鍵を閉めた。



俺はベッドの上で天井を見つめていると、ふと今日店長に言われたことを思いだした。確かに俺はバイトをたくさん入れてる。心配してくれるのはすごく嬉しいが、別に大学まで影響は出てないし、身体もいたって健康だ。俺はお金を稼がなきゃいけないんだ。天国に行くために。

天国に行きたい。子供の頃からそう思って今まで生きてきた。子供の頃に読んだ地獄の絵本。あの怖さがまだ俺の中には残っている。
生きている間に良い行いをすれば天国に行けるらしい。だが俺には店長のように他人に干渉していけるほどの積極性も無いし、目の前で行われている悪に立ち向える正義感もない。じゃあ自分にできる良い行いってなんだろう。そう思って始めたのが募金だ。
俺は学費と自分が暮らしていけるだけのギリギリのお金を奨学金でまかない、バイトで稼いだお金は全部募金に回している。盲導犬のためとか、世界中にいる恵まれない子供達のためとか、災害で苦しんでいる人のためとか。とにかく思いつくだけ募金をしている。募金は世間一般では良い行いとされている。偽善だっていう人もいるが、やらない善よりやる偽善ってやつだ。それに俺にできる良い行いとはそれくらいなものだ。
俺はこのまま、悪いことはせず静かに募金を続けながら死んでいくつもりだ。楽しい人生ってやつは出来ないかもしれないが、地獄に行くよりはマシだ。俺は天国に行くんだ。絶対に。

地獄 1

地獄 1

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-23

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