16才

異星人、とは

40キロを超えたら死のうと思っていた。毎晩体重計に乗る時には、裁判にかけられているような気持ちになって、「醜い!醜い!」そんな野次が飛んでいるのを聞いた。ピピ、という電子音と共に、38.2という数字が示されると、死刑を免れた私は体重計を降りる。全身のうつる鏡を見ながら、ここの肉も要らない。ここも要らない。そう考えて、手錠を嵌められて拘置所へ帰る。判決を下されるのを待つ私が、自由になることはない。
夜中にお菓子を食べた。すぐに吐いた。吐く、という行為は慣れてしまえば大したことがないようで、便器の前に座り込み、胃のあたりに力を入れて、押し戻すように想像する。内臓の筋肉を自分の意思で動かせることなんて無いのだろうけれど、イメージとしてはそんな感じ。それから喉の奥に指を突っ込むと、今まで綺麗に包装されていた筈のクッキーやチョコレートが、混ざり合ってどろどろした汚物として吐き出される。あ、水は飲んで置いた方が良い。水分が無いと、吐き出し辛い。
咳止めの薬を飲むと食欲が無くなるんだって。それを聞いて試したけれど、私には効果が無かった。酩酊の為にもその薬を飲んだことはあるけれどダメだったから、単に相性が悪いのだろう。学校へと歩く道。あの子も、あの子も、あの子も醜い。醜いのに、どうして笑っていられるのか、私にはサッパリ理解不能だった。羨ましかった。その神経の図太さが。カンカンカンカン、高校へと向かう道には踏切がある。何度誰かが背中を押してくれることを願っただろう。その夢は結局叶わなかった。あの角を曲がれば、もう校門が見える。私はまた、門に立っている体育教師にスカートの丈が短いと怒られ、眉毛を細くしたことを怒られ、その様をクラスメイト様に嗤われるのだろう。しかしアイプチに関しては触れてこないのは何故だろう。単に気が付いていないのか、それともこの高校では、二重まぶたを人工物だと指摘したら自殺してしまった生徒でもいたのだろうか。なんて、夢想をして、ひとりで笑う。あの角を曲がるまでに、イヤホンを外す。これを没収されても私は息ができなくなる。「お早う御座います」体育教師はいなかった。ラッキー、だった。教室へ行く前にカフェテリアに行って、ミネラルウォーターを買う。購買のおばさんから、ヨーグルトを一つ買う。いつもありがとね、と言いながら、こちらが何も言わなくても、おばさんはいつものヨーグルトを手渡してくれる。起きてからはじめて、嘘じゃない「お早う御座います」をおばさんに言う。
「これあげるー!」「いいの?ありがと」ゆるく受け応えをして見せて、カロリーの塊のようなそれを恐怖した。誰かが配ったクッキーをみんなして貼り付けた笑みで食べる様は、『お前は異星人だ、知っているぞ、さあ、それを食べたらわかるんだからな。』そんな風に言われているように思えて、「いいなぁ、痩せてて。」カレーを口の中へかき込みながら肥大した顔をこちらへ向け、誰かそう言った時、異星人の私は『豚のエサ』という言葉を頭に浮かべた。ヨーグルトをひとつ食べたら、トイレの5つ目の個室でイヤホンとケイタイ。休み時間の間、このトイレには4つしか個室がありません。5つ目は私の小さな居場所だ。そして私は、束の間の安らぎを得る。
18になったら死のうと思っていた。20になったら死のうと思っていた。小さな分岐を繰り返して、私はまだ生き永らえている。人生は、割と楽しい。そんなことを考えながら、22になった私が体重計に乗ると、36.6という文字が表示される。処刑人はまだ来ない。拘置所へも行く必要は無い。思春期をとうに過ぎた私の身体は、驚くほど簡単に体重を落とす。

「お早う」「痩せた?」「今日のメイク可愛いね。」彼の、彼女の、その言葉を聞いて赦されて、私は待ち合わせに咥えていたキャンディをバキバキと噛み砕いた。「痩せたかなぁ?」とぼけてみせると、優しいだれかは、異星人の私を受け入れてくれた。

16才

16才

高校1年、拒食だったりした

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-22

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