ボーダーライン

 わたしと彼女らのあいだには見えない線が存在するのだけどね、その線は日に日に太く濃くなっていると思うのだけどね、とはいえ肉眼では見えない線なのだから色や太さや線種は想像でしかないが、おそらく白くて着物の帯ほどの太さで線種は切れ間のない実線だと思うのだ。
 着物の帯ほどの幅ならば簡単に飛び越えられるでしょうけれど、わたしは線を越えてあちら側に渡る気はないし、彼女らも線を越えてこちら側へ足を踏み入れるつもりはないでしょうから、それでいいの。
 大げさかもしれないけれど、わたしはわたしの、彼女らには彼女らの生き方があって、考えを持っていて、言動のリズムがあって、相容れない部分があるのだから、一年間おなじクラスだからって仲良しを強要しないでほしいのね。新任だからか知らないけれど、妙にはりきっているあの女教師を見ていると胸糞悪くなってくるから、早く二年生になりたい。
 わたしは休み時間に好きな音楽を聴いていたいだけで、別に彼女らに無視されているからひとりでいるわけではないので、そのへん思い違いをしないでもらいたいのに、どうしてあの女教師は余計な詮索をしてくるのか。
 自主的に孤立していることの、なにがいけないのか。
 気の合わないクラスメイトたちに無理やり合わせたって窮屈でしょう。つまらないでしょう。自分で自分を偽り殺すのは嫌いなの。
 わたしが動物の骨格標本を眺めるのが好きだと言ったら、「根暗だ」と鼻で笑った彼女らとどうやったら打ち解けられようか。
 仲良しごっこなんて御免だ。
 わたしは他人の趣味が例えどんな内容であろうが笑いはしない。
 彼女らは子どもなのだ。小学生レベルの子ども。そうわたしが吐き捨てると、女教師は怒鳴った。あなたも子どもでしょう、と怒鳴って机を叩いた。ヒステリックなおばさんだと思った。
 新任なのだから二十二、三歳でしょうに、まるで化粧っ気のない顔に傷みが一目でわかる髪をうしろでまとめただけの、男の目線などまったく意識していないところで女子から支持を得られれば教師生活安泰とでも思っているのかしら。
 馬鹿みたい。
 わたしは早く家に帰って、大好きな骨格標本図鑑を眺めたかった。もう何度も読み返しているが、目次の隅から奥付の隅までなめるように見直したかった。制汗スプレーの石鹸の香りみたいな匂いが女教師から漂ってくる。
 わたしと女教師のあいだにも見えない線はある。
 わたしはその線を跨ぐつもりはさらさらないし、むしろ易々とは飛び越えられないほどの太さに線が膨れればいいと願っている。女教師はそうなる前に線のこちら側への侵入を試みているらしい。おそらく彼女らとのあいだにある線に対してもそうで、それだけでは飽き足らずクラス中の誰かと誰かのあいだに引かれている見えない線を取っ払おうとしているように思える。
 ああ、早く自由になりたい。
 大人になるまであと四年もあることを考えたら、気が滅入りそうになった。
 女教師が黙り込んだわたしにこう問いかける。ねえ、学生の内は友だちをたくさん作っておいた方がいいわよ。
 今すぐ体育倉庫に走って、石灰の入ったラインマーカーでわたしと女教師のあいだに引かれた見えない線を、はっきり確認できるよう太く濃くしてやりたいと思った。(わたしはわたし、あなたはあなた)

ボーダーライン

ボーダーライン

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-21

CC BY-NC-ND
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