大江大三郎のツイート
(どうして、こんなに後味の悪い絵本を出すのかしら?)
帰宅途中、行きつけの本屋で何気なく手に取った絵本の結末に、早苗は衝撃を受けた。
(そりゃ、最近は大人でも絵本を読む人が多いっていうけど、メインの読者は小さな子供じゃない。こんなの読んだら、トラウマになっちゃうわ。それとも、子供のうちからこういうことに免疫を付けさせようという、出版社の配慮なのかしら)
現在高二の早苗は子供の頃から本が好きで、大人びた小説なども中学生の頃から読んでいた。その中には内容的に相当エグイものもあったのだが、それとこれは違う、と思った。
(なんでだろう。殺人事件があったり、おどろおどろしい描写があったり、そういう小説はいくらでもあるし、平気で読めるのに、それが絵本だと、どうしてダメだと思っちゃうんだろう)
早苗はふと、以前見たアニメ映画を思い出した。かわいらしい絵柄にそぐわない、あまりの残酷さに辟易し、途中で映画館を出てしまったのだ。
(でも、ハリウッドのゾンビ映画は、案外面白かった。何が違うのかしら)
自分でもわからないまま、モヤモヤした気持ちで本屋を出た。
(そうだわ。ツイートしちゃおう)
校則で携帯電話を禁止されているため、やや急ぎ足で家に向かった。
「ただいま」
それだけ言うと、母親の顔も見ずに二階に上がり、パソコンを立ち上げた。
大江大三郎@…
最近の絵本には、幼児教育への配慮が足りないのではないか。製作者サイドに猛省を促したい。
大江大三郎とは、早苗のアカウント名である。以前は女の子っぽい名前にしていたのだが、しつこいフォロワーが何人もいたため、一旦削除して再取得した。さすがに、この名前にしてからはそんなことはなくなったが、つぶやく内容を大江大三郎っぽくしなければならなくなった。ところが、それが妙に受けて、今では数万人もフォロワーがいるのだ。
「早苗、ごはんよー」
「はーい」
階下に降りると、いつの間にか帰宅していた父が、食事をしながらテレビを見ていた。
「パパ、おかえりなさい」
「ああ」
(どうしてパパの世代の人って、テレビばっかり見るんだろう。まるで、中毒みたい)
だが、何気なくテレビを見た早苗はドキッとした。そこには、『今ネットで話題の大江大三郎登場!』というテロップが出ていたのである。やがて現れた大江大三郎本人と自称する白髪まじりの中年男性は、今まで早苗がつぶやいた意見を、さも自分のもののように話し始めた。
「ほう、この大江大三郎とかいうやつは、なかなかいいことを言うじゃないか」
父の独り言を聞きながら、早苗は吹き出しそうになるのを必死で我慢した。
(おわり)
大江大三郎のツイート