シノベ

シノベ

 シノベは、恐竜の卵を前にして、途方に暮れていた。やはり、警察に届けるべきだろうか?シノベは、子どもの頃、博物館で展示してあった卵を見たことがある。さらに、彼は、卵の写真のついた葉書を買った。そして、まだシノベは、その葉書を持っていた。見比べてみたのが、およそ十分前。どう見ても、同じ種類の卵だ。そもそも、今の時代、こんなに大きな卵を生む動物はいない。しかも、卵は、まだ温かい。それこそ、ジュラシックパークの世界ではないか?恐竜たちが蘇ったのか?シノベは、テレビも見ないし、新聞も読まないから、世情に疎い。だから、もしかしたら、昨日の新聞の一面に、『恐竜生き返る』なんて、記事が載ってないとも限らないのだ。
 シノベは、先ほど触った卵を四方八方から見まわる。シノベは、自分と同じくらいの大きさの卵を見て、ため息をつく。こんな時、頼りになるはずの妻は、何故かいない。他に、誰か、この事態を解決してくれそうな人間はいないものか、とシノベは、物思いにふける。ふと、一人の人間を思い出した。あいつなら、恐竜さえ倒しそうだ。すぐに電話をとる。と、電話の充電が、されていない。すぐに、コードを差し入れて、動くのを待つ。その時、シノベは、卵から音がするのを聞いたような気がした。生まれるのは、恐らく子供の恐竜だろう。でも、もし凶暴な、ティラノサウルスだったら?困ったことに、シノベは、その卵が、何の卵だったか、皆目覚えていないのだ。先ほどの葉書にも何も書いていない。電話が、動いた!すぐに、シノベは、あいつに電話をかける。コードネームT。それが、あいつの名前だ。誰も本名を知らないという。
「もしもし。シノベですが……」電話の向こうからは、何も聞こえない。電話番号を間違えるはずはない。とすると?卵の前に座って、しばらく待つ。「なんだ?」男にしては、やや高いTの声が響く。「あの相談があって……」シノベは、困惑した口ぶりで、話す。「なんだ?」Tは、先ほどと同じ言葉を繰り返した。ただ、今回は、少しいらいらした様子だ。「実はですね……」シノベは、この状況を普通に話して、信じてもらえるのだろうか?もっとも、説得力を出すには、どうすればいいのだろうか?と思案する。「なんだ?」三度目だ。Tの口調は、驚くほど冷酷。いつも通りだ。Tは、噂では、命を奪う仕事をしているらしい。考えても仕方がない。上手い解決策が見つからないので、とりあえず、わかってもらえるように頑張る。「卵があります。さぁ、何の卵でしょう?」「なぞなぞか?」Tの声をあきれ返っている。どこに、電話で、なぞなぞ、を出す大人がいるだろうか?と思う。シノベがしているのは、なぞなぞではない。今の状況を説明するための精一杯のやり方なのだ。Tは冷静に、質問をする。卵の大きさに始まり、色、におい、硬さ。Tは、シノベの答えを理解した後、こういった。「その卵は、君の奥さんだよ」「え??」シノベは、驚いた。いなくなった妻?その可能性をゆっくりと考えていく。妻は、確かに昨日の晩、深く眠っていた。そして、今、卵があるのは、ベッドの上だ。Tは、「じゃあな」というと、電話を切る。「ま、まって……」シノベの声が届いたかどうか、わからない。ただ、電話は、切れている。もう一度、違う目で、卵を見てみる。シノベは、妻に言われたセリフを思い出す。『私は恐竜になりたい』その時、シノベは、何も感想がなく、ただ、そっかー、と言っただけだった。あの時、何故もっとちゃんと妻の考えを聞かなかったんだろう。シノベは、後悔した。
 卵からの音が、どんどん大きくなる。「シノベシノベシノベ」音が聞こえてくる。間違いない。この卵は、恐竜なんかじゃない。妻なんだ。シノベは、殻を割るべきか迷い、とりあえず工具を取りに別室に向かう。その時、大きな破裂音がする。シノベは、恐る恐る、卵のあった寝室に戻ってくる。シノベが見たものは……。「ガオー!」恐竜だった。シノベは、食べられた。

シノベ

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物語作家七夕ハル。 略歴:地獄一丁目小学校卒業。爆裂男塾中学校卒業。シーザー高校卒業。アルハンブラ大学卒業。 受賞歴:第1億2千万回虻ちゃん文学賞準入選。第1回バルタザール物語賞大賞。 初代新世界文章協会会長。 世界を哲学する。私の世界はどれほど傷つこうとも、大樹となるだろう。ユグドラシルに似ている。黄昏に全て燃え尽くされようとも、私は進み続ける。かつての物語作家のように。私の考えは、やがて闇に至る。それでも、光は天から降ってくるだろう。 twitter:tanabataharu4 ホームページ「物語作家七夕ハル 救いの物語」 URL:http://tanabataharu.net/wp/

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-02-20

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