ネジの美学
そこは小さな町工場だった。もう日が高くなっているというのに、シャッターは降りたままだ。そのシャッターの前に軽トラがとまり、作業服を着た中年男が降りた。何故か険しい顔をしている。閉まったままのシャッターを睨んだかと思うと、手のひらでガンガン叩き始めた。
「相沢さん!いるんだろう!開けてくれ!小木だ!」
すると、勝手口の方から年配の女性が現れ、気の毒そうに頭を下げた。
「ああ、小木さん、すみませんねえ。亭主はゆうべも徹夜しちまって、まだ寝てるんですよお」
小木は、微かな希望にすがるような顔になった。
「徹夜したってことは、つまり、ネジはできたんですね」
「それが…」
相沢の妻は、ますます申し訳なさそうに身を縮めた。
と、その時。閉まっていたシャッターがガラガラと上がり、初老の男が現れた。
「朝っぱらから、ギャアギャア、ギャアギャア騒ぎやがって、寝られやしねえ」
その言葉を聞いて、小木の怒りが爆発した。
「冗談じゃない!何が朝だ。もうとっくに11時を回ってるよ!相沢さん、あんた、朝一番に納品するって、昨日約束したじゃないか!」
すると、相沢が逆ギレした。
「なんだと、この野郎!昨日、ちゃんと納品してやったのに、細かいことに一々難クセつけやがって!全部作り直せって言うから、おかげでこっちは徹夜だぞ!」
「難クセだって!あんな形も大きさも不揃いのネジが使えるわけないだろう!」
相沢はふてくされた顔になった。
「ふん。これだから、おれの美的センスの良さがわからねえヤツはイヤだ。おれは、素人みてえに没個性的な品物は作らねえ。ネジにもなあ、一本一本個性ってもんがあるんだ、この野郎!」
小木は、もう我慢ならない、というように歯ぎしりした。
「何をわけのわからないことを言ってるんだ。そういうのは、個性じゃない。不良品って言うんだ!」
「言ったな、この野郎!もう、いい。帰りやがれ!」
二人の言い争いを見かねて、相沢の妻が止めに入った。
「おまえさん、なんてことを言うんだい!小木さんにどれだけお世話になってると思ってるのさ。ああ、小木さん、すみませんねえ。必ずご注文どおりのネジを納品しますから」
相沢の妻の必死の謝罪に、小木の怒りは少しトーンダウンした。
「あ、いや、奥さんが悪いわけじゃない。そんなに頭を下げないでくださいよ」
だが、相沢本人はそっぽを向いたままだ。
「ふん、見損なうんじゃねえ。何のためにおれが徹夜したと思ってるんだ。規格どおり、寸分違わず同じ形のネジがちゃんと作ってあらあ」
小木はホッと息をついた。
「相沢さんも人が悪いな。最初にそう言ってくれれば、こっちも大声を出さずに済んだんだ。それより、こっちはもう時間がない。早速だが、見せてくれ」
「ああ、中に入ってくれ」
だが、工場の中に入った小木は、ギョッとした顔で立ちすくんだ。そこには、派手な原色に塗られた、色とりどりのネジが並んでいたのだ。
相沢は満足そうに、目を細めた。
「なあ、美しいだろう。もちろん、形や大きさはピッタリ同じもんだ。もっとも、ずいぶん原価がかかっちまったから、料金は倍になるけどな」
(おわり)
ネジの美学