三題話【サイダー・色鉛筆・月】
西木眼鏡
透明なグラス一杯に注がれたサイダー。しかし、お父様は私にそれを飲んでいいとは言ってはくれない。
「メイ、待ちなさい」
私の名前を呼んだお父様。
今日は私の六歳の誕生日だ。テーブルの上には大きなケーキがある。ろうそくの数は私の歳の数と同じ六本。それから、鳥の丸焼きとお父様の赤ワイン、お酒の飲めない私には、代わりのサイダー。
「まだいただきますをしていないからね。お父様」
私が言うと父は微笑んだ。
「それもそうだが、六歳という誕生からの節目は、私の仕事と深く関わっている」
そう言うとサイダーのグラスの前で、お父様は人差し指を動かす。するとそれを追うように鮮やかな青い光が見えた。 右から左、くるりと回って左から右。滑らかに動くお父様の指先が、グラスの近くを通るとサイダーが青く輝いているように見え、遠ざかると淡く瞬いていた。気泡が夜空に浮かぶ星のようだったことを今でも鮮明に覚えている。
「きれい……」
じっとグラスを見つめた。目の前で起こる奇跡のような本当を一瞬でも見逃したくはなかった。それから、天井に指を向け、何かを数えるようにリズムよく弾ませると光の粒がいくつも現れ、あっという間に小さな星空が完成した。その中の一つを摘まむようにして私の方へと向けて落とす。私は光の粒を両手で救うように拾うとほんのりとした優しい温かさを感じた。
「お父さんはね、魔法使いなんだ」
魔法使い。お父様は確かにそう言った。魔法使いの娘である私にも使えるようになると教えてくれた。否、お父様の魔法を継承することは、魔法使いの子として生まれた者の役目であると教えられた。これからは父とだけ思うのではなく、師匠と思いなさいと。
「本当に私にも使えるようになるの。お父様みたいに魔法で誰かを笑顔にできるかな」
「ああ、できるとも。私たちの力の源は月だ。その月が出ている間、特に満月に近ければ近いほど、より大きな魔法を使うことができる」
今夜は三日月だった。月をシンボルとする私たちは月の満ち欠けに大きく影響される。
「私、お父様のような魔法使いになりたい」
私がそう言って、お父様がわかったと頷いたその瞬間から魔法使いの弟子となった。
お父様は、自分の隣の椅子に置いてあったプレゼントの箱を私に手渡した。
「プレゼント、開けてもいい」
「ああ、いいとも」
プレゼントは十二色の色えんぴつだった。これらの十二色は魔法の属性を表わしていて、私たちはその中の青に当たるらしい。魔法の基本属性に割り振られた色に触れることで、より魔法になれるための方法であった。またそれは年頃の女の子が欲しい物で与えるという父から娘への愛情でもあったのだろう。
誕生日の夕食を終え、自分の部屋のベッドに潜って目を瞑ると魔法を自在に操るお父様の姿が思い出された。
偉大なる魔法使いの弟子となった私。
まだこの頃は知らなかったのだが、お父様は世界中の魔法使いを束ねる組織のトップだったのだ。最高の師の元で魔術を習うことができたと知るのは、お父様が亡くなった次の日、組織からの手紙が届いてからだ。突然、組織のトップを任せられた事の重大さを知ることになるのは、まだ先のことだ。
三題話【サイダー・色鉛筆・月】